2・商人の娘アラベラ
あの後、俺は進化した【生産】スキルを色々試してみた。
その結果、これが普通の【生産】スキルとは違う点を大まかに分けて四つ分かった。
・材料を揃えればアイテムを生産することが出来る。
・素材があればアイテムを加工することが出来る。
・どんな材料や素材が必要か分かる。
・ものを見れば、そのLvや詳細が分かる。
まず一つ目と二つ目。
アイテムを一から生産することしか出来ないと思っていたが、どうやら素材さえあればアイテムを加工……つまり強化することが出来るらしい。
三つ目。薬草一つからポーション一つを生成することが出来るといった具合だ。さらにこのことを『レシピ』と言うらしい。
四つ目についてはよく分からない。詳細を知れるはかなり有能だと思うが、Lvはどういうことだろう? 比較対象がないので分からない。
まあ徐々に分かっていくだろう。
「結構ポーションを作ったな」
さすがに疲れた。
あれからポーションを取りあえず十個分作ってみた。
Lvについては8〜10とばらつきがある。
しかし一番低い『ポーション Lv8』のものでも十分効力があることが分かった。
「問題はこれをどうするかだが……」
ポーションだけあっても領地を発展させていくことは不可能だ。
「行商人に話をしてみるか」
定期的にここサールロア領には商人が訪れる。
だが情報をつかむのが早い彼等だ。
もしかしたら、サールロア領に領民がいなくなってしまったことは、もう伝わっているかもしれない。
そうなれば、来てくれないかもしれないが……両親が健在の頃から、義理が厚かった彼等だ。
きっと来てくれるだろう。
◇ ◇
俺の予想は良い方向に当たった。
「ハンス様。この度は領主就任おめでとうざいます」
行商人が馬車を引いて、サールロア領に入ってきた。
今までずっと取引してきた商人である。
「ありがとう」
素直に礼を言う。
「それでハンス様……サールロア領に入ってから、人っ子一人見ないようですが?」
「俺が家督を継いだ途端、みんな逃げてしまってな。今は俺一人だけだ」
「左様ですか……」
商人は大して驚きもせず、そう相づちを打った。
やはりあらかじめ分かっていたか。
「ハンス様。今回はあなたに言わなければならないことがあります」
「なんだ?」
とはいっても、商人の顔を見ていれば、今からなにを言い出すのか大体見当は付く。
「あなたのお父様、お母様には良くしてもらいました。そのおかげで随分儲けさせていただきました」
「そう言ってもらえると、亡くなった父と母も喜ぶだろう」
「たとえハンス様に家督が代わろうとも、末永く取引していきたいと思っています。ですが、私達も商売です。ここに来るまでの費用もバカにはなりませんし、領民があなた一人だけとなったら、売買出来るものも……」
やはりそのことか。
彼は『金にならない領地に、もうわざわざ来たくない』と遠回しに言っているのだ。
商人の言うことは非情だと思うだろうか?
いや、これが世間の当たり前だ。
ここに来るまで、商人一人で来るわけにもいかない。
護衛も雇わなければならないのだ。
それなのに、領民が俺一人だけのサールロア領に寄る?
客観的に考えて、そんなものはプロの商人失格だ。彼等にだって生活がある。
とはいえ。
「待ってくれ。今日はあなたに見てもらいたいものがある。それを見てからでも、俺を切るのは遅くないのでは?」
「ほお?」
商人が目を輝かせる。
よし、食いついた!
「実は質の良いポーションがいくつかあってな。これを買い取ってもらいたい」
「な、なんと! ポーションをですか!」
前のめりになる商人。
ポーションは貴重。
商人としては喉から手が出るほど欲しいものなのだ。
「ここに十個ある。出来ればあなたに全部売りたいのだが……」
そう言ってポーションを差し出すと、まじまじと商人はそれを眺めた。
「こ、これは……最高級ポーション! しかも十個も! こんなものがまだサールロア領に眠っていたなんて……」
「どうやら気に入ってくれたようだな」
そんなに良いポーションなのか……。
知らなかったが、俺が無知なことを悟られないためにも、そのことは口にしない。
「本当に売っていただけるのですか?」
「もちろんだ。いくらになる?」
「そうですね……アラベラー」
商人は馬車の方を見て、とある名前を呼んだ。
「はい! なんでしょうか、お父さん!」
すると馬車の中から、ちっちゃい女の子が姿を現した。
見た目は俺より二〜三歳年下といったところだろうか?
「お前はこれがいくらになると思う?」
「そうですね……って、これは最高級ポーションじゃないですか! すごいですよ! こんなの王都でも滅多に見ないのに! これなら、一つ金貨十枚にはなりますよ!」
金貨十枚だと!?
この世界の貨幣価値は、金貨三枚くらいあれば家族四人が一ヵ月暮らしていける。
ポーション十個全部売って金貨百枚。かなりの大金だ。
「はあ……アラベラ。相変わらずお前は正直だね。こういう時は低めの値段から言うべきなのに」
「あっ! ご、ごめんなさい!」
アラベラが慌てて口にした。
一芝居打ってる可能性もあったが、とてもそうは見えない。
「商人。交渉は止めよう。彼女の言っていることは本当か?」
「ええ、本当です。とはいえあなたの両親には義理があります。まあ元々下手に低めの値段を言うつもりは、さらさらなかったですが。そこは信じてもらえれば」
なるほど。
「うーん……」
両親から常々この商人は信頼出来る男だと聞いていた。
俺もこの商人と会うのが初めてというわけでもない。彼等の人となりも分かっているつもりだ。
どちらにせよ金は必要だし、これだけ俺がポーションを持っていても仕方がない。
思い切って売ってみるか。
「……よし。売った。金貨百枚でこのポーションを全部売る」
「ありがとうございます!」
商人が満面の笑みになる。
「うぅ……良かったです。商談成立になって……やっぱりわたしって商人に向いてないのかなあ?」
だが、アラベラは頭を抱えていた。
「その娘は?」
「ああ、これは私の娘です。良い子なんですけど反面、正直者すぎて商人には向いてないかもしれません。本当に良い子に育ってくれたんですけど……」
『良い子』というところを強調する商人。
俺がアラベラを見てても、そう感じた。
「そうだ」
商人がポンと手を叩く。
「ハンス様。よろしければ、アラベラをこの領地に住まわせていただけませんか?」
「なんだと?」
いきなりの急展開にビックリする。
「元々商人の娘というのは、これくらいの歳になると家から出て他の領地に行くものです」
「そうなのか?」
「はい。親元を離れ、広く他の土地も見ることによって、目が養われると言われているので」
それも一理あるかもしれないな。
「どこの領地にお預けしようと考えているところでしたが……もしよろしければ、ここの領地に置いていただけないか……と。少しドジなところもありますが、正直者ですし、商品の目利きは確かです」
「俺はいいが、アラベラはどうなんだ?」
アラベラの方を向く。
「わ、わたしは大丈夫ですよ! お父さんから離れるのはちょっと寂しいですが、ハンス様は良い人に見えますから! それに最高級ポーションをこんなに抱えている領主様です。たとえ領民がゼロだとしても、きっと今から発展していくでしょう!」
彼女もやる気だった。
「……本当にいいのか?」
「はい!」
商人を見たら、彼も頷いていた。
おそらく、商人は最高級ポーションを見て、この領地は金になると気付いたのだろう。
そして今後とも深い付き合いをしていきたいと瞬時に判断し、このような提案をした。
……という側面もあると思う。
なんにせよ。
「アラベラ、歓迎するよ。一緒に頑張っていこう」
「はい……! よろしくお願いします!」
アラベラが拳をぎゅっと握りしめる。
「あっ、それから」
「なんでしょうか?」
「まだこの領地は人が少ない。冒険都市に帰るんだろう。そこでこの求人票を配ってくれないか?」
昨日のうちから作っておいた求人票を、商人に手渡す。
すると商人は「ほほう……」と興味深げにそれを眺めた。
「本当にこのような条件でいいですのかな?」
「問題ない。人がいないしな。これくらいでもしないと、人が来てくれないだろう」
「分かりました。では冒険都市に帰ったら、すぐにでもみなさんに伝えたいと思います」
そう最後に言って、商人は馬車で次の村へ向かっていった。
「さて……アラベラ」
「はい! なんでしょうか、ハンス様!」
「そのハンス『様』っていうの止めてくれないか?」
「え?」
「そんな偉くもないしな。俺のことは気さくに呼び捨てでもしてくれればいい」
「そ、そそそんな! 恐れ多いこと、出来るわけないじゃないですか!」
アラベラが顔の前で手をバタバタ振る。
一つ一つのアクションが大きくて、可愛かった。
……まあいきなり、領主のことを呼び捨てにするのも難しいか。
ならば。
「……じゃあハンスさんでいいから。それだったら出来ないか?」
「ハ、ハンスさん……」
「よし。それでいこう」
「は、はい!」
領民もゼロでどうなることかと思ったが、早速アラベラという領民も増えた。
【生産】スキルで作ったポーションも好評みたいだし、ますます上手く回っていきそうだな。