10・これからのこと
「な、なんだと!?」
俺の言葉に驚きを隠せない様子のブラッドリー。
「やれやれ。こんなもの、悩む必要もないな」
「どういうことだ……? 冒険都市を敵に回すのが怖くないのか!?」
ブラッドリーはこれでもかというくらいに顔を近付けてくる。
そんな汚い顔は近付けてもらいたくないものだ。
「どうしたんだい。領内が騒がしいけど……」
「おお、ヒロ」
そうこうしてたら、ヒロもこの場にやって来た。
見るとその後ろには(元)冒険都市の住民達もぞろぞろと連なっている。
「ここにいたか、勇者!」
ブラッドリーはヒロを見て、彼女に一歩ずつ近付いていく。
「帰るぞ!」
「帰る? 一体どこに私は帰るんだい?」
肩をすくめるヒロ。
「冒険都市に決まっているだろうが! お前が休んでいるせいで、仕事が山積みだ! 一年は働きっぱなしになるぞ。まあこれもお前のせいだからな。仕方がない」
「嫌だよ。どうして私が帰らないといけないんだい?」
「なんだと!?」
「なんだと」「なんだと」うるさいヤツだ。
「私は帰らないよ。この領が気に入ったんだ」
「お前、おかしくなったのか? 冒険都市に帰ったら勇者としてちやほやされて、安定した賃金も貰えるんだぞ? それをみすみす自分から手放すとは……」
「安定した? 確かに安定はしているかもしれないね。どれだけ頑張っても給料は上がらず、貰えるのも雀の涙程度。これを安定……と言うならね」
憂いを帯びたヒロの表情。
「おい、ブラッドリー」
「貴様は黙っておれ!」
「ヒロは帰るつもりがないらしいぞ。俺は領民を守る。お前のところにヒロを帰らせるつもりはない」
はっきりと断言する。
こういうヤツは曖昧に返事をしても、話が通じないからな。
俺にとっては当たり前のことを言ったつもりだが……。
「ハンスさん……」
「それでこそハンスだよ。この豚みたいな領主とは核が違うね」
アラベラとヒロ、二人ともうっとりした表情になる。
「〜〜〜〜〜〜! もうお前はいい! お前は今日限りでクビだ!」
ブラッドリーがその場で地団駄を踏んだ。
「せめてお前達だけでもだ! どうして勇者を取り戻しに行ってこい、と言ったのに帰ってこないんだ?」
お次は新領民の男達に顔を向ける。
「誰があんな領地に帰るものか!」
「そうだそうだ! 今だから言うが、お前には愛想尽きていたんだ」
「オレ達をタダみたいな給料で働かせやがって……死んでも冒険都市には戻らない!」
男達はわーっと雪崩が起こったかのように、ブラッドリーを口々に糾弾する。
「お、お前達まで……!」
ブラッドリーはふらあと後ろに倒れそうになった。
顔が真っ赤だ。
「ああ……イライラしすぎて頭が……」
なかなか短気なヤツだな。
ブラッドリーは額に手をやって、何度か「すーはーすーはー……冷静になれ」と深呼吸をした。
「あぁ……領主様。落ち着いてください。話し合えばきっと分かるはずですよ」
「お前もうるさい! オレに逆らうつもりか?」
「ぼ、僕はそんなことを……」
しゅんと項垂れる少年。
「というかその少年は誰だ?」
「あれは大魔導士のエマリーだよ」
俺が疑問を口にすると、代わりにヒロが彼の名前を教えてくれた。
「大魔導士?」
「うん。まあ私と似たようなものだね。エマリーも冒険都市で奴隷のように働かされていたのだ。ブラッドリーの護衛として、無理矢理付き添ったんだろうね……」
少年……エマリーに哀れみの視線をやるヒロ。
「ふえぇ……ヒロさん。戻ってこないんですかあ?」
エマリーは相変わらずあたふたしていて、自信がなさそうだ。
「うん、戻らないよ。よかったらエマリーもこの領地に来ないかい?」
「ぼ、僕もですか?」
「ここの領地は素晴らしいんだよ。なんてたって『週休二日』で残業もないんだ。きっとエマリーも気に入ってくれると思うけど……」
「しゅうきゅうふつか……? それってなんですか?」
エマリーが首をかしげる。
本当にその意味が分かっていない様子であった。
そんな難しい話でもないと思うが?
「エマリーは幼い頃から、大魔導士として働いていてね。そのせいで世間の常識に疎いんだ。ブラッドリーに教えられたことが、世界の全てだと思っている」
「そうなのか」
前世のブラック企業で言うところの『洗脳』といったところか。
辞めそうな人に「どこに行っても通用しないぞ」等と宣って、転職させなくする悪質な方法だ。
「可哀想な子だよ。勝手に話を進めて申し訳ないんだけど、エマリーも領民にしてもらいたいんだけど……」
「もちろん良いぞ。来る者拒まずだ」
というか拒んでいる場合でもないからな。
ちょっと弱気すぎるように見えるが、エマリーも良い子そうだ。
それに大魔導士と呼ばれるくらいだ。
魔法を使える者は貴重だし、きっと彼を受け入れることによって、サールロア領はますます発展を遂げていくだろう。
「ありがとう。ハンスだったらそう言ってくれると思ったよ」
ヒロは優しげな笑みを浮かべた。
「それで……エマリー、どうする? 私達の領民になるかい?」
「俺からも頼む。エマリーが来てくれれば、もっと楽しくてのんびりした領地になるだろう」
二人で勧誘する。
「え、えーっと……」
しばらくエマリーは俺とブラッドリーの間をきょろきょろしていたが、
「は、はい。ヒロさんがそう言うなら、僕もそっちに行きたいです」
と快諾してくれた。
一件落着!
……とはいかない。
「き、貴様! 正気か!? 一体なにを考えているんだ!」
「ひいっ!」
ブラッドリーが怒鳴り声を上げると、エマリーはその場で頭を抱えてしゃがんでしまった。
ああ、あんなに震えちゃって……。
「おい、ブラッドリー」
「貴様は黙っておれ!」
「黙らない。その子は今日から俺達の仲間になったんだ。もし危害を加えるなら、それ相応の対処をさせてもらうが?」
「それはこちらの台詞だ! オレに逆らうとはどういう意味か分かっているのか!?」
「……はあ」
溜息を吐く。
状況を分かっていないのは彼の方だ。
「よく考えてみろ。こちらにはコカトリスを軽く一ひねり出来るヒロもいるんだぞ。それに護衛に連れてきたってことは、エマリーも腕が立つんだろう?」
「どういうことだ?」
「まだ分からないか。戦いになったら、やられるのはお前の方だぞということだ」
「……!」
そこで初めて彼は気が付いた。
圧倒的な戦力差を。
「ハンスさんに危害を加えるなら、わ、わたしだって戦いますよー!」
「オレ達もだ!」
アラベラ達も一斉にブラッドリーを睨む。
「く……っ!」
それを受けて、ブラッドリーは少し考えていたが、
「お、覚えていろよ! 帰ったらすぐにでも冒険者を連れて、こっちに攻め込んでやる!」
と逃走し、俺達の前からいなくなったのだ。
これで本当に一件落着だ。
「ふう……」
やはりあまり慣れたことをしたものではないな。
俺は元々人と衝突するのが苦手なのだ。
ブラッドリーが見えなくなったと同時、体中の力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか。ハンスさん!」
「ああ。ちょっと疲れただけだから大丈夫だよ」
心配して駆け寄ってくるエマリーの頭を優しく撫でてあげる。
「それにしても……あいつ等、戦争を仕掛けてくるかもしれないが、大丈夫だろうか」
ブラッドリー一人では相手にならない。
しかし冒険都市には千人を超える冒険者がいると言われる。
そいつ等が全員攻め込んできたら……?
さすがにヒロだけで防衛することは不可能だろう。
「心配無用だよ。ハンス」
しかしヒロがこう続ける。
「冒険都市の冒険者はみんな、私の味方だからね」
「そうなのか?」
「ほら。前、私は冒険都市のアイドルだって言っただろ? 自分で言うのもなんだが……私が言えば、あの人達は剣を下ろすだろう。ブラッドリーも人徳がないからね。こういう時、どちらに付けば自分の利になるか彼等も分かっているはずだ」
だったら心配ないのかな?
先走りすぎたと一瞬ぞっとしたが、ヒロがそう言うなら安心してもいいだろう。
「じゃあ……エマリー。あらためてよろしくな」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「もっと肩の力を抜いてもいいぞ。ここの領地ではみんな平等だから」
「分かりました! 領主様!」
エマリーはそうは言うが、まだ体がかちこちのままだ。
まあ時期に慣れてくるだろう。
こうして領民もさらに増えた。
その後、俺達の領地はさらに発展を遂げ、サールロア領は『最強領地』と称されることになるのだが——この時の俺はまだ予想すらしていなかった。




