1・【生産】スキル
思い出した。
俺は転生者だったのだ。
どうして突然思い出したのかは分からない。
しかし頭の中に前世の記憶が雪崩れ込んできた。
そのおかげで、俺は『日本』という国で生まれ、立派な社畜をしていたら心筋梗塞でいきなり亡くなってしまったことが分かった。
「俺の前世にこんなことがあったなんてな」
今まで異世界で暮らしてきたため、前世の記憶が戻ったとはいえ、ふわふわした気分のままだ。
こんな時こそ、まずは現状を再確認するか。
俺——ハンス・サールロアは貴族の子どもとして生まれた。
貴族と聞くと人生イージーモードのように思えるが、統治を任されたサールロア領はいわゆる『弱小領地』だったのだ。
未開の大森林に囲まれ、隣国には有力な貴族も多い。
土地も痩せ細っているせいで、作物が育ちにくい。
それでも両親の力もあって、なんとか領地を経営していったのだが、その二人も亡くなってしまった。
「まさかそれを機会に領民が全員逃げ出してしまうなんて……」
愕然とする。
両親が亡くなったことにより、家督は俺に移った。
なので素晴らしい両親の後を引き継いで、領地を経営していかなければならないのだが……いきなり前途多難だ。
まだ俺は領地経営していくにあたって、十分な知識は持っていない。
そのことも領民達が不安を覚えた一因であろう。
「だが、落ち込んでばかりもいられないよな」
領地を受け継いだ以上、途中で放り出して逃げるわけにもいかない。
頬を手で叩いて気合を入れ直す。
弱小領地のうえに領民もゼロ。
本来なら絶望的な状況だ。
しかし俺は不思議なくらいに前を向いていた。
何故なら。
『転生特典 【生産】スキルが進化しました』
前世の記憶が戻る際、同時にそんなメッセージが頭の中に浮かんできたからだ。
◇ ◇
「うーむ、スキルが進化したとはどういうことだろう?」
俺が前世で読んでいたネット小説にも、異世界転生者は女神から特典を授けられるのがテンプレだ。
記憶が戻ったタイミングでそれが発動するとは。
「【生産】スキルが役に立ってくれれば、言うことなしなんだが……」
【生産】スキルはこの世界において、いわゆる『外れスキル』とされていた。
なにかを作る際に、ちょっとだけ手先が器用になる程度のスキルだ。
これでは領地経営には使えない。
領民達が逃げ出したのも無理はない。
新しい領主は経営の経験もない。だからといってスキルも有能じゃない、ってな。
「まあ取りあえず考えていても仕方がない。やってみるか」
腕まくりをする。
なにからしようか?
辺りを見渡していると、薬草が目に入った。
森林に囲まれている土地柄、薬草は手に入りやすいのだ。
それを見て、またもや頭の中に情報が入ってくる。
『ポーション』レシピ
薬草×1
「どういうことだ……?」
ポーションを作る時には確かに薬草が必要になる。
しかしポーション一つ作るには、もっと薬草が必須だし、薬師といった専門家も必要になる。
たったこれだけでポーションが作れるはずないのだ。
「まさかな」
半信半疑ながらも、薬草を手に取る。
なにか出来るような予感がしたのだ。
薬草を握ると、ビックリするくらい【生産】スキルの新しい使い方が頭に入ってきた。
「ポーション生産」
腕にぐっと力を込め、スキルを発動してみる。
「うわっ!」
すると白煙が立ったかと思えば、薬草と代わって瓶が握られていた。
中には青く透き通った液体。
・ポーション Lv10
『とても優れたポーション。青色の透き通った見た目から、芸術品として使用されることも多い』
見ていると、自然とそのアイテムの詳細が浮かんだ。
「本当にポーションが出来たのか?」
これだけじゃ分からないが、見た目は完全にポーションだしな……。
それにこの『Lv10』というのはなんだろう?
こんなことは今まで有り得なかった。
Lv10というのが高いのか低いのかも分からない。
「取りあえず試飲してみるか」
試しに一舐めしてみる。
ポーションじゃなくて、即効性の毒だったらどうしようかと後から考えればぞっとした。
しかしこの時の俺、これがポーションであることを何故だか確信していた。
「おお……これは!」
驚く。
ここ最近は眠れず疲れが溜まっていたが、それが一瞬で消えた。
それだけではない。
俺は若いくせに、今まで肩こりと頭痛に悩まされていた。
それがポーションを舐めるだけで、すーっと痛みが取れたのだ。
これだけで症状が治るなんて……。
「どうやらこれはすごいポーションみたいだぞ」
先ほど頭に入ってきた情報の中にも「とても優れたポーション」って書いてあったしな。
しかしポーション一つはなかなか高価なものだ。
ポーション一つで金貨一枚はくだらない。
それくらい貴重なものなのだ。
しかし。
「これを俺でも作れるとなったら、面白いことになる」
領民ゼロでこれ以上ない逆境。
だが進化した【生産】スキルを駆使すれば、もしかしたらこの領地を大きく発展させていくことが出来るかもしれない。
幸い時間と土地はたっぷりある。
のんびり開拓していくこととするか。