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真壁翔の話  作者: 長井 サク
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悪コスキャラの二次創作

真壁 翔の話




 俺は勝てるはずだった。相手の弾丸を避けて、ありったけの電撃をぶつけるだけ。目の前にいる鳴神紫琉は俺の電撃で既に神経を焼かれ、動きがままならない。意識はあるが朦朧としている。かろうじて立っているが反応は遅くなっている。


しかし、紫琉が放った銃弾を捉えることができなかった。それまで見えていた弾道が急に見えなくなり、火薬の爆発音すら聞こえないまま俺の身体は撃ち抜かれた。血が止まらない、辛うじて心臓は避けていた。動揺している間に二発、三発と弾丸が撃ち込まれる。


 痛む身体がなんとか紫琉まで届き、電撃を放つ。相手ももはや避ける気もなかったらしい。相手が断末魔をあげる。ありったけの電撃は紫琉の体を焦がしつくしたはずだ。


 倒れこんだ紫琉を確認した。おそらくは立ち上がることはない。しかしこの状況はまずい。せめてあいつらに逃げるように言わなければならない。御母衣から人工輸血受ければ俺は助かるのか?いや、間に合わない。血が出すぎている。あたまが回らない。




そもそもなぜおれは他人に頼ろうとしている?


なぜおれはひとをしんぱいしている?


いしきが保てない。ねむい、だが、いわなければ。まにあえ。






 この組織の入ったのは偶然だった。適当に居着いていたヤクザの事務所を襲った奴ら、それがこの組織の人間だった。親は行方知れず、保護施設から逃げ出した能力者が生きていくならそういう仕事くらいしかなかった。結局のところ、この世界は能力者に厳しい。俺は能力者というだけで虐げられ、まだどんな能力かわかってもいないうちに産みの親に捨てられたらしい。




 そのまま保護施設に入れられ、普通の子供と同じように育てられるはずだった。俺の物心がついたころの感覚はちょっと運動ができるという程度だった。そもそも俺も能力の自覚はなかった。今思えば自分の筋肉を電撃で収縮させて、感覚的に身体能力を上げていただけだった。普通の家庭にいればそのままで済んだのかもしれない。しかし子供にとって、しかも身寄りのない子供たちにとって、周りの大人から褒められる他の子は羨望の的であり、妬みの対象でもあった。事あるごとに俺は陰で被害を受け続けた。中学に上がる頃には、羨望なんてなくなった。どんなに足が早くても、力が強くても、施設にいるだけで普通の子ではなかった。学校では遠巻きに見られ、施設に帰れば同じはずの子供に妬まれる。いつの間にか物がなくなり、壊される。何故かぶつかってくる。謝られることはない。それが当たり前だと思っていた。どうせ変わることはない、誰も助けてはくれない。ケンカをするようになったのはこの頃だ。相手が殴ってきたから殴り返した。相手はたくさんいた。普通の家の運動ができない運動部員が体育の授業で俺に負けたからとか、施設の子供が俺の運動神経を妬んだとか、そんな理由ばかりだ。俺から殴ったわけじゃないのに、弱いやつらは俺が悪いと大人達に訴えていた。大人達からしたら、日常の些細なケンカだ。ささっと謝らせて終わればそれでよかったのだろう。怪我をしたのが俺じゃなく相手だったら尚更、俺に謝らせるのが早い解決だ。俺は気にくわない。でもそうしなければ許されない。理不尽だとしても憤りを溜めながら謝るしかなかった。


ケンカの助太刀を求められ、当然のように勝ってわずかばかりの金を手にいれた。金を触ったのもひさしぶりだった。コンビニに入ってルマンドを買って食べた。かなり前に施設で出されて、味を覚えていた。すぐ崩れてしまって、施設に持ち帰ることもせずにその場ですべて食べた。うまかった。この経験がなければ違う道にいたのかもしれない。




 中学を卒業する頃は最悪な毎日だった。殴られる、殴り返す、謝る、殴られる、殴り返す、謝る、避ける、捕まる、殴られる、殴り返す、謝る…いつの間にか俺の殴り方も強くなって、避けかたもうまくなっていった。相手の拳が当たりづらくなり、一対一から多対一が増えてきた。人数で羽交い締めにされて殴られる。振りほどいて殴り返す。このときに気づいていれば、俺はまだ戻れたのかもしれない。しかし、遅かった。人数すら覚えていないほどの雑魚のことなんて気にしていなかった。ただなぜ自分が殴られるのか、誰も助けてくれないのか。憤りに諦めが混じり、怒りが込み上げてきた。




 一瞬、身体から力が解き放たれた気がした。とても心地よい感覚で、鬱積したものが溢れ出していくような気がした。まさに身体に電撃が走る感覚だった。溜まっていたものが溢れだし、身体が自由で満たされていった。


 いつの間にか、自分の羽交い締めにしていた数人が一気に仰け反っていた。殴ろうとしていた1人がへたりこんだ。大人たちが入ってきたとき、数人が倒れる中で俺だけが立っていた。このときに助けなどいらないことに気づいた。俺は充分強かった。




 数日後、検査を受けさせられた。よくわからない機械を着けて、身体を動かしていた。珍しく自分を興味深く見る大人達がいた。いくつかの質問をされて、あとは自由だった。何もちょっかいを出されないことがここまで楽だと思わなかった。さらに数日後、俺は施設を出ることになったと伝えられ、初めて俺の能力について教えられ、自覚することとなった。




 しかし、俺は施設を脱走した。当たり前の話だ。大人を信用していなかった。そんな奴に利用されるくらいなら逃げたほうがましだった。能力があるなら稼ぐ方法はいくらでもあった。ケンカの助太刀でも何でもよかったのだ。強請ることだってできる。今まで大人達がそうしてきたように、抵抗しない奴を狙うか、抵抗できなくすればよかった。最初は同級生から聞いていた不良を狙い、財布から金を抜き取った。それ繰り返しながら足がつく前に次の繁華街に向かった。


 この頃が一番楽だった気がする。ひたすら力を自由に使い、金を勝ち取り、使う。気を遣うこともない。何の文句もなく生きることができた。当たり前のように噂になり、とうとう俺はヤクザ者に狙われる側になった。やることは結局かわらない。能力の使い方だけはうまくなっていった。




 ある日、ケンカの現場を見たヤクザ者から組への加入を求められた。金も手に入るとなって俺は迷いなく入った。身分も作ってくれるとなって、俺の路上生活はあっさり終わった。偽造された身分証には「真壁 翔」と書かれていた。そしてそれが俺の名前になった。念のためと銃を渡されたが、使うこともなく今も手元にある。その頃には人を殺せる程度の電撃を撃てるようになり、身体能力も相当上がっていた。俺からすれば楽な仕事だった。名前も知らない奴とその取り巻きを殺すだけ。裏の人間だからニュースにも出づらく、能力を使っているから証拠もないまま殺すので足取りも追えず捕まることもない。殺す相手のことも特に知らなかったし、知ろうともしなかった。


何人殺したかも覚えていないまま時は流れた。殺し方から噂にはなったらしい。適当にやっていればそのまま生きられる。それならそれでよかった。そうやってある程度の時期がすぎたら次の組織に売られていく、そうやって過ごしていた。少なくとも生きられればよかったし、どうせ信用もしていない奴らとずっといるつもりはなかったからちょうどよかった。




その生活の終わりはすぐに訪れた。ある日突然、いる組がつぶされた。相手がただの人間だったら俺がいれば苦戦することはなかったはずだった。ボディーガードとして組の事務所にいた俺は、ただいるだけでよかったはずだった。


突然、事務所の扉が開いた。来客の予定もなかったために事務所がざわつく。その瞬間、二つの人影が入ってきた。片方は目の前の奴を一瞬で蹴飛ばし、もう片方はそのまま組長に向かっていった。俺が反射で組長を守ろうとしたとき、すでに組長に手がかけられていた。ギリギリ間に合わず、目の前で組長が血飛沫をあげた。せめてカタキは討つつもりで人影に一撃を放つ。触れた瞬間に電撃を放ち、麻痺させたはずだった。しかしその陰は一瞬ひるんだもののすぐに距離を取り、もう一つの人影と合流した。どうやら右腕でガードしていたらしく、だらりと垂れ下がっていたが眼光は鋭いままだった。


俺の一撃でひるむこともなく、このスピード。感覚で俺と同じ能力者だと分かった。この一瞬のやりとりの間にももう一つの人影は事務所にいる人間をあっという間に制圧していた。構えた姿を見たところ、長身の女が二人立っていた。


「あら、アンタが仕留め損ねるなんて珍しいわね。」


声を聴いて初めて女ではないことがわかった。長身で体のラインが見える服を着ており、脚を使いやすい姿である。変装というより普段からこのような恰好なのだろう。


「あなたも能力者のようですね。」


もう一人の女がこちらに話かけてきた。ロングスカートでどう考えても動きやすい服装ではない。それであのスピード、しかも俺の電撃を喰らったはずなのに立ち上がっている。この二人は強い、本能的に理解していた。今までのように適当に戦っても勝てるような相手ではない。下手をすれば一瞬で死ぬことになる。初めての感覚だった。体中から電気が沸いているのが手に取るようにわかる。今まで気づいていなかった周囲の電気がわかる。相手をちゃんと見たのはもしかしたら初めてだったのかもしれない。




二人はすでに身構えている。このまま殺すつもりなのか、それとも逃げるのか。張り詰めた空気が事務所を包んでいる。


「アンタも来る?」


突然オカマの方が警戒を解いて声をかけてきた。


「ママ、何を言ってるの?」


黒づくめの女がすぐに声を制した。しかし明らかに空気が変わっている。あまりにも思いがけない言葉に俺の感覚がゆらいだ。


「あら、どうせこの子も能力者ならこっちにいてもらったほうが楽よ。それに、今ここで戦うのも悪くないけど、この子、強いわよ。」


ママと呼ばれたオカマはこちらに一瞥をくれたあと、黒づくめの女に笑いかけた。


「…貴方はどうするつもりですか?」


黒づくめの女は警戒をとかないまま俺の方を見ている。


俺からしたら、生活ができればそれでよかった。それに、どう考えてもこの場で俺が生き残る目は見えないと気づいた。二人の能力が全く分からない。それは相手も同じだとしても、単純に二対一では不利だ。


「…それもいいが、俺を殺さないのか?」


当たり前のことだが、この二人は突然襲ってきている。俺は当然警戒していた。しかし、不思議なことにこの二人への警戒はどんどん解けていく気がした。


「あら、来てくれるんならそれでいいのよ。それに、アンタと同じ仲間だって紹介できるわ。」


オカマがこちらに一瞥くれたあと、構えをやめた。警戒を解いたのがすぐに分かった。


見れば足技を使うのにハイヒールを履いていたのを覚えている。もともとの背が高いうえにさらにヒールがあるためにとんでもない長身に見えた。バランスの悪い足元であれだけの動きができるということは能力がなくとも相当な手練だと分かった。


「…貴方がそういうならいいでしょう。」


もう一人の黒づくめの女が武器らしきものをいつのまにか収めており、こちらに向き直っていた。今まで過ごしてきたやつらとは違う凛とした気配を感じたが、その奥にいつでも殺しにかかれるような気合を内包しているようだった。こちらが気付かない間に動けるようで、意識の隙を突かれたら俺でも反応できなかっただろう。


二人ともあれだけの立ち回りをしておきながら、全く息を乱していなかった。出血もさせていないから服も汚れておらず、明らかに慣れた側の人間だった。先ほど止めたはずの女の右腕くらいしか影響はなかったようだった。情報不足な上に人数でも負ける以上、この場を生き伸びるには従うしかなかった。


「連れてってくれ。どうせ行く当てはねぇからな。」


二人の目的は組長の暗殺にあったのだろう。こちらの他のメンバーは倒れてはいるが死んではいなかった。こんな状態でも目的だけを達成していたのだ。どんな力を使ったのかはわからない。それがこの二人の実力なのだと思い知らされた。


この二人と会ったことはかなりしっかり覚えていた。俺にとってほぼ初めての他の能力者との対峙だったし、俺が負けると思ったのもこれが初めてだった。


 二人に連れられてそのまま車に乗り込むように言われ、指示に従った。車の中で二人が自己紹介を始めていた。オカマの方はマタスキーナ・ママと呼ばれていると話していた。本名ではないだろうが、俺も偽名みたいなものだし、どうでもよかった。女のほうは烏間黒羽と名乗った。烏間一族といえば暗殺者集団だ。俺が戦ったことはないが、組が依頼をかけるにも莫大な金額を請求されるような奴らだった。そこの出だとすれば納得がいく。一族を抜けた理由はわからないが、下手に戦うには相手が悪かったのだとこのときに悟った。




 アジトらしき場所に連れてこられて、ボスに挨拶するように言われた。初めてボスをみたときに、なぜこの男がボスなのかわからない程気配がなかったのを覚えている。強そうには見えない姿。ジャン=レノンと名乗っていたが、どう見てもアジア系の顔立ち。ママや黒羽の気配と比べてもどう考えても弱そうだった。こういうやつでもボスということはおそらく何かしらの力はあるはずだと思い神経を研ぎ澄ませるが、全くわからなかった。当面はボディーガードとして黒羽と共にボスと行動を共にするように言われた。結局そのままボディーガードのままだったが、特に気にもしていなかった。何度となくボスと対峙したが、まともに能力を見ることすら叶わなかった。




 黒羽に組織についていろいろ見せられたのを覚えている。組織には数人構成員がいるといいながら建物内を案内された。


無差別に人を殺めそうな百破という男は明らかに俺を敵視しているようだった。身長はさほど大きくないが、四肢の太さが異常だった。


「こんな奴に興味はねぇよ。せいぜい俺が殺さないように礼儀くらいは通せよ。」


それだけいってこちらに顔も向けないで座っていた。あたりに武器をおきっぱなしにしてあって明らかに頭のおかしい奴だと思った。


挨拶もそこそこに背を向けて歩こうとしたら、不穏な気配を感じて振り返ると、すでにこちらに鈍器を振り下ろそうとしていた。スピードが遅いおかげで避けることは容易だった。


「てめぇ何しやがる。」


俺がにらみつけると、にやにやとしながら百破が両手に武器を持って立ち上がっていた。


「あなたたち、やめなさい。」


戦闘になりかけたところに黒羽が制止をかけなければ、恐らくそのまま戦っていたはずだった。大振りとはいえあの体からの一撃は痛恨だったろう。当たらなければどうということもないが、体が大きいほど電撃ですぐに片付けることはできなくなる。


「いやぁ悪い。そうだ、仲直りの印にこいつをやるよ。冷たくてうまいぞ。」


不敵な笑い声をあげながらよくわからない塊を勧められたが断ってさっさと部屋を後にした。


百破と別れた後、そのまま中学の化学室のような場所に向かい御母衣ハルという少女とブランキィという大男と顔を合わせた。御母衣は科学者と名乗っていて、ブランキィもその研究の一環だと抑揚のない声で話していた。細かい話はよく分からなかったが、身体のことを調べたいとか言われたのはわかった。髪の毛程度の情報があればいいといわれ、よくわからないまま一本くれてやった。その後何度も血液データだけでもとか言われ、二、三回サンプルを取られた。そのサンプルから人工血液を作っているとの話だった。


様々な話を右から左に流していたが、ブランキィというやつは終始動かず不気味だった。どうやら御母衣の指示で動くらしく、御母衣以上に抑揚のないうめき声を時々上げるだけだった。




「ほう、新入りかのう。」


 突然、目の前に老人が現れ、白い煎餅を差し出された。気配は一切なく、後ろを取られたときのような気配の漏れもなく、いきなり現れたのだ。それが馬渡ゲンゾーだった。このじいさんの能力だと黒羽から後で知らされた。その気になれば人もこの能力で運べるらしいが、どうにも暗殺にはついてこないとのことだった。ボケているのかわかっていてやらないのかわからないが、戦いたくはない相手だと思った。




 じいさんがどこかに消えると、廊下に人形が落ちていることに気づいた。それを拾い上げた瞬間、人形がいきなり動き始めた。


「おい、勝手に汚い手で触るんじゃねぇよこのチンピラが。」


口汚い言葉を吐くと、いきなり人形が動きだした。俺が驚いて手を離すと、人形はものすごいスピードで後方に飛び、いつの間にかいた少女の手元に収まった。


「あーあ、チンピラに触られたせいで汚れちまったじゃねぇか、こりゃあクリーニング代貰わなきゃいけないな。」


人形がわめくのを少女は必至で止めているようだった。そして、こちらに会釈すると身をひるがえして廊下の奥に消えていった。


「あれがベアトリーチェとスケアクロウです。ベアトリーチェは人形使いですから、お忘れなく。スケアクロウの言ってることは…まあいいでしょう。」


 なんとなくだが、本性はあの人形のような性格なのだと言いたいのがわかった。年下になめた口をたたかれるのはムカつくが能力を持ては真っ当に生きるのは難しいのは知っていたから特に咎めることもできなかった。




 その先の部屋には花梨と書かれた札が下がっていた。


「この先にいるのが花梨さんですが…あまり私は好きではありません。」


黒羽がなぜか毛嫌いするような言葉を発したのを覚えている。黒羽がノックをすると、甘い声で返事がして、扉が開いた。


「あら、新入りさんかしらねぇ。」


耳に残る喋り方とともに部屋の方から甘い香りが漏れ出ている。この部屋の主、花梨だった。和装にキセル、昔の遊女といった井出達だった。組長が好きだからと連れていかれたところにいたような気がする。二言三言黒羽と話しているようだったが、それまで見なかった黒羽がいら立っている姿を見た。馬が合わないというのはこういうことなのだろうとみて思ったのを覚えている。黒羽が感情的になるのをあまり見なかったからだろうか。


そのまま黒羽に促されて部屋を後にした。


 花梨の部屋を出たタイミングでママがやってきた。


「あらちょうどよかった。ンガドゥちゃんが戻ってきたわよ。」


その背中には昔の戦士を思わせる服装の男が立っていた。無駄のない動き、シンプルな武装をしており、気配からして強力であることは間違いなかった。


「ほう、この者が新入りか。」


ンガドゥは一瞥くれると、俺の目の奥を見透かされたような気がした。思わず体が臨戦態勢に入り、それに応じるようにンガドゥがこちらに体を向けた。


「ンガドゥちゃん、この子今日きたばっかりだから疲れてるのよ。遊ぶなら今度にしてちょうだい。」


 ママがそういって俺とンガドゥの間に入った。


「…まあ好きにするといい。失礼。」


ンガドゥは納得したように去っていった。気配の濃さが強さを物語っている。




 一度紹介をうけたものの、その後顔を合わせるのはほとんどなく、月に一度ボスに指示されて例会として集まる時と、ママか黒羽と共にボスのボディーガードをするときくらいだった。ほかの面々も何かをしているらしかったが、指示を受けて動いているようで集まることが少なかったのだろう。外に出ることが少なく、指示を出す程度でボス自身が戦うこともない。身体が訛るのも困るので、時々暴れられる仕事に出ることはあった。いい気晴らしにはなったが、結局大した奴にあたることもなかった。時々サボろうとしてママと黒羽ににらまれることはあったが、平和だった。


 時折ある仕事以外はとても自由だった。ここでは能力が理由で虐げられることも殴られることもなかった。理不尽に謝らされることもなかった。むしろ認めてくれていた。このまま生きることができるのならそれでもいいかもしれないと思っていた。


 月一の例会では本当に取り留めのないことを話していた。犬派か猫派かとか、旅行に行くならどこがいいかとか、本当にどうでもいいことだった。それがあったおかげで少しは気も楽になった。気を張らなくてもいいのだ、ここにいてもいいのだと思わせてくれたのがボスの力量だったのかもしれない。




 この均衡が破れた。そう、あいつらが来たのだ。


 ちょうど例会が行われている時だった。アラートがあることを知ったのもこの時だった。平和はあっさりと破られた。依頼で拉致してきた日向遥という少女を追ってきたらしい。見た限りそこまで重要な能力者でもないはずだが、仲間意識が働いたのだろう。説明を聞いたところ、能力者として徒党を組んでいるようだった。それなら大人数で来るはずだ。しかし相手はたった4人。捕まえている女は戦闘向きではならしい。聞いた限り同じ学校にまとまっていて、兄妹でもある…偶然としては行き過ぎだと思った。


もしこいつらのように俺にも仲間がいたら、こういう人生は歩んでいなかったかもしれない。憤りが強くなっていった。




 現れたのは火ノ川煉矢、鳴神雪那、伊集院風人、そして鳴神紫琉というらしい。全員が何かしらの現象を操るようだとのこと。そのなかに電撃使いもいた。


 不愉快だった。同じ能力者でもあの男は真っ当な道を歩いているらしい。しかし俺は今、こうしてここにいて対峙している。そのことが許せなかった。




なぜこんなにも違うのか。


なぜ認められなかったのか。




両親にも捨てられ子供心に孤独を感じていた俺と、守られ仲間にも恵まれているこいつ等、なぜ差がついた?わからない。戦うことはすぐに決めた。ほかの奴らが。




「こいつは俺がやる。」


こいつを始末すれば俺の気分は晴れるだろう。ぬるい世界にいたこいつを殺すことで、自分の生き方を否定させない。この憤りをどうすればいいのかわからないが、この場所を壊させるわけにはいかない。


「手を抜くつもりなら人をつけますよ。」


黒羽が制止したが、そんなつもりは更々なかった。


「手を抜くわけないだろ。本気でやる。」


身体中から力があふれる。周りに人がいたら下手をすれば巻き込む。一人でやるのが確実だ。負ける気はしなかった。俺の人生を否定させないためにも、あいつを倒す必要があった。




侵入経路は御母衣の分析ですぐに分かった。他の奴に対してもそれぞれ向かうことになり、俺は廊下で陣取った。




「通してほしい…といっても許してはもらえないんだろうね。」


すかした声で目の前の男、鳴神紫琉がこちらに笑いかけてきた。


「誰に聞いてるんだ?」


挑発だというのはわかっている。こちらの能力を知っているかは不明だが、明らかに俺を油断させようとしているのはわかった。


「僕はできれば戦いたくないんだ。遥君を開放してくれればそれで構わない。」


紫琉は少し表情を固くしながら構えている。電撃を放つような動作はない。しかし先ほどとは明らかに違う気配を湛えている。


「悪いがこっちは依頼されてるんだ。依頼主も明かせない。」


俺も同様に構えた。電気を溜めているせいでバチバチと音が立っている。


「それはそうだよね。」


紫琉は懐に手を入れると、銃らしきものを取り出した。それを見たと同時に俺は踏み込んだ。


筋肉を静電気で伸縮を支配し、一気に動く…だったろうか。御母衣の解説はよくわからなかったが結局は電気を操る能力だということはわかっていた。相手に同じように強力な電撃を与えることもできたのだろう。


距離を詰めて一撃を放とうとしたが、紫琉はこちらに向けて左腕の銃を撃った。


かわせないスピードではなかったが、普通の銃と違い爆発音がせず甲高い金属音がする程度だった。しかも片方の銃でも連射ができるらしく、距離を詰めるのは難しい。弾道上に入らなければ避けられないこともないが、一度間合いをとり直した。思い切り飛んでもまだ間合いに入らないように撃ってくる。普通の拳銃ではないようで、十発ほど撃ったにも関わらずリロードをする様子もなく打ち続けている。薬莢も出てこない。しかし弾は断続的に出てきている。


「さすがに一筋縄ではいかないか…。」


そういうと、紫琉はもう一丁の銃をこちらに打ってきた。こちらは少し口径が大きいように見える。先ほどの銃と同じく火薬の音ではなく破裂音のような音が聞こえたかとおもうと、細い糸が俺の体を包んだ。


「これならどうだ。」


糸は勢いよく俺の体に向かってくる。あまりに広く、後ろに飛んでも避けることもできなかったが、ジャケットを脱いで前にかざして直接体に触れることは防ぐことはできた。


俺は咄嗟に電撃を放った。おそらくだが、これで一撃は入るはずだった。


 読みは当たったようで、電撃が糸を伝い紫琉の右手に向かう。


声にならないうめき声をあげて紫琉が右手の銃を離した。おそらくは、このまま紫琉も電撃を流すつもりでいたのだろう。さっき懐に入れなかったために間に合ったが、おそらくあのまま一撃を喰らっていたら体が間に合わなかっただろう。


 紫琉はひるんだがすぐに体制を立て直し、左手の銃を乱射してきた。狙いが定まっていないから避けるのもわけがない。俺は壁に向かって飛び、そのまま壁を蹴って弾を避けながら紫琉との間合いを詰める。その間にも電撃を放つ準備をしていく。


 距離さえ詰めてしまえばこちらのものだ。奇妙な左手の銃もあの速度だと分かれば撃たれる前に横に飛ぶなりすれば間に合う。あとは確実に倒すだけだ。


 


 俺は突撃した。これで勝てる。そのはずだった。




 


 右腕を持っていかれた。いや、持っていかせた。目の前の彼は強い。おそらく僕がいきなり対峙すれば全力を出しても勝てないかもしれない。しかし、僕には武器がある。基本に立ち返って銃を構え、彼に向かって左の銃、レールガンにありったけの電流を込めた。さっきまでとはわけが違う、相手を制圧するのではなく殺すための射撃、全身全霊の一撃だ。ちょうど近寄ってきた彼に向かって思い切り放つ。スピードが先ほどの比ではない。回転もかかるから直線で彼の急所に向かう。彼は弾が当たった瞬間、動揺の色を見せた。しかし、そのまま彼は突撃してくる。まっすぐこちらを見据えて迷いがない。僕の体がぶれているせいで二発目、三発目も微妙にずれたところに当たったが、それでも彼は突撃をやめない。おそらく、これが彼の執念なのだろう。僕はとにかく射撃を続けるしかない。じきに彼が組み付いてきた。おそらくさっきの左腕のようなことになるだろう。詰んだ。


 雪那は大丈夫だろうか。煉矢君、風人君もまだ戦いなれていないはずだ。それに、彼らに殺す覚悟があるとは思えない。それを教えることができなかった。勢いで助けにいくことを許すんじゃなかった。とにかく生きて戻ってほしい。せめて彼らだけでも、何とか生きていてくれればそれでいい。


 そして、全身に痛みが走る。熱い、痛い。それが波状で押し寄せる。自分が死ぬのだという覚悟をせざるを得なかった。悔しい。この先はアイゼンがうまくやってくれるのだろうか。せめて雪那の振袖くらいは見たかった。ああ、熱い。悔しい。






 銃口がこちらに向いている。しかし、放たれた瞬間でも避けられるはずだ。全身で電撃を放つために集中する。撃たれた瞬間に避ければすぐに組み付いて終わる。しかし、弾丸は俺が避ける前に直撃した。弾道すら見えない。当たり所が悪いのがすぐに分かった。身体が一瞬熱くなり、痛みが広がっていく。明らかにダメージが大きい。このまま避ければ仕留め損ねる。仕方ないから身体を避けることもあきらめた。二発、三発と弾が当たる。しかし電撃は放てる。痛みが拡がる、最後の力を込めて紫琉に組み付き、思い切りお見舞いしてやった。


 煙を上げて紫琉が倒れる。俺はぎりぎり体に電撃を与えて歩いているが、血が止まらない。


 とにかくボスに話すだけ話すしかない。生きている者がどれだけいるかもわからない。他の奴らのデータを確認していなかった。電撃を与えても体が動かなくなってきた。心臓が変な脈を打っている。まだ意識はあるが、痛みでまともな思考ができない。


 同じ電撃使いのはずなのにあいつの一撃を見抜くことすらできなかった。能力者と殺し合いをしたことがあまりにも少なかった。もっと深く相手を見れば安全に勝てたかもしれない。邪魔だと言ってしまったがためにこんなことになるとは思わなかった。せめてもっと冷静なやつを連れてくればよかった。紫琉のように武器をちゃんと使うべきだったのか。




 なんとか扉の前についた。無理やり扉を開けて、中にいる奴に聞こえるように声を出す。


何を言っているのかもおぼえていない。内容だけ伝えているつもりだが言葉にならない。せめて逃げるようにだけは伝えなければならない。


 だんだん意識が白くなってくる。わずかに顔が見える。表情がわからない程目がかすんでいる。負けるとは思わなかった。油断さえしなければよかっただけだった。




ずっと野垂れ死にだと思っていた。しかし、いま目の前には誰のかわからないが顔がある。少なくとも、俺も孤独ではなかった。そのことにも気づけなかったのだ。ここにいる誰かでも連れて行けばおそらくどうとでもなった。大口をたたいておきながら負けるなんて恥ずかしい話だ。悔しい。眠い。痛い。眠い。もう誰の顔もわからない。眠い。悔しい。




 そして二人の電気使いは死んだ。

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