恋する少年と思い出
「あーー! くそっ! 言い返せねぇ、覚えてろ! 今に大物作家になって人気者になってそして、お前を見返してやる!」
小森哲也は林乃倫子の家を飛び出し、悔しさの中帰路についていると、一本の電話が鳴った。
ーープルプルプルプルプルプル
誰からかと思い、スマホを見ると「山口」と書いてあった。
通話ボタンを押して通話に出る。
『もしもし』
電話の向こうから高校時代の級友の声がする。
僕はすぐさま相言葉を投げ掛ける。
「もしもし、小森?」
『哲也......』
「よし、間違いなく山口だな!」
僕が嬉しそうにすると、山口は不機嫌そうにため息をつく。
『はあ、この合言葉止めない? 恥ずかしい』
「止めない、そして、オレの名前は恥ずかしくない。むしろカッコよくていいだろ?」
『......そんなことより、林乃倫子は白か黒か』
「そんなこと......。まぁいい、今、乃倫子本人に会って来たんだが......正直なところ、よく分からん」
『おい、真面目にやれよ!』
「だってこれってスパイごっこでしょ? だったらそんなに強要されてもねぇ。それにあんまりグイグイ突っ込んだこと聞くとストーカーじゃないかって疑われちゃうから、オレ協力できなくなっちゃうかも」
「わ、分かった分かったから、調査はお前に任せるよ」
よし、と僕は小さくガッツポーズをする。
『とりあえず今のところの証拠になりそうなものは哲也ん家の母ちゃんの言っていたごみ捨て場荒らしの三毛猫が突然いなくなったことと、昔、お前が聞いた猫を食べたい発言、の二つか。猫、猫、猫、猫......。お前が林乃倫子の例の発言を聞いたとき、話相手がいたんだよな?』
「うん、立花先生っていう人」
『よし、今度はその立花先生に当たってみよう。今日はおつかれ。プツっ、ツーツーツー......』
そういって山口は通話を切った。
山口は今、動物愛護団体に所属しているらしい。僕が乃倫子の幼馴染みだからなのか、高校のときより礼儀正しくなっている。
山口の狙いは大体、察しがついている。大ベストセラーの絵本『ごみ捨て場の正義』に対する抗議をするための地盤固めの調査だろう。
あの話は心理描写がやけにリアルで野良猫やカラスといった動物を退治という名目でいじめているため、彼らの目に付いたのだ。
はぁぁぁーー。
僕は何をしているのだろう。
乃倫子に対抗して日がな1日小説を書くためにアパートに引きこもって。マンネリとかスランプとか言って刺激を求めて級友に会ってみれば憧れの人の敵に協力してスパイなんかをやっている。
しかしこんな状況なのにも関わらず、乃倫子と言い争いして素直な才能に触れて、うれしくなったり。疑いようの無い優しさに安心したり。僕のことを気持ち悪がってくれたことに謝意があったりと。
恋する小森哲也がそこにいることが堪らなくいい。
「......」
僕は空を見ながら、乃倫子との思い出を懐かしんでいた。
そして......。
あの日僕は、確かに聞いた。
立花先生と乃倫子が話をしていたことを。まだ幼稚園児で素直だった僕でも耳を疑うほどのセリフ。
『猫を食べたい!』
それと同じぐらいの時期に自治会長を務めていた母が、ごみ捨て場を荒らす三毛猫がいると騒いでいたのを覚えている。
あと、これはあいつには言っていないか、その時期にもう一つ、大きな事件が起きていた。
それは、例のごみ捨て場の近所にある、一軒家の全焼火災。




