普通と理想の女の子
私は林乃倫子、5歳。
猫を食べたいって思う。普通じゃない女の子......。
昨日は猫を捕まえようとしておじさんに怒られた。
そしておじさんは猫を可哀想に思えるまで家に遊びに来てもいいと言ってくれた。
でも、簡単には割りきれるものではない。5歳の私は文化を呑み込んだ子供なのだから。猫を食べることが当たり前ではなく、そういう当たり前を知りたい好奇心旺盛な子供だから。途中で取り上げられて我慢できるはずもなく。どこか、悲しい表情になっていたはずだ。
「乃倫子ちゃん、どうかした?」
幼稚園で乃倫子を見かけた立花先生が心配して声をかける。
「......立花先生。昨日、猫を捕まえに行ったんだけど、そのときにおじさんに怒られちゃって......」
立花先生は「やっぱり行ったんだ......」と、呟く。
「立花先生......、私ね、猫を食べることが普通だって思ってないの......。私が知っている人はみんな猫をかわいいって言うし、食べるって言うと芸能人の人達も嫌がるの。だから変なんだって思う」
今にも泣き出しそうな乃倫子を見て、立花先生は後悔した。
この子は純粋なんだ。世の中にあることを信じて、知ろうとしている。私はこの子を理想的な人間に正そうと考えていた。この子が今、苦しんでいるのは、日本人社会と何でも信じられるという才能が噛み合わないからだ。
「......ごめんね乃倫子ちゃん、この前、先生、乃倫子ちゃんに嘘をついたの」
「え?! ......。」
「この前、乃倫子ちゃんに猫を食べたことあるって言ってたけど、それが嘘なの......」
立花先生の告白に乃倫子はショックを受ける。
「そ、そんな......」
「先生はね、猫を食べようとしている乃倫子ちゃんが変な子に見えたの、だから普通な子にしようとしてた。でもね乃倫子ちゃん」
立花先生は乃倫子の肩を優しく、しかし精神的に力強く掴む。
「乃倫子ちゃんは間違ってない!! 乃倫子ちゃんの中にはもう『普通』というものが何か分かってる」
「っ......」
「だから......」
だから応援しよう、この子には私の理想を越えられるだけの才能がある。
「自信を持って『私は猫を食べたい』って言って......」
乃倫子は流れかけた涙をぬぐって笑うと、冗談めかしく言った。
「立花先生......それ、犯罪だよ......」




