猫の味
幼稚園で猫の絵を描いている乃倫子は今朝見た猫のことを考えていた。
「うーん」
あの猫っておばちゃんの言っていた三毛猫だよね。
はっきりとその三毛猫を見たわけじゃないからそうとは断言できないけど。でももし猫なら捕まえてたべられる!
......三毛猫って他の猫と違う味なのかな?
なんか見た目、スイーツみたいな色だよね。ゴマの黒、キャラメルの茶色、ホイップの白。
もしかしたら、食べるところによって味が違っていたりして。
あまーいスイーツみたいな猫......。
「美味しくなさそう......」
なんか、お肉とスイーツを一緒に食べるものと考えると、クドイ。
やっぱり食べるのやめようかな?
「こらっ! 乃倫子ちゃん好き嫌いしちゃダメでしょ?」
乃倫子の後ろから立花先生が冗談っぽく話しかけてくる。
「なーんてね。わぁ、乃倫子ちゃん絵、上手ね、ホワイトタイガーかしら」
「違う。色塗ってないけど三毛猫」
立花先生は思い込みが激しくて、思い切りのいい先生だ。悪い先生ではないのだがちょっと早とちりが多い。
「あ、ごめんね......」
「......」
私は黙々と絵を描いている。
その隣に立花先生は腰をおろす。
「ところでさっき「美味しくなさそう」って言ってたけど、乃倫子ちゃんは何か嫌いな食べ物でもあるの?」
「私の嫌いな食べ物はなすびです。でもさっき考えてたことはなすびのことではないですよ」
「え? じゃあ、何のことを考えていたの?」
「猫です」
「......猫は食べ物じゃないよ?」
「でも、食べている人たちもいます」
「そ、そうだけど、でもほら、猫ちゃんを食べたら可哀想じゃない?」
「だったら牛さんも豚さんもかわいそうってことになります。先生だってお肉好きでしょ? ......先生、好き嫌いしちゃだめなんでしょ?」
「そうだけど......」
このとき立花は乃倫子に猫を食べさせないように考えていた。
もし、この考えのまま大人になってしまったら、乃倫子ちゃんは絶対周りの子たちから浮いてしまう。
猫は食べてはいけない。
好き嫌いもしてはいけない。
これを教えるには嘘をついてでもおしえなくちゃ。
「じ、実はね、猫ってすーごく美味しくないんだよ」
「え?! 先生猫食べたことあるんですか?」
乃倫子は猫を食べたことのある人が目の前にいると知って目を輝かせる。
「う、うん、まぁね。あれは最悪の味だった」
「どんな?! どんな味だった?」
えっ、ど、どんな味?! わかるわけないでしょ! ......でも、この子の将来のためだ、なんとかして食べさせないようにしないと。
「うーんとね。そう、乃倫子ちゃんの嫌いななすびみたいな味だったよ。身は柔らかくてデロンデロンな臭みのあるお肉。もうほんっと最悪だった」
立花先生は乃倫子を必死で説得する。
「そっか、なすびみたいな味ならちょっといやかも......」
立花先生は、少しほっ、とする。
これで乃倫子ちゃんは猫を食べたいなんて言わなくなるだろう。
「先生! 私、好き嫌いしないように頑張って、なすび食べられるようにするよ」
「う、うん? ......がんばって」
あれ? 上手く伝わってない?
その後、立花先生は猫を食べたひどい先生と保護者の間で噂になった。