夢オチと敵の恐怖1
幼稚園から帰った乃倫子は泣き疲れたのか、家の炬燵に入ったとたんに眠ってしまった。
「......りこ、乃倫子」
お母さんの呼ぶ声がする。
「ん~~? 何ぃ?」
私は眠い目を擦りながら、お母さんの呼ぶ声に答える。
「今日は乃倫子のリクエストで『猫の照り焼き』にしたんだから寝てたら冷めちゃうじゃない」
気がつくと私は炬燵ではなく、椅子の上に座り、ナフキンを首にかけて、ナイフとフォークを握りしめていた。
「えっ、あれ?」
テーブルの上には『猫の照り焼き』の他に『ポテトサラダ』や『コーンスープ』などもある。どれも乃倫子の好物だった。
「ほら食べるよ」
お母さんは合掌して小さく「いただきます」というと箸で『猫の照り焼き』を豪快にかぶりついた。
「.......」
乃倫子は今までに見たことのないお母さんの行動に、思ったことがある。
「夢だよね? これ」
お母さんは口の中の食べ物を空にしてから話す。
「何言ってるの、夢じゃないわよ。それにこの三毛猫は乃倫子が捕まえて来たんじゃない、お母さんも猫を食べるのは初めてだけどこんなに美味しいなんて知らなかったわ」
お母さんは分かりやすくヨダレを拭うとまた、『猫の照り焼き』にかぶりついた。
「う~~ん、美味しい!」
たとえ夢の中だったとしても猫を食べられるのなら望むところだ。
乃倫子はフォークであたまを抑えナイフで食べやすい大きさにきる。
少しワイルドな臭みのある猫の肉。その断面はしっかりと火が通っており、赤身は全くない。
ようやく猫の味が分かる。
乃倫子は目をつむり、舌に神経を集中させ、肉を口へと運ぶ。
「あーん、モグモグモグ......ん?」
猫の肉を口に含むとみずみずしくて青臭い香りが口に広がる。
噛む度にツルツルの皮がキュッ、キュッ、と音を立てる歯ごたえか乃倫子を不快にさせていく。
乃倫子は皿にそれを吐き出し確認する。
「あれ、これさっき食べたものと違う。なすび?」
私の嫌いな食べ物。
猫の味が気になり過ぎて、ついこの前に立花先生に聞いた、猫の味はなすびに似ているという話を思い出してしまった。
「おお! 乃倫子ちゃん、ついになすびを食べたんだね!」
気がつくと私は幼稚園で立花先生に褒められていた。
「あれ? 今度は幼稚園?」
周りを見渡すとどうやら今は、給食の時間のようだ。年長クラスの皆は無我夢中で皿に置かれたものを貪っている。
「立花先生、私もあれが食べたい」
すると立花先生は笑顔のまま答える。
「ダメです。」
「え?」
「ダメなものはダメです。何が何でもダメだめです。私は許しませんよ? 言うことを聞かない子はダメです。貴女の考えがダメです。『猫を食べたい』? ダメです。人間がなってませんね、だからダメです。少しは反省してください! してもダメですけど。『ダメ!』『ダメ!』『ダメ!』『ダメ!』『ダメ!』......」
もう、立花先生の『ダメ!』しか聴こえなくなってきた。
「はっ!」
乃倫子は勢いよく目を覚ます。
「はぁはぁはぁ......。立花先生こわぁ」
炬燵で火照った身体は汗で冷えて寒い。
そこへお風呂上がりのお母さんがやってきた。
「乃倫子ーー。起きたんならお風呂入っちゃいなさーい」
「はーい」
私はお母さんの言うことに素直に返事した。
もし、立花先生が旦那さん(仮)にキレたら。
立花先生は笑顔を絶やさずに言い放った!
「ほんっと貴方はダメですね。何でこんなにダメ人間なんでしょう。嗚呼そうか私がこのグズをダメにしたのか」
「はぁはぁ、ありがとうございます!」
「って感じだと思う」
私は同じ年長クラスの百合ちゃんとプライベートな立花先生の話で盛り上がっていた。
百合ちゃんは遠くの方を見て言った。
「へぇ、オトナの世界ってやつだねーー。......エッチじゃん」
盛り上がっていたのは乃倫子だけだった。