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千分の1年

作者: のりおざどりる

昔、まだ人と妖が共に生きていた時代。

良い妖は人と街を守り、悪い妖は人と街を食らった。

良い妖は都に招かれ、都心に集まる。

良い妖の庇護を受けられぬ小さな村は自らの手で悪い妖から身を守らなければならなかった。


よくある身を守る手段として贄というものがある。

妖にすすんで人を差し出すのだ。

こうすることでいらぬ争いを回避し、そして必要な人材を失わないようにする。

苦肉の策ともいえるが、妖もその村に依存する形となり、ほかの妖から村を守るようになった。

実に理に適った方法だったのだ。


そして、そんな村の一つ。その近くの山。

そこが今回のお話の舞台。

贄を求める妖と、贄として捧げられた少女。


約1年の物語。



妖は毎年1人の贄を要求しました。

年に1人。それ以上要求すればなくなってしまいそうな小さな村。

妖は贄の状態は問いませんでした。

変にこだわって村が滅びたら困るからです。

贄は病人であったり、老人であったり、盗人であったり、はては死体が贄というときもありました。


しかし、妖は気にもとめませんでした。

毎年人間が食えるとむしろ喜んでいました。


そして、また妖に贄が捧げられる日が来ました。

妖はうきうきしながら祭壇へ向かいます。

ちらりと木の陰に隠れて様子を伺い、祭壇に贄が捧げられているのを確認しました。

妖はようようと贄のもとへ向かいます。


妖「贄が届いた、贄がとどいた」


祭壇に置かれた籠の前で歌を歌います。


妖「今度の贄はどう食べよう。老人だったらよく煮込まないとな。病人なら良く焼かないとな。盗人なら生でもいいな」


そう言いながら籠をあけます。

そこには1人の少女がいました。妖は不思議そうな顔をします


だって少女が捧げられたのは初めてです。

だって贄がこちらにむかって深々と頭を垂れたのも初めてです。

そしてなによりなにより


少女「初めまして妖様。私が今年の贄でございます。どうぞお召し上がりくださいませ」


怖がったりせず、凛と少女が挨拶してきたのです。


妖は困りました。

若い女性をどう食べたらいいかなんてわかりません。

煮込むのはもったいない気がします。

焼いたらせっかくの脂肪が流れてしまいそうです。

生が一番良さそうな気もしますが、それがあってるかどうかもわかりません。

困った妖は贄を住処にとりあえず連れ帰りました。


贄は妖の住処に来てまず自分の鼻をつまみました。

贄「妖様。とても臭いです」

仕方ありません。腑分け場のように臓物が飛び散ったままの住処なのです。

贄の鼻には合わないのも仕方ありません。

妖「く、臭い…かの?慣れててわからん」

妖は少しショックを受けました。


それからの贄の行動はとても早かったそうです。

まず川にいき水を汲みざばっと水洗い。

住処にあった油(なんの油でしょう?)と灰を使って石鹸を作るとゴシゴシと洗っていきます。

ついでに妖の毛皮も洗いました。

1ヶ月がたち、住処と妖の毛皮は見違えるほど綺麗になりました。


妖は贄を食べることを忘れて綺麗になった自分と住処に夢中になりました。

贄「どうですか妖様。」

妖「すごいすごい、まるで都のようだ」


次に贄は妖の食生活の見直しを始めました。

料理は焼くか煮るしか知らなかった妖です。

贄の作る料理の数々に驚きと尊敬の眼差しを向けます。

妖「おぉ、これはうまい!とてもうまい!」

贄「喜んでいただけて嬉しいです」

妖は夢中で贄が作る料理を食べました。


しかし、いくら食べてもいくら食べても妖のお腹は一杯にはなりません。

妖は人喰らいです、人を食べねば生きられません。妖は贄に尋ねます。

妖「うまい人間の食べ方はどうすればいいのだろう」

さすがに人間を料理したことがない贄は答えられません。

曖昧なまま1ヶ月が過ぎました。


妖は少しずつ自分が衰えていくのを感じました。

人を食べなければいけない期間を超えてしまっているのです。仕方のないことです。

でも妖は悩みます。この贄を食べればまた住処は汚れる毛皮はパリパリになる飯が不味くなる。

そしてなにより贄がいなくなる。悩みました。


悩んでいるうちに月日は流れます。また1月経ちました。

気がついたら夏です。森に活力が満ちています。

贄は住処の前に畑を作りました。たわわになったきゅうりが美味しそうです。

贄が言いました。

贄「向こうに蜂の巣がありました。蜜が取れるますよ」

贄はいつも笑顔でした。


そして夜

妖が住処に戻ると贄が居ません。

「逃げられた」妖は思いました。自分を食べようとする者と一緒に居続けるわけはないのです。きっとずっと機会をうかがっていたのでしょう。

妖は怒り狂いました。そしてスンと鼻を鳴らして贄を追いました。

贄の匂いを見失うわけがありません。


贄はすぐ見つかりました。

崖の下の川のほとり。ぼろぼろになった贄が居ました。

贄「妖様…すみません。すぐ、食事の用意を…今日は…甘い蜂蜜のお菓子を…」

きっと崖のそばにあった蜂の巣から蜜を取るときに蜂に襲われ落ちたのでしょう。

贄は蜂蜜が詰まった桶を見せました。


妖はボロボロと泣きました。

贄が無事だったことを喜んだのもありますが、妖は気づいてしまったのです。

贄が居なくなって怒った理由を。

それは、贄が裏切ったと思ったからです。贄が居なくなったと思ったからです。

気がついたら妖は贄のことが好きになっていたのです。


そして5ヶ月が経ちました。

寒い冬です。妖は贄が凍えぬようその毛皮で温めてやりました。

その鋭い爪で傷つけぬように注意しながら。

贄はあの時から足を痛め前ほど万能に家事ができなくなっていました。

それでも妖は贄と共にいました。だって、気づいてしまったのだから。


しかし、となると大問題です。

何せずっと人間を食べていません。食べたのは前の贄なのでかれこれ2年近く食べていないのです。

年に一度贄を食べねばならぬ妖はどんどんどんどん弱っていきます。

贄はそんな妖をみて悪い足をおしてまた家事をするようになりました。


妖は村を襲うことを決めました。

そうすれば贄を食べなくてもいいですし、人を食べることができます。

とてもとてもいい考えだと妖は意気揚々と出かけようとしました。

だけれど、そんな妖を贄が止めます。

贄「お願いです妖様。村を襲わないでください」

どうしてだと妖は尋ねます。


贄「村には弟がいます。母と父を亡くしてたった一人の肉親です。妖様が村に降りると弟が殺されます」

贄はポツリポツリと話し始めます。

自分が贄となった経緯を。贄の使命を。

そして……自分の命について


村は、窮地に陥っていました。

毎年の贄が捧げれないほどに、廃れていました。

このまま贄出し続けることはできない。しかし、贄を出さねば村が妖に滅ぼされてしまう。

だから、妖を殺す計画を立てたのです。

白羽の矢が当たったのは身寄りのない姉弟でした。


村長は言いました。弟を救いたくば妖を殺せと。

しかし、只の人に妖は殺せません。

そこで村長は少女に毒を食わせ続けました。毒を溜め込ませ、妖をも殺せる毒となるように、少女を育てました。

死んだならそのまま贄として出せばいい。ただひたすらに毒を盛り続けました。


少女は耐えました。弟のために。自分が失敗すれば次は弟の番です。

ただただ耐え続けました。

呼吸をすれば激痛が走る。

歩けば目眩がする。

舌は麻痺して味はわからない。

匂いも何も感じない(住処を掃除するときに鼻を摘んだのは演技でした)。

常に耳鳴りがする。


それでも生きました


贄となった時。妖と出会いました。

妖は聞いていたのと違って、恐ろしくなくて、なんとなくかわいい見た目をしていました。

贄にとって村の人々のほうがずっとずっと怖かったのです。

もしかしたら、妖と共に過ごす方がいいのではと思い。妖の世話をしていました。


そしてあの時。崖から落ちて助けられた時。

ボロボロで立てない贄を気遣うように抱き上げた、その強くも優しい腕に触れたときに

贄を見て、そのつぶらな瞳からぽろぽろと落ちた涙を見たときに

……どうしようもなく、高鳴る鼓動を感じたときに

この妖のことが好きなんだと気付きました。


……そして、歩けなくなったのは足の怪我とは関係なく。毒が自分を冒し。命がもう持たないことにも。気付きました。



妖は困り果ててしまいました。

人を食べねば自分は死んでしまいます。

しかし、村を襲うなと贄に言われ。贄は毒に侵され食べれません(毒がなくても食べるつもりはありませんでしたが)

このままでは自分も贄も死んでしまいます。


妖と贄は住処に戻りました。

前にも進めず、戻る後ろもなく。ただ無為に時間が過ぎて行きました。

終わりが近づく時を見ないようにするために。妖は贄にその気持ちを伝えました

贄「ふふ、そうじゃないかと思っていました…私もあなたのことをお慕いしております」

静かに時が過ぎます


終わりが近づく時の中。

妖と贄はお互いに想いを伝えあい。思い出を作るためにいろいろなことをしました。

妖が料理に挑戦したり、冬の山を散歩したり。

いろいろなことをしました。そして、いろいろなことができなくなりました。

贄も妖も。もう立てなくなったのです


最後の日を、2人は暖かな寝床で迎えることにしました。

寝言のように思い出を語り、少し笑い、咳き込み、また笑う。

咳に血が混ざっても気にしませんでした。

そして、先に贄が目を閉じました。もう、贄の目が開くことはないのです

妖は悲しくなって泣きました。


……………………………


暖かさに気がつき、目を覚ましました。


けほっと咳き込みました。

血なまぐさいにおいが口の中からこみあげます。なにかを無理矢理おしこまれたかのようです。

それは、血の…味がしました


自分の体を確認します。

さっきまでのだるさが嘘のようです。

今ならどこまでもかけて行けそうな。そんな気さえします。


愛した人を呼びました。返事はありません。

隣にいたはずのその人はいません。

自分だけが助かった?

この口の中の血生臭い匂いは?


立ち上がり住処の外へ出ます。

そこにも、どこにも愛した人はいません。

スンと鼻を鳴らします。膨大な匂いに頭がクラクラとしてきます。

山へ愛した人を探して駆けだします。風のように。景色が一瞬で過ぎて行きます。

しかし、愛した人はどこにもいません。


何度も、何度も呼びます

愛した人を。名前を結局教えてもらっていなかった。あの人を

贄「妖様!!妖様ぁぁあ!」


途方にくれ、住処に戻った贄は置き手紙を見つけます。

そこにはこう、書いていました。


愛した貴方へ

そういえば、名前を聞いていなかった。

贄としか呼べなかったことに今更気づいてすこし、悲しくなりました。

この手紙を読んでいるということは君はきちんと生きれたんだね。

よかった。


僕は昔は人でした。忘れていたけど。そういえば人でした。

ずっとずっと前に妖を退治してその力を取り込むためにその心臓を食べたのです。

ぼくはそのときからすごい速さで走れるようになり、鼻がすごくきくようになり、目は千里先まで見えるようになりました。


そして、気がついたらぼくが妖になっていたのです。

でも、それはそれで悪いものではありませんでした。

長く生きれたし、君にも会えた。


だから、ふと、思ったのです。

この心臓を君に捧げればもしかしたら君は生きられるのではないかと

どうせ死ぬ身。試すだけ試そうと思ったのです。


きっとうまくいっているのでしょう、なにせ、この手紙を貴方が読んでいる。


もしかしたら貴方はぼくを恨むかもしれない。

でも、ぼくは生きていて欲しかった。


40年は人として生きれます。だから、弟と一緒に生きてください。

そこから先も、できれば妖として生きて欲しい。


もしかしたら、ぼくのことを思い出して悲しんでくれるかもしれない。


でも、それも大丈夫。


これから先千年生きるあなただから。その内のたった一年きっとすぐ忘れられる。


あなたに、幸せが訪れることを祈ります。


妖より


贄「ばかぁ、最後ぐらい、ちゃんと、名前を書いてよ」


そして、私は今も生きています。

あと少しで千年になります。世界は大きく変わりました。

もうあの住処もありません。

なにもかも変わってしまいました。


贄「でも、まだ、あなたのことが忘れられません。嘘つきです妖様」


きっと、これからも忘れないのだろう。

あの千分の一年が、私の全てだったのかもしれない。


でも、これからも生きていこうと思う。

名前も知らないあなたがそう望んだのだから。

幸せは…なかなか訪れそうにないけれど。


千分の一年終わり

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― 新着の感想 ―
[一言] 再び来ました。 何度でも読めて感動出来る。 このような作品は久し振りです。 この作品を書いてくださったのりおざどりる先生に 心からの感謝を!!
[一言] 久方ぶりにこんなに感動しました。 応援しています。頑張ってください。
[良い点] 作者さん的には後半部がやりたいところだったのでしょう。そういうシチュエーションでの恋愛物の一番盛り上がるところを描写やりたかったっていう感じでしたし。 [気になる点] 前半部。色々と突っ込…
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