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いつの間にかなし崩し的に一緒に住んでた、ってどういう事だよ、わかんねぇよ。そんな風に考えていた。
世の同棲を始めたお付き合い中の皆さんが、俺が千田さん家にお世話になりだした時の状況と同じような感じなら、納得出来る。諸手を挙げて降参だ。いつの間にかで、なし崩しだわ。
ただし大きな問題点がひとつ。
俺と千田さんは、ただの先輩と後輩である。
それは現在も変わりはない。全くもって。
初めて千田さん家に泊めて貰ってから、もうすぐ二週間。
あれから毎日夜は千田さんの家で寝泊まりさせて貰っている。
一度快適温度での熟睡を経験してしまうと、もう駄目だった。毎日飽きもせずに太陽がオラついて予想最高気温もむちゃくちゃなら、体感気温ももはや意味がわからない高温続きの日本列島。干からびる。
快眠の魅力にはあらがえなかったんだよ……。
お互いの仕事やプライベートなどで、毎日帰宅時間を合わせるのは難しいので、なんと合い鍵までちょうだいしているのです。
まずはお預かりします、と言う気持ちではあるのだが、あまりにも千田さんが自然に、
「合い鍵持ってて。なんでも好きに使ってていいから。勿論エアコンもね」
なんて感じで鍵くれたわけですよ。
期待せざるを得ないのですよ。
「少なからず、憎くは思っていない筈……だよなぁ?」
家に泊まれと声をかけてくれる。
実際に泊まらせてくれる。
たまに飯を作ってくれる。
俺も作る。
買い出しに二人で出かけたりする。これがまた楽しいんだ。
字面だと同棲を始めた二人だよな、と自分で思う。
だが、相手はあの竹を割ったような性格の千田さんである。
本当に、エアコンのない部屋に住む俺を哀れに思って世話をしてくれているだけで、そんなつもりはないのかもしれない。
すっかり胃袋を掴まれ(本当に千田さんのご飯は美味しい)ている俺としては、出来るならこのままお付き合いを前提にした告白をしたい。
……なんかおかしいな。
とにかく、もし千田さんが俺以外の奴にも「エアコンないならウチに泊まりにきなよ」と声をかけたとする、と仮定してみたのだが、その日の一日中胸がモヤモヤして仕方なかった。
絶対に嫌だと思った。
これはもう、アレだよね。
うん、アレ。
改めて言葉にしようとするとこそばゆいのだけれど。
俺、千田さんが好きなんだ。
俺が千田さん家に泊まれているのは、一言で言うと、暑いから。
つまり、暑くなくなったら、エアコンが必要な気温じゃなくなったら、千田さん家にくる理由も無くなる。
千田さんに会えなくなる。
まだまだ猛暑日を越えてくる気温だが、夕方を過ぎるとだいぶ過ごしやすい気温まで下がり、涼しさを感じる日も出てきた。
お盆を過ぎて、甲子園も熱い熱い試合が日々繰り広げられたが、数々のドラマを残し無事今日100回大会を閉会したとニュースは盛り上がっている。
夏の終わりも着々と近づいている。
俺には足踏みしている時間なんてないんだ。
わかっている。
わかっていても、わかっていても!
「ただいま~!はぁ~っ、あっつかったぁ~!
米澤くーん。ビール買ってきたよー」
「おかえりなさい。茄子の煮びたしは作っときました。
あと刺し身の盛り合わせありますよ」
「やった!お腹減った!」
こんな会話が出来る今の状態を壊したくなくて、
「好きです」
たった4文字が言葉に出来ない。
「風呂先ですよね。その間に温め直しておきますね」
「ふふ~、ありがと、すぐあがるね」
誰かと一緒に食う飯は美味い。
好きな人と一緒に食う飯は、さらに楽しくて幸せなんだと知った。
「あ~っ!キンッキンに冷えてやがる~~っ!」
「はいはい。っあ~っ!キンッキンっすね」
「ウマいっ!幸せだ~~~」
「はい。幸せです」
やっぱり、この関係を一過性の物にしたくない。
千田さんと一緒に居たい。
でも、……ああ。簡単に言えない~~~。
「米澤君、大丈夫?なんか顔色悪くない?体調悪い?」
悩んでいるのが表情に出たのだろうか。
千田さんが顔を覗き込むようにして、俺の顔に手を伸ばしてくる。
「熱でもあるんじゃ……」
「な、なななんでもないですよ!全然元気です!」
ちょっとエアコンの風にあたり過ぎたかなー、なんて無理やりに誤魔化して、多分おでこに触れようとしていた千田さんの手を避けた。
千田さんが、ほんの一瞬、驚いたような悲しいような顔をしたのが見えた。
しまった、と思った。
違う、触られるのが嫌だったんじゃない。
は、恥ずかしかっただけなんだ。
説明は心の中でだけでしか出来ず、実際の俺は千田さんをなぐさめるような事は一言も言えなかった。
「本当、大丈夫ですから!」
「そう……?」
心配してくれている千田さんに申し訳ないが、どうにもいたたまれなくて早めに就寝した。
状況を変えたくないと思っているのに、意識してしまうとぎこちなくなってしまう。
……やっぱり、告白しよう。
このままじゃ、挙動不審な奴になって、そのまま秋を迎えてしまう。
それだけは嫌だ。絶対に嫌だ。
「ここ数日、米澤君の生体エネルギーの集まりが悪いわね。
ちょっとエアコンが効きすぎてるのかな……」
既に客用布団に潜り込み、この2週間ですっかり慣れた快適な寝床でうつらうつらとしていた俺には、千田さんの小さな独り言は聞こえなかった。