4.10章
お待たせしました。
4.10章、投稿させて頂きました。
お読みいただければ幸いです。
「寒い…、寒くて凍えてしまうのですわ…。」
クックはカチカチと歯を鳴らしながら、震えた声で寒いと呟く。
「もう凍えてるだろ。それと寒いって言うなクック、余計に寒くなる。」
焚き火に新たな火種を焚べながら俺は呟く。
俺たちは野営の準備を進めた後、普段通り順番に不眠番をすると言う事になったのだが、未だ眠る者は居ない。
何故なら、日が暮れた途端に酷く気温が下がっており、寝たら二度と起きれなくなるかもしれないからだ。
今の温度は氷点下を下回らないものの、口から漏れる息が白く濁るので、それに近しい温度だろう。
「眠い。」
「ダメだ、寝たら死ぬ。頑張って起きてるんだ。」
3人で火を囲み、眠気が来るたびに声を掛けて起こし続ける。
金物、革製の防具は気温の影響を受け易く体温を奪うので、外して近くに置いてあり、代わりに3人とも蓑虫の様に毛布を巻いている。
それなら山を降りろよと思うかもしれないが、日は既に沈みきっており、魔物が跋扈するこの暗い中で、明かりを持たずに下山など不可能。
仮に魔物に追われでもしたら、直ぐに方角を見失う自信がある。
今の状況を言葉にするなら絶対絶滅。
目の前の焚き火が辛うじて点いているものの、背中に当たる夜風のせいで全く寒さを凌げていない。
寧ろ、心細く風に揺れるその火が不安感を煽る。
このままではダメだ。
「おいクック、サファイア。集まってくれ、抱き合って暖をとるぞ。」
「だっ、なっ⁉︎、何を言っているのですわっ⁉︎」
「このままだと朝まで持たないんだよっ!」
クックが顔を真っ赤にして叫ぶが、俺だって言い出すのは恥ずかしかったんだ。
我慢して欲しい。
「分かった。」
サファイアは特に抵抗が無いのか、すくっと立ち上がり、俺の前に来ると膝の上に乗り猫の様に丸くなる。
俺の事をコタツ扱いだが、子どもの体温という奴だろうか、お陰で少し暖かくなった。
「ほらクックも来い。このままじゃ凍え死ぬだけだ。」
「ぐぅ…、分かりましたですわ…。」
近寄ってきたクックが俺の横へ座り、肩が触れ合う。
それを確認すると、3人を覆うように毛布を掛け暖を取り直す。
3人で固まって寒さを耐えるも、夜の寒さは猛威を振るいガクガクと震える体を暖める為、肩をさすり摩擦で体温を上げようと足掻く。
「まだ寒いな。」
ぼやきならがら寒さをしのぐための、次の手を実行しようと考える。
「これ以上まだ近寄れと言うのですわ⁉︎」
「は?」
「ぐぅ、背に腹は代えられないのですわ。」
何を勘違いしたのかクックが俺の腕に思い切り抱き着き、その柔らかく豊満な胸が俺の腕に押し付けられ形を歪める。
「ちょっ⁉︎」
おお、柔らかい…って感想を言っている場合ではないっ⁉︎
突然コイツは何をやってんだ?
「こっ、これで少しは暖かくなったのですわ?」
成る程、コイツは俺の寒いをもっと近寄って暖を取れと勘違いした訳か。
寒いはずなのに、クックの顔は上気して赤くなって、防具を着けず密着状態にあるため、ドッドッドと激しい鼓動が服越しに伝わってくる。
いや、多分俺も顔が赤くなっていると思う。顔が熱くなっていくのが自分でも分かる。
「私も。」
クックに乗ってサファイアまで抱き着く。
クック程の抱擁力は無いものの、クックよりも暖かい体温が俺を仄かに暖めてくれる。
女の子2人に抱きつかれるなど、本来であれば幸せな人生最大のモテ期であったろうが、勘違いを訂正するタイミングを失い、いや、訂正をした結果を考えると冷や汗が止まらない。
「いや、確かに暖かいのは助かるんだけど。」
「こっ…これ以上くっつくのは、流石に恥ずかいのですわ…。」
俺もそれは理性的に危ないので勘弁願いたい。
それに次の手はもう考えついていると言うか、考えついていたのだ。
後は、コイツの勘違いを訂正するだけだ。
「俺は触手を使って壁を作ろうとしただけなんだが。」
勇気を振り絞り、クックの勘違いを訂正する。
「はい…なの…、ですわ…?」
クックは一瞬惚けるも、元から赤かった顔が更に茹っていく。
「ほっ、ほら、熱を閉じ込めればもっと暖かくなるだろ。」
俺は言い訳を捲し立てながら、触手魔法を発動させると、焚き火を囲うように地面から触手を顕現させてかまくらを作る。
「なっ、暖かいだろ。」
風通しが悪くなり焚き火の熱が篭り、触手かまくら内部が徐々に熱を取り戻していくのに、抱き着くクックの体はプルプルと震えている。
「どっ、どうした?まだ寒いのか…?」
「最初からそう言えば良いのですわっ!」
言葉と共に平手打ちが飛び、パチンッと頬を至近距離で叩かれる。
「あいったっ⁉︎」
叩かれた頬に綺麗な紅葉を作り、寒いのにジンジンと痛み熱いくらいだ。
「何も叩く事無いだろっ。」
「眠気覚ましに丁度良いのですわ。」
「ひでぇっ⁉︎」
コイツ、怒ると直ぐに手が出る癖何とかならないか。
それとも得した代償と思っておけば良いのだろうか。
クックは怒ってはいるものの、離れて凍えるつもりは無いのか、視線を合わせずに肩を寄せ合う。
チラリと視線を向けると、真っ赤な顔が戻っておらず、これは朝まで長引きそうだと内心で溜息を吐いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺たちは何とか極寒の一夜を乗り越え、辺りが見える位に明るくなると地図に記された秘湯へと、朝一で出発する。
「よし、出発だ。」
「はいですわ。」
「ん。」
機嫌の治ったクックと、熟睡した事により元気なサファイアが返事をする。
次の秘湯ともう一つ調べたら、今日はさっさと宿に退散する予定だ。
もう一度夜を超えるには、街で相応の準備をしなければ無理という結論に至った。
そう結論づけた俺たちは、調査を終わらせる為に早い歩みで先へ進んで行き、6つ目の秘湯へと辿り着く。
「やっぱり、かなり冷たいな。」
呟くも他にに言えることは無い。
木々が枯れているわけでも無ければ、温泉から異様な臭いが漂うなど、そんな異常が起きてるわけでもなく、ただ冷たいだけなのだ。
「ここに居ても仕方無いのですわ。もっと奥に進みましょうですわ。」
「だな。」
温泉に突っ込んでいた手を抜き、立ち上がるとさっさと7つ目の秘湯へと向かい、他の場所よりも拓けた場所だったので、意外とすんなり見つかった。
「地図に記されているのもこれが最後だ。」
「ええ、ですが、これは…ですわ…。」
「ああ、凍ってるな。」
「カチコチ。」
地図に示された最後の秘湯のあった場所は見事に凍りつき、スケートリンク状態だ。
俺はアイスピックを引き抜くと、氷に深々と突き刺す。
アイスピックも本来の使い方をされ、喜んでいることだろう。
アイスピックを氷から抜くと、その下から濁った水が溢れ出してきた。
「凍ってるのは表面だけみたいだな。」
蓋となってる氷はかなり厚く、踏んでも簡単には割れそうに無いくらいに厚い。
この温泉が凍っていたと言う事実は調査の収穫になるだろうか。
もう少し調べたい所だが、温泉が凍るほどの寒さだ。
ここで野宿したら、次の朝は問答無用で凍死体が3つ出来上がるだけだろう。
ここは一度戻るべきと判断し、立ち上がろうとすると、スケートリンクを挟んだ向かいの茂みがガサガサと何度も揺れる。
「何かいるぞ。」
「分かっていますですわ。」
「沢山いる。」
2人に目を向けると、既に武器を抜いて、臨戦態勢を取っている。
2人の様子を確認した俺は視線を茂みへと戻す。
そして、揺れる茂みから出てきたのは、森で狩りをするには不適切な、真っ白な毛並みをした『魔狼種』の群れであった。
お読み頂きありがとうございました。