3.最終章
お待たせしました。
3章、最終章投稿させて頂きました。
お読みいただければ幸いです。
「うっ…、うん?」
「目が覚めたか、クック。」
ベット傍に用意された椅子に腰掛けた俺は、目を覚ましたクックに声をかける。
「オクト?…、そう…私、あのまま……ですわ…。」
「あの子はシスターが協会の共同墓地に埋葬してくれるってさ。」
俺はクックが気になっているであろう事を先に伝える。
「そうなの…ですわ…。」
クックの表情は曇ったままだ。
心の傷には時間が必要だ。
時がその傷の痛みを引き受けてくれる。
時間が癒してくれる。
だから今は待とう。
…それで良いのか?
昨日だって、彼女を元気づける事が出来なかったじゃないか。
また同じ間違いを繰り返すのか。
それはダメだ。
けれど、俺から彼女に何を渡すことが出来る?
思えば俺は貰ってばっかりだ。
彼女の言葉に励まされた。
彼女の言葉に元気が湧いた。
彼女の言葉に笑顔を貰った。
何より、彼女の真っ直ぐな言葉に勇気を貰った。
いや、貰ったから返すとかじゃないんだ。
自分でもわかってるはずだ。
今だけは捻くれ者をやめよう。
勇者だからとかじゃない。そんな仮面は必要ない。
言うんだ。俺の言葉で真っ直ぐに。
彼女に悲しい顔は似合わないし、して欲しく無い。
これは俺のエゴだ。
だから、誰がどう思おうと構わない。
だって俺は、クックに笑顔でいて欲しい。
「クック。」
名前を呼ばれた彼女は生気の薄れた瞳でこちらを見る。
俺はその瞳をじっと見つめ返し、一言だけ。
「良く、頑張った。」
クックの瞳の端にジワリと雫が滲む。
「私、何もっ…、何もしてあげれませんでしたわっ…。」
クックは被せられていた、毛布をぎゅっと握りしめて涙を堪える。
「あの子の為に出来る事は十分やった。」
「十分なんかじゃありませんですわっ、私はあの子を助けたかったのですわっ!」
「そんなこと無いっ、あの子は最後に救われた。クック、…お前が救ったんだ。」
最後の一口、白湯を飲んだ後、あの子は確かに笑っていた。
ちゃんと救われていた。
だけど、俺はそれを誇りに思えだなんて偉そうなことを言うつもりは無い。
後悔して、強くなろうだなんて今更なことも言うつもりは無い。
ただ大切な事は1つだけだと思う。
「クック、あの子の事を忘れないでやってくれ。それで十分だ。」
死者に対して出来ることなんて、それくらいしか無い。
だから、絶対忘れない。風化などさせない。
この後悔が積み重ならないように。
「もっと…、…美味しい物を食べさせてあげたかったですわ…。」
ポツリと後悔を一言呟き、ポタポタと涙を零し始める。
「ああ。」
クックは俺の胸に頭を預けると静々としばらくの間泣き続けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「すみません、情け無い姿を見せましたですわ…。」
「別に構わねぇよ。…仲間だろ。」
俺はクックから視線を逸らし、ぽりぽりと人差し指で頬を掻く。
クックは一度ポカンとした表情になり、直ぐに口の端がヒクヒクと上がり始める。
「ぷふぅっ、ふふふふふふふふ。オクトが仲間だろだなんてらしくないですわ。それと茹だったタコみたいですわ。ぷふぅ…。」
「タコは余計だろっ!」
全く人が真面目にシリアスやってると言うのにコイツは。
だけど、これで良い。
笑顔の戻ったクックに自然と俺の頰も緩む。
「んんっ…うん…。」
俺たちの騒がしさに、隣のベットで寝ていたサファイアが目を覚ました。
「サファイアっ!目が覚めたか。」
「サファイアって、誰ですわ?」
直ぐにサファイアの方へと身を寄せ顔を覗き込むと、後ろからクックがそれは誰と質問して来た。
そう言えば、言ってなかったな。
「ん、ああ、パパラチアの本当の名前だよ。」
「そうなのですわ、事情はよく分からないのですが、実は女の子らしくない名前だと思っていたのですわ。」
クックは一度は驚いたものの、道理でと納得がいったという風な顔を作る。
そんなやりとりをしている間に、サファイアが起き上がる。
目を開けたサファイアと俺の視線が合い、その後、ここは何処かと辺りを見回す。
「安心しろ、バクさんの隠れ家だ。」
俺が教えると、部屋を見回すのをやめ、再び俺の方へと向き直り、いつもの調子で言葉を発する。
「勝ったの?」
「ああ、そうだ。ブレイン?だっけか、アイツは俺が倒した。」
「ありがとう。」
「礼なんか要らねぇよ。」
「仲間だろ?ですわ。」
振り返ると、クックが口元に手を翳し、笑いを堪えていた。
「調子に乗んな。」
「ふぎゃっ。」
サファイアが使っていた枕を手に持つと、即座にクックの顔面へと投げつける。
うん、この距離なら流石に当たるな。
俺とクックのやりとりをいつも通りボーッと見ていたサファイアに声をかける。
「お前も大丈夫か。」
「サファイア。」
いつも通り、『ん。』と一言で済まされるのかと思ったが、(俺が感じるかぎり)ムスッとした声で訂正を求められる。
「サファイア、ダイジョーブカ。」
「ん。」
サファイアらしくない発言に戸惑った俺は何故かカタコトで安否確認をする。
するといつも通りの返事が返って来た。
「それでだサファイア。大事な話がある。」
俺が真面目な表情を作ると、琥珀色の瞳はこちらを見つめる。
「サファイアはこの後、どうするつもりだ。」
「…考えてない。」
だろうとは思っていた。
サファイアには主体性が無さ過ぎる。
だから決めて欲しい。
「実は昨日、バクさんと話してたんだが、サファイアの事を預かっても良いって言ってる。勿論、冒険者を続けるのも止めはしない。」
そこで一旦言葉を区切る。
真剣に悩んで考えて答えて欲しい。
そう言葉に思いを乗せ問いかける。
「サファイア、お前はどうしたい?」
「私は…、」
琥珀色の瞳が不安げに揺らぎ、耳が忙しなくピコピコと動く。
俺を見つめてから一度目を固く瞑ると、目を開き直し俺を見つめた。
「私はオクトと冒険がしたい。」
「ああ、一緒に来い。」
「ん!」
サファイアの願いに思わず勢いで答えてしまってが、内心では驚いている。
てっきり、懐いていたドグたちの方へついて行くと思っていたのだが、予想外の答えが返って来た。
だが、サファイアの決断をさせたのは俺だ、それに何より俺と一緒に冒険をしたいと言ったことが嬉しい。
「話がまとまったようで良かったですわ。えっと、サファイアちゃんこれから宜しくお願いしますですわ。」
「ん。」
クックの意見を聞かずに、勢いで決めてしまったが、クックも賛成のようで良かった。
話がひと段落ついたところで、こんこんとドアがノックされた。
「お〜、良かった〜、2人とも目を覚ましたんだね〜。」
入って来たのはラビだ。
「朝から騒がしいぞ、何のようなんだ。」
「ちょっと、人が折角朝ごはん持ってきてあげたのに冷たくな〜い?」
「んあ?随分と用意が……、」
良いなと言いかけて俺の口が止まる。
「…どこから聞いてやがった。」
「……てへっ!」
「最初っから聞いてやがっなっ!」
「だって聞こえちゃうんだも〜ん。」
朝食を近くのテーブルに置くと、脱兎の如く部屋を飛び出していった。
逃げ足の速い奴め。
俺はラビの置いて行った朝食を2人に配膳すると、俺も一緒に食事につくことにする。
「頂きます。」
「頂きますですわ。」
「頂く。」
三者三様に言葉を述べると朝食に手をつけ、みんなが食べ終える頃に、サファイアがやりたいことがあると言ってきた。
「冒険者組合に行きたい。」
「別に構わないけど、はにふるんあ?」
「オクト、マナーが悪いですわ。」
「あっ、悪い悪い。」
朝食の最期の一口を口に入れながら喋ったところをクックに注意された。
「で、何の用なんだ?」
「秘密。」
はにかむ笑顔を見せるサファイアに疑問を頂きつつも、きっと悪いことではないだろうと感じ、深くは聞かないことにした。
「「?」」
結局、このことは冒険者組合に着くまで教えてもらうことが出来なかった。
冒険者組合に着き、サファイアのしたいことを聞いた時、本当に良いのかと聞いたのだが、本人はこっちの方が良いとのことなので、それを俺たちは受け入れることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「主よ、どうか無垢なる少女の魂に安らぎと救済を。」
シスターがあの子を埋葬した共同墓地の前で、簡易的な祈りの言葉を述べる。
俺たちはシスターの祈りが終えるまで黙祷を続けている。
だが、ここで涙を零す者は1人も居ない。
その顔が写すのは決意と誓い。
「皆様、これで送りの儀は終わりです。お疲れ様でした。」
「ありがとうございましたですわ。」
クックが深々と頭を下げ、それに倣い、俺とバクさんたち面々が頭を下げる。
「ボクたちはもう行きます。」
「はい、このお墓は私が責任を持って管理させて頂きますね。」
その言葉にもう一度頭を下げると、俺たちは教会を後にする。
これから俺たちとバクさんたちが向かうのは鬼人族の村だ。
蟒蛇が出ると噂されるのをバクさんは念の為、調査をしたいと言っており、俺たちもそれに同行する事にしたのだ。
「さて、行こうかみんな。」
馬車の運転席で、バクさんがパンパンと手を鳴らし、全員の仕度を急がせる。
因みにバクさんは、手荷物を纏めて空間収納魔法に詰め込んでいて、完全な手ぶら状態だ。
羨ましい…。
「俺たちは準備出来てるぞ。」
「アタシたちもだ。」
ドグたち姉妹が先に馬車へと乗り込むと、俺たちも馬車へと乗り込む。
馬車が動き出すと、サファイアは馬車の荷台から足を垂らし、プラプラとさせながら、手で何かを弄っている。
気になった俺はその隣に腰掛ける。
クッションの無い床に直で座ると、振動がより激しく伝わり凄く痛い。
直ぐにお尻が根を上げ立ちあがると、覗き込むのを諦め素直に質問する事にした。
「サファイア、何弄ってんだ?」
「ん。」
サファイアが見せつけるように目の前に掲げたのは、冒険者組合で散々見せられた、琥珀色の宝石と、その隣に鈍色の輝きを返す銅色の冒険者プレート。
その『銅色』のプレートにはこう彫り込まれている。
『サファイア』
俺にそれを見せたサファイアは、再び手元に戻すと、馬車に揺られながらいつまでもそれを見つめて微笑むのであった。
お読み頂きありがとうございました。




