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3.30章

お待たせしました。

3.30章の投稿させて頂きました。

お読みいただければ幸いです。

「お帰り〜、バク(にぃ)にオクト君〜ってオクト君、凄い怪我っ!」


 俺たちを出迎えてくれたラビは俺の血塗れの姿を見て目をまん丸に見開く。


「直ぐに手当しなきゃ、それとバク兄には悪けど、バドたちの方を手伝ってあげて〜、凄く危ない状態の子がいて見てほしいの。」


「分かった、すぐ行くよ。」


 バクさんは部屋の奥へと消えて行く。


「俺も手伝った方がいいんじゃないか。」


「怪我人が行っても邪魔なだけだよ〜、大人しく手当されてね〜。」


 邪魔とは言ってくれる。

 しかし、俺に医学の知識が無いことは確かだ。

 大人しくラビに従い、適当にダフブスを転がすと、サファイアを布団に寝かせてから手当をしてもらう。


 主に折れた指に支柱を添え、包帯でグルグル巻きにするという簡単なものだが、それでも無いよりはマシだ。


 傷口は既に回復が始まっており、胸に受けたダメージは足蹴にされていた時に回復済みだ。


 魔力が最後の魔法ですっからかんなので、少し遅れるが、明日の昼頃までには、怪我が全快してるだろう。

 この部分だけは触手魔法さまさまだと感謝しないこともない。


 それと、なんだかんだでサファイアを助けると言っておいて、逆に助けられてしまったな。

 後でお礼を言わなくちゃな。


 サファイアの額を左手で優しく撫でると、「ん。」と実にサファイアらしい寝言が返ってきた。


 ラビに手当を済ませて貰った俺は、何か手伝えることが無いかと、隠れ家内を彷徨くと、ふとクックの声が聞こえ、そちらに足を向ける。


「バクさん、この子の容態はどうですのですわ。」


 そこに居たのは、クックとバクさん、ドグ、バドと、ベットに横たわるミイラと見間違えるほどに痩せ細った子どもの姿だった。


「餓死寸前と言った所だね、無理に食べ物を与えるとショック死しかねない。」


 バクさんはそんな子どもを一通り()終えると冷静な言葉を述べる。


「そんな、何か…、何か無いのですわ。」


「助かるかはこの子次第だ。そうだね…、出来ることか…。」


 バクさんが顎に指を当て考え始める。


白湯(さゆ)を少しずつ飲ませて、まずは食べる事に慣れさせよう。強い回復魔法が使えれば1番良いんだけど。」


「じゃあ、アタシは協会に行って回復魔法が使える奴を連れてくる。」


 ドグは身を翻すと、 部屋を飛び出していった。


「取り敢えずボクたちはこの子の延命させる事に力を入れよう。体温が低い、オクト君はあるだけ毛布を持ってきてくれ。」


「分かった。毛布は俺とクックのがあるから、それを持ってくる。」


「私は白湯を用意してきますですわ。」


 二手に分かれ、俺は自分とクックの鞄を漁ると毛布を取り出し、バクさんに届けると気になったことが有り、クックの所へ向かう。


 クックは火を扱うためにキッチンへと向かい、火を点けお湯を沸かしていく。

 俺はお湯が沸くまでの時間を使ってにクック話しかける。


「クック…、…その大丈夫か?」


 クックの装備は土で泥だらけに汚れており、手には擦り傷が見え隠れし、戦闘があったことが分かる。


 そして、何よりその不安で苦しそうな表情。

 普段の明るく気が強い彼女からは想像もつかないほどの表情だ。

 いや、一度だけこの顔を見たことあるな。

 これは、超大型ドラゴン戦の時も同じ表情をしていたな。


「大丈夫って、何がですわ?」


 クック自身には、どうやら思い詰めた表情をしてる自覚は無いらしい。


「らしくない顔をしてると思ってな。」


「えっ…ですわ。」


 ペタペタと自分の顔を触ってどんな表情を作っているか確認する。


 今は彼女を元気付けるべきなのだろう。

 けれど、どんな言葉を掛ければいいのか分からない。


「俺たちまで不安そうな顔してたら、あの子が起きた時に不安がるだろ。」


 クックはあの時真っ直ぐな言葉をくれた。


 だと言うのに、俺はその場凌ぎでの言葉で誤魔化してしまう。


「そうですわね、ええ、そうですわ。私、あの子が回復したら飛びっきりに美味しい料理をご馳走して差し上げますのですわ。」


 クックは明るく言うが空元気だとわかる。

 それもあの子では無く、俺に気を使った。

 今すぐダサい自分をぶん殴ってやりたい。

 気を使ったつもりが、逆に気を使われてしまった。


「ああ、そうだな…。」


 なのに俺は、クックの言葉に芯の無い返事を返すだけしか出来ない。


 クックはお湯がいい温度に加熱されたのを確認すると(うつわ)に注ぎ、バクさんの元へ持って行く。

 俺もそのあとに続きバクさんが居る部屋へと戻る。


 目を覚ましたのか、子どもは苦しそうに呼吸をし、窪んだ目が(うつろ)に開いていた。


「目を覚ましたのですわ。」


 クックはベッド脇に膝をつけるとその子の顔を覗き込む。


「おね゛…ぢゃん…?」


 (しゃが)れた声で、クックの顔を見るとそう呼んだ。


「もう大丈夫ですわ。」


 安心させるように空いた手でクックはその子の頭を撫でる。


「それと、その…、…最初に見捨ててごめんなさいですわ。」


「うゔん、…助けてぐれで…ゴホッゴホッ…、ありがとう。」


 それだけ言うと、その子はゴホゴホと咳を苦しそうに何度も繰り返し、ゼェーハァーと骨張った胸を上下させる。


「無理して喋らなくて良いのですわっ。」


「おね゛ぢゃん…、…あのね゛、わだし…、ゴホッ…、おねぢゃんのつぐるスープが…ゴホッ…ゴホッ、大ずぎなの、ゴホッゴホッゴホッ。」


 その言葉に、ここに居る全員が気付いた。

 この子はクックを見ているのではないという事に。


「飢餓状態による幻覚を見ているみたいだ。恐らくだけど、クックちゃんにこの子の本当の姉の姿を重ねてるんだと思う。」


 バクさんはそれだけ言うと、膝の上で自分の拳を堅く握った。


「あったかくで…、トロトロで…ゴホ、それでね゛、どっでも優しい味がするの…ゴホゴホッ。」


  「うん…うんっ、分かりましたですわ。元気になったら必ず作って差しあげますですわ。」


「やった…、おねえちゃん……、だいすき…。」


「はい、分かりましたですわ。今は少しでもこれを飲んで休むのですわ。」


 なおも咳が出るのも構わず、喋り続けようとするその子を見かねたクックは、白湯からスプーンで一杯だけ湯を掬うと口に近づける。


「わーぃ゛…、おね゛ちゃんのスープだぁ。ゴホッゴホッ…。」


 幻覚が続いてるのかただの白湯をスープと見間違えたその子は無邪気に喜ぶ。


「無理してはダメですわ。ほら、口を開けてくださいですわ。」


 その子を押し留めるようにスプーンを更に口へと近づける。


「あーん、ですわ。」


 薄く開いた口にスプーンを傾けると、白湯を飲み込んだその子は(はかな)げに微笑む。


「あったかい………。」


 それだけ呟くと、その子は目をゆっくりと閉じた。


 いや、なんだか様子がおかしい。


「クックちゃんっ、ごめん退いてね。」


 いち早く異変に気付いたバクさんが、優しい言葉に共わなず、クックの肩を掴み力強く退()ける。

 無理矢理ベット(わき)から退かされたクックの手から皿が滑り落ち、ばちゃんっと床を濡らす。


 バクさんは突き飛ばしたクックには目もくれず、その子の胸に耳を当てはじめる。


 いつもなら直ぐにでも文句が飛び出る所だが、クックの瞳は目の前で起こっていること、何が起きているかわからないとただ呆然と見つめていた。


 5秒ほど耳を当てていたバクさんは直ぐに心臓マッサージを始めたことによって、ようやく俺も自分の違和感を理解させられる。


「バドッ、ドグを急がせろっ。空から探した方が早い。」


「分かりましたっ。」


 バドはドグを探しに行くため、慌てて部屋を出て行った。


 30回手で胸を押し込むと、2回口に息を吹き込む。

 それを繰り返すバクさんを見つめ、時間が過ぎて行く。


 確かに目の前で起こっている出来事なのに何処か遠くの出来事に感じてしまうのは、人の無意識な防衛本能によるものだろうか。


 まるで金縛りにあったかのように体は動かない。

 いや、動いた所で手の折れた俺では、手伝えることなど無いに等しい。


「頑張れっ。頑張ってくれ。」


 心臓マッサージを続けながらバクさんは何度も呟く。


 それにハッと意識を戻されたクックはその子の耳元に近づき声をかけはじめる。


「お願いです、起きてっ、起きて下さいですわっ!」


 起きてと声を掛け続ける中、後ろの扉が勢い良く開け放たれると、1人の寝間着姿の女性を背負った汗塗れのドグとバドが部屋へと入ってきた。


「シスターを連れて来たっ!」


 ドグはそれだけ伝えると、シスターを下ろし床にゴロンと転がって、上がった息を整えている。


「あっ、あの私は何故ここに…、」


「この子に回復魔法をっ!早くっ!」


 シスターが言葉を終える前に、バクさんは要件を即座に叫ぶ。


「えっ、えっ?はっ、はいっ!」


 状況を全く理解出来ていないシスターだが、バクさんの指示に従い、魔法の光を子どもに浴びせ続ける。


 その時間がどれくらい続いたのだろうか。

 いつのまにか外が(しら)み、夜が明けていることに気づき、そのタイミングでシスターの魔法が止まる。


「すっ、すみませんっ。魔力がもう…。」


 本当に魔力が空っぽなのだろう、シスターは顔に膨大な汗粒を作りながら荒い呼吸を繰り返す。


「いや、ありがとう。」


 同じく、心臓マッサージを夜間ずっと続けていて、汗塗れのバクさんがスッと心臓マッサージの手を止めた。


「あっ…、あの…、この子はどうなった…の…、ですわ…?」


 子どもの耳元でずっと喋り掛けていたクックが、怖がるようにバクさんへ分かりきった質問をする。


「ごめん。」


 バクさんはクックに呟くと、視線を逸らし壁際に向かい背を預け床にへたり込み、頭を片手で抑える。


「そんな…………、嫌……、嫌ですわっ!お願いですから起きてっ、起きて下さいですわっ!」


 クックはその子の手を取り、何度も呼びかけながら体を揺する。

 だが、その子が眼を覚ますことは無い。


「お願いっ、起きてっ、だって、…助けるって、私、私っ!約束したのですわっ!それなのにっ…、どうしてっ…、どうしててですわっ!」


「クックちゃんっ!」


 部屋へ手伝いに来ていたラビが、クックを後ろから優しく抱きしめる。


「もう良いの。もう眠らせてあげよう。ねっ?」


「ごめなざい、私、わだし、たずけるって約束じたのに゛、こんな、こんなはずじゃながっだのでずわ。」


「うん、ゔんっ。ありがとう。もう良いんだよ。」


「良ぐなんてっ!」


 ラビは、尚も言葉を続けようとするクックを更にキツく抱きしめる。


 クックはラビの胸へと顔を(うず)めると、小一時間ほど泣き続け、泣き疲れたのか気を失うように眠りに就いたのであった。


お読み頂きありがとうございました。

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