3.29章
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「折角の親子の感動の再開を邪魔するとはいい度胸じゃねぇか。テメェは誰だ?」
「俺はオクトだ。今からアンタをぶっ倒す男だ。」
聞かれたからには答えよう。
俺は着けていたマスクを外すと、体を起こしながらこちらを睨む男に宣言する。
何故此処にいるのかと言うと、一旦この屋敷にいる私兵を撒いた俺は、ダフブスをふん縛って、クローゼットの中に隠すと、逸れてしまっていたパパラチアを探していたのだ。
そして偶々、明かりのついている部屋を見つけ、戦闘音に釣られ覗き込もうとすると、入り口付近で襲われているパパラチアを発見したというわけだ。
「俺様を倒すだと?」
俺の言葉を聞いた男はクハハハハと笑い出す。
「出来るもんならやってみろ。寝惚けたその目を覚まさせてやるよぉっ。」
男はナイフを持ちながら腰を落とし、クラウチングスタートの様な格好になる。
この構え、何処かで見た気が…。
「ブレインの魔法は模倣魔法っ。」
記憶に残る構えを脳内検索していると、パパラチアが咄嗟に敵の魔法を叫ぶ。
模倣っ⁈、魔法をコピーをするって事か。
なら、今から来る攻撃は。
俺は触手を腰から顕現させ、自分の前に伸ばし、クロスする様に構える。
「早々と殺すッ!」
「ぐぅっ⁉︎」
ブレインの手によって、盾として出した触手が一瞬にして蒸発するかの様に壊され霧散させられる。
強すぎるっ‼︎
パパラチアの魔法が強いとは知っていたが、俺の触手が一瞬に消させるとは、コイツの攻撃、ガレキとクズレの二人以上に強いんじゃないか⁉︎
ブレインの強さにより、自分の中の強さの物差しが大幅に更新される。
「粋がったくせに、こんなものなのかぁっ。」
言葉とともに、触手が消え無防備になった俺の腹部にブレインの爪先が刺さり、今度は俺が軽く吹き飛ばされる。
「ゴハッ…。」
無様に床を転がりながらも、跳ね上がるように直ぐ態勢を立て直し、失った触手を顕現させ補充する。
「随分と珍しい魔…、いや気色悪い魔法だなぁ。」
「ごほ…げほっ…、奇遇だな、俺もそう思ってるよ。」
痛む腹を押さえ噎せながらも、侮辱に皮肉で笑い返す。
いや待て、素直な感想かもしれないな。
うん。
さて、余裕ぶってみたもののどうしたものか。
今更武器を抜いたところで、俺が初めから武器を抜いて攻撃してこなかった時点で、手の内はこの魔法しかないと察してるはずだ。
ならば、物量で押し切る。
俺は床を踏みな鳴らしながら、横幅だけで、成人男性並みのサイズとなる極太の触手を顕現させる。
そして、その触手をバネのようにグイグイと縦に縮めていく。
「見え透いた攻撃だな。当たるかよぉっ!」
そして、ブレインは飛びのこうとした時に気づく。
自分の足元に触手が絡み付いていることに。
「テメェっ、いつのまにっ。」
勿論この馬鹿でかい触手を顕現させた時に同時顕現させ、気付かれないために足へ触れずに待機させていただけだ。
床を踏み鳴らしたのも、触手に気づかせないためのフェイク。
だが、答えてやる義務なんてない。
「さっきのお返しだっ、喰らえ、触手キャノンッ!」
縮み切った筋肉の塊を前へと開放する。
「クソがッ、寸々に殺すッ!」
ブレインは砲弾並みの速さで迫り来る、大樹とすら呼べる触手にナイフを振るい、先から細切れにして行くが処理が間に合っていない。
ブレインは触手砲弾の直撃を受け、壁に叩きつけられ、その衝撃によって周囲の壁が少し歪みヒビが入る。
叩きつけられたブレインは壁からずり落ち床へと倒れこむ。
「やったか?」
禁句とも呼べるそのセリフを呟いた直後、倒れたブレインの指が、床を握りつぶすかのようにガリガリと床を削る。
「今のは効いたぜ、クソガキがぁっ!」
立ち上がったブレインを見て、俺は即座に触手を伸ばすと、鞭のように叩きつけようとする。
「荒々しく殺すッ。」
だが、その触手はブレインが振るうナイフによって消し飛ばされる。
消える触手を確認する間も無く、俺は次から次へと触手を消されては顕現させ、触手を叩きつけ続け、魔力量の勝負を仕掛けに行く。
幸い魔力量だけは他の勇者と同じくらいの量があるので、勇者でも無いブレインとこの勝負を続けられれば俺の勝利は堅い。
しかし、ブレインはこの勝負に付き合う気は無いらしい。
猪突猛進とはこのことか。
ブレインは叩きつけられる触手を切り刻みながら、さながらイノシシのように前進してくる。
やはり、そう易々とは有利な状況を作らせてはくれないか。
劣勢を察した俺は一旦距離を取ろうとする。
「させると思うか?刺々しく殺すッ!」
だが、それに気づいたブレインの手から、ナイフが4本同時に放たれる。
その狙いは俺ではなく、俺を支点として顕現させている触手。
ナイフによって、4本の触手は床と壁に縫い付けられる。
「しまっ…。」
俺は即座に触手を消すも、離脱の遅れた俺はブレインの接近を許してしまう。
「さっきの礼だ。受け取れぇっいっ!粉々に殺すッ!」
ブレインは両腕を畳んでから一気に伸ばし、その両腕から破城槌を彷彿させる掌底を繰り出す。
「カヒュッ…⁉︎⁉︎⁉︎」
肺から空気が全て出ていったと感じた瞬間に俺は壁へと叩きつけられていた。
「ゴフッ、ブハッッッ!」
口から大量の赤いものが吐き出され、上手く息が出来ない。
必死に息をしようと踠くもヒューヒューと情けない音が喉から出るだけだ。
やばい、息が出来ない、そもそも普段からどうやって息してるんだ。
必死に空気を吸おう口を動かすも、意識が遠のくばかりだ。
「肺が逝っちまったか?そいつはご愁傷様。テメェはもう助からねぇよ。」
一度屈み込み、わざわざ耳元で聞こえるように語りかけると立ち上がり、ブレインは血を吐き出す俺の頭をグリグリと踏みつけながら悪どく笑う。
「やめてっ!」
座り込んで動けなかったはずのパパラチアが、俺を踏みつけるブレインの足へとしがみつく。
「ん?ああ、すっかり忘れてたぜ。」
ブレインはパパラチアの髪を鷲掴みにすると片腕で持ち上げる。
「あっ…ぐぅ…ぃ。」
パパラチアはブレインの腕を掴み必死に自分の体重を逃すも、重さに耐えれなかった頭部から血が滲み出す。
「なぁ、見えるかサファイア。テメェの魔法のせいでコイツはこんな目に合ってるんだぜ。」
ブレインのニタニタと歪んだ口角がどんどんと釣りあがっていく。
「またテメェのせいで大切なもんがぶっ壊れるんだ。グヒ、ヒャヒャヒャヒャヒャヒャァァッ!」
「させ…ない。死んでも…守るっ。」
「ああ?なんだって?」
「密々と殺す。」
パパラチアが口を開くと、そこから複数の針がブレインの顔面へと降り注ぐ。
「ぐあっ⁉︎含み針だとっ、クソガキがぁっ!」
思わずパパラチアを掴む手を離したブレインは、視界を奪われた中で無造作に蹴りを放ち、偶然にもその蹴りがパパラチアに当たり、蹴鞠玉のように軽い体が宙を舞い、床を二、三度跳ねてからゴロゴロと転がる。
「こんのクソ野郎がっ!」
俺は立ち上がり、なんの魔法も掛かっていないただのパンチをブレインの顔面へと叩き込む。
「ぐえッ!」
カエルのような声を上げ、ブレインが床へ転がる。
ブレインの顔に刺さっていた針が俺の拳にも刺さるが、今は気にしている場合では無い。
軽く手を払って針を抜くと、すぐさまパパラチアの名前を呼びながら抱き起す。
「パパラチア、おい起きろっ、大丈夫かっ!」
「サファイア…。」
パパラチアは突然、青い宝石の名前を呼ぶ。
「私の本当の名前…。思い…出したの…。」
「ああっ、分かった、分かったからしっかりしろっ。」
「お願ぃ…、名前を呼ん゛で…。」
オレンジ色の瞳から透き通る涙を流しながら、青い髪の少女は願う。
「サファイア。」
「うん。」
安心しきった顔をすると、パタリとサファイアの手から力が抜け落ちる。
それと同時に、片方の視界を失ったブレインが立ち上がり、絶叫を上げながら取り乱す。
「てっ、テメェ、なぜ動けるぅ⁈とっくに死んでるはずだぞっ⁉︎」
何のことはない、触手魔法の技能の1つである、再生の能力を肺に使っただけの話だ。
お陰で魔力は3割を切っている。
だが、その質問には答えず、俺は拳を握りしめる。
「まっ、待てっ!そいつが名前を思い出したのは俺様が魔法で記憶を操ったからだ。」
「だからどうした。」
一歩踏み出す。
「俺様が記憶を操っているのはそいつだけじゃねぇ。他の奴らもぶっ壊れるたびに記憶を消して、殺人の罪科を忘れさせてやってるんだ。」
「だからどうした。」
二歩目を踏み出す。
「くっ、来るな。それ以上踏み込めば、俺が消した記憶を全部元の奴らに返すぞっ、そうなれば、次々に記憶を取り戻した奴らは自死を選ぶだろうなぁっ!」
クソがっ、コイツどこまで卑怯な手を。
その言葉に三歩目が踏み出せなくなる。
「全く、追い詰められた悪党とは良く口が回るものだ。」
廊下からぐぐもってはいるが、何故かハッキリと聞き取れるその声が響く。
その人物は、コツコツコツと床を鳴らしながら毅然とした立ち姿で現われた。
「エースっ!」
「安心したまえ、ここに居た全ての敵は拘束させて貰った。誰一人として自死などこのワタシが許さない。」
その言葉の後、俺と仮面越しのエースの視線が合った気がした。
「行くのだっ、オクトォッ!」
エースにしては珍しく感情の籠もった声に発破をかけられる。
俺は触手を右腕の筋肉に沿わせるかのように顕現させ、触手の鎧で右手首から肩までを覆わせると、再び拳を握り残りの距離を駆け詰める。
「アンタだけは俺の手でぶっ飛ばすっ!」
腕に顕現させた魔法は未完の魔法、だが、目の前のクソ野郎をぶっ飛ばすには丁度良い。
「クソッ!、テメェの魔法も俺様が奪って、何でだ⁉︎クソッ、どうして使えねぇっ⁉︎全ては俺様の物だろうがぁぁぁっ!」
半狂乱になった男はナイフを再び構える。
「あ゛あぁぁぁぁぁぁっ、努努ッ「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
放つのは叩きつけるかのような、渾身の右ストレート。
だが、それは触手の筋肉によって補助を受けた拳であり、いわば触手魔法による身体強化魔法が、手首から上の右腕だけに付与された状態で放たれる拳。
そんな威力で拳を叩き込めば、補助の掛かっていない素の状態である自分の拳の骨が砕ける。
だが、ぶつかり砕ける拳を止めることなどしない。
否、出来るはずが無い。
ドバンッと人体ではあり得ない音が響く。
衝撃でブレインの首から、キラキラ光る琥珀色の何かが放り出された。
俺の拳はブレインの体を床へと叩きつけ、その床を抜き、更に階下の床すらぶち抜き、一階の地面に減り込む形でようやく止まった。
「サファイアッ!」
ブレインを倒した俺はすぐにサファイアに駆け寄り、残った左腕で抱き抱える。
それに続き、エースも駆け寄り白い手袋を外すと、サファイアの鼻付近や手首へと手を当て触診をしていく。
「大丈夫だ、傷は酷いが、気絶しているだけだ。」
「そっか、良かった。」
呟いた直後、体の力が抜け、ぐらりと揺れる。
「大丈夫か少年。立っているのもやっとなのだろう。青い少女はワタシが連れていこう。」
「いや、まだ大丈夫だ。」
エースの申し出を断ると腰から触手魔法を顕現させ、左腕と触手でしっかりとサファイアを抱き抱えると立ち上がる。
「帰るまでが怪盗…だろ?」
ラビに言われたあのセリフを思い出し、少しおどけてみせる。
「フハハッ、そうだとも。」
俺たちは捕縛しておいたダフブスを回収すると、一夜にして『悪』を盗まれた笑勝商会を後にするのであった。
お読み頂きありがとうございました。




