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3.26章

お待たせしました。

3.26章の投稿となります。

今回はパパラチア視点となります。

お読みいただければ幸いです。

「ん。」


 私はオクトに指示された通り、バドに3回の合図を送る。

 言われた通りのことはしたけど、これから一体どうすれば良いのだろう。

 最奥の手前の部屋に身を隠した私は1人考える。


 指示を貰ってないから分からない。


 その分、冒険者組合もこの商会も楽だった。

 言われた通り首を持ってくるだけで、お腹一杯ご飯が食べれたし、あったかい布団で眠れた。


 不自由ない生活だった。


 本当に?

 頭に鋭い痛みが走る。


 ああ、思い出した。

 ここの商会では、失敗するたびに真っ暗な部屋に閉じ込められて、出してって何度も叫んだ覚えがある。


 あそこは嫌いだ、暗くて、何も見えなくて聞こえなくて、ジメジメしてて、じっとしてるといつのまにか虫が体を這っていた。


 その分、冒険者組合の依頼の方が罰が無いから、安心して殺せたかもしれない。

 それに殺すこと自体が好きな訳ではない。

 その証拠になるべく報酬の高い人ばかりを狙っていた。


 じゃあ、ここに拾われる前は何をしてたんだっけ。


「ううっ…、頭が…痛い。」


 思い出せない。

 でも捨てられたんだ。

 だから拾われた。

 それだけは覚えてる。

『拾ったのは誰なんだ。』

 あの怪盗の言葉がフラッシュバックする。だけど思い出せない。


 ぐるぐると思考が回り始めた時、雲が月を覆い部屋から光を盗んでいく。


 暗いところは嫌だ。


 怖くなった私は廊下を覗き見るが、オクトが敵の全てを引き付けたのか、倒れている人以外に人が見当たらない。


 そして、明かりの(とも)る最奥の部屋に導かれるように、その豪奢な扉に手をかけ開く。


 扉を開くとその部屋の中はシャンデリアが光を放ち、輝かしいほどに部屋の中を眩く照らしていた。


 そんな中に窓から外を見つめる紳士服姿の男が1人立っていた。


「おや、久しい顔を見たな。」


 その男は私のことを知っているらしく、久しいと言った。


「誰。」


 だけど、私には見覚えが無く心当たりが無い。

 初対面と言っていい顔だ。

 顔を覚える訓練を受けている私がそう簡単に人の顔を忘れる訳が無い。


「そうか、そうか、いや、そうだったな。はっはっはっは。」


 男は何が可笑しいのか、笑いながら両手をパンと鳴らす。


「これで思い出してくれたかね。」


 その音を聞いた私の頭が鋭く痛み、目の前の人物が誰か思い出す。


「痛っ……、…ブレイン?」


「そうだとも、ようやく思い出してくれたようだね。それと僕のことは会長と呼べとも教えたはずだよ。」


 そうだった気がする。

 なんだか後から後から情報が思い出され上書きされるせいで、少しだけ頭がボヤボヤする。


「それで、パパラチア。『君』はどんな目的でここに来たのだい。」


「分からない。」


「分からないときたか、では質問を変えよう。この騒ぎは君が原因か。」


「そう。」


 オクトたちに加担しているので間違いでは無いだろう。


「『君たち』の目的は何だ。」


「この商会を潰すこと。」


「潰す…か、それは困るなぁ。」


 ブレインは顎を触りながら歩き、どかっと見るからに高価そうなソファに腰掛けると、膝を組みその上に手を置く。


「パパラチア、君はどうしたい。その目的自体は君の望みではないのだろう。」


「分からない。」


 分からない本当に分からない。

 私はどうするべきなのか。

 立ったまま沈黙する私にブレインは語りかける。


「なら、もう一度僕の(もと)で働く気はないかい?」


「私には殺害処分が出ている。」


 そう戻ろうと思っても戻れないのだ。

 だから、冒険者組合に入り、お金を稼ぎ、日々を凌いだ。

 いや、報酬はかなりの量であったから、それなりに裕福ではあった。


「そうなのかい?それなら僕がその命令を取り消させよう。僕はここの会長だからね。ここの権限、いや、全ては僕のものなのさ。」


 ブレインは大きく手を広げ、まるで世界を牛耳っているかのよう言葉を続ける。


「勿論、君の待遇は全て改善しよう。仕事の量も減らそう。それと君はあの懲罰室がきらいだったね。二度と入れないとも約束しよう。」


 ブレインは次々と私にメリットを提示していき、ソファから立ち上がると私の目の前まで歩み寄る。


「パパラチア、君の才能は表の世界では活かせない。だけど、僕ならその才能を存分に振るわせてあげることが出来る。」


 そう、私は殺すことしか出来ない。

 依頼だって毎日、殺しの依頼が冒険者組合にある訳では無い。


 商会から逃げ出してから苦労したのも記憶に新しい。

 安定した生活を得られるなら良いのかも知れない。


「分からないならもう一度僕の下へおいで。僕が君の道導(みちしるべ)になってあげよう。」


 ブレインが私に誘惑の手を伸ばす。

 その弾みでか、ブレインの首に掛けてあったオレンジ色の宝石のネックレスが揺れ、目に留まる。


 鋭いいつもの痛みがまた走り、今度はあの2人の言葉がフラッシュバックする。


『パパラチア、俺たちと一緒に来い。』

『大丈夫ですわ。ちゃんと一から教えますですわ。』

『パパラチアちゃんはもう団員みたいなもんだよ〜。』

『1週間も一緒に居りゃ家族同然さ。』

『…良かった。』


 なんで今思い出したのだろう。

 訳が分からず、ブレインの手を取るのをやめ、俯いてしまう。


 そして気づく、不自然に左手が後ろへと隠されていることに。


「チッ、滑々と殺す(スライドキル)


軽々しく殺す(インスタントキル)っ⁉︎」


 ブレインの攻撃に私は咄嗟に魔法を発動させナイフを弾き、ぶつかるナイフがキンッと高い音を立てる。


 ぶつかった衝撃でお互いの体が仰け反り、その隙を攻めるのではなく、私は距離を取る為に使い、入り口付近まで退がる。


「どうして。」


 殺されそうになった理由が分からない。

 私の力がもう一度欲しかったのでは無いのか。


「どうしてだぁ?テメェが邪魔になったからに決まってるだろぉがよぉっ!」


 先ほどまでの紳士的な態度が豹変し、まるで突如別人が現れたかのような錯覚に陥る。

 いや、それよりも私を狙ったあの攻撃。


「私と同じ魔法?」


「テメェのチンケで糞みたいな魔法と一緒にすんじゃねぇよ。」


 ブレインはニタニタと(いや)らしい笑みを貼り付けると、まるで自慢するかのように言葉を紡ぐ。


「俺様の魔法は『模倣魔法』。全てを手に入れる為の魔法なんだよぉっ!」


 模倣魔法、聞いたことが無い。

 そのはずだ。

 けれど、先ほどから知っているようで知らない違和感の波が何度も押し寄せている。


「チッ、やっぱり記憶操作が緩んでるな。一度ぶっ壊したのが原因か?」


「記憶操作…?」


「ん、完全に思い出した訳じゃないのか…。ああ、そうだ。どうせ廃棄するんだもんなぁ!」


 ブレインは悪さを思いついた悪童、いや、悪魔のように私に笑いかける。


「それじゃあ思い出させてやるよ。たっぷりと楽しむと良い。」


 ブレインがナイフを仕舞った瞬間、頭の中に膨大な映像が流れ込んで来る。


『お願い…助けて。』

『やめっ、助け、あ゛ぁぁぁぁっ。いだぃぃぃ。』

『ひぐぅっ、いたいよぉぉぉぉぉっ。』

『殺さないでぇぇぇっ。』

『やめてってばぁぁぁぁぁぁっ。』

『どうしてぇぇぇぇぇぇ。』

『この裏切り者ォォォォォォッ。』


 膨大な断末魔、どうして今まで忘れていたのか。忘れられていたのか。


 殺した。沢山殺した。男の人も。女の人も。子どもも。老人も。仲間も。

 関係なく。ただ命令のままに。人形のように。

 だって怖かった、あの暗い部屋が。


 そんな下らない理由で私は殺した。


「あ゛あ゛あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァッ。」


 誰かが叫んでる。


 ああ、私か。


 理解した私は両膝をつき、ナイフを取り零す。


「クフッ、フフフ、アハハハハハハハハハハハハハッ。」


 目の前の男は狂ったように笑い、ヒーヒーと苦しそうにしている。


「いや、何度見ても痛快だなぁ、人がぶっ壊れる様はよぉ。」


 一頻り笑った男はまだ笑い足りないのか、広角を上げながら語りかける。


「思い出したか、いや、思い出させたんだけどなぁ。せっかく手に入れた駒が壊れた時は早々に廃棄するかと思ったが、俺様が『記憶操作魔法』を持っていたお陰で、お前はやってきたことを全部忘れて、のうのうとまた殺しをしていた訳だ。」


 記憶操作魔法、納得がいった。

 この違和感の正体と、出会うまでこの男を忘れていた理由が。


 だけど、もう立てない。

 体に力が入らない。

 色が白黒になっていく。


 私に悪魔が歩み寄る。


「クハハッ、最後のプレゼントだ。」


 また私の頭の中に映像が流し込まれる。


『お願いです。この子だけは助けて下さい。』


 その声は震えていた。

 流れてくる映像に映し出されるのは、青い髪の女性の顔。

 その横には服を赤く染め倒れる男性の姿。


『勿論だとも、この子は俺様の店でたっぷりと可愛がってやるよぉっ!』


『そんな、嫌っ、嫌っ、サファイアァァァっ!』


 振り下ろされる狂刃が女性を裂くと、パタリと倒れ2つ目の血溜まりを作る。


 そんな女性を必死に揺する小さい手が見える。


『クフフ、これからお前には新しい名前が必要だなぁ。ん…、コイツは丁度良いぃ。』


 男が私の後ろで男が何かを呟くと、女性の首に掛かっていたネックレスを引きちぎる。


『お前はこの宝石の名前をつけられていたみてぇだな、なら俺様も先駆者に習わないとなぁ。』


 汚く笑う男の手が私の頭に迫る。


『お前は今からパパラチアだ。』


 映像はそこで途切れる。


「どうだ、思い出したか、『サファイア』ちゃん。クフフフフフ、ゲヒャヒャヒャアッ。」


 目の前の男の首に揺れる、オレンジ色の宝石の名前は『パパラチアサファイア』。


「そんな…、嘘。」


 私のお母さんとお父さんは、私を捨てたのでは無い。

 殺されたのだ。

 目の前の人物の手によって。


 いつ以来だろうか、ずっと止まっていた涙が溢れる。

 その雫が頬を伝い、床へと落ちシミを作る。


「さよなら、サファイアちゃん。パパとママの所へ連れってってやるよぉぉぉっ!」


 映像と同じ狂刃が私へと迫る。

 だけど、私はそれを見つめることしか出来なかった。


「させるかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 声と共に現れたのは、何度も見たあの人の気色の悪い魔法。

 ズドンッとブレインの腹へとその魔法がめり込み、部屋の最奥まで吹き飛ばす。


 そして1人の男が部屋へと入ってくる。


「やっと見つけたぞ。大丈夫だったか。」


「おね゛がい、たずげてぇ。」


 涙と嗚咽が混じり、上手く発音が出来ない。

 けれどその声は届き、男は答える。


「ああ、任せろ。」


 私の前に現れたのは、紛れも無い『勇者』の背中だった。


お読み頂きありがとうございました。

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