3.5章
お待たせしました。
3.5章の投稿させて頂きました。
お読みいただければ幸いです。
「さて、『ダイヤ』。準備はいいか。」
街が眠りにつこうとする中、協会の鐘がある屋根の上で、ボクはドグの怪盗名である名を呼び確認する。
「ああ、エース。クローバーも上空で待機している。」
ダイヤが着けるマスクの所為で、少しぐぐもった声が聞こえ確認が取れた。
鳥人族の特性を活かし、上空で連携の補助役を担うバド改め、怪盗名クローバーも準備が出来ているようだ。
「よろしい、では開演と行こう。」
ボクは自分の魔法のレパートリーの一つである身体強化魔法を発動させると、手袋を一度外し指を強くパチンと鳴らし、ドグに決行の合図をする。
「アオォォォォォォォォォォォォン!」
ダイヤは静寂を突き破るかのように天に向かって咆哮する。
その咆哮が更なる合図の連鎖を呼び、空中に火種が落とされ、その蕾を開花させ夜空に大輪の花と爆音を咲かせた。
クローバーに持たせた手製花火はいつも通り役目を果たしてくれたようだ。
ならば次はボクの出番だ。
手袋をつけ直すと、杖を右手に持ち直し、胸いっぱいに夜の冷えた空気を吸い込むと、両腕を左右へ広げ叫ぶ。
「イィィィッッッツ、ショォォォォタァァァァァイム!」
ボクはダイヤの咆哮に劣らない声量で今宵の演目の開演を宣言する。
瞼を落としかけていた夜の街がちらほらと目覚めるように灯をともし始める。
ダイヤはボクの開幕宣言を陰に別行動で貴族邸へと忍び込んで行く。
「こんばんは、紳士淑女の皆様方。ワタシは怪盗エース。」
ボクは一度シルクハットを外し、挨拶を終えるとハットを被り直し、足場など無いはずの『空中』を歩きはじめ、真っ直ぐと目的の貴族宅へと足を進めていく。
「今宵のショーのご案内をさせて頂こう。今宵の目的は悪徳貴族邸へ向かい、肥えた豚にツケを払わせることだ。」
なるべく人目につくように身振りを混ぜながら大袈裟に演技をする。
「おい、見ろ!」「空を歩いてるぞ。」「あれどっかで見たことある気が。」「知らないのか。」「あいつは巷で有名な怪盗だ。」「まさか本物を見られるなんて。」
民衆のボルケージが上がっていくのが分かる。
視線を貴族の館へと向けるとバルコニーに人影が見えた。
バルコニー下や部屋の中へ向かって喚き散らしている。あれが多分、館の主人であろう。
その下には私兵と思わしき鎧姿の人が何人か確認出来る。
それだけ確認するとボクは声を張り上げ歩みを止めずに宣言する。
「醜く私腹を肥やす悪徳貴族よ、償いの時だ。返してもらおうか、無辜の民から巻き上げた全てを。」
そう言って、杖の先端をサーベルのように遠くの悪徳貴族に突きつける。
「ふざけるなっ!おい、誰でも良いアイツを止めろっ。」
「承知しました旦那様。」
悪徳貴族の隣でお辞儀をした、ローブを着ている人物が杖をこちらへ向け、その先に炎の球体を作り始める。
「我が主人の敵を焼け、火炎球!」
「ふっ、小賢しい。」
ボクは拳闘魔法を発動させ、手袋へと魔法を宿らせると火の粉を払うかのように魔法を打ち消す。
「なっ、何をしておるのだ魔術師よ。雇った金の分くらいは働いて見せよっ。」
羽虫を払うくらい動作で魔法を打ち消された事に動揺を隠せない悪徳貴族は魔術師へと喚き立てる。
「わ、分かっております旦那様。舐めるなよ、怪盗とやら、今のは小手調べだ。」
そう言って、魔力を練り先程よりも大きな炎の球体を作り始め、その球体は不安定な揺らめきを見せる。
「そうか、ならば全力を尽くすと良い。そちらの方が観客も沸くのでね。」
ボクはその魔法に動揺することなく、敵を煽る。
しかし、見るからに隙だらけだ。
あれで良く貴族の屋敷で働けるものだ。
「後悔させてくれるぞ、コソ泥風情がっ!」
その魔術師の言葉によしよしと内心ほくそ笑む。
こちらの目的は初めから陽動だ。
彼らの視線を釘付けにし、ボクにかかりっきりにするだけで良い。
オクト君とラビ、上手くやってると良いけど。
「我が敵を爆ぜ吹き飛ばせ、爆炎球体っ。」
ボクが同業者を心配していると魔法が飛んで来た。
同じように手で払おうと左手の甲をぶつけた時に、その炎の球体はカッと光り、次の瞬間に小規模な爆発を起こした。
「クハハハハ、何が怪盗だ呆気なくチリおったわい。」
「フハハハハ!果たしてそれはどうかな。」
魔術師の笑いをかき消すような高笑いが響く。
そして爆心地となった場所から煙が晴れ、今度は宙吊り状態のボクの姿が観衆へと晒される。
そして、その姿は無傷、焦げ跡すら無い。
「うぉー、なんだあれ。」「すげぇ。」「どうなってるの。」「良かった無事だったぁ。」「エース様ぁー。」
ここでボクが爆発から無事であった種明かしをしよう。
ボクは初めから空中など歩いていない。
ボクの与えられた魔法、紐魔法によって作り出した黒いワイヤーロープを貴族邸のバルコニーまで繋ぎ、その上をただ歩いていたに過ぎない。
そして、ワイヤーロープは闇夜が隠してくれる。
宙吊り状態なのは爆発から逃れる為、つま先でワイヤーロープに引っかかったというだけの話だ。
なんなら、落下防止対策用のワイヤーをベルトに括り付けてある程の念の入れようだ。
そして、今のは中々に観客を沸かすことが出来た。
やはりショーはハラハラドキドキな展開を含まねばならない。
「さぁ、紳士淑女の皆様方。ショーはまだこれからです。あちらの魔術師がまだまだ協力してくれるのだからね。そうだろう?」
再び、魔術師の感情を揺さぶるために発破をかける。
「ぐぬぬぬ、ここまでコケにするとは、良い。コソ泥風情には勿体無いとっておきをくれてやろう。」
「おい、魔術師よ、何をする気だ。」
「黙っておれ、今から全魔力を注ぎ、奴を葬るのだ。」
ボクは紐魔法を駆使して、くるりと再び空中に立ったように見せると言葉を紡ぐ。
「良いだろう、幾らでも待とうではないか。」
魔術師に向かって余裕だけを見せ、言い放つとボクは完全に待ちの体勢へと移る。
魔術師は再び杖をこちらに向けると、既に不穏な爆発を幾度もなく放つ火球体を作り始めた。
その炎は術者である本人すら焦げ跡を残し、バルコニーのガラス窓を次々にその熱で溶かして行く。
「ぁっ、熱いっ、やっ、やめるのだ魔術師。」
悪徳貴族の私兵と思わしき鎧姿共は既に逃げ出したのか見る影もない。
これなら帰ってくることもないだろう。
「煩い、あやつに見下されたままでは私の誇りが許さんのだ。」
「ちっぽけな誇りと命を天秤に賭けるか愚かな魔術師。ワタシは宣言しよう、己が悪事により、貴様らは破滅するのだと。」
ボクは彼の魔法を絶対に止めさせないため更に彼の怒りを募らせる。
「怖気付いたかコソ泥が、今更泣いて許しを請うても無駄だ。」
そう、それで良い。
ここは既にボクのステージだ。
ふと、空中を見上げるとキラっと光りが三度瞬いた。
これは取り決めていた合図だ。
そして、どうやら魔術師の魔法もやっと完成したようだ。
「はぁはぁはぁ、来たれ、我が究極の炎よ、諸共に灰燼と化せ、究極爆炎球体!」
ゼェゼェと息を切らした言葉と共に放たれた、直結3メートルの炎の球体はまるで獲物を舐るかのように、先程の炎魔法よりも遅い速度で此方へと飛来する。
「ふむ、クローバーを下がらせるか。」
ボクは上空で監視の目を行うクローバーに下がるように、手を伸ばし手前へ引くという合図をして下がらせると、ボクは紐魔法を使い、ゴム紐を『編みあげる』。
確かにボクの魔法は名前だけならゴミとしか思われないだろう。
だが、要は使い方だ。
一本で弱い意味しか為さないなら二本で、二本でダメなら三本で、それでもダメなら形を変えれば良い。
形だけでは足りないのであれば、材質を変えれば良い。
形状はラケット。材質はゴム。
そして編み上げられた紐魔法で魔術師の放った炎魔法を優しくキャッチすると、紐魔法で編まれたラケットは燃えるそぶりすら見せず、至極丁寧に放った奴の元へと撃ち返す。
「ばっ、馬鹿なぁぁぁっ!」
「ひぃィィィィィィっ。」
2人の悪人の絶叫が上がった所で今度は紐魔法のラケットを炎の球体の下へとスライドさせ、空へと打ち上げる。
そして、今夜二度目の大輪が空中へと咲いた。
悪徳貴族の方へと視線を向けると魔術師共々どちらも気絶して倒れていた。
「さて皆様、今宵のショーはお楽しみいただけたでしょうか。残念ながら今宵のショーはここまで。ではまたの上演をご期待下さい。それではアディオス。」
短い距離しか移動出来ない空間跳躍魔法で自分の体を一瞬で物陰へと隠すと、断続的に魔法を発動させステージから遠ざかっていく。
そして、人の気配が消えた所で服を空間収納魔法で取り出し着替えると、エースからバクへとジョブチェンジする。
「さて、オクト君たちに成果を聞きに行かないとね。」
未だに興奮と歓声を残す夜を背景に、ボクは秘密基地へと足を進めていった。
お読み頂きありがとうございました。




