2.19章
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「これはさっきのデカブツなのか…。」
「終わったよテメェ、カシラが本気を出しやがった。」
ズゴゴゴゴと地鳴りのような音すら聞こえそうな腕と言っていいのか分からない、長さ100メートルに届くであろう高層ビルを思わせる腕を振りかぶる。
そして真っ直ぐに拳が打ち出される。
拳が確かになにかを捉えると同時に俺の方へ暴風とともにそれは吹き飛んできた。
迫り来る暴風に触手の盾を作り、腰を落として耐え、俺はすぐさま触手魔法を顕現させると、パンイチのそれを触手で全力キャッチする。
暴風は暫く止まず、先ほどの戦いで崩れた瓦礫や反逆軍の巨人族たちを後方へと攫っていった。
「あいたたた…。」
「大丈夫かっ、シズト!」
暴風が止むとすぐに顔を出し、声をかける。
「いやぁ、参ったよ。すっごく強いね彼。」
「やっぱり最初のデカブツなのか。」
「うん、名前はロック=ロックって言うみたいだよ。それと、情報通り四天王でもあった。」
本人は軽く話しているが、体の前面が血塗れであり一目だけで重傷と分かる。
「シズト、そこまで脱いでも敵わないのか。」
これはいよいよシズトの全裸コースかもしれない。
「いや、僕はまだ6割位の力だよ。」
「パンツ一枚にどれだけの力を秘めてんだよっ!」
最早全裸は免れないだろう。
俺も早くモザイク魔法に目覚めなければっ。何としてもシズトの尊厳は守り切ろう。
「あはは、違うよ。これこれ。」
俺の反応を笑うと、自分のポニーテールを作っているゴム紐を指差す。
「ヘアゴムがどうしたんだ。」
「うん、これを外せば…、よし、これで8割だよ。」
シズト髪を結っていた髪留めを外し、長い髪を垂らすとパワーアップ宣言をする。
「いや、それはチートくせぇ。」
「君のも大概だと思うけどね。」
なら交換してくれと思ったが、パンイチで戦って許されるのはイケメンかシズトだけだと思い直す。
「他になんか着てるのか。」
「いいや、これで正真正銘のパンツ一枚だよ。」
いや、そんな胸を張って言われても困るんだが。
それよか、結局パンツにも残り2割もの力が残ってるのか。
「でだ、アイツを倒す算段はついたのか。」
「うーん、僕のオリジナル必殺魔法ならなんとか出来そうなんだけど、オクト、アイツの足止め出来ないかな。」
「無茶を言うな。」
オリジナル必殺魔法とは何処まで天才なんだコイツ。
それよりも、あれを止めるなんて絶対に無理だ。
触手魔法で拘束したところであのサイズだ、蜘蛛の巣を裂くように簡単に千切られるだろう。
「じゃあ、視界を塞ぐだけでも無理かな。」
「どうやってあそこまで行けと。」
「もし仮にだけど行けたら視界は塞げる?」
シズトの言葉に悩む。
当然のことだが、俺の触手は自分以外の人から生やすことは出来ない。
だから仮に顔に届いて、瞼と瞼を直接触手で縫って拘束したとしても、あの巨腕では直ぐに引っぺがされる。
かといって目玉を直接引っ張り出そうとしたら瞼がギロチン代わりに落ちて来て千切れる未来が見える。
それに触手を潜り込ませている間に振り落とされるだろう。
うんうんと唸りながら考えて右手を顎に持っていき、左手を腰に添えたときに左手に何かがぶつかる感触がして思い出す。
「あっ!」
ふとポンコツ凄腕料理人のあの時の姿が浮かび、一つ思い当たる。
これなら流石に比較的柔らかい眼球くらいならなんとかなりそうだと思いつく。
「おっと、向こうは待ってくれるつもりは無いみたいだね。」
シズトは俺を持ち上げ肩に担ぐと風のように走り出す。
上を見るとロックが俺たちを踏み潰さんと足を上げていた。
どうやら敵はかなりの短気な性格なようだ。ガレキといい、少し頭に血がのぼるのが早すぎるんじゃないか。
「おいおい、村ごとかよっ。」
俺たちの居た位置を狙っているのであれば確実に村ごと潰れるというのに、ロックはそれを気にする様子は窺えない。
「彼には仲間意識はあんまり無いみたいだよ。」
「クソがぁ!木の隙間をちょこまかと逃げやがって、狙いが上手くつかんぞ。」
そう言って、ロックは踏みつけるのを諦めると、屈み隕石を思わせる顔面を地面へと近づけると右腕を地面へとつける。
「まずは足場作りからしねぇとなぁ!」
そのまま右腕をロードローラーの様に地面を転がし、何百本もの木々をまるで枯れ枝のように折っていく。
そのロックの破茶滅茶な行動に俺たちは巻き込まれかける。
「おい、やべぇぞシズトっ!」
「分かってるよ、一回僕の魔法で飛ぶからしっかり捕まっててね。」
その時前から声が聞こえる。
「師匠ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「メイっ!何でここにっ。」
後ろから迫り来るロックの巨腕はこのままでは確実にカーメイを巻き込むだろう。
「俺がカーメイを掴むシズトは上へ飛べっ!」
言うが早く、俺は触手を顕現させるとカーメイに絡みつかせて、素早く引き寄せると、シズトは一気に上昇する。
「うぉぉぉっ⁉︎気持ち悪いっす。」
「落とすぞカーメイ。」
せっかく人が窮地から救ってやったというのに一言目がそれとは全く。
「あ、師匠っ!大丈夫っすか。」
俺の発言を無視してシズトの心配をするカーメイ。
「うん、大丈夫だよ。けど、見つかっちゃったみたいだ。」
「ようやく見晴らしが良くなったなぁ。これで存分にテメェを潰せるぞシズトォォ!」
多分潰せるのは一回だけだと思う。
改めて見るとロックの全長は多分200メートル以上の高さになっていると思われる。
最初の時と比べ10倍以上のサイズだ。
「ししししししぃ師匠っ、ごめんなさいっす。俺っちのせいで…。」
ロックに不覚にも見つかってしまったことに責任を感じて謝るカーメイ。
だが、結局飛ぶ羽目になっていたのだ。
だから別にカーメイが来たから悪いなんてことはない。
「反省は後、ここは僕たちに任せてメイは逃げて。」
シズトも別にあまり気にしてないのか、叱ることなくカーメイの身の安全を優先してほしいと言う。
「でっでも師匠…。」
「メイ、大丈夫だから。なんせ僕は天才だからね。」
そう言ってカーメイにシズトは微笑む。
「…そろそろ俺もいることを思い出してくれ。後ロックのことも思い出そうな。」
そのバカップルのような雰囲気に、担がれたままの俺は耐えきれずに口を出す。
「そうだったね。オクトさっき何か思いついたんでしょ。」
俺がシズトに担がれる直前、何か思いついていたことに気づいていたシズトは俺に作戦を聞いてくる。
そんな風に思い出されたかのように言われると、まるで嫉妬してシズトとカーメイの会話を遮ったように聞こえるから、切実にやめて欲しい。
だが、俺も文句を言うのは後だ。
俺の提案を伝えねば。
「いや、作戦ってほどじゃないけど、コイツなら目を潰すくらい出来るだろって思ってな。」
そう、それは中型ドラゴンの骨で作ったアイスピックである。
いくら巨大化し体全体の硬度が増しているとはいえ、眼球は脆いままだろう。
この考えが思いついたのは、奇しくもクックが果敢に挑んだ、超大型ドラゴンとの戦いがあったからである。
ただ問題はどうやってあそこまで行くかだ。
「ごちゃごちゃ羽虫が喧しいんだよぉ!さっさっと潰れろや!」
またもや、思考を中断するようにロックの拳が振り下ろされる。
「ほんとにタイミングが悪いよねっ!」
そう語尾を強くしたシズトはカーメイを触手から自分で抱え直し、横へと新幹線並みの速度を出し高速で移動を開始する。
俺たちは拳の下をすり抜けるとその後ろには拳型のクレーターが出来ていた。
「オクト、あそこまで行ければ良いんだね。」
二人の人間を抱えてこのスピード。
ただでさえ魔法のコントロールも大変だろうにまるで苦に思わないかのように質問する。
「ああ、でもどうやって。」
「そんなの、初めて一緒に冒険したときと同じ要領で行くよ。」
「はっ?正気か⁇」
「じゃあ、行くよ。せーのっ!」
そして、俺は弾丸となってシズトから撃ち出される。
「まじかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
敵も無茶苦茶だが、こちらのシズトの無茶苦茶さも比では無い。
絶叫を上げながら俺は一直線にロックの顔面へと飛来して行く。
「ああ゛、なんだ。」
それを直ぐに見つけたロックは振り下ろした腕を持ち上げ払おうとする。
「させないよ。ごめんメイちょっと手を離すね。」
「えっ、師匠ぉぉぉっ。」
森へと落ちて行くカーメイの断末魔が響く中、シズトは今、空を裂かんとばかりに振るおうとされる腕に魔法を放つ。
「泡爆弾!」
そう叫ぶと突如出現した大量の泡がロックの手の甲にあたり大爆発を起こす。
「ぐあぁぁっ!」
ロックはうめき声をあげ手をその場から逃がそうとするも、増え続けるその爆発に手を地面に押さえつけられて持ち上がらない。
「テメェ!ぬぉぉぉぉぉぉ。」
ロックは未だ爆発に縫いつけられた右手を諦め、左手で俺を掴みに来る。
顔面まではまだ距離がある。
「ならっ!」
俺は触手魔法を発動させ蛸の触手を二本顕現させて腰から生やす。
そして、迫り来る左手に自分から張り付く。
「なっ!離れろやぁ!」
俺の行動に驚いたロックは左手をブンブンと振り回し振り払おうとする。
ただ手を振り回すだけでも半端ないGが体を襲い潰れるのではと錯覚するが、俺は蛸の吸盤を活かし張り付いたままはなれない。
そして、右手を押さえつけられたままの無理な体勢で闇雲に左手を振るったロックはバランスを崩し、両腕を地面へと着く。
「今っ!」
俺は触手の吸盤を活かして全力で縦に100メートルを駆け上がる。
爆発が止み、解放された右手で俺を捉えようとするももう遅い。
急速で顔まで辿り着くと俺はドラゴン製のアイスピックを鞘から放ち、ロックの目へと突き刺し穴を開けると引き抜く。
「がぁぁぁぁぁぁ!」
眼球はを貫かれた痛みに絶叫し仰け反りながら立ち上がり数歩ヨロヨロと後退する。
俺はロックの絶叫に鼓膜を揺らされバランスを崩すも、もう片方の目を狙い顔面を移動しようとしたところでロックの手に気づき頭の裏側へと逃げ背中へと下る。
ロックが爆発が止み既に解放されていた両手で目を抑える。
「羽虫どもがっ、テメェらはぐちゃぐちゃににして、跡形もなく潰してやるぅ!」
冷静さを失ったロックは自分の背中を縦横無尽に這い回る俺を、その感触だけを頼りに左手で何度も払い落とそうとして来る。
「くそっ、何処だぁ!」
ロックの手は肩、脇、頭上と言った様々な方向から何度も迫って来る。
だが、俺は肩の関節の動きを読み、その手を全て掻い潜りやり過ごす。
そして、もう一度左手が右脇から、伸びようとした時、俺はロックの頭を飛び越え今度は顔面へと落下し、ロックの眼球へと迫る。
ロックと俺の視線が合う。
「もう片方も頂くぞっ!」
俺は眼球の中心にアイスピックを放つ。
捉えた。心の中で確信する。
しかし、予想とは裏腹にガキンッと先程の柔らかさが消え恐ろしく硬質な手応えが帰ってきて、アイスピックを持つ右腕が痺れる。
「そう何度も同じ手を食うかよぉ。」
「硬化魔法かっ!」
俺の呟きにロックの口角が上がる。
「落ちろやぁ羽虫っ!」
そのまま俺に向かいロックは頭突きを放ち、咄嗟に触手で頭突きを受けた俺は200メートルはある高さを高速で落下して行く。
触手はダメージで消えたため俺は新しく、触手を数本顕現させると自分の体を包むようにボール状になるように何重にも巻きつけてその衝撃を出来るだけ和らげようとする。
だが、かなりのスピードで落下したため、地面にぶつかると四、五回は跳ねて木にぶつかりようやく止まる。
触手魔法はまたもやダメージで完全に消失してしまい俺は投げ出される形で地面へと転がる。
「ぶはっ、はぁはぁ。」
落下のダメージと三半規管が無茶苦茶になるような跳ね方だった為、口から血と胃液が混ざったものが吐き出される。
「チッ、ようやく一匹か、手こずらせやがって。他は何処に…。」
立ち上がれそうにない俺に視線を向け、舌打ちをし悪態をつくと、残った片目であたりを見回しロックはやっと気づく。
シズトが抜かれた手刀を腰に構え、空気を歪ませるほどの膨大な魔力を練り込み、必殺の一撃を放とうとしていることに。
「させるかボケェ、テメェもさっさと潰れろやぁっ!」
明らかに異常な程の魔力を纏わせるシズトに気づいたロックはシズトを狙い足を上げ踏み潰そうとする。
しかし、シズトは魔力を練ったまま動かない。
「シズトっ…、まだなのかっ!」
ボロボロになった俺がシズトに叫ぶも声が届いてないのか、魔力を練っているシズトは微動だにしない。
間に合わないそう直感する。
「おっきな巨人族のおじさんっ♪、メイのことを見てっ♪」
ロックが冷静さを欠いていたせいか、メイの魔法によりほんの一瞬だけロックに魅了魔法がかかる。
しかし、意思の強さによって直ぐに魅了魔法を弾いたロックはそのまま足を振り下ろす。
「ありがとうみんな。」
シズトの声が聞こえた気がした。
シズトは炎魔法で己の最期の布を一瞬にして灰にするが、既に80パーセントの力を出しているシズトには焦げ跡など一ミリもつかない。
「これが、僕の100パーセントだ。手刀抜刀…。」
「これで終いだ羽虫ぃっ!」
「我竜天睛」
シズトは手刀を真っ直ぐ突き刺すように振り抜く。
その手から魔法で作られた、光りの龍のが放たれる。
その龍は一瞬にして巨大化し、顎門を開きロックの足を飲み込むと一瞬にして灰すら残さず消し去り、勢いは止まることを知らずロックの分厚すぎる胸に刺さり、まるで何もなかったかのように一直線に背中を突き抜け閃光を残しながら天へと登って行った。
「やっぱりチートだな。」
仰向けになった俺は、沈みゆく空洞の出来た巨体を眺めながらそう呟く。
全裸になったシズトは俺にグッジョブとハンドサインをするとそのままばたりと倒れた。
「師匠っ。」
そんなシズトにカーメイが駆け寄る。
俺の事も心配して欲しいんだけどな。
まぁ、今は良いか。
「師匠っ、大丈夫っすか。」
「うん、大丈夫だよ。ちょっと魔力が空っぽなだけだから。今は服が欲しいかな。」
シズトが服を欲しがるとか、明日は雪でも降るのだろうか。
「はいっす。これを着てくださいっす。」
カーメイは自分の来ていた外套を脱ぎ、シズトに被せるが殆ど隠れていない。
「うん、これで大丈夫かな。」
そう言い、シズトはいつものようにカラカラと笑う。
お読み頂きありがとうございました。




