1.4章
4話目投稿しました。
「うぅっ……臭いですわ。」
「おい…、もっとしっかり握れよ。」
焚き火の火が揺らめき影を怪しく揺らす中、俺ははぁはぁと、ナニかを堪える様に息を漏らしながら彼女に命令する。
「そんなこと言ったって、私こんなの初めてですの、どうすればいいかわからないのですわ。」
そう答える、彼女はさっきまでの強気な態度と打って変わって泣き言を漏らす。
「そんなもん勢いだよ勢い、最初は辛いかもしれないが、慣れちまえば後は楽になるはずだ。」
俺自身経験したことがあるわけではないので、その場しのぎの適当なセリフでこの場を逃れる。
それと経験するつもりもないとこの場で明言しておこう。
「ぐぅっ、行きますですわっ。」
そう意気込みガシッとソレを掴む彼女。しかし、すぐに弱音を溢し始める。
「うぅっ、ゴツゴツしてて、ベタベタして気持ち悪いですわ…。本当にやらなきゃダメなんですの?」
「いいから、早くしろっ。アンタが望んだことだろっ。」
そんな実況をしてくる彼女に向かって、既に限界間近の俺は、急かす様に叫ぶ。
しかし、叫んだのが不味かった。俺のそれは決壊を迎える事になった。
「あ、やばっ。うっ…、オェェェェェェーー。」
夕食を待つ空っぽの胃から胃酸が溢れ出る。
少しスッキリした。
「きぁぁぁぁぁぁぁぁ、なにしてるんですわっ⁈」
だって、気持ち悪いんだもん。
そんな言葉すら出す余裕なく、目の前に吊るされたソレから遠ざかろうとする。
そう、吊るされているのは森で見かけた緑の人影であるゴブリンだ。
遡ること数十分前。
俺が森から持ち出したのはゴブリンであった。
ゴブリンは人型モンスターでタンコブのようなツノを持ち、知能が低いため言語を持たず、同種族間では鳴き声でコミュニケーションをとり、普段は群れで行動し、狩りをする魔物である。
同じ魔物である魔猿と同じような集団という生態を作るゴブリンだが、コイツははぐれだったのか一匹で森の中を彷徨いており、それをホーンラビットと同じ要領で狩ってきたのである。
そんなゴブリンは畑や村を荒らすので討伐依頼が出されることがあり、討伐証明のために右耳を切り取って、冒険者組合に持ち寄ることはあっても、料理のために解体する姿は見たことなく、その臭いとグロさに顔を青ざめさせ息を切らし、思わず吐いてしまったのだ。
ではなぜ、料理するという話になったのかというと、俺はもともと料理を本当にさせるつもりなど無かったのだ。
あまりに自信満々に料理魔法で強くなるという彼女の心を折って、さっさと彼女に帰ってもらって冒険者組合から報酬を貰うためにも、『この先ゴブリンにすら勝てないようなら、強くなるなんて諦めた方がいいんじゃねww』と言ってやったのだ。
すると売り言葉に買い言葉。
勝気な彼女にこの発言は地雷であった。
『なんですって、聞き捨てなりませんですわ。もちろんゴブリンだって簡単に捌いてみせますですわ。』
そう言い、彼女はゴブリンを吊るし、捌こうと準備を始めたのだ。
俺だって最初は止めたんだ。
『いや、あの、嫌だなぁ〜もうクックさんたら、冗談ですよ、冗談。真に受けないでくださいよぉ〜。』
このままでは夕食にゴブリンが並んでしまう。それは嫌だと思い、すぐに手のひらを返し、どこかの下っ端社員のように手揉みをしながらそう言ったのだが、思い立ったら止まらないのが我等がクックさん。
『貴方の言うことはもっともですわ、ゴブリンにすら勝てないようでは強くなったとは言えませんですわ。』
そう言い彼女は包丁に料理魔法を再び纏わせ始める。
そして最初のやりとりを経て現在に至るのだ。
「うぇ、気持ち悪。なんかこうもっと綺麗に解体出来なかったのか。」
「仕方ないのですわ。今、手探りで食べられそうな場所を探しているところですわ。」
実況はしないがゴブリンは既にモザイク処理必須の姿へと変貌していると言っておこう。
ソレを顔を青ざめさせながらも、必死に触って硬さを確かめ、匂いを嗅ぎ食べられそうなところを探す彼女は鋼のメンタルを持っているのではないかと思ってしまう。
それとも料理人としての意地だろうか、そのゲテモノに挑む姿勢に、恐らく錯覚であろうが頼もしさを感じてしまう。
そんな彼女は一通りゴブリンを見終わったようでこちらに話を振る。
「一応、足の太ももとふくらはぎ、上腕二頭筋が食べられそうですわ。上腕筋は少し肉厚が足りなくてとてもじゃありませんが食用には向かないですわ。いえ、そもそも、ゴブリンは食用ではないのですわ。なんでこんなことになっているのですわ。」
一人で自己矛盾に陥りはじめた彼女、そっとしておきたいところだが、さっきのホーンラビットの肉をこのまま放置というのも勿体ない。それに明日も歩くのだ。食っておけるうちに食わなければ冒険者としてやっていけない。
「大丈夫だろ、どっかの国では猿を食う文化だってあるんだからな。それよりも食えそうな部分をさっさと料理して晩飯を早く済ませようぜ。」
勢いに任せて言ったが、ゴブリンと同列視するのはどうかと自分でも思う。
「そう…ですわね?、早速調理に取り掛かりますわ。貴方はまた、食べられない部分の処理をお願いしますですわ。」
俺の言葉に疑問を感じつつもポンコツな彼女は特に気づかないまま、ゴブリンの食べれそうな部分を部位分けして、皮を剥ぐ作業に移る。
そうこうして、焚き火に焼かれたホーンラビットの丸焼きとゴブリンの焼いた肉が並ぶ夕飯となったのだ。
「頂きます。」
手を合わせそう呟く。
目の前に並ぶものが片や美味そうな肉もう片方はどう見てもゲテモノの肉であっても、感謝の言葉を忘れない。
こっちに転移してきて、食い物が簡単に食える幸せを噛み締めたお陰で、尚更に食えることに感謝を忘れなくなった気がする。
「それはどう言う意味があるのですわ。」
「あぁ、俺の国で命に感謝して食事をする、こっちで言う食事前のお祈りみたいなもんだ。」
「そうなんですの、良い文化ですわね。」
そう言うと、彼女も俺の言葉を真似して「頂きますですわ。」と言い、お互いの手にゴブリンの肉がセットされる。
ゴクリとお互いの喉から生唾を飲み込む音が漏れ、二人の視線が合う。
次の瞬間脳内ゴングが響き渡り譲り合い合戦が始まる。
そして、俺はなんとしても味を先に知っておくため先制攻撃を仕掛ける。
「どうしたんだクックさん、さぁ、クックさんが作った料理だ。先に食うと良い。」
「いえいえ、勇者様、そんなわけには参りませんですわ。勇者様を、差し置いて先に食べ物に手をつけるなど淑女の名折れですわ。勇者様どうぞ先に召し上がってくださいですわ。」
一度も勇者と見ていなかったくせに、こう言う時にだけ勇者を強調し、実に貴族らしい微笑を浮かばせながら、さあさあどうぞと一口目を促して来る。
「いえいえクックさん、私の知っているある国ではレディーファーストと言う言葉があり、女性を優先させなさいと言う紳士のマナーとされているのですよ。」
彼女の言葉に負けじと、中世の最悪な紳士のマナーを持ち込み牽制する。
「では、今はこちらの文化に習って食事をしてはどうですの。この先自国の文化のみで食事をするのは、それこそ紳士のマナーを欠いていますですわ。今から練習するのもいい勉強だと思いますですわ。」
微笑みを崩さずに彼女は直ぐに切り返してきた。
俺も善人面を崩さず、いやーはっはっはっと人の良さげな笑いでお茶を濁す。
そしてどちらともなく、ため息が溢れる。
「なぁ、やめないか。いい加減腹を括ろうぜ。」
「ええ、食事をするだけでこんなに疲れるのは不毛ですわ。」
「せーので口をつけるぞ。」
「分かりましたですわ。」
既に疲れがだいぶ回っているのか彼女は俺の提案に直ぐに乗ってきた。
再びゴクリと喉を鳴らし、俺も覚悟を決める。
「じゃあ、行くぞ「せーのっ!」」
二人して掛け声を合わせ、ゲテモノ肉へ噛み付く、瞬間、二人は疲れが吹っ飛び目をカッと見開く。
「「まずぅっ…。」」
コレが二人の冒険の最初の晩餐であった。
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