1.12章
お待たせしました。
1.12章です。
「私、初めて触りましたですわ。プニプニしてて、とっても柔らかいのですわ。」
彼女は意外にも平気なのか、それを不思議そうに触りながら、揉み続ける。
揉み続けられるそいつは感触にくすぐったさを感じ、モゾっと動く。
「ひゃっ、動きましたわですわ。」
「そりゃそうだろ生きてるんだからな。」
俺は居心地の悪さを感じ、ぶっきら棒に答える。
「こう触ってると、案外かわいく見えてきますですわ。」
それを撫でながら呟く、彼女の予想外の発言に思わず言葉を失う。
「あ、またモゾって動きましたですわ。ふふふっ。あ、息を吹きかけるとまた違う反応をしますですわ。」
未だ、それを触ったり、つっついたり、息を吹きかけたりしてその反応を楽しそうに実況する彼女。
「なぁ、もう良いだろ。」
立ったまま顔を背けながら、俺はそろそろ察して欲しいと次を促す。
「はぁ、仕方ありませんですわ。」
堪え性がないとジト目で訴えかけながらも、彼女は置いてあった俺の特大アイスピックを抜き、ぶすりと手のひらサイズの芋虫へと突き刺す。
その容赦のなさに、突っ立って見ていた俺は肝を冷やす。
彼女は初めて触る『虫』というものを楽しんだ後、ようやく料理に取り掛かり始めた。
そう、例の如くゲテモノ料理中なのだ。
虫嫌いな俺としては、見ているだけで虫酸が走る。
芋虫は痛みに絶叫するように体をくねらせるが、彼女は躊躇なくもう一匹ワシっと素手で掴み、同じようにアイスピックに串刺しにしていき、最終的に4段の串刺しになった芋虫が完成する。
それを村でバイバーさんから購入していた、学生カバンにすっぽり入るサイズの鉄板の上に置き、芋虫がきつね色になるまで炒め続ける。
ちなみに、鉄板はいつのまにか俺の鞄に入っており、彼女はさらっと俺を荷物持ちにしていたのだ。
鞄が少し重いと思ったらそういう事だったのが、まぁ、料理道具くらいならと俺も妥協している。
彼女はほかにも、小さいやかんなどを買っていたのを見た。多分、テレビの通販見てコロッと買ってしまうタイプに違いない。
そうしてやっと完成したのが、特大蜂の子の炒め串焼きだ。
ゴブリン以上にグロテスクな見た目をしてやがる。
なんのためらいもなく、俺のアイスピックを串代わりに使われた事に突っ込むことすら忘れ、加工せずにそのまま素材の味を活かした料理法に絶句する。
信じられるか、これ今晩の夕食なんだぜ。
モザイク処理が欲しいんだが、そういうのに詳しい人いないかな。
それか、今すぐモザイク魔法に目覚めたい。
さて、現実逃避をいつまでもしていてもしょうがないので、いつも通り事の経緯を説明しよう。
俺たち2人は村から出て、一週間歩いた場所にいる。
その間の食材は彼女の料理魔法のレパートリーを増やすのに協力するのと節約のため、現地調達で済ませていた。そのおかげもあって魔蛇などがレパートリーに追加された。
旅が順調に進んできたと感じ始めていたとき、虫型の魔物である。『フラワービー』の巣に遭遇したのだ。
フラワービーとは、魔蜂の一種である。
フラワービーは魔蜂の中では、弱い方にあたり、他の種類の魔蜂と比べて、小さく、大人しい上に主食が花の蜜なので、滅多に人を襲わないのである。
しかし、巣の付近に襲いに来る敵には容赦なく反撃し、命を投げ打ってでも敵を撃退するのである。
そんな、フラワービーの巣の近くに気付かず近寄ってしまったため、うっかり戦闘となってしまった。
そこからは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
虫系の魔物を料理した事のない彼女は当然使い物にならず、俺一人で、小さいと言っても、人間の顔面サイズはあり、軽く100匹を超える蜂の集団を討伐し続ける羽目になったのである。
『ぎゃぁぁぁぁぁ、その音ヤメロオォォォォォォォォォォ。』
魂からの絶叫であった。
羽虫が持つ独特のブゥーンという音が、あたりいっぱいに響き、虫嫌いにパニックを誘発させる。
すぐさま俺は特に意味は無いのだが右足でドンッと地面を踏み鳴らし、オウムガイの触手を模倣した触手魔法を発動させて、90本はある触手を地面から顕現させると、次々に魔蜂を叩き落としていく。
『イィヤァァァァー、こっちに来んなぁぁぁぁぁぁ。』
大の男がもう泣きそうである。
絶叫しながらも正確に触手を操りきり、虫の羽音が全て止んだ頃、魂が抜けたような姿で膝をつく勇者の姿がそこにあった。
『蜂怖い、蜂怖い、蜂怖い、蜂怖い、蜂怖い、蜂怖い、蜂怖い………、』
壊れたレコーダーように呟き続けていた俺に、彼女は珍しく気を遣ったのかそれとも関わりたくないだけか、黙って蜂の死骸をじっと見つめていた。
『よし、やりますですわ。』
そう意気込むと、腰から包丁を抜き放ち魔蜂の死骸に手をかける。
『なにも良くねぇよ、このポンコツ。』
彼女が手に取ろうとしていた魔蜂の死骸を即座に触手魔法で吹き飛ばす。
どうやら、俺に気を遣ったわけでは無かったらしい。
『なにをするのですわっ!』
『こっちのセリフだ、ポンコツ。』
『私は料理をしようとしたに決まっていますわ。』
コイツ怖いもの無しか。
『ッざけんなよっ、虫を料理するとか頭おかしいんじゃないのか、それとも料理人から、芸人にでもジョブチェンジでもしたのか、このポンコツ芸人貴族。』
虫を料理して食べるだとかテレビでしか見たことがない。因みに俺はチャンネルを変えてしまうので実食するのを見たことないし、見たくもない。
『冗談で言っているわけではありませんのですわ。少しでも料理魔法の幅を広げておきたいんですわ。あと、貴族は悪口ではありませんわっ。』
どちらかといえば冗談かネタであって欲しかった。
一旦冷静に考えて欲しくて彼女に、確かめるように語りかける。
『なぁ、焦る気持ちは分かるが、虫だぞ。』
今、一番この場で焦っているのは俺なのだが、それは置いておくとする。
『はい、虫ですわ。』
さも当然のように俺の言葉を躊躇いもなくリピートする彼女。
彼女の頑固さは筋金入りだ。 どう懐柔したものか。
『蜂には毒があるぞ。』
『それくらい知っていますですわ。ですから、その部分を避けて食べれば大丈夫なはずですわ。』
毒が無い部分というと、つまり尻から上の部分ということになる。
あ、駄目だこれ詰んだ。
いや、待てまだ希望はある、あの魔蜂の巣の中には蜂の子がいるはずだ。
いや、いるからなんなのだ。
確かに食べられると聞いたことはある。しかし、食べられると食べるは別なのだ。
しかし、タイムリミットは迫っている。自分で作ってしまった究極の選択に俺は泣く泣く蜂の子にしようと決断したのだ。
魔蜂の巣を触手魔法でこじ開け、女王蜂を軽く討伐したところで、成虫は全て居なくなり、その巣から蜂の子を取り出し、これも魔蜂だから料理するならこっちにしてくれと言い放った。
そして、現在へと戻るのである。
「言い出したのはアンタだぞ。責任持って毒味しろ。」
虫嫌いな俺は躊躇なく彼女を突撃兵に任命する。
「蜂の子が食べたいと言ったのは貴方ですわ。」
「言ってねぇよっ。妥協したんだよっ。」
「私が妥協してあげたのですわ。今からでも、あちらを夕食にして差し上げても構わないのですわ。」
彼女はさっき倒した女王蜂を指差す。いつのまにか覚悟が済んでいる彼女はとても強気だ。
どうやら突撃兵になるのは俺らしい。
「なぁ、俺たちの仲だろ?ここは一連托生でこの前みたいに同時で行かないか。」
だが、ただでは死なん。死なば諸共の精神で、ここで全滅しても構わないと彼女を道連れにする提案をする。
「別に構いませんですわ。ですが、私の料理に文句があるようですので、明日からは貴方の食事は自分で済ませてくださいですわ。」
無茶を言うな。保存食をケチって持ってきていないのだ。
手元にあるのは水筒だけ、ここから元の村まで1週間何も食わずに村まで戻れるわけがない。それに俺の依頼内容は彼女を連れ帰ることでもある。ここで1人帰って彼女を見失うわけにはいかない。
どうやら生命線を何重にも人質に取られた俺の二階級特進が決定したようだ。
人質も攻め込むのも俺とかもう意味がわからないな。
「ふふふふ…、ははははははははははははっ、わかった、わかったよっ。食えばいいんだろ食えば。」
冷静な思考を失った俺は、狂った様に笑い、こうなったらヤケクソだと蜂の子をアイスピックから引っこ抜き手に持つ。
ブニョっとした感触が手に返ってきて、そのおぞましさに息を飲む。
「っ…、頂きますっ。」
『これはクロワッサン。これはクロワッサン。これはクロワッサン。』と自己暗示をかけ、目を瞑り、それに齧り付く。
次の瞬間口いっぱいに味が広がる。
「あれぇ、意外に甘くて美味しい。」
火がしっかりと通ったそれは焼いたみかんのような感触で甘かった。蜜蜂だからだろうか。
そして、ついつい手元を見てしまったのが良くなかった。俺の歯型を残し噛みちぎられたソレを直視し、自分が何を口に入れたのか理解し気分が悪くなり、口を押さえ、『これは焼きみかん。』と再自己暗示をかけ直し始める。
そんな俺の様子を見て見極めた後、目を瞑り彼女もそれを咀嚼し始めた。食事中の彼女は絶対に目を開けなかった。
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