4.26章
お待たせしました。
4.26章投稿させて頂きました。
お読みいただければ幸いです。
「おのれぇ、卑劣な賊どもめっ!我が消え去ろうと、我が野望は必ず誰かの野望となろうぞっ!」
シズトの必殺技の直撃を受けた四天王、炎熱を支配する者は右上半身しか残らない体で怨嗟を叫ぶ。
「あの一撃を耐えきったのかっ⁉︎」
勝利の確信に消そうとしていた腰の触手を再度構える。
フレイムルーラーの顔は既に溶け固まっており、動いているのは口だけ。
それなのに、残る迫力に気圧される。
「安心しろ坊主。コイツにもう戦う力は残っちゃいねぇよ。」
完全に戦意を解いたヒガさんが気楽に話しかけ、俺を落ち着かせる。
その言葉に俺は触手を今度こそ霧散させ、戦闘状態を解くと後ろから声が聞こえた。
「それなら僕を先に助けてくれないかな?氷の床が凄く冷たいんだ。」
後ろを振り返るとうつ伏せに倒れるシズトが首だけ此方に向けて、疲れ切った笑顔を向ける。
「あっ、忘れてた悪りぃ。」
取り敢えず標準装備の外套をシズトに被せたから、ほっとけばその内起き上がって来るだろう。
「そんで、どうするんだコイツ。」
幾ら敵といえ、この状態で殺すのは寝覚めが悪い。
「あー、待て。オレに案がある。」
そんな中、顔をだいぶ赤くしたヒガさんが提案を出す。
「なぁ、お前さん、もう一度やり直さねぇか?」
突然、ヒガさんが飛んでもない事を言うので思わず面を食らう。
俺が何言ってるんだと言う前に、俺の言葉は怒声によって遮られた。
「巫山戯るなっ!」
「いんや、ふざけてねぇさ。お前さんには悪りぃが事情は『精霊王カウシ』から聞いて来た。」
「精霊王カウシからだとっ⁉︎我が弟には封印を施してあるはずだっ!」
聞き間違いで無ければ、精霊王カウシを弟って言ったな。
だとすると、フレイムルーラーは精霊王の兄になるのか?
本当にヒガさんは重要な事をすっ飛ばし過ぎて困る。
「ここにあんのは体だけだ。中身はとっくに逃げ出してる。そんでオレにこの騒ぎの原因を伝えたわけだ。」
「我が弟よ、何処までもお前は人の味方なのだな…。」
フレイムルーラーは何処か諦めたような口ぶりになると、頭に上っていた血が下がったのか冷静に言葉を返す。
「やり直すと言ったな人間。」
「その気になったか?」
「笑わせるな人間。仮に力を取り戻したなら、我は何度でも人を滅ぼす為に力を振るおうぞ。」
「そうか…。」
その言葉にヒガさんは明らかな落胆を見せるが、知ったことかとばかりにフレイムルーラーは言葉を紡ぐ。
「人間、貴様は我が弟から全てを聞いたのであろう。それで何故、我が止まれると考える。」
冷めた熱が再び加熱されるかのように、言葉の端々に冷たい熱が帯びていくのを感じる。
「聞いたのであろう、精霊とは何かをっ!」
ヒガさんは、その火傷しそうなくらいの悲痛な叫びに静かに耳を傾ける。
「知ったのであろうっ、我が憎悪をっ!」
凍りつきそうな有るはずのない視線からヒガさんは、決して目を逸らさない。
「ならば止まれるわけが無かろう。我が悲願の為にどれだけ犠牲を払って来たと思う。怒りのままに村を焼き尽くし、吹雪で氷漬けにした村もあった。奴と手を組んでからは村を魔物に襲わせたりもした。」
フレイムルーラーは自らの悪業を叫ぶ。
「我が齎した死は戻らぬ。故に此処でやり直すだとっ!我には支配者として奪った責務があるのだっ!」
その言葉だけで分かる。
フレイムルーラーは止まりたくても止まれないのだ。引き返せないのだ。
命を戻らぬと理解しながら奪い、奪った者としての責務。
フレイムルーラーは今も奪った命を背負っている。
だから止まれない。
「我が此処で引き返せば、奪った命は全て無駄となる。それだけはならぬ。故に我は此処で終わらぬのなら、今度こそ貴様ら人を根絶やしにしてくれようぞ。」
「なぁ、お前さんよ。」
フレイムルーラーの言葉を聞き終えたヒガさんがようやく口を開く。
「お前さんにはやっぱり悪役は似合わねぇよ。だってお前さんは優し過ぎる。」
たははと気の抜けた笑顔で、ヒガさんはそんな事を言ってのける。
「我が優しいだと?何を寝ぼけた事を言っているのだ。」
「初めから思ってたんだよ。お前さんは二度と自分と同じ奴を生み出したく無いから、精霊を終わらす者なんて名乗ってんだろ?」
「…。」
図星なのか、フレイムルーラーはその言葉に沈黙で答え、尚もヒガさんの言葉が続く。
「お前さんは優しいよ。だからこそオレはお前さんにやり直して欲しい。」
「ならぬ。我が決意は死しても折れぬ。」
「なら仕方ねぇな。」
ヒガさんは、空間収納魔法を開くと一本の酒瓶を取り出すと、親指でコルクの栓を弾き飛ばし、シュポッと景気の良い音が響く。
「飲めっ!」
「は?」
ヒガさんのよく分からない行動に、俺は声を上げるが、それはフレイムルーラーも同じようで、何を言っているか分からないとばかりに口を開けたまま動かない。
「もう何百年も生きてんだろ?酒くらい飲んどけ。うめぇぞ。」
用意周到な事でコップも常備しているのか、ヒガさんは再び空間収納魔法を開くとコップを取り出し、トプトプと酒を注いでいくと、コトリとフレイムルーラーの目の前にコップを置く。
「お前さんだって分かってんだろ。このままほっとかれても自分が死ぬことくらい。」
「…。」
フレイムルーラーはその言葉に、先程と同じように沈黙を返すだけだ。
「だからよ、最後くらい本音で話し合おうや。」
そう言いながら、ヒガさんは自分の分なのか、二つ目のコップに酒を注ぐ。
「ほれ、乾杯だ。」
フレイムルーラーの目の前に置かれたコップと、ヒガさんが手に持つコップがぶつかり、小気味いい音を立てる。
「ほら、お前らも突っ立て無いで座って楽にしろ。」
ヒガさんの言葉に、俺たちは戸惑いながらも床へと座る。
冷たい床がキツく、俺はこっそりと触手を床から生やし、座布団代わりにしている。
「腹割って話すってんだから、まずはオレからだな。」
黙秘を決め込むフレイムルーラーに構わず、ヒガさんは勝手に語り始めた。
「オレにはよ、最近、娘が出来たんだ。まぁ、娘と言っても血なんて繋がっちゃいねぇがな。」
ガッハッハと笑うヒガさんが指す娘とは、ツクシの事だと俺は理解する。
「出会った当初は死にかけでな、子どもって言う適当な理由で最初は助けたんだよ。そんで、オレはさっさと教会にでも預けちまうつもりだった。」
正直、親バカと言えるほどデレデレなヒガさんの態度を思い返すと、その言葉は信じられない。
「それから少しばかり一緒に娘がと旅して、いよいよ教会に預ける直前になって、娘ががちっせぇ手でオレの指握ってお父さんって言ったんだよ。」
思い返すヒガさんの顔はとても幸せに満ち足りた表情で、上機嫌に語り続ける。
「それからよ、こんな年にもなってオレに新しく夢が出来たんだ。」
ヒガさんは真っ直ぐフレイムルーラーの顔を見る。
「孤児院を作る。それがオレの今の夢だ。」
その言葉に俯いていたフレイムルーラーの視線が上を向いた気がした。
「だからよ、オレがお前さんの夢を叶えてやる。」
「………その言葉に嘘偽りは無いな。」
ヒガさんの言葉に、フレイムルーラーは遂に沈黙を破る。
「当たりめぇだ。」
「寄越せ。」
ヒガさんはフレイムルーラーの前に置いていたコップを手に持つと、フレイムルーラーの口元に近づけ、軽く傾け直ぐに戻す。
「…苦いな。けれども心地良い気分だ。」
フレイムルーラーはフッと笑うと、再びヒガさんの方へ向く。
「人間。名を何と言う?」
「ヒガ ツクミズ。ヒガで良い。」
「そうか、ヒガ。我が願い貴様に託すぞ。」
「任せとけ。オレは勇者らしいからな。勇者ってのは諦めが悪いもんだと昔から決まってんだ。」
「そうか、…貴様が勇者であったか。」
フレイムルーラーは、またフフッと楽しそうに笑う。
そんな、フレイムルーラーに「ほれもう一口。」とヒガさんは酒を勧める。
「もし、次に産まれ変われるなら、ヒガの子として生まれたかったものだ。」
「よしてくれ、俺より歳食ったガキなんてお断りだ。けどよ、もし、生まれ変わりがあるなら、次も一緒に飲もうや。」
「それも良いな。」
先程まで戦っていたのが、まるで嘘かのように、二人は旧友と飲み交わすかのように歓談をし、ポツリとフレイムルーラーが呟く。
「あぁ、どうやら酔ってしまったようだ。久々の微睡みが心地良い。」
そう言う、フレイムルーラーの体は溶け始め、確実に死へと向かっているのが俺にも分かる。
「そうだ、お前の弟さんから伝言だ。『幸せだった』とさ。」
「ならば伝えてくれ勇者、我も幸せであったと。」
「あぁ、分かった。お前さんももう疲れたろ、ゆっくり休め。」
ヒガさんはフレイムルーラーの額にそっと手を添えると、また謎めいた呪文を口にする。
「精霊よ、瞼を下ろし光を奪え。」
呪文を唱えると、ヒガさんの手のひらから小さな黒い靄、いや、闇が発生する。
けれども、そこに不快感は無く、寧ろ暖かさを感じさせる。
そして、呪文と共に現れた闇はフレイムルーラーの体を優しく包み消え去ると、後にのこるのは水溜りだけであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
精霊さん、精霊さん。
誰だ我を懐かしき名で呼ぶのは?
精霊さん、精霊さん。ほら、こっちだよ。
誰だ俺の手を引くのは?
精霊さん、精霊さん。あのね…。
大丈夫、ほら、聞いてやるから答えてみろ。
足元すら見えない真っ暗な中を、しばらく歩いてからその子はモジモジと何かを言いたそうにしているので、俺はどっかの誰かにしたように優しく続きを促す。
うんっ!私、ずっと言いたかった事があったの。
うん、言ってみろ。
あのねっ精霊さん、ありがとうっ!
そっか、お前は…。
だからねっ、今度はねっ!私が精霊さんに優しくする番なのっ!
手を引かれるままに俺は暗闇の中を歩く。
先は見えないし、どこまで続いているのかすら分からない。
けれども悪い気がしない。
暗い、暗いその闇の中を、俺は手を引かれながら歩いていくのであった。
お読み頂きありがとうございました。