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4.25章 幕間

お待たせしました。

4.25章 幕間 投稿させて頂きました。

今回の視点はとある敵の過去となります。

お読みいただければ幸いです。

「スピサ兄ちゃんっ!兄ちゃんっ!起きろってばっ!」


「う゛うん、此処は?」


 弟の『カウシ』が俺を揺するが、見覚えのない天井、そもそも天井がある方が不思議で仕方ない。


「何寝ぼけてんだよ兄ちゃんっ、今日の屋台はあのおばさんが番をしてる日だよっ!」


 そうだった、此処は偶然見つけた誰も使っていない廃屋(はいおく)だ。

 いや、使っていたの人は既に腐っていたので、退去を願ったんだったな。


 そして今日はあの太ったおばさんが、いつもの怖そうな親父に変わって果物屋の店番をする日だ。

 今日でないと新しい食べ物が手に入らない。


 いや手に入るといっても、払うお金なんて無いから専ら食べ物は盗む事になる。

 そもそも、生まれてこの方硬貨なんて触ったことすらない。

 持ってるだけで、周りの同類に狙われるからな。


 弟のカウシに急かされた俺は、毛布がわりに使っていたボロ布を剥ぎ、硬い床から身を起こす。


 見つけた廃屋(はいおく)と拾ったボロ布のお陰で寒さを凌げるのは有難いが、やっぱり硬い床が辛い。

 落ち葉でも集めて、布団でも作りたいところだが、せっかく見つけた安置が虫だらけになるのは勘弁願いたい。


 近くに牧場でもあれば(わら)を拝借して、布を巻きつけて枕でもつくれたのだが、生憎と此処は街のゴミ溜まり。


 そんな裕福な人間が近くに住むわけが無い。

 いるのはジジイかガキばかり。

 いや、どちらも死にかけだけという点では、然程(さほど)も変わりはないだろう。


「じゃあ行くか、カウシ!」


「うん!」


 入り口には誰も入れないようにタンスで塞いでるので、床が腐って出来た穴を通り、地面を這い蹲り匍匐前進(ほふくぜんしん)で進み、穴の出口から周囲を(うかが)い人の視線が無いことを確認すると、ささっと外に出て何食わぬ顔で最初から此処にいた風を装う。


「兄ちゃん、やっぱり入り口のタンス退()かさない?」


 体の前面に付着した土を(はた)きながら、カウシがそんな事を相談する。


「ダメだ。此処が安全だとバレたら取り合いになる。」


 けれどもそんな要求は当然却下だ。

 また、雨を捨てられた木材で凌いだり、民家の軒下で団欒の声を盗み聞きしながらやり過ごすのはごめんだ。

 何よりアレは空腹に堪える。

 美味しそうな夕食の匂いが悪魔のそれにしか感じない。


「ほら、さっさと行くぞっ。」


「はぁーい。」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「こらぁっ!待たんかい悪ガキっ!」


「待つかよバーカッ!」


「真面目に走って兄ちゃんっ!」


 服の裾を袋代わりに果物を包み込んだ俺とカウシは、背の小ささを活かし、人混みの中を果物屋のおばさんが見失うまでひた走る。

 時折、「きゃあっ!」とか、「いやぁっ!」と虫を嫌がるように避けられるが、道を開けてくれて寧ろ好都合だ。


「はぁはぁ、此処までくれば流石に追ってこれねぇだろう。」


「はぁはぁ、うん、上手くまけた見たいだね。」


 膝に手をつきながら、後ろをチラリと見るが誰かが追って来てるって事は無い。


 今日も盗んでやった。

 盗みという行為に罪悪感は無い。

 けれども、そこに勝利という感情が芽生えるかといったら嘘になる。


 いつも胸に有るのは、いつまでこの生活が続くんだと言う焦燥感。

 空を仰ぎ見ても、暖かな日差しはただ暖かいだけ。

 この焦りを決して癒してはくれない。


「…帰るか。」


「うん…。」


 そう簡単に口にするも、帰りも一苦労だ。

 何せ今回は上手く手に入り過ぎた。


 普段ならポロポロといくつも落とし、手に残るのは果物が2、3だ。

 それ4日かけて食べる。

 けれども今日は違う。

 食べ物が俺が8、カウシが7個。これだけあれば一週間以上は持つ。

 だからこそ、他の奴らに悟られる訳にはいかない。


 文字通り命懸けで手に入れた食料を横取りされたのでは一溜まりもない。


 俺たちはコソコソと周囲を窺い、ようやくのことで廃屋へ戻ることが出来た。


「ふぅ、やっと戻ってこれたな。」


「うん、もうお腹ぺこぺこだよ。」


「じゃあ、食べるか。」


 赤い果実を鷲掴むと、皮ごと遠慮なく齧り付く。

 口一杯に広がるのは甘く瑞々(みずみず)しい果汁と、それに少し混ざる果実特有の酸っぱさ。耳を打つシャリシャリと口の中で響く音がほんの少しの幸福を奏でてくれる。


 けれどもそんな、幸福はあっという間に終わってしまう。

 芯だけになった赤い果実をカウシは、足りないと抗議のつもりか、おしゃぶりのようにしゃぶってる。


「我慢しろよ。」


「分かってるよぉ。」


 残りの果物は此処にあった小樽の中にしまい、蓋をすると重石を乗せる。

 頑丈なものが残っていて助かった。

 虫などならまだマシだが、ネズミに齧られたら跡形も無くなってしまうからな。


 飯を食べたら後は寝るだけだ。


 ほかにする事と言ったら、草原で食べれる雑草を探す程度。

 けれども、それも門番に見つからない裏道を通らなければならず、そこには性格の悪い奴らがいつも見張っていて、何とか外に出たら出たで魔物にいつ襲われるかと怯えながら食べれる物を探すのだ。


 食料が手に入ったのに、わざわざ欲をかく必要は無い。

 それに今日はもう疲れた。


 疲れに負けた俺は、ボロ布を被るとゴロンと床に寝転がる。

 床が硬い。此処を出て行った奴らも、生活用品をもう少し残してくれてれば有り難かったのだが。


「ねぇ、兄ちゃん。」


「なんだよ?」


 床に寝転がる俺にカウシが話掛けてくる。

 どうせ下らない話だろうと、振り返らずに返事をする。


「僕たちっていつまでこのままなの?」


 カウシのその言葉に、仄かに口の中に残る果実の酸っぱさが苦味へと変わり、きゅうっと胸を締め付けられるかのような錯覚に陥る。


 カウシも俺と同じ不安を抱えていたのだ。


「大丈夫だ。何があっても兄ちゃんが守ってやるからな。」


 俺にも分かんねぇよっ!

 心の中で弱虫な誰かが叫びたがってる。

 けれども、それを悟られまいと不安を鼻で笑ってやる。


「ほら、こっちに来い。カウシももう寝ろ。」


 ボロ布を捲り、カウシを呼び寄せると抱きしめて眠りにつく。


 大丈夫、約束する。

 兄ちゃんが必ず守ってやるからな。

 カウシの寝息が聞こえるまで、俺は頭を撫で続けた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 そんな夜を越えて約2ヶ月。

 寒さが厳しさを増し、弟のカウシが風邪を引いた。


 酷い熱だ。

 俺は片っ端から布を漁り、カウシの体を温めようと布を被せて行くが、一向に良くなる気配は無いし、冷たい床はまるで氷のようだ。


「ごほっごほっ、兄ちゃん苦しいよぉ。」


「大丈夫だ。兄ちゃんが守ってやるからな。」


 虚ろな目に涙を浮かべながら咳き込むカウシに、俺は大丈夫だと気休めを言うことしか出来ない。


 カウシを助けたければ、もう手段は一つしか残されていない。


 薬を盗むのだ。


 薬は高価なものだ。

 当然、それだけ値が張る。

 今から街中の落ちてる硬貨を拾ったところで、決して届く値段では無い。

 だから、盗むしか無い。


 けれどもこの街で騒ぎを起こし過ぎた。

 最近は街に警備が()かれ、冒険者が雇われてる。


「だけど、やるしかねぇ。」


 拳を硬く握ると、カウシに声をかける。


「今から兄ちゃんが薬を持って来てやるからな。それまで一人で待ってろよ。」


 それだけ言うと、穴に飛び込み地面を這うと、出口から外へと飛び出す。


 寒くて震えそうな足を殴り震えを止めて、薬屋の様子を伺うと、店番をしているのは高齢のジジイだけだ。

 丁度良く今一人の男が、風邪を引いた娘の為に薬を買いに来て、ジジイが風邪薬の入ったタンスの引き出しを開けた。


 薬が何処にあるかも覚えた。

 店番は老いぼれ一人。

 これなら行ける。


 俺は覚悟を決めると、店に勢いよく入り込み、タンスの引き出しを引っ張り出し、中身を掻っ攫う。


「なっ、なんじゃぁあっ⁉︎」


「爺さん、どうしたんだっ⁉︎」


 しくじった。

 店の奥からは一人の大男が飛び出して来た。

 その姿を見ると、俺は一目散に外へと駆け出す。


「あのガキ、薬を盗んで行きやがったなっ!」


 現状を見て何が起こったか把握した大男は、直ぐに薬屋から飛び出す。


「爺さん、待ってろ、あのガキ直ぐにとっちめてやるからな。」


「まっ、待つんじゃっ!っ痛たた、こっ、腰が…。」


 俺は後ろのそんなやりとりに振り返ることなく一目散に駆け出す。


 人混みを抜け、路地裏に入ると敢えて何度も曲がり角を曲がり、後ろから聞こえる怒声に怯えながらも、廃屋まで走って行く。


 命辛々(からがら)、廃屋まで戻れた俺は、カウシに薬を飲ませる。


「はぁはぁ、兄ちゃん…。」


 苦しむカウシに励ましの言葉をかけ続ける。


「大丈夫だ、薬は飲んだ。直ぐに良くなるからな。」


 俺はそうだと、小樽を開くと果物を手で剥き、カウシの口元へ運ぶ。


「ほらカウシ、食えば元気になるぞ。今日は好きなだけ食べて良いからな。」


 カウシは差し出されそれを口に含むと、ゆっくりと噛み砕く。


 そんな時、声が聞こえる。

 さっきの大男の声だ。


「おかしいな、ここら辺から声が聞こえたと思ったんだが…。」


 不味い、やり過ごせるか?

 見つかったら何をされるか分からない。


 けれども、周囲をウロウロする足音が聞こえ、中々に足音は此処から離れようとしない。


 見つかるなら最早時間の問題。

 囮となる事を決めた俺は、忍び足で出入り口の穴へと降りると、外の様子を伺い飛び出す。


「そこに居たのかガキっ!待てっ!」


 怒声が聞こえ、俺は恐怖か寒さか分からずに震える足を無理矢理に動かし走る。

 大丈夫、昔から逃げ足だけ自慢だ。

 今日だって逃げ切れる。


「おっ、アニキ。このガキ追ってんすか?」


 前から声が聞こえたと思ったら、首に鋭い痛みが走り、呼吸が出来なくなる。


「ガボガボガボっ⁉︎」


 息をしたくても、口から迫り上がる生暖かい水が邪魔して呼吸が出来ない。


「馬鹿野郎っ!相手は子供だぞっ!」


「ひぃっ!すっすいやせんっ⁉︎」


 ドゴンッと上で誰かが殴られる音が聞こえるが、そんな事を気にしている暇は無い。

 酸素が欲しくてジタバタともがくが一向に空気が肺に吸われる事は無く、次第に寒気を感じ始める。


「すまねぇ、恨んでくれて構わねぇ。」


 大男は剣を腰から引き抜く。


 そうか、俺は死ぬのか。


 理解した俺は、もがくのを諦め曇りきった空を見つめる。

 けれども空は、俺と視線を合わせようとすらしてくれない。


 カウシは助かるだろうか、俺はちゃんとお前を守ってやれただろうか?

 なぁ、カウシ、兄ちゃんと一緒に居て幸せだったか?

 クソみたいな生活だったけど、俺はお前と一緒で幸せだったぞ。


 鈍く銀の光を帯びる剣が俺の首へと振り下ろされた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「精霊さん、精霊さん。あったかい火を下さいな。」


 精霊。

 俺はそう呼ばれる存在らしい。

 皆んながそう呼ぶから、そうだと思っているが、その前は何だったっけ?


 とても大切な何かを忘れている気がする。


 年端もいかない女の子が俺に語りかけ、不思議と湧いた使命感に駆られた俺は、望んだ通りに炎を起こしてやる。


「わぁ、ありがとう精霊さん。あったかいなぁ。」


 パタリ。

 少女は倒れ動かなくなると、そこから魔力の塊が浮かび上がり、俺と同じになった。


 今何か思い出せそうだったけど、目の前の不思議な光景を見ているうちに忘れてしまった。


 フヨフヨと漂う俺は気ままに、望みを叶えていった。


「精霊さん、あったかいお湯を下さいな。」

 パタリ。


「精霊さん、一口のお水を下さいな。」

 パタリ。


「精霊さん、一欠けらのパンを下さいな。」

 それは出来ないと首を振るう。

「そっか、残念。」

 パタリ。


 パタリ、パタリ、パタリ、パタリ、パタ、パタ、パタ、パタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタ。


 一体何人の願いを叶えてきたのだろうか。

 最後の願いは決まって細やかな願いばかり。

 それを見送る内に俺は、いつのまにか自分を思い出していた。

 そして、自分がどんな存在に成り果てたのかも知った。


 精霊王。

 魔力を使い続けた『我』はいつしかそんな存在になっていた。


 精霊とは無垢なる魂そのもの。

 死した子どもにしか精霊となる資格は無い。


 故に子供らしい行動をとる。

 巫山戯たり、笑ったり、泣いたり、遊んだりと無邪気なものだ。

 自分が死んだ理由すら忘れて、過去に出来なかった憧れをなぞる。


 精霊王とはそんな精霊たちを守護する王である。


 許そう。


 我にこの役目を与えた事は許そう。

 無邪気な者は、我に安らぎを感じさせる。

 我が死んだ事は許そう。

 最早、過ぎた事と水に流せる。

 我が殺された事も許そう。

 思い返せばどの道助からなかった。

 我が受けた理不尽も許そう。

 それと同時にあの時、幸せは確かにあった。


 だが、一つだけ許せぬ。


「何故、貴様が我の目の前にいるのだ、カウシッ!」


 我と同じ精霊王と呼ばれる存在。

 それが、『精霊王カウシ』。


 精霊とは決して大人の魂が成り得る存在では無い。


 我は許さぬ。

 我がたった一つの願いすら許さぬ世界を。


 我は殺そう。

 二度と我と同じ悲しみを生まない為に。


 我が名は炎熱を(フレイム)支配する者(ルーラー)


 精霊(悲しみ)を終わらせる最後の精霊なり。

 我が願いを成就させる為になら、魔王と呼ばれる悪とすら手を組もうぞ。


お読み頂きありがとうございました。


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