偶然にあう
人のあまり通らない、静かな石造りの路地裏が僕は好きだ。偶に一人で其処に行きたくなって、ぼんやり歩いてはあいつと出会ってしまうんだ。いつも
「あれ。」
やっぱり。出会ってしまった。演技がかった仕草で美しい顔の少年は肩を竦め、口角を上げ目を細める。吊った爬虫類みたいに鋭くて恐ろしい目と僕の目とが合う。黒色に吸い込まれる。
「一人になりたくて歩いていたけれど、何だか肌寒いし雨も降りそうだし、ああ散々だなと思っていたんだ。でも美しい君に出会えた。嬉しいよ。本当。」
「うるさい。」
上機嫌そうに早足に逃げる僕にゆったり着いてくる。こいつはアジア人のくせに足が長過ぎる。それに僕より僕の母語がうまい。なんとなく負けた気がしてしまう。
「明日の宿題は終わった?僕が教えてあげようか?」
「君より僕のが年上だろ。」
「そうだったっけ」
そうだ。一つ僕のが年上だ。しかもこいつは多分同じ学校には通っていない。校内で見たことがない。
「でも教えられるよ。絶対に。常識だ。」
何が楽しいのか、ふふふ、ふふふと笑い続ける。変だし不思議だけど、なぜかこいつに嫌悪感は湧かないのだ。
話し続けるそいつを無視してやがて大通りに出る。
「ほんとによく喋るね、君」
「うん、性分だ。ところでそろそろ名前を教えてよ。僕達もう十回はお喋りしているよ。」
人混みの中でも、大きいわけじゃないのにそいつの声はよく通った。
「君に教える名はない。第一君も名乗ってないじゃないか。」
「それもそうだ。でもどうしても僕からは名乗りたくないんだ。これは意地だね。下らない。どうしようもない。」
「本当にどうしようもない。」
いつもは適当なところでこいつはいなくなるのだが、今日は中々僕から離れようとしない。手の先が冷たくなってきたから家に帰りたいのだけれど、こいつを家まで連れて行きたくはない。何やらを喋りながら着いてくるそいつを振り返る。ぱ、と顔が仄かに明らむ。吊り目が円やかに笑む。
「その…」
その顔にどっかに行け、とはどうしても言い難い。
「えと、喫茶店でも…どう」
少年はにんまり目を更に細めて沈んだような明るい声を出した。
「蝶の入った紅茶は嫌だよ?」
なんの事かわからないのに、僕もつられるように口角を上げてしまった。