68,手にいっぱいの食べ物と自由を
短いです
桜坂神社は、水無月学園のすぐそばにある、まあまあ歴史のある神社だ。
境内も広く、そんな場所で開かれる桜坂祭りは毎年沢山の人が訪れる夏祭りである。
「あっ、ねえねえ翔!たこ焼きたこ焼き!」
「はいはい、買ッテオイデー」
十分ほど前に学園寮前で合流した二人は、到着早々嬉しそうにはしゃぐ日葵は買い食いに走った。
翔はあっという間に屋台へ行ってしまった日葵を、苦笑しながら追いかけて自らも一パックたこ焼きを買った。
「んー!おいひいー!」
「ちゃーんと金は管理しろよ?」
「もっちろーん!」
つーぎーはーどーこーにーしーよーうーかーなー!と指さし数えて屋台を物色し始める日葵。
はあ、と呆れ顔でその様子を見ていた翔。すると、聞きなれた声が背後からかかった。
「おっ、篠崎じゃん!よっすー!」
「……須藤、よっす。」
そこにいたのは、クラスメイトの一人の須藤だった。
出席番号が前後で、その繋がりでよく喋っている、彼の友人だ。
「あっれ、望月さんと一緒?!さっすがモテ男は違うねぇ」
「うるせーよ。」
からからと笑い、須藤はぽんぽんと肩を叩く。
翔は少しだけその手に視線を一瞬向けて、須藤に言った。
「でも、望月さんってほんと可愛いよな!正直、あの可愛さは女優超えるわ」
「……日葵は、望んで生まれたわけじゃないよ。」
「?そ、そりゃもう神様の気まぐれレベルですごいよな色々と!」
楽しそうに屋台を回る日葵は、今こそしがらみの一切ない「普通の女の子」だ。
しかし、一歩でも踏み出してしまえば、彼女には「力」という名の足枷が自由を遮ってしまうのだ。
だからこそ、翔は少しだけ安堵したのだ。日葵がゲームをやりたい!と言ったその日は。
もちろん、自らは先にプレイし、その足枷がついたままであることは承知の上だった。少しでも、日葵が楽しければいい、と。あわよくば、彼女の力だけでもついてこなければいいのに、と。
まあ、現実は厳しかったのだが。
「須藤は誰かと一緒にきたのか?」
「んー、待ち合わせてんだよねーゲーム友達と!」
そう言った瞬間、背後から彼の名前を呼ぶ声がする。じゃあな!と手を上げて須藤は去っていった。
それと入れ替わるように、日葵が大量のたこ焼きやら綿菓子やらを手に戻ってくる。その量の多さには、さすがの翔の表情筋も引きつった。
「………日葵?それ、どうするの?」
「え?食べるけど。」
「手伝えないよ?」
「あ、いいよ!翔が小食なのは知ってるし!翔だけに!」
くだんな、と吐き捨て、翔は日葵の手からりんご飴を取り上げる。
ああ!と叫ぶ日葵をよそ目に、彼は一口ぱくりとそれをかじった。
「……あっま。」
「そりゃそうだよ!りんご飴だもん!」
折角水樹くんにあげようと思ったのに…と呟く日葵。
生徒会一の大喰らいな彼を思い出し、翔はなるほどと納得する。
「てか、日葵あと所持金いくらだよ。」
「………1045円」
「破産待ったなしだねぇ」
使うときは使いすぎてしまうこの少女の悪癖にほとほと手を焼く少年は、水樹を探すために歩き出した。
お囃子のにぎやかな音が、提灯の仄かな明かりが、世界の一つ一つを彩っている。
確かにそこには自由があった。
「あっ、みーずきくん!いたいたー!」
「日葵さん、翔さん!先ほどぶりです!」
「日葵が、差し入れ。」
見慣れたメンツで階段を上ってきた水樹を早速捕まえ、日葵はほいほいと手に持っていた食べ物を渡していく。それに比例するかのように水樹の顔が晴れやかになり、周りの表情が暗くなっていく。
「ちょ、ちょっと待て望月、それ全部でいくらしたんだ……?」
「えーっと、四千円弱ですかね!」
「あっはっはっは!ま、待って、ひまりん。それ完全に散財してるでしょ!」
「うっ、うるさいな!湊!いいもん!自分で考えて買ったもん!」
所持金の五分の四を使うのはしっかりと散財である。
大爆笑を続ける湊の頭を日葵がぺしぺしと叩き、水樹は沢山の食べ物をみて目を輝かせ、蒼と涼雅は頭を抱える。
「………楽しそう、日葵。」
「お祭りごと自体は好きなんで、あいつ。」
昔のトラウマから人に囲まれることは苦手だが、楽しいことは大好きな性分なので、日葵自身複雑な気分だろう。しかし、その時を楽しめればよいと、翔は思っている。
「はあっ、はあっ、あいっかわらず、ここの階段きつすぎる!」
「蓮、お疲れ。」
ダッシュで上ってきたのだろう、蓮が大きく息を切らせながらやってくる。
奈糸がぽん、と肩を叩くと、蓮は少しだけ口角を釣り上げて見せた。
「そういえば、翔たちは二人で回ってたんじゃないの?」
「………いや、もういいかなと諦めてますね。」
はあ、とため息をつき、翔は奈糸の問いに答えた。
相変わらずのポーカーフェイスながら、奈糸はすこし面白そうに笑っているのがさすがに理解できる。
翔ががしがしと髪を搔き乱して、鳥居に背を向けた。
鳥居の向こうには、住宅やら店やらビルやらの灯りがぽつぽつと光っている。
そんな現実から、彼らは再び背を向けた。
「わっ、ひまりんいっぱい食べ物持ってる!僕にも一つちょーだいっ!」
「うん、いいよ!好きなのどーぞ!」
「てか屋台大体まわってそー……いつからいたの二人とも……」
腕いっぱいにあったはずの食べ物はいつの間にか全員に配られ、水樹と蒼によって日葵の所持金は三千円ほど増加した。その三千円含め財布のひもの主導権が日葵から翔へ移ったのは言うまでもないだろう。
夏の夜にしては少し涼しかったこの日、夜空に咲く色とりどりの花火を見ながら、彼らは手に一杯の食べ物と共に夜を過ごした。
「たーまやー!」
「日葵、うるさい。」




