55,ヤヴァイ人
ちょっといつもより短いです
「それが事の顛末です。」
「……………ヒマリんも、大変だったんだね…………」
翔がそう締めくくると、少し間を開けて蓮が小さく呟いた。
生徒会室を静寂が包み込む。
破ったのは、日葵だった。
悲しそうな笑みをたたえ、言った。
「………その事件の後、私は知り合いの叔母様の元に引き取られました。しばらくはその家にいたんですが、学校には行きませんでした。だけど、翔がミナガクのことを教えてくれて……最初はしぶってたんですけど、行くことにしたんです。叔母様に迷惑をかけるわけにはいかないかと思って…………」
日葵の言葉に反応を示したのは、意外にも涼雅と蒼の二人だった。
視線を合わせ、「まさか」というような表情で語り合っている。
そして、数秒ほどして涼雅が口を開いた。
「望月………その【叔母様】ってまさか、美夏って名前じゃないだろうな?」
「…………え?そ、そうですけど…何で知ってるんですか?」
日葵の答えに、二人をまとう空気が微妙に変わる。
それは決していい雰囲気ではなくて、どこか呆れたような、諦めたような雰囲気だった。
そこに追い打ちをかけるように今まで黙っていた水樹が声を上げた。
「もしかして、その【美夏叔母様】とお知り合いなのですか?」
にっこりと笑う水樹の脇腹を、呆れた表情で湊がつついた。
それに対する二人の答えは歯切れの悪いものだった。
「あ、あぁ…………」
「まあ、ね…………」
明らかに話題をそらしてほしいオーラを出す涼雅と蒼。
その空気をいち早く察知したのは奈糸で、その意向に従ったのは蓮のほうだった。
「え、えっとぉ………とりあえず!ヒマリんの事も解決…はしてないけどなんとか終わったことだし、帰りましょう!最終入室時刻までにはいんないと怒られちゃいますよ!」
「そ、そうだね………本当に、今日はすみませんでした。お騒がせしてしまって…………明日はよろしくお願いします!」
「あ、そっか。明日はアリーナだったっけ。」
「やば!お祭り終わっちゃうじゃん!」
「最終調整しにログインしてくる…………」
「あ、じゃあ僕も行きます!」
気まずい雰囲気をわざとらしくも変えていくメンバーたち。
そんな彼らを見ながら、事の両本人である日葵は少し崩れかけた笑顔で座っていた。
お祭りにはいかずに、ウィルとララと治癒魔法の練習でもしようかな、と考えながら。
ーーーーー
数十分ほど前にいたばかりだけど、どこか懐かしい気分がする。
お祭りの喧騒を遠くに聞きながら、私は北フィールドの門をくぐった。
『ヒマリ様……お祭りいかないんですか?』
「うん……ごめんね二人とも。つきあわせちゃって……………」
『お祭りいかないのかぁ…………残念。』
ララががっくし、とばかりに肩を落とす。
私はかなり申し訳なくて、両手を合わせてごめんね、と謝った。
すると、ウィルが言った。
『ま、まあまあ!今日は光魔法と精霊魔法のスキレべあげですよね!早く行かないと練習時間減っちゃいますよ!』
そ、そうだった…………
ただでさえ光魔法は練習できてないんだから頑張らないと!
『そ、そうだよね!さっ、ヒマリ様!早く行きましょっ!』
「う、うん!早く行こ行こ!」
どこか空回り気味の私たちの会話を、ウィルがため息をついてあきれ顔で見ていたことを私はあまり気にしなかった。
『ちなみに、現在のスキルレベルは幾つなんですか?』
「え?えーっとね………」
ウィンドウを開き、私はステータスを確認する。
なんだか久々にステータスを見るような気がする………
確認した結果、光魔法が5、精霊魔法は2だった。
それをウィルに報告すると、少し考え込んでから言った。
『光魔法は5、ですか………それならあと一つ上げれば【ヒーリング】が入手できますよ!精霊魔法のほうも3と4に回復があります。ほんともう少しですね!』
「そうなんだ……じゃあ思ったより早く入手できそうだね!」
『光魔法には聖位進化の【聖光魔法】っていうのがあって、そっちには治癒系むっちゃたくさんあるんだよ!』
「聖位進化って、特殊なやつだよね……難しそう…………」
いつの間にかいつも通りの雰囲気になっていて、私は自然に笑えていた。
やっぱり、この空気好きだな…………
そんな感じでお話しながら、私たちは森の奥へと向かった。
しばらく歩いていると、大きな魔法反応を感じ取った。
これは…………いいまとかも
3人でほくそ笑むと、木の陰に隠れながらその反応へ近づいていく。
が……
「……えっ、なにあれ!?」
そこにいたのは魔獣ではなかった。
というより、かっこいいお兄さんだった。
確かに私達が頼りにしたのは魔力感知じゃなくてなんとなくすごい反応を感じてきてみただけだけれど…………
『な、なんでしょう………他の魔獣とは魔力が全然違いますね…………もしかして魔族でしょうか?』
「ま、魔族?悪魔的な感じの?」
『そうですね……ただ、魔族は悪魔より階級が高くてすごく強いんです!』
『や、やばいよ………それにあいつ、絶対上流階級の魔族だよ!』
というより、あんなかっこいい執事服着たイケメンさんが、なんでこんな森の中で迷子みたいな感じになってるのかがすごく気になる。
私が話しかけてみようかと動き出すと、ウィルとララが小声で叫んだ。
『ちょっ、何してるのヒマリ様っ!』
『あ、相手は上流階級の魔族なんですよ!?』
「大丈夫だよ。何かあったら…………どうにかするから!」
『『ふ、不安でしかないよ!』です……』
二人の悲痛な叫びを後ろで聞きながら、私はそっと彼に近づく。
うわ、すごく強そうなオーラだなぁ……
距離が短くなるたびに、その人の魔力がかなり強いことがなんとなくわかる。
だけど、なんとかその人に近づいてポンポンと肩をたたいた。
「あ、あの………どうかされましたか?」
「?!」
私が肩を叩くと、その人は予想以上の反応を見せた。
驚きとびずさるその姿を見ると、その人が魔族だとは思えなくなる。
綺麗な深紅と蒼色の瞳を大きく見開き、彼は口を開いた。
「お………まえ、は…………」
どこか幼さを残した低い声が私の耳をくすぐる。
でも翔よりは低くて、どこかぞくりとする。背筋が震えた。
「………………」
「………………」
…………えっ、きまずい………
しばらく無言状態が続き、私はどう反応したらいいのか困り果てた。
どんな顔をすればいいのか分からないので、とりあえず笑っておく。
そして、五分がたった。いや、嘘。たぶん十秒くらい。
突然その男の人がつかつかと私の方に歩み寄ってきて、いきなりひざまずいた。私の前に。
「お待ちしておりました、姫。」
そう言うと、その人は自然な仕草で私の手を取り、甲にキスを落とした。
もちろんそんなことをされれば私の思考はフリーズするわけで。さっきまで能力のことで色々あって泣きそうだったはずなのに、すっかり吹き飛んでしまった。
ウィルとララの叫び声が遠く聞こえた。
…………やばい人だ。
ただそれだけが、私の脳内に残っていた。




