51,迷子のヒマリ
「…………こ、ここ、は?」
「図書館。魔法大図書館だよ。」
しばらく歩いたところで、私達はエルフの国の主街地らしき場所に出た。
そして、目の前には大きな大理石でできたみたいな、真っ白い大きな建物がある。
そびえ立つその城とも表現できる図書館を見上げて、私は口をぽかんと開いていた。
「おーい、ヒマリ?どしたの?」
「い、いや………大きさに…圧倒されてた…………」
「え……アディタ城見てきたんでしょ?魔法大図書館と大差ないと思うけど………」
ううん……なんというか。
アディタ城とはちょっと違うような感じがするんだよねぇ………
私が苦笑いを浮かべると、ナイトは「そうかな」と呟いてから玄関をくぐった。
中に入ると、そこは本の王国だった。
そこらじゅうで、ゆっくりと本が飛び交い、棚に収まったりどこかのプレイヤーの手に渡る。まさに魔法の世界!!
おお、と歓喜の声を漏らしている間に、ナイトは受付のお姉さんと話して帰ってきた。
「じゃ、行こう。俺は錬金術の棚にいるから。」
「りょ、了解!」
ひらひらと手を振るナイトを見送り、私は改めて図書館を見渡した。
魔法大図書館は三階建てで、二階の真ん中が吹き抜けになっている。玄関から入ったところに大階段があって、そこから二階に行けるみたい。
…………よし。とりあえず二階に行ってみよう。
そう決定すると、私は黒っぽい木製の階段に足をかけた。
【魔法大図書館・二階】
『ヒマリ様は何を見られるのですか?』
「うーん、特に決めてないんだぁ。とりあえず薬術関連の本を探してみよっか。」
『はぁーい!』
あまりに寂しくなったのでウィルとララを召喚してから、私達は薬術について書かれた本棚を探すことにした。風邪薬を作るクエストで精霊薬術とかいう薬術スキルを所得したけれど、結局そのままLv1のまま放置していたのを今思いだしたのだ。
少しして図書館のマップを見つけ、薬術関連の棚は一階の錬金術の棚の隣にあることが分かった。
それならナイトと一緒にいればよかったと後悔しながら大階段を下りる。
「あ、みっけ!」
『ここにもありますよ、【回復薬から蘇生薬まで】だそうです!』
『【薬と魔法の組み込み】だって。この前ミユウとやってたやつだ!』
三人で手分けして二十冊ほどの薬術関連の本をかき集めると、近くのテーブルに座った。
本は自動で運ばれるみたいで、図書館内を飛行している本達は、返された本が自らの収められていた棚に戻っているんだそう。
私が三冊手で持っただけでウィルとララを一番上にのっけて私の後ろを十七冊の本が飛んでついてきていた。
席に座ると、小さく音を立てて本が横に着地した。
ウィルとララはそのまま本の上で私を見ている。だけど、気にしないようにして、私は厚い本へと視線を下げた。
『ねぇ、ウィル………私達何してればいいかな…………』
『さあ…………どうしましょうか?』
泣きそうな二人のつぶやきが、本の王国に静かに吸い込まれた。
ーーーーー
おや?
私がそれを見つけたのは、十冊目の【薬の魔法錬成】という本の中だった。
そこには、こう書かれていた。
【水魔法の聖位進化魔法の水晶魔法を錬成することによって、状態異常・凍結を服用から三十分防ぐことができる。また、水晶魔法と精霊魔法を、鏡魔法の特殊スキル【合わせ鏡】で混合させ、錬成させることで使用した精霊魔法の効果が付属される。】
水晶魔法?
見たところ水魔法の上位進化みたいだけど、『聖位進化』ってなんだろう?
すっかり眠りこけていたウィルを仕方なく起こして、聖位進化について聞いてみた。
『………?せ、聖位進化…ですか?聖位進化っていうのは、上位進化と違って特別な条件が必要になる魔法進化のことです………だから、取れる人は少ないですよ………それへふぁ……おやすみなさぁい…………』
「お、おやすみぃ………」
………かなり眠かったのかな。悪いことしちゃった。
ララの隣で眠るウィルを見て、私は申し訳なく思った。
眠ってしまった二人を受付で借りた布でくるんであげてから、私は水晶魔法について書かれた本を探すことにした。ついでに、他の属性の聖位進化も調べてみよぉっと!
………………。
というわけで。
「ここ………どこ?」
望月日葵。
VRMMO世界で初めて迷いました。
ーーーーー
え……本当にここどこだろう?
あたり一面に本棚があるから魔法大図書館なのは分かるけれど、どこまで行っても本棚ばっかり。一向に出口らしき場所にたどり着けない。
ここ、一種の迷路なんじゃないのかな?
それに、ログアウトボタンが灰色になっていて、押しても反応しない。
「ウィル~、ララぁ~?助けてぇ~」
「助けてぇ……」「助けてぇ……」「助けてぇ………」
さ、寂しいっ!
反響する自分の叫びをむなしく思いながら、私は再び歩みを進める。
言っても、もう目当ての本は見つけていた。【上位進化と聖位進化魔法】だ。
見つけたから帰ろうとして、こんな状況になってしまったのだ。
私、二階に上がったはずだよね?なのにむっちゃ薄暗いんだけど………
大活躍するライトの光を見つめながら、私の口からため息が漏れる。
その時。
「だあれ?」
「きゃあああああああああああああ!?!?!?!?」
しんとしていた部屋(?)に、小さな少女の声と私の叫び声がこだます。
本棚を曲がった先に現れた、白いフーデットケープをかぶったその無表情の小さな少女は、緑色の目を私に向けていた。
か、可愛いっ!お人形さんみたい!
っじゃなくて!このこなら知ってるかもしれない!
私はいぶかしげな視線を送るその女の子と同じ目線に立ち、笑顔でこう言った。
「こんにちは!お名前はなんて言うの?」
「…………アンジュ。」
アンジュちゃんか。
「そっか!可愛い名前だね!私はヒマリ。よろしくね。」
「……ヒマリ。よろしく。」
やや警戒気味だなぁ、まあ、そりゃそうだろうけど。
私は笑顔を保ちながらアンジュちゃんに言った。
「あのね、実は私迷っちゃって。アンジュちゃん出口とか分かる?」
「…………ヒマリ、迷子。」
ぐさっ!!!
こ、子供って容赦ない!
心の中でしくしくと泣きながら、私は頷いた。すると、アンジュちゃんはその細い手で私の手を取り、引っ張った。
「こっち。」
「あ、ありがとう…………」
アンジュちゃんはかなり口数が少なく、引っ張られている間、私たちの間には特に会話はなかった。
しばらくすると、見覚えのある部屋まで来ていた。
あ、ここって、図書館の二階だ…………
「あ、アンジュちゃん、ありがとう!」
「…………うん。じゃあね、ヒマリ。」
ひらひらと手を振ると、アンジュちゃんはフードの中からこっちを見つめて、小さく微笑んでから本棚の奥へと消えた。
ん?
消えた?
私とアンジュちゃんが出てきたと思われる場所には、ただ本棚がぎっしりと詰まっていた。
どこにもドアのようなものはない。
あれ?じゃあ私はどこにいたの?
アンジュちゃんは、何者?
久しぶりに背筋がぞわりとうずいた。
どこからか、楽しそうなアンジュちゃんの鼻歌が聞こえてきたような気がした。




