30, ダレモ、
電車に揺られること約十五分。日葵達は亜南市から二つ隣にある月見町にやってきた。
そして、今度はバスに揺られて十分。
合計約二十分で、二人は月見町の南の端にある大きなテーマパーク、【ムーンライト遊園地】の門をくぐっていた。
「おぉ…………広いねぇ…………」
「そりゃあ、千葉の巨大テーマパークよりは規模は劣るけど、アトラクションもフードコートとかも、ボリュームがあるって評判だし。メルヘンじゃなくて、月と星がモチーフっていうのもいいんじゃない。」
周りは(たぶん)月見町の子供達、もちろん大人もたくさんいるが、特に目立つのが
「……………。」
「……………。」
((カップル多すぎじゃない…………?!))
実は、翔は読み逃していたようだが、ムーンライト遊園地はカップルに人気の、生粋のデートスポットとしても有名なのだ。
「あー…………どっか、行きたいとこある?日葵。」
「え、えっと…………ジェットコースター?」
「了解。」
そう言うと、翔はすたすたと人ごみの中を抜けて歩いていく。
日葵は、何とか人に押しつぶされまいと翔の背中を追い、何とかして彼の服を掴むことに成功した。
驚いたように振り返る翔。
日葵は、ショルダーバッグを肩にかけなおすと、言った。
「ちょっと待って………初めて来た場所で迷うなんて最悪だから…………」
「あ、ごめん…………」
その日葵の言葉に、翔は少し迷うようなそぶりを見せた後、日葵の目の前に手を差し出した。
「……………じゃあはい。」
日葵も驚いたような顔を見せるが、すぐにいつもの笑顔に戻ってその手を取った。
翔は、自分の手に乗っかった小さな白い手を弱く握り返して、再び歩き始めた。
ーーーーーーーー
その後、ほとんど日葵の要望で、ほとんどジェットコースターを巡った。
もちろん、日葵は楽しそうだったが、翔は完璧にぐったりとしていた。
「大丈夫?」
「………半分お前のせいだし。」
目を細めて睨みつけてくる翔を苦笑いで返しながら、日葵は買ってきたオレンジジュースを翔に手渡す。
無言でそれを受け取り、一気に飲み干す。
「なんでお前はそんなに平気なわけ?」
「だって楽しいじゃん!」
「意味不明。」
ただ、逆に言ってみれば、計十台ほどのジェットコースターに乗った日葵がこれだけ平然と立っている方がおかしいと思うのだが。
ムーンライト遊園地の中心にある噴水前のベンチに座り、二人は現在進行形で休息を取っていた。
時刻はお昼を過ぎた頃合いの午後一時半過ぎだった。
「この後はどうするの?」
「ちょっとだけ待って…………後、五分休んだら、ジェットコースター以外のアトラクション乗ろう。」
「えー、ジェットコースターだめなの?」
「だめに決まってるでしょ。」
はあーと大きくため息をつき、翔は再びベンチの背もたれに体を預けた。
日葵は隣に座り、のんびりとあくびを始めた翔を小さく睨む。
お昼を過ぎた遊園地には、仕事終わりか部活終わりか、人が多くやってきていた。
………主に、カップルが。
「…………ところで、さ。」
「ん~?」
のほほんとした空気だったのを小さく切ったのは、翔の言葉だった。
すっかりのんびりとしていた日葵が、若干眠そうに答える。
「昨日、なんであんなに疲れた顔してたの?」
その問いかけに、日葵は遥か彼方を見つめながらつぶやくように答えた。
何もかもに、疲れたように。
「あー…………どっちかっていうと、疲れたというか、なんか、寂しかったっていうか…………」
「寂しかった?」
「うん…………まあ、始めたばっかりなんだけど、ファンツリの世界が、もう一つの私の居場所みたいでさぁ、そこが二日使えないって………寂しいなって………【あの事件】以来……ミナガク以外、私の居場所、なくなっちゃったじゃん……………」
そう呟いた日葵の瞳から、一瞬だけ光が消える。
ダレモ、ワタシノキモチナンテ……………
ワカラナイクセニ。
「日葵。」
ポンッ。
髪に触る柔らかい音を立てて、日葵の頭に手が乗った。
大きくて、温かい、手。
「【あれ】は、お前のせいじゃない。」
落ち着いた声音。
ただ、日葵は落ち着いてはいなかった。声を荒げ、叫ぶ。
「嘘つかないでよ翔!翔だって見たでしょっ?3年前のあの日っ!校舎が……………!」
その時。ふいに日葵の言葉が止まった。
それは、翔の"目"だった。
翔の目は、青かった。
「な、ん…………」
「たまに便利だよな、能力って。」
周りに群がっていたであろう人達は、辺りをきょろきょろと見まわしていたが、思い思いの方向へと去っていった。
能力の兆候。彼の場合、目が青く光る。ただ光るというよりは、結界を維持している間だけ、青く輝いている。日葵も、もちろんそのことをよく知っていた。
「言ったろ。全部、お前をいじめていた奴らが悪いんだよ。それに、あの時は、お前は自分の能力をうまくセーブできていなかったんだ。」
「そんなの………」
「言い訳にしかならない」と言いかけた日葵の口を指でふさぎ、蒼い目をした彼が小さく笑った。
今まで、誰も見たことのないような柔らかい笑顔で。
「昔は昔、今は今だ。お前は今、自分の力をコントロールできるだろ。」
「………………そうだけど………結局はこれのおかげだし。」
チリン……と自分の爪で右耳のイヤリングを弾く。
いつの間にか、翔の瞳はいつもの黒色に戻っていた。
「お前は、お前らしく笑っていればいいの。笑ってない日葵は日葵じゃない。」
「………………翔が言いたいのは、つまり、『笑ってろ』ってことだよね。」
「ふぅん、さすが国語九十点以上マーク保持者。」
「毎回九十五点は取ってる人に言われると、なんか嫌。」
日葵も気づかぬうちに、いつの間にかいつもの言い合いになっている。
そして、いつもと同じ笑顔を作っていた。
そんな日葵を見て、翔は小さく微笑んだ。
「じゃ、最終入室時刻の関係もあるし、日葵のわがままに付き合ってやるか。」
「やたっ!ジェットコースター、全制覇目指すぞーオー!!!」
「おー……………」
ハイテンションに戻った日葵、それについていけない(ついていく気がない)翔。
二人は結局、夕方まで遊園地で遊びまくった。
後、涼雅から、最終入室時刻を二分もオーバーしたことで、落雷が生徒会室に落ちたことは、また別の話である。
Fantastic Tree ~世界樹と大精霊~
超大型アップデート完了まで、残り、五時間十分八秒。
ーーーーー
カタカタカタカタ…………………
カタカタカタカタ…………………
カタカタカタカタ…………………
カタカタカタカタ…………………
暗闇の部屋。
暗黙の領域。
彼女の指先が、闇の中で舞い踊る。
0と1の世界が、彼女を包み込む。
英列と数列の音楽が、彼女を引き立たせる。
カタカタカタカタ…………………
カタカタカタカタ…………………
カタカタカタカタ…………………
カタカタカタカタ…………………
白く細い指が奏でるメロディは、透明な箱の中で拍手を巻き起こす。
ただ、暗闇の中で、彼女は静かに踊っていた。
今は誰も気が付かなくてもいい。
きっと、"あの子"が分かってくれる。
その時まで、私は、
助けを、求める。
疲れた…………思えば、久々だね現実世界。
Good-by!リアル世界よ、また逢う日まで!!( ´Д`)ノ~バイバイ
そして、Welcome to VRMMO世界!おかえりなさい!




