4(完)
「ってわけでさー、妹は落ち込んでんだよねー、ばっかだよねー」
「ひでえなお前、実の妹に」
夕方の空いた電車。高校生の男女、ヨシオとミアが電車の中で隣り合って座り、頭の悪そうな会話を繰り広げる。ミカの失敗談を語りながらゲラゲラと笑う悪趣味なミアだったが、唐突にカバンの中から紙切れを取り出してため息をつく。
「あー……テストの結果ぼろっぼろだったな、こりゃ火山が大噴火だな」
「何点よ」
「80点」
「いいじゃん」
「5教科」
「ですよね」
「オメーはどうなんだよ」
「190点」
「負けたよ、完敗だ。敬意を表すために懸垂しまーす……ああああああっ!」
決して良い点数ではないが自分の倍以上の頭の良さを誇るヨシオを褒め称え、本気の気持ちであることを伝えるために吊り革にぶら下がって懸垂をしようとするが、すぐに手が攣ってしまいその場に崩れ落ちる。呆れ顔のヨシオの手を借りて息も絶え絶えに席に戻るミア。
「つーかさー、勉強できなくてもよくね? ほら、あれじゃん、ベーシックなんとか」
「インカム」
「そう、それ、それあるじゃん、勉強できなくてもいいじゃん? なのにさー、親が勉強しろ勉強しろ、免許取った妹を見習えってさー、つーか意味わかんねえ、免許無くても恋愛くらい余裕だろ」
「そうでもないらしいぞ。知ってるか? 吊り橋効果」
「吊り革を見ると懸垂したくなるあの心理に名前がついたってことか?」
技術の進歩で人間が働かなくてもよくなったので勉強する必要もない、恋愛に知識も判断力も必要ないと主張するミア。少しだけミアより詳しいヨシオは吊り橋効果の名を口にすると、席を立ちミアの目の前へ。
「すぅぅぅぅぅぅぅ……はぁっ!」
「ひぃぅ!?」
そして一呼吸おいて、ミアの前で大声を出す。周囲に人はいなかったためこの凶行を咎める人は誰もいなかったが、目の前にいたミアは死にそうな表情で心臓をバクバクさせていた。
「オ、オメー、馬鹿か、ガイジか、あれか、たまにいるよな、突然車掌のマネするガイジ。感染か? 菌がうつったのか?」
「俺かっこよくね?」
「あれ? 確かにそんな気がしてきた やべえ、めっちゃ今ドキドキしてる」
「まあそれは恐怖なんだけどな」
「オメー騙したな」
「免許が無いとそうなりやすいって話だ」
知識をひけらかし、少しだけドヤ顔になって席に戻るヨシオ。未だにドキドキしている心臓を落ち着かせるために何度か深呼吸をした後、ミアは舌打ちしてヨシオを睨みつける。
「何オメー。恋愛の勉強でもしてんの? 免許取るの? 好きな奴いんの?」
「別に。俺お前よりはニュースとかも見るし」
「ふーん。他にはなんかあんの?」
「最近上位恋愛免許ってのができたんだぜ」
単語を口走りながらも詳細は覚えていないのか、スマホを操作してネットで上位恋愛免許について検索し、表示された文章を読み上げるヨシオだったが、それを理解できるほどミアの脳は便利に出来ていない。理解できない単語ばかりで眠たくなり、スウスウと寝息を立てるミア。ヨシオはそれに気づかず電車が目的地に到着するまで説明をするのだった。
「寝てやがる……おい、電車着いたぞ」
「んあ? ああ、わりーわりー。よくわかんなかったから、詳しく調べてわかりやすく説明してくれよ」
「何でそんなこと。お前興味あんのかよ、免許に」
「別に。興味ないけどアタイ友達多いから、恋バナとかめっちゃするし。少しは話振られても困らないようにしないとな」
「ふーん。まあいいや、明日お前にもわかるくらい簡単にまとめてやるよ」
電車から降り駅を出て、しばらく歩いた後の分かれ道で別れの挨拶を交わす二人。ミアが家に帰ると、リビングで大人向けのドラマをぼーっと眺めているミカの姿があった。
「うっす。おめー暗いんだよ、気にせず付き合えばよかったのに、あれだろ、付き合ったら案外好きになるパターンとかあるんじゃね?」
「お兄さんのあの言葉が方便だって気づいてしまうくらいには、大人になっちゃったんだ」
「ホーベンって誰だよ日本語使えよ……」
「お姉ちゃんと中身が入れ替わったらいいのにね」
「馬鹿にされてることはわかったぞ……ところで免許って難しいん?」
馬鹿なりに妹をフォローしようとした後、免許の話題に切り替える。ミカは本棚を指さし、ミアはそこにあった恋愛免許用の参考書を手に取って適当にパラパラとめくり、また戻す。
「うひゃー読んでるだけで頭が痛くなるな」
「お姉ちゃん免許取るの?」
「別に。まークラスでも何人かは取ってるし、取ろうとしてるやつもいるけど、アタイ馬鹿だしなー」
「真面目にやるなら教えるけど」
「やだよ、妹に恋愛教えられるとか冗談きついっての。でもおめーは少しは自信持てよ、小学生でこんな難しい試験受かったやつそんなにいないだろ、つまりレアだぜ、希少価値だぜ、モテモテだぜ。引きこもってないで外に出てだな、恋愛対象でも探したらどうだ。お兄さんにロリコンの友達でも紹介して貰ったらどうだ」
「ロリコンはいやよ……ま、免許取ったからすぐに恋愛しないといけないわけじゃないし、私はもう少し成長してから恋愛するよ。だから気にしないで」
「ふーん」
フォローに手ごたえを感じつつ自分の部屋に戻り、漫画を読みふけるミア。バトル漫画だったりギャグ漫画だったりが収納されている本棚の中に、最近は少しずつ少女漫画が増えてきた。翌日になり、学校で惰眠を貪った後、帰りの電車で昨日と同じくヨシオと隣り合って座る。
「ほーん、つまり上位免許があれば恋愛し放題か」
「相手の同意が無きゃ無理だけどな。ま、俺達には関係ない話だ。つうかお前やっぱ興味あんだろ」
「ねーよ。お前こそどうなんだよ、頼まれたからって調べてくるような真面目な性格じゃねーだろ、お前が興味あんだろ」
「別に」
思春期特有の恋愛に興味ないアピールを互いにした後、気まずい沈黙が流れる。数分後、口を開いたのはミアだった。
「つーかさー、どっからが恋愛なん?」
「その辺は地域によって曖昧らしいぞ、それで問題も出てるとか。厳しいとこだと俺達みたいに隣り合って座って喋ってるだけで恋人扱いだとか」
「まじかよ、警察捕まるの?」
「まあ、補導とかはされるな」
「ふーん。この地域はどうなん?」
「しらん」
「ちゃんと調べとけよ、真面目なヨシオ君」
「うっせ」
車の免許と違い、恋愛免許には恋愛そのものの定義という課題が残っている。結婚のように書類上で判断することのできる恋愛要素は少なく、取り締まる側の警察も、その辺のカップルに声をかけて免許を確認するといった面倒なことはしたくないらしく、無免許恋愛が摘発されたという例も少ない。それでも万が一を恐れているからか、免許を持たずに恋愛をしようとする人間も少なかった。
「やっぱお前免許取るつもりだろ、妹にでも教えてもらったらどうだ」
「別に。好きな奴とかいねーし。取るつもりねーよ」
「ふうん。俺も免許取るつもりねーや」
何度目かの恋愛感情を否定した後、再び沈黙が流れる。その間、
「(上位恋愛免許取るしかねえな……)」
「(上位恋愛免許取って告るか……)」
案の定互いを心の中で好きあっていた二人は、普通の免許も取れるか怪しいのにそんな野望を抱く。そんな馬鹿な二人が免許を取り、互いの気持ちに気づくのはまだ先の話であった。