第二話 不動産屋のある日
駅前の繁華街の中を同じ顔をした三人の少年は歩いていた。真上を過ぎた太陽が、三人に容赦ない日差しを浴びせていた。
行きかう人々の中に、日傘を差す女性の姿が多く見受けられる。
三人のうちの一人、制服を着た安倍陸はシャツの胸元を掴んで仰ぐようにしながら、口を開く。
「暑いな」
「夏だからな」
汗をかいてはいるが涼しい顔で、眼鏡をかけた安倍空は陸に答えた。
「なぁ、やめようぜ。暑いって言ってたら余計暑くなる。他の話ししよう」
ティーシャツ姿の安倍海が言った。
「さっきの女の人たち、僕たちを見てどんな話してたんだ? 陸」
海の言葉を受けて、空は話題を変える様に陸に話を向ける。陸は一瞬考えるように黙ってから、口を開いた。
「えーと、可愛いだとか、将来有望だとか、彼女を待ってるんじゃないかとか。三つ子とは思わなかったとか、そんなとこ」
「ふーん」
空の気の無い返事に、陸は眉を顰めた。
「何だよ。聞いといてそれかよ」
「いや、想像通りだったもんで」
「ああそう」
腹を立てたようにそう言い捨てた陸に、海がとりなすように笑顔を見せる。
「まあまあ。久しぶりに会ったんだから仲良くやろうぜ」
彼ら三人が会うのは今日でほぼ一月ぶりになる。両親が死んでからこの五年の間、彼らは別々の施設で生活していた。
今日は彼らの新しい後見人に、彼ら三人が一緒に暮らせる家を見に行くように言われていた。彼らは良く知らないが、後見人になった黒田は、世間では有名な資産家らしい。どうしてそんな人間が今頃になって彼らの後見人になってくれたのかは、彼らも知らされていなかった。ただ、死んだ両親の友人だったとだけしか聞いていない。
駅の繁華街は思いのほか混雑していて、行き交う人々の熱もあってか、酷く暑い。いい加減、どこか涼しいところへ入りたくなってきた頃に、海が足を止めた。
「どうした」
二三歩先まで歩いてしまった陸と空が、振り返り同時に聞いた。
「ここじゃないか? 目的地」
左を向いた海の視線の先にはこう書かれていた。
『澤田不動産』
「ああ、ここだ。ここ」
三人は不動産屋に足を踏み入れた。
扉を開けた瞬間、クーラーの冷気が三人の身体を包んだ。
「おー、涼しい」
「ちょっと寒い位だな」
「いや、極楽極楽」
そう三人三様に口を開く。
小さな部屋の中に、入り口に面する様におかれたカウンターがある。その向こう側に座る三十代中頃の男性が、驚いた様に三人の少年を見ていた。
「あの、安倍と申します。僕らの後見人の黒田から話がいっているはずですが」
空が男性に向かって声をかけた。
スーツ姿の男性は、三人の顔を凝視しながらゆっくりと立ち上がる。
「あ、ああ。お話は伺っています。お部屋のご見学ですよね。ええ、聞いていますよ」
男性はそう言って、カウンターから出てきた。少年達の前へ来ると、真ん中に立っていた陸に名刺を手渡した。
「澤田武弘と申します。一つ目のお部屋はここから車で十分くらいです。いやぁ、それにしても驚いたな。ご兄弟とは聞いていましたが、まさか三つ子さんだとは……」
男がいや、驚きましたと繰り返す。
三人はそれを聞き流した。こういう反応には慣れている。彼らを見る初対面の人々は大概同じような反応を示すからだ。
四人は車体に澤田不動産と書かれた車に乗り込んで、一つ目の部屋に向かった。
信号が赤に変わり、車を停車させてから、澤田は三人の少年に話かけた。
「黒田さんには、君達三人が気に入るような部屋を用意するように言われましたよ。今から行く部屋は五年ほど前に出来たマンションで、外観はとても綺麗です」
「そうですか」
澤田の言葉に反応したのは、隣に座る空だった。後ろの席に座っている陸と海はなにやら小声でこそこそと話している。そのためか、こちらの言うことは全く耳に入っていないようだった。
彼らの後見人と名乗る黒田からはかなりの額の予算を提示されている。それに部屋を選ぶのはこの子ども達だ。彼らの機嫌を損ねるわけにはいかない。この子ども達は澤田にとって良いカモになりそうだった。澤田は気を取り直したように、今度は空に向かって口を開いた。
「立ち入ったことを聞くようだけど。君たちと黒田さんは親戚か何かかな」
これは純粋に興味を持っての問いだった。黒田といえば、この辺りでは有名な資産家で、古い家柄の家系だ。警察官僚を多く出している事でも、有名だった。
「いえ。血のつながりはありません。僕らの亡くなった両親と、友人関係に合ったと聞いてます。それで僕らの後見人に」
「ああ、それは、悪いことを聞いたね」
「いえ、事実ですから」
その返事に、澤田は助手席に座る、唯一眼鏡をかけている少年を盗み見る。
黒髪を短く切り、眼鏡の奥の大きな二重の瞳は今まっすぐ前を向いていた。
不意に眼鏡の奥の瞳がこちらを向いた。
「あの、青ですけど」
「ああ、すみません」
そう言って、澤田は視線を前に戻し車を発車させた。
無言のまま、車は目的地のマンションにたどり着いた。
車をマンション前の路肩に駐車し、四人はマンションの中に入る。
大きなマンションだった。茶色いレンガ風の壁。オートロックの玄関を通って、四人は三階までエレベーターを使って上がった。エレベーターを降りて右すぐの部屋。三○一号室のドアを澤田が開けた。暑い空気がこちらに流れてくる。
三人の少年は、澤田の後ろから部屋を覗きこんだ。
玄関の奥は短い廊下だった。左右と正面にドアがある。
澤田が横へ避けて、三人を先に部屋へ通した。
「窓閉めきっているので、暑いですが、少し我慢してください」
はーいと、海が返事をする。
靴を脱いで、四人は廊下に上がった。一番初めに廊下に上がった海が急に顔を曇らせた。
「澤田さん。何かこの部屋、臭くないですか」
澤田は海の言葉に顔を顰めた。鼻を動かして辺りの臭いを嗅ぐ動作をする。
「何も、臭いませんが」
「トイレの臭いじゃないの」
そう言って、陸が玄関から一番近い場所にあるドアを開ける。
そこは洋式便所だった。綺麗に掃除されている。臭いの元になるようなモノは何もなかった。むしろ、芳香剤の良い香りがする。
「そんな臭いじゃないよ。何か血のような臭い……」
「ふーん。誰か生理なんじゃないの」
陸の台詞に、明らかに顔を赤らめたのは空だった。
「何言い出すんだよ。ここには男しかいないんだから、あるわけないだろう」
「冗談に決まってるじゃん。空ってばウブなんだから。それとも本当に生理なの?」
真剣な表情で聞かれ、空は言い返そうとしたようだ。だが、陸の真剣な表情の中にからかうような色を見てとったのか、口を閉ざした。その隙に海が声を上げる。
「陸のいうアレとかじゃなくて、そうじゃなくて、もっとこう大量の血が流れ出したような感じの臭いだよ」
「澤田さん。ここで誰か怪我でもしました?」
陸は海の言葉に頷いて、澤田に問いかけた。
澤田は笑顔を少し引きつらせて、少年達を見ている。
「き、気のせいでしょう、誰も怪我なんてしていませんよ。さあ、あの正面のドアを開けてください。あそこがリビングになります」
澤田は納得していないような表情の三人に笑顔を向けた。三人の少年の背中を押して、リビングに入る。
そこは家具が一つもないフローリングの部屋だった。正面にベランダへと続く窓がある、とても広いリビングだった。
「ここは近くに大きなショッピングセンターもあるし、駅も歩いて十分程度で行けます。静かで治安のいい場所です。いい物件ですよ。相場よりずっとお安くなってますしね」
澤田は笑顔で説明する。
それに頷いて、陸は空を呼んだ。
「空。この部屋どう?」
空はなぜか眼鏡を外すと、部屋を見回した。
そして、部屋の中央からやや右よりの場所を指差した。
「そこにいる」
「あ、やっぱり? そこが一番臭かったんだよね」
くんくんと鼻を動かしていた海が、納得いったというように頷いた。
「澤田さん。ここで若い女性が刺されて死んでいるでしょう」
空が言った。空の目は、まっすぐ指差した場所を見つめている。
「ま、まさか。変なことおっしゃらないで下さいよ。そこに幽霊がいるなんていいませんよね。幽霊なんているわけないじゃないですか」
そう言いながら澤田は視線を泳がせた。
何故知っている。
確かに二年前、この部屋で殺人事件は起こっていた。夫婦で住んでいた前の住人は、仲たがいを起こして妻が旦那に殺された。刃物で滅多刺しだったという。
そう、ちょうど空が指差していた場所の辺りで、血まみれの妻が発見されている。
澤田はそう思ったことを悟られないように、笑顔を作り直して口を開こうとした。だが口を開くのは、空の方が早かった。
「幽霊かどうかは知らないけど、髪の長い女の人が、血まみれでこっちを見ているよ」
「俺はこの部屋、血のにおいしか感じない。気持ち悪い」
海は大げさに顔を顰める。澤田には海の言う血の臭いは感じない。感じるはずはないのだ。二年も前に死んだ女性の血の臭いなど、感じてたまるか。
「ここに住んでた奥さんが、旦那さんに刃物で滅多刺しにされて殺されたんだってさ」
「ど、どうしてそれを」
驚いて澤田は陸を見た。そして、澤田は自分が肯定する意味の言葉を口にしたことに気づく。あわてて口に手をやったが、もう遅い。陸は口元に軽く笑みを浮かべた。
「だって澤田さん。さっき、そう考えたでしょう」
「ええ?」
陸の言葉に澤田の胸が大きな音を立てる。
「俺、人より耳が良いんです」
陸はにっこりと微笑んだ。別に何でもないことのように、その言葉はあっさりとした響を持っていた。
「……」
澤田は陸の言葉に、気味の悪さを覚えた。
俺の思っていることが聞えたってことなのか? そう思って喉を鳴らす。
「俺この部屋嫌だな。早く出ようよ。血なまぐさい臭いって好きじゃないもん。鼻曲がりそう」
海がそう言って鼻をつまめば、空もそれに呼応するように頷く。
「僕も、毎日血まみれの女の人と食事なんてしたくない」
その言葉を受けて、陸は澤田を見やった。
「二人がそう言ってるんで、澤田さん。この部屋は却下。次の場所ヨロシク」
そう言って陸は海と空を伴ってさっさと部屋を出て行く。
澤田は慌てて後を追った。
車に戻った澤田は、居心地悪く思いながら、車を発進させた。
次の物件へ向かいながら考える。
子どもだと思って、見くびりすぎていたな。こいつら、きっと事前にあの場所で起こったことを調べていやがったんだ。黒田にでも部屋の場所を聞いていたに違いない。全く最近のガキは油断ならないな。俺の考えていたことが聞えただなんて、ふざけたことぬかしやがって。
次の場所は首吊り自殺した人がいたけれど、十年も前の話しだし大丈夫だろう。中々買い手のつかなかった物件だ。その部屋を高額で売れるチャンス。絶対逃してたまるものか。
そこまで考えた時だった。澤田は後ろから声を掛けられた。
「澤田さん」
「は、はい?」
澤田は思わず身体を震わせて、声を上げた。声が若干上ずっている。そろそろと、澤田はバックミラー越しに、制服を着た陸を見る。
「何でしょう。陸君」
「次はまともな場所にしてくださいね」
「あ、ええ。スイマセン。次は大丈夫ですから」
ああ、驚いた。まさかとは思うが、俺の今考えていた事が聞えたのかと思った。
澤田は胸を撫で下ろした。ありえない、それは絶対にありえない。そんな事が出来る人間なんているわけがないじゃないか。
澤田がそう考えて、アクセルを踏む足に力を入れた時、陸の声が耳を打った。
「あ、それから澤田さん。俺たち別に澤田さんのことからかっている訳でも、ふざけてる訳でも無いですよ。それと、首吊り自殺した人がいる部屋は嫌だな。空も見たくないと思うし」
その言葉に、澤田は思わず手を滑らせた。
車体が大きく左右に揺れる。澤田は慌ててハンドルを持ち直した。対向車線を走っていた車にクラクションを鳴らされる。
「うわあ、危ないなぁ。澤田さん」
海が抗議の声を上げた。
「す、すみません」
慌てて謝った澤田は、クーラーで冷えた車内の中、一人額に汗を浮かべながら声を絞り出した。
「あの、陸君。君、本当に私の考えていることが……」
分かるのかと聞こうとして、バックミラー越しに見た陸の顔に、澤田は不敵な笑みを見つけた。
「さあ、どうでしょうね。さっきも言いましたけど、俺はただ人より少し耳が良いだけですよ。そしてそれと同じように、空は人より少し目が良くて、海は人より少し鼻が利くんです。それだけなんです」
「……」
何だか恐ろしくなって澤田は息を飲んだ。ハンドルをきつく握る。ハンドルを握る手が汗ばんでいた。
澤田はもう、何も言わなかった。
次に予定していた物件をやめて、別の場所へと、進路を変えた。
〜後書き〜
ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
今回のお話はですね、実は、数年前に長編として書き出したものの途中で面倒くさくなってやめてしまったお話であります。(こんなお話がパソコンにいっぱい眠っております(泣))
ですが、このお話は気に入っておりまして、見つけたので、今回投稿させていただきました。
若干自作小説の三兄弟の事件簿と被っておりますが、関係はありません。でも、被りすぎですね。まず、主人公が三つ子であること。名前がそら(空)とくう(空)海はそのまんま読みも一緒ですから。
私、どうも一文字で書ける名前が好きなようです。
今回の三つ子ちゃんたちは、三兄弟の事件簿のキャラと違い、同じ顔です。名前は自衛隊の陸海空からつけました。
そういえば、涼風爽快も三つ子が出てきますね。今、四作の小説を投稿中ですが、そのうち三つに三つ子が出演していますね。私どうやら、兄弟モノが好きなようです(笑)
ジャンルは直感でつけても良いとのことでしたので、コメディにしてみました。
なので、あまり、ジャンルのことでつっこまないで下さいね。
では、この辺で。
このお話が、すこしでもお気に召していただけることを祈りつつ。
愛田 美月でした。




