「エミール」が示す『女子(女性)教育』
ようやく「エミール」本文に入っていくことができます・・
しかし、今回は第1編ではなく、第5編の内容になってます・・
「エミール」の中に書かれている、『女子(女性)教育』についてです。
(次からは『女子(女性)教育』では長いので、『女子教育』と略します。)
実はこの『女子教育』について書かれていることは、ほとんどの教育者、研究者から非難を浴びている。
『女性は耐えるべき』や『女性は男性を立てるべき』といった内容も書かれているために、『男尊女卑』の教育と多くの反対意見が出ている。
しかし、私はふと疑問に思った。
ルソーは、『男尊女卑』を堂々と訴えることができる立場であったかだ。
答えはNOと言える。
なぜなら、ルソーは若かれし頃、ある女性と愛人の関係にあった。
その女性からルソーは、衣食住、職に至るまで恩恵を受けていたのである。
(つまり、若い頃のルソーは、今でいうヒモであったのだ。)
ルソー自身が女性に頼る生活をしていたこともあり、頑なに『男尊女卑』を訴えることはできないはずである。
実は「エミール」の中にある文が書かれている。その1文を書こう。
『女性は男性と同等の地位をたもち、服従しながらも男性を支配しているのだ。』
私はこの文を読んだとき、身体中に稲妻のようなものが走った。
これが、ルソーが言いたかった女性の姿(完成形)ではないだろうか。
この姿(完成形)になるために、ルソーはわざと『女性は耐えるべき』や『男性を立てるべき』と言っているのだ。
ここでピンとこられる男性は、恐怖を感じているのではないだろうか。
つまり、女性はわざと男性に従うふりをしているが、本当は男性を操つる生き物である。
(ゲームRPGの世界でいうならば、男性が魔王、女性が大魔王とも言える立場であろう。)
ルソーの生きていた頃のヨーロッパでは、一般的には「男性は仕事、女性は家事」が普通の形であった。
しかし、このままの形では、『女性は男性の伴侶ではなく奴隷になってしまう。』とルソーが本文の中でも語っており、女性が男性の奴隷にならないようにするためには、ということが、「エミール」の中でルソーが述べたかったことであろう。
女性が男性の奴隷になるのではなく、女性が男性を奴隷(支配)にするために、あえて、女性はしたたかであれと言っているのだ。
最近では、男性も炊事や家事などをこなすようになってきているが、ルソーの生きていた頃は、男性が家事をすることはあまりない時代である。
そのころの男性は、女性に対して安らぎを求めていたであろう。
そして、女性も男性に対して、家の中で休んでもらって、また翌日に元気にお金(生活費)を稼ぎに行ってほしいと考え、男性をリラックスさせるのである。
ここまで言えば、お分かりになるだろう。
女性が男性に求めているのは、生活面を豊かにしてもらうことである。
つまり、一家の中では女性が中心になっている形である。
だからと言って、女性が男性に強く出ると、男性のプライド等も傷つけ、家庭内を崩壊する可能性もある。
そうなってしまうと、必然に女性の立場より男性の立場の方が上になってしまう。
そこでルソーは、女性は幼き頃より『耐える技術』を学ぶこと。『男性を立てる(男性をリラックスさせる)技術』を学び、男性を支配していくように提案しているのだ。
これらをしっかり学んだ女性は、もし男性が愚痴などを言っても、うまく聞き逃すことができるようになる。しかも、逆に、心の中では『結婚(同棲)をしている限り、貴方(男性)の生命は私が握っているのよ』としたたかな気持ちでいられるのだ。
女性は自分が生きるために男性を利用していく。
この点が、ルソーは「女性が男性の奴隷にならないための技術」と、第5編で訴えているのであろう。