布石
さあ、撮るべき写真は全部撮ったし、モンスター征伐に向かいますか!
「熊本駅はえらい広いな~」
「オバケさんはどこにいらっしゃるのでしょうか?」
「次の列車まであまり時間もないし、エリアを決め打ちして探そうか? もしそこで見つからなくとも、熊本駅にはまた戻ってくるから大丈夫だよ!」
「むむっ、野生の勘があっちやと告げとるで!」
あずさのインスピレーションに従い、在来線の白川口方面に向かうと……。
「ほ~らおった!」
「さすがの直感ですっ」
「諏訪さんはモンスター捜索のプロフェッショナルね」
熊本名物、馬刺しのモンスターが現れました!
◎鉄道クイズ・熊本
問題 熊本県にある新幹線の駅の数は?
A 二駅
B 三駅
C 四駅
D 五駅
えっと、新玉名、熊本、新八代、新水俣だから……。
答えはC!
○正解!
アイテム獲得!
『馬刺し引換券』
よしよし、こういう鉄道クイズらしい問題を出してくれないとね!
で、カプセルの中には『馬刺し引換券』なるものが入っていたのですが、これは一体何ぞ……?
「なになに、『売店でこの画面を見せてください』やて?」
「わお、馬刺しが貰えるみたいですねっ」
「あはは、こういうアイテムもあるのね」
なるほど、大会本部からの小粋なプレゼントって訳ですね! ちょうど小腹も空いてきた頃だし、これは嬉しいご褒美です。
「早速あそこの売店に行くで!」
私が持っていたタブレットを引ったくり、あずさとあやめちゃんが売店に突進して行きました。
「よっしゃ、馬刺しもろてきたで~!」
すぐに食べられるよう、ちゃっかり山葵醤油のタレも沢山貰ってきています。抜け目がありませんね。
では、また車中の人に戻りましょう。
□熊本17:49 → 普通列車 → 大牟田18:37
最高級馬刺しのとろけるような官能的美味しさに恍惚状態の私たちを乗せ、普通列車は鹿児島本線を北上して行きます。
やがて列車は田原坂駅に停車しました。山合の駅は陽も陰って薄暗く、辺りから蝉の鳴く声が聞こえます。
「雨は降る降る人馬は濡れる、越すに越されぬ田原坂……」
「のぞみさん、それは何ですか?」
「田原坂の戦いを歌った民謡だったかな」
「日本史で習った西南戦争で有名な場所やね」
「西郷隆盛率いる薩摩士族と明治政府との戦い、日本最後の内戦ね。もし薩軍が勝っていたなら、日本の歴史はどう変わったのかしら」
のぞみちゃんの話によると、今から百四十年くらい前、この周辺は西南戦争の激戦地だったそうです。官軍と薩軍との間で雨霰のように銃弾が飛び交い、『かち合い弾』と呼ばれる銃弾同士が空中で衝突して一体化したものが沢山見つかるほど、その戦いは苛烈を極めたそうです。
そんな田原坂も、今はひぐらしのちょっと物哀しげな声が響いているだけです。やっぱり平和が一番ですね。
それにしても、のぞみちゃんは帰国子女でありながら日本史に精通してるんだなあ。私は純国産品なのに全然……、とほほ。
□大牟田18:41 → 快速 → 久留米19:10
快速列車は久留米駅に到着です。熊本から久留米まで新幹線なら二十分の距離ですが、在来線ではその四倍掛かりました。新幹線は偉大であります。
□久留米19:20 → さくら567号 → 川内20:29
すっかり夜になり、昼間は混雑していた新幹線も空席が目立つようになりました。真っ暗な車窓、静かで落ち着いた雰囲気の車内、読書にはピッタリなのです。
「あれ、あんたが鉄道関係以外の本を読むとか珍しいやん」
「くふふ、のぞみちゃんに触発されてね。さっき久留米駅の売店で買ってきたのだ! やっぱり色んな分野の本を読まないと頭は良くならないんだな、と思ってさ」
「なになに、『スタートトゥモロー! ~明日から本気出す~』……? どんな内容の本なんや?」
「結構いいこと書いてあるよ! 何かやりたいことがあっても、実際に取り掛かるのは明日にして、今日はまず心の準備を整えなさい、みたいな」
「なるほど、急いては事を仕損じる、ということですねっ」
「そうそう、気分が乗らない時には何をやってもだめなんだよね! しっかり機が熟すのを待たないと!」
「ふ~ん……」
なぜかあずさは腑に落ちないような顔をしていますが、漢字も少なくて読みやすい本です。後で彼女にも貸してあげましょう。
さて、さくら567号が新八代駅を発車した頃……。
「あら、あなたたちは確か大分の……?」
制服姿の女の子四人組が私たちの横を通り掛かりました。どうやら朝に見掛けた制服のようです。この大会の参加チーム、即ち私たちのライバルですね。
「あ、そうです。竹田清峰の主将、天王寺遥香です」
「私は熊本県代表、火の山女子学園の三原ひかり。宜しくね」
「宜しくお願いします!」
「どこまで行くの?」
「川内で降ります」
「私たちは鹿児島中央まで。しばらくの間、呉越同舟ね」
火の山女子学園のみなさんは隣の車両に移って行きました。
「綺麗な人でしたね」
「全員三年生のチームやね。大人っぽいわ~」
「昨年の九州大会を制覇して、全国選手権でも準優勝の強豪だね。今年も優勝候補筆頭に挙げられてるよ」
「全国選手権に出場するためには、あの人たちに勝たないといけないのね」
「うん、打倒火の山女子学園だね!」
ちなみに、主将の三原ひかりさんは地元熊本で鉄道アイドルとして活動しているとか。道理で綺麗なはずだわ……。
ふん、負けるもんか!
そんなこんなで列車は川内駅に到着です。本日最後のメダル駅です。
☆駅メダル獲得!
川内
50ポイント
改札を出ると、駅舎には巨大な綱のオブジェが展示されていました。薩摩川内市は綱引きのお祭りが有名だそうです。
「はは~ん、モンスターがおりそうな怪しい箇所は、大体見当が付くようになってきたで」
あずさが目星を付けた通り、綱の裏側から薩摩揚げのモンスターが登場!
「美味しそうなモンスターさんですっ」
◎鉄道クイズ・川内
問題 JRの特急が走っていない県は?
A 徳島県
B 奈良県
C 秋田県
D 富山県
うっ、来ましたね、ご当地と全く関係ないクイズが……。
しかし、これは簡単です! 近鉄王国によってJRが苦戦を強いられている県のことでしょう。
つまり答えは……。
Bの奈良県!
○正解!
ボーナス獲得!
20ポイント
「ほえ~、やるやんか」
「旭日昇天の勢いですっ」
「自信に満ち溢れているわね。頼もしいわ」
よし、これで初日のクイズは見事全問クリアです!
若干危ないところもありましたが、チームワークで乗り越えました!
□川内21:08分 → つばめ352号 → 熊本21:51
「うひゃっ! びっくりしたなあ、もう……」
本日最後の列車、つばめ352号が出水駅に停車する直前、太ももの上に乗せていたタブレットが激しく震えました。いつ来るか分からないのでドキッとしますね。
「おっ、カードバトルやな!」
「……対戦相手は、福岡県代表の聖明太子学院だね」
「今回も勝ちたいですねっ」
やがて聖明太子学院チームが乗車しているさくら569号と擦れ違い、本日二回目のバトルスタート!
配られた手札は、『あそぼーい!』『かいおう』『はやとの風』『指宿のたまて箱』の四枚です。
「手持ちのカードに『あそぼーい!』があるから、ワンペアは確実やな」
「あ、ちょいとお待ち。よく見ると、既に『特急』の属性を持っているカードが揃ってるよ!」
「すると、ここに手持ちの『かもめ』や『みどり』を加えれば、特殊役Dが成立するわね」
「ホンマや、じゃあこのまま交換せずに勝負もできるんやな!」
「ただ、特殊役Dはちょっと弱い役なんだよねえ……」
「おや、『D&S列車』の属性も三枚ありますね」
「ほんなら『かいおう』を交換して、『D&S列車』揃いの特殊役C狙いという手もあるわいな」
「数えてみると、『D&S列車』の属性を持つカードは三十三種のうち十一種ね。まずまず期待できそうな確率だわ」
「よし! じゃあ『かいおう』を交換しようか!」
六十秒の制限時間ギリギリまで検討、最悪でもワンペアの保険を掛けた上で、特殊役Cを狙ってドローです。
さて、『かいおう』と入れ替わりに配られたカードは……。
「やった、ジョーカーや!」
「これは僥倖ですっ」
「最強のカードが来たわね」
何とオールマイティの『JokeR九州』カードが手札に加わりました! これで特殊役Cはもちろん、更に強いスリーカードも成立するのです!
「じゃあ、『あそぼーい!』のスリーカードで勝負するよ!」
「ふはははは、これは勝ったやろ~」
カードオープン!
私たちは、『あそぼーい!』『あそぼーい!』『JokeR九州』『はやとの風』『指宿のたまて箱』のスリーカード。
聖明太子学院は、『ゆふいんの森』『海幸山幸』『A列車で行こう』『ひゅうが』『にちりんシーガイア』の特急揃い、特殊役Dです。
『勝者、竹田清峰高校!』
「よっしゃよっしゃ、ええ感じや!」
「連戦連勝ですっ」
「相手の手札にレア度の高いカードが多いから、特殊役Dでの勝負なら星の数で負けていたわね。好判断だったわ」
百枚のうち一枚しかないジョーカー降臨の幸運もあり、カードバトル二連勝です! このまま勝ち続けたいものですね。
☆バトルボーナス獲得!
100ポイント
ひゅーん……。
つばめ352号は漆黒の闇夜を貫いて行きます。私以外の三人はおやすみ中です。
レールアスロン初日の旅も、あと少しで終わり。今日だけで何本の列車に乗り、どれくらいの距離を移動したのでしょうか……。
夕方からは九州新幹線と鹿児島本線で南北を行ったり来たりしましたね。実はこれ、乗りつぶしのための布石なのです。今のうちにこうして路線の一部を走破しておくことで、最終日にドカンと大きなボーナスを獲得する算段なのです。
私の策略に一縷の抜かりなし。その時、みんなは私を称賛することになるでしょう。デュフフフ……。
ふと、窓に映っている不気味なニヤケ顔に気が付いた私は、慌てて表情を固めました。幸い三人とも熟睡しているので、サイコスマイルを見つからずにセーフでしたが、みんなにチヤホヤされる妄想をして一人で笑ってるとか、その時点でアウトか……。
ああ、もっと自分の顔に自信を持ちたいな……。
今までの人生で何かを達成した経験が皆無だから、こんな気弱で不安そうな顔をしてるのかな……。
もしこの大会で優勝できたなら、少しは自分の顔を好きになれるのかな……。
私は窓に映る現実と対峙していました。
思えば私は『賞』というものに無縁の人生を送ってきました。唯一惜しかったのは、小学六年生の時にクラスで開催された百人一首大会。小さな頃から家族で百人一首をやっていた私は相当の自信を持って臨んだのですが、クラス一番の秀才だった男子に敢えなく敗北、二位に甘んじてしまいました。それだけならまだしも、あまりに悔しかった私はその場で思わず号泣、クラス全員の前で生き恥を晒してしまったのです。今でも何かの拍子に思い出す度、「ああああああ」と枕に顔を埋めて足をバタバタするほどのトラウマなのです。
ああああああ、思い出してしまったじゃないかああああああっ……!
はあ、そんな情けない黒歴史を上書きして消し去り、自分に自信を持つためにも、私は賞が、大きな勲章が欲しいのです!
『頑張れ遥香! あなたはきっとできるよ、自分を信じて!』
今度はとびきり爽やかな笑顔で窓に映る自分自身にエールを送りました。そして、この行為も充分アウトだなと思ったのでした……。
私が奇妙な一人遊びをしているうちに、つばめ352号は本日の終着駅、熊本駅に到着しました。今夜は当地で宿泊です。
「ふあ~、やっと終わったで~!」
「列車に乗っての移動って、思ったより体力の要るものなのね」
「お腹が空いて死にそうです……」
ごはんの前に、とりあえずホテルにチェックインしましょうかね。
閑散とした深夜のコンコースを大会協賛の指定宿泊施設、ムーンライトホテル目指して歩いて行きます。ムーンライトホテルは九州各県に一軒ずつあり、参加チームはその中の任意の店舗を選んで宿泊することができます。
「ところであんた、何でさっき外を見て笑ってたんや? 何か面白いもんでもあったんか?」
見 ら れ て た !
「あ、いやその……、川で80センチ級のボラが飛び跳ねてるのが見えてね」
「はあ? 夜中やのにそんなもんが見えるてどんな視力してんねん。相変わらずおかしな子やなあ……」
ふう、何とかごまかせた……のか?
危ない危ない、壁に耳あり障子に目あり、普段ひとりの部屋で秘密裏にやっているような奇行を、絶対に外でやってはいけません。下手すると社会的に死にます。
さて、熊本駅のすぐ隣にあったムーンライトホテルの客室は四人部屋でした。私たちはそれぞれのベッドの上にカバンを下ろし、やれやれと一息つきました。
「綺麗な部屋やね~」
「窓から夜景も見えますねっ」
そそくさとジャージに着替えてベッドに転がります。うーん、気持ちいい!
「ところで、あたしらの初日の順位は何位やろか?」
暫定順位は午後十時十五分に発表されるそうです。もうすぐですね。
「みなさん快刀乱麻の活躍だったので、きっと首位だと思いますっ」
「できるだけ上位に付けておきたいわね」
おっと、タブレットに通知が来たようです。ドキドキの瞬間……!
第五回 九州女子高校生レールアスロン大会
一日目終了時順位
1 火の山女子学園(熊本) 2330.1pt
2 竹田清峰 (大分) 2026.9pt
3 聖明太子学院 (福岡) 1989.3pt
4 姶良武勇学園 (鹿児島)1953.3pt
5 島唄商業 (沖縄) 1882.5pt
6 出島国際 (長崎) 1776.0pt
7 日向灘 (宮崎) 1704.2pt
8 伊万里窯業 (佐賀) 1632.8pt
「二位やって! やったやん!」
「順風満帆の船出ですねっ」
「良い位置じゃないかしら」
二位……。
これは喜んでいいのかな?
クイズは全問正解、カードバトル二連勝、五つ星レアを含めて列車カードも沢山集めました。
それでもまだ、上がいた……。
「火の山女子学園って、新幹線で会った人らやな」
「さすがは優勝候補ね。私たちに300ポイント以上の大差を付けての圧倒的首位だわ」
火の山女子学園……。やっぱりあの人たちが最大の壁……!
「はるかさん、どうかしましたか?」
「……えっ? そ、そうね、なかなかのスタートダッシュだね! じゃあ、ちょっと遅めだけど晩ごはんにしよっか!」
「ホテルの前にラーメン屋があったで」
「熊本ラーメン、良いわね」
「激しく賛成ですっ」
私たちは背脂たっぷり濃厚豚骨スープが特徴の熊本ラーメンを堪能し、お腹をさすりながらホテルに戻ってきました。ちなみに、あやめちゃんは替え玉を二十六回していました。まるでわんこそばです。
このムーンライトホテルには天然温泉の大浴場があるそうなので、みんなで旅の疲れを癒しに行きましょう。
「めっちゃ広くて気持ちええなあ~」
「あら、檜風呂とは風流ね」
「いいお湯ですっ」
同じ旅路を歩む仲間同士、裸の付き合いも良いものです。列車のように縦列に座って背中を流しあいっこしたり、サウナで我慢比べ大会をしたり、愉快なバスタイムです。
ここだけの話ですが、あやめちゃんのおっぱい、思ってた以上に凄いんですっ! うらやましい……。
心も身体もスッキリして部屋に帰ったら、お菓子を食べながら夜のガールズトークです。年頃の女子が四人集まれば必然的に愛だ恋だの話になりますが、どうやら誰ひとりとして恋愛経験済みのオトナ女子はいない模様です。ウブな私たちはあれやこれやと想像を膨らませながら、決して男子には聞かせられない話で盛り上がりました。女の子はいつでも耳年増なのです。
さてさて、話に花が咲き過ぎてキリがなくなりそうなので、そろそろベッドに潜り込んで寝るとしますかね。
「今夜はぐっすり眠れそうやわ」
「また明日、頑張りましょう」
「おやすみなさいです」
「みんな、おやすみー」
……真っ暗な部屋、三人の寝息が聞こえます。
私はなかなか寝付けずにいました。
三原さんたちは一体どんなルートを通ったんだろう……。
完璧だったはずの私たちの初日、きっと首位だとばかり……。
三日間の行程は既に決めてあるけど、場合によっては変更しないといけないかも……。
とりあえず明日一日、計画通りにできるだけポイントを稼いで、夜の順位がどうなるか……。
そんな考えが何度も頭の中を巡り巡って、いつの間にか眠りに落ちていたようです。