夢は海を越えて
□千綿11:41 → 普通列車 → 彼杵11:47
「あれ、また逆戻りすんの?」
私たちが乗った列車は早岐行き。先程やってきた方向へ引き返しています。
「そう、さっきの千綿駅は普通列車しか止まらない駅なんだよね。で、次の長崎方面行きの普通は約二時間後まで来ないから、ひとつ手前の快速停車駅の彼杵駅に戻って、そこで改めて長崎行きの快速に乗るんだよ」
「実に高度な作戦です」
「その知恵をなぜ学業に生かされへんのか……」
は? 何か言った?
□彼杵12:04 → シーサイドライナー → 喜々津12:42
シーサイドライナーは快速列車ですが、特別に愛称が付いている列車です。
と、いうことは?
☆列車カード獲得!
キハ66系『シーサイドライナー』
レア度★
10ポイント
やはり列車カードを貰えました!
JR九州には、他にもいくつか快速、あるいは普通列車ながら愛称を持っている列車があります。私が作成した旅のしおりでは、明日もその中のひとつに乗る予定になっています。
「はるかさん、あそこに書かれている『キハ 66 14』とは、どういう意味なのでしょうか?」
あやめちゃんが車内に貼られているプレートを指差して訊ねました。
「あれはね、この車両の特徴を表す記号なんだ。『キハ』のキは気動車、ハは普通車の意味だよ。その後の数字は66が車両形式、14はその形式での14番目の車両だということを表してるよ」
「はて、気動車のキは頭文字なんやろうけど、何でハが普通車なん?」
「昔は車両のグレードを一等車、二等車というように呼んでいて、三等車が今の普通車に該当する車両だったんだ。で、三等車を表す記号にイロハのハが充てられて、それが現在まで引き継がれているのさ。ちなみに、二等車格のグリーン車にはロの記号が付くよ」
「ほんなら、グリーン車以上に豪華という噂の、新幹線のグランクラスはイなんやな!」
「それがね、新幹線の場合はカタカナじゃなくて数字で表すんだよね」
「あら、そうなんや。他にも記号はあんの?」
「そうだね、例えば食堂車はシだから、さっき見た或る列車のキロシ47は『気動車のグリーン車で、更に厨房設備を搭載した47形車両』という意味になるよ」
「わあ、そんな秘密が隠されていたのですね」
「うん、何か暗号みたいだよね」
「気動車がキなら、電車はデやろか?」
「電車はモだよ」
「モーターのモかしら?」
「のぞみちゃん、大正解!」
「あいやあ、のぞみちゃん鋭いな~」
「お見事ですっ」
「電車の場合、モーター付きの車両はモ、運転台付きの車両はク、運転台もモーターも付いていない車両はサの記号が付くよ。例えば『クモハ』だと、運転台とモーターの付いた普通車、『サロ』だと、どちらも付いていないグリーン車、みたいな感じだね」
「はあ~、色々あるんやね~」
「勉強になりますっ」
客車や貨車も含めると、車両記号は膨大な数になりますね。正直なところ、私も全部は覚えきれてないのです……。
【遥香の車両解説・キハ66系】
私たちが乗車したシーサイドライナーのキハ66・67系は、国鉄時代の一九七四年から製造された一般型の気動車です。通常はキハ66と、冷暖房電源用の発電機を搭載したキハ67の二両ペアで走行します。
このキハ66系統は全国でも長崎県のみで運用されているため、珍しい車両として撮り鉄(鉄道ファンの中でも、特に列車の撮影に異様な執念を燃やす人たち)から人気があるようです。
主にシーサイドライナー色と呼ばれる青い塗装が施されていますが、赤とベージュの旧急行型塗装、白・黒・オレンジのハウステンボス塗装の編成も存在します。
シーサイドライナーはその名の通り、美しい大村湾の海沿いを走っています。キハ66は旧型の一般型車両なので、窓を開けることができる仕様です。試しにちょっとだけ開けてみると、車内に潮風が吹き込んできました。
「あっつ!」
あずさの端正な顔立ちが、般若の如く歪んだので閉めましょう……。
「ところではるか、この大会に優勝したら何か賞品は貰えんの?」
「ふむ、タブレットで確認してみましょ。……えっとね、大会に優勝すると、副賞としてヘッドマークを模した優勝楯と……、おおっ、二十万円分の旅行券が貰えるんだって!」
「二十万円!? そんなにあったら四人でどこでも行けるやん!」
「美味しいものが沢山食べられそうですっ」
「驚くのはまだ早いよ! 更にその後の全国選手権で優勝した暁には、鉄道発祥の地を訪れる旅、七日間の英国旅行を贈呈って記載してあるよ!」
「うわ、凄いやん! 絶対に全国制覇せなアカンね!」
英国かあ……、行ってみたいなあ。ユーロスターでドーバー海峡を渡り、カレドニアンスリーパーに乗ってスコットランドへ……。ああ、想像しただけで鳥肌が立つほど素敵な夢の旅だわ。
「スコットランドいうたら、魔法使い少年の映画に出てくる、あの蒸気機関車が実際に走ってるんよな?」
「ジャコバイト号だね! そして赤い客車に乗って、グレンフィナンの石橋を渡るのさ」
「うわあ、めっちゃ憧れるわあ~!」
あの映画の世界観そのままの風景が、スコットランドにはあるのです。
「そのスットコランドに美味しい食べ物はありますか?」
「そうだねえ、料理というより、朝食が有名だよね。スコティッシュ・ブレックファストといって、朝から山盛りの豪華なプレートと紅茶がスコットランド流の朝食らしいよ」
「わたくしも朝から沢山食べますっ。わたくしのためにあるような国ですっ」
「帰ったら早速パスポートの申請に行こ!」
パスポートはちょっと気が早いかもしれませんが、モチベーションが上がるのはいいことですね。私も持ってないし、この際あずさと一緒に申請しようかな。
「あやめちゃんとのぞみちゃんは、パスポート持ってる?」
「はい、わたくしは持っています」
さすがはお嬢様。お散歩感覚で海外旅行に行ってそうだなあ。
「私も一応……」
「のぞみちゃんも持ってるんだ。今までどこの国に行ったの?」
「行ったというより、日本に来た、の方が正しいかもね」
「えっ、のぞみちゃんは帰国子女なんや!?」
「うん、生まれ故郷はカリフォルニア州のアナハイム。九歳の時に日本へ渡って来たの」
「まあ、それは初耳だよ!」
そういえば英語の授業の時、彼女が凄く流暢に音読していたのを思い出しました。なるほど、納得ですね。
「のぞみさんの瞳は宝石みたいで、とても綺麗なのですっ」
あら、分厚い眼鏡で反射してよく分からなかったけど、よく見ると確かにのぞみちゃんの瞳は、普通の日本人とは違うような……。
「もしかして、のぞみちゃんはハーフなの!?」
「そうね、父親がアメリカ人よ」
「わあ~、カッコええなあ!」
「そうなんだあ、青い瞳がすっごく素敵だね!」
ついついのぞみちゃんの顔近くで瞳を覗きこんでしまいました。
何とまあ、見れば見るほどに超絶美形やないですか……。
長身スタイル抜群のスーパー美人と来たもんや。
神は無慈悲や殺生や、私とは違い過ぎやしまへんか?
のぞみちゃんは透き通ったサファイアの目。
わたしゃ死んだサバの目。
こらどういうこっちゃ!
心の叫びにあずさの大阪弁が伝染するほど狼狽してしまいました……。
「ふふ、ありがとう。でも、今でこそ褒めてくれる人もいるけど、子供の頃はよく虐められたわ」
「ああ、そうなんだ……」
「いじめ、良くないです……」
「アメリカでは物心付いた頃から周囲に様々な人種がいて、瞳、肌、髪の毛、顔の造形、話す言葉や宗教に至るまで、みんなそれぞれ個性豊かだったのね。私はそれが当たり前の世界だと思ってた。でも、日本では違うんだって思い知らされたわ。目の色が違うだけで宇宙人扱いだったものね」
「そうか、特に子供の頃って異質なもんに対して排他的になるからな。あたしも大分に引っ越して来た当初、男子に大阪弁をからかわれた悲しい記憶があるで……」
「あずさの場合、ちょっかい掛けてくる男子を『うっさいわアホンダラボケカス!』って罵倒してたけど」
「いらんこと言うな」
あいたたた、脇腹をつねるのは勘弁して……。
「うふふ、諏訪さんは昔から強かったのね」
「でも、のぞみちゃんも凛としてて、男子なんかに負けないようなオーラがあるよ!」
「そう見える? 少なくとも子供の頃は違ったと思う。何をされても言い返せず、じっと俯いているだけの内気な子。だから学校でもずっと孤独だったな。ことあるごとにアメリカに帰りたい、日本なんか大嫌い、日本人の友達なんか要らない、そう思って自分の殻に閉じ籠ってた。子供なりに自分の心を守ろうとしてたのかな。そして私を揶揄する人たちを、みんな幼稚だなって心の中で軽蔑していたの」
「青い目なのに白い目で見てたんだね」
「おい、誰が上手いこと言えと?」
「あはは、そうそう」
「座布団一枚ですっ」
「そんな感じでずっと一匹狼を気取って過ごしてたんだけどね、中学校を卒業する間近になって、ふと考えたの。このままじゃ駄目だって。こんな風に斜に構えてばかりじゃあ、いつまで経っても日本に溶け込めないって。日本で暮らしていくなら、日本の文化を受け入れる必要があるってね」
「郷に入れば郷に従え、ってことやね」
「ゴーイントゥ郷……」
「ん? 何か言うた?」
「いや、別に」
「その諺も日本に来て初めて知ったわ。それでね、地元の高校に進学する予定を変更して、全寮制の竹田清峰高校に行くことにしたの。心機一転、家族の元を離れて全く新しい環境に飛び込んでみようって。そうすれば否が応でも自分自身を周りに順応させることができるんじゃないか、新しく友達もできるんじゃないかって」
「へえ~、そうなんや」
「ところが、なかなか思うようには行かないものよね。元来あまり社交的な性格じゃないし、入学直後の交友関係が白紙だったチャンスを逃してしまって……。ああ、失敗しちゃったな、と思ったわ。そのままどんどん時は過ぎて、今更クラスの人たちが楽しそうにお喋りしている輪の中に入っていく勇気もなくてね。……仕方ない、これが私の本質なんだし、無理を装うのは諦めて孤独に生きようって、またそんなふうに考え始めていたんだけど……」
「そんな時、はるかさんに声を掛けられたのですね?」
「うん。……正直に言うとね、天王寺さんにこの大会に出ようって誘われた時、内心ではとても嬉しかったんだけど、同時に怖いとも思ったの。よく知らない人たちと何日も一緒に過ごすなんて私の一番苦手なことだし、もし私のせいで楽しい旅が台無しになったりしたら申し訳ないなって。だから最初は断ってたの。本当に臆病よね」
「あらま、そうだったのかあ……」
「でも、天王寺さんはめげずに何度も誘ってくれた。なぜこの人はこんなに鬼気迫る勢いで私を連れ出そうとしているのか……? そう不思議だったけど、そこまで言ってくれるのなら、と思って参加することにしたの」
「はるかの熱意が通じたんやね!」
「とはいえ、みんなと上手くやっていけるかどうか、やっぱり不安だったけどね。でも、天王寺さん、諏訪さん、鹿島さん、みんな良い人だし……、うん……、この旅に来て良かったと思う。今もね、こんなに自分のことを話すなんて、私自身がちょっと驚いてるもの。自分では開けられなかった殻を、みんながこじ開けてくれた、そんな気がするわ。……ありがとう」
のぞみちゃんはとても素敵な笑顔でにっこり微笑みました。その瞬間、彼女と私たちとを隔てていた曇りガラスのようなものがスッと取り払われたように感じました。
「わあ! そう言ってくれると熱心に誘った甲斐があったよ!」
「大会に出場したからには、優勝したいわね」
「わたくしも優勝したいですっ」
「そうだね! 優勝するために目の色を変えて頑張ろう!」
「さっきから何なんあんた? 一人で大喜利でもやってんのか!?」
特急型よりも少し狭いキハ66系の四人掛け座席、のぞみちゃんと文字通り膝を突き合わせ、沢山のお話ができました。何だか彼女との距離が随分近くなった気がします。もう壁なんかありません、すっかり気の置けない友達なのです。
この四人で、ずっとずっと旅をしていたいなあ……。
そのためにも、目指せ日本一! 行くぞ英国!