閃光
ゆふ3号は雨上がりの大分川渓谷を駆け抜けて行きます。先程までの土砂降りが嘘のように、上空には晴れ間も見えてきました。
「はるか、この後の乗り継ぎはどうなってる?」
「午後七時までに博多駅に辿り着くことは可能かしら?」
「えっとね、この列車は結局由布院駅を一時間十分遅れで出発したから、このままの遅れで行くと、大分駅到着は16:40だね」
「ふむふむ、そんで?」
「で、16:45発の博多行き特急ソニック48号に乗り換えると……、博多駅到着は18:48! 間に合う! ゴールに間に合うよ!」
「よっしゃ、じゃあ最悪の事態は回避できそうなんやな!」
「この上ない朗報ですっ」
「本当にギリギリだけど、まだ運は残っていたみたいね」
私たちは首の皮一枚繋がり、何とか生き残ることができたようです。
「あっ、虹が出ていますよっ」
すっかり夏の陽射しが戻った豊後路の野山に、あきれるほど大きな虹が架かっていました。それは何かこの旅の行く末を暗示しているような、まるで私たちを応援してくれているような気がしたのです。
そして、ゆふ3号は定刻を大幅に遅れ、ようやく大分駅に到着しました。
☆乗りつぶしボーナス獲得!
久大本線
走破ポイント×2
私たちはソニック48号が発車を待っている三番線ホームに急ぎ足で向かいます。この列車に乗り遅れると完全に試合終了なのです。
ガールズオンザラン、はやる気持ちは音速以上で大分駅のコンコースを駆け抜け、出発直前のソニックに飛び乗りました。
□大分16:45 → ソニック48号 → 博多18:48
☆列車カード獲得!
883系『ソニック』
レア度★
10ポイント
「このソニック48号が、この旅最後の列車になるね」
「そうか、これで終点の博多まで行けば、この大会も終わりなんやな」
「一時はどうなることかと思ったけど、何とかゴールできそうで良かったわ」
「ほっとしたらお腹が空きました……」
そうです、後二時間ほどでこの旅も終わりを迎えるのです。三日間にも及んだレールアスロン、遂にゴールが見えてきました。長いようであっという間だった気もします。
車窓に見える別府湾の水面がキラキラと輝いています。振り子電車の883系青いソニックは、カーブの度に車体を大きく傾け、旅のゴールに向かってひた走ります。
「ところで、残りの行程で獲得できるポイントなんだけど……」
「どれくらいあるん?」
「とりあえず小倉駅で日豊本線の乗りつぶしボーナスは確保できるね。後は折尾駅での駅メダルがひとつ。通常の走破ポイント以外は、もうこれだけだね……」
「列車を降りてモンスターを探す時間もないのね……」
由布院駅での立ち往生。一時間以上のタイムロスにより、計画通りなら獲得できていたはずの乗りつぶしボーナスやミッションクリアボーナスが露と消えてしまいました。あまりにも痛恨のアクシデントです。果たしてこれで火の山女子学園を逆転することは可能なのでしょうか? もう私たちにできるのは、この883系のシートに身を委ねたままゴールに向かうことだけなのです。
ただ奇跡を願い、運を天に任せる以外の策もなく、徒にボーっと車窓を眺めていると、何だか急に長旅の疲れが襲ってきました……。
「……あれ、居眠りしてたみたいだ。ここはどこだろう?」
列車はどこかの駅に停車していました。駅名標を見ると、どうやら小倉駅のようです。一時間くらいは寝ていたのでしょうか。
タブレットには、日豊本線の乗りつぶしボーナスを獲得した旨の通知が来ていました。
☆乗りつぶしボーナス獲得!
日豊本線
走破ポイント×2
私の隣に座っているあやめちゃん、いつの間にか私の膝枕で眠っています。あずさも、のぞみちゃんも、深く首を傾けて熟睡しているようです。みんな本当に疲れ切っているんですね。
みんな、ありがとう。もう少しで終わりだよ。頼りないリーダーだったけど、こんな私に付いて来てくれて感謝しています。みんなと旅ができて本当に楽しかった。優勝できるかどうかは分からないけど、この四人で旅をした思い出が何よりの宝物になりそうだよ。
「ふう……」
私は三人の寝顔を眺めながら、ひとつ深呼吸をしました。
あら、私の鼻息であやめちゃんが目覚めてしまったようです。
「あやめちゃん、ごめんね。起こしちゃったね」
「……あっ、はるかさんの膝枕で寝てしまいましたっ。ごめんなさい」
「あはは、いいんだよ。疲れてるもんね」
「はるかさんの太もも、柔らかくてとっても気持ち良かったですっ」
「もう! 変なこと言わないでよー!」
二人で笑い合いました。
この駅でスイッチバックするソニック48号は、どうやらその準備を終え、間もなく発車するようです。
「何だか喉が乾きました。デッキの自動販売機でお茶を買ってきます」
あやめちゃんはカバンから黄色い財布を取り出しました。
「そういえば、あやめちゃんの持ち物って黄色が多いよね。カバンもそうだし、折り畳み傘やハンカチも黄色だったよね」
「黄色はわたくしの幸運色なのですっ。幸せを運んできてくれる色なのです」
「へえ、そうなんだ」
黄色は幸せを運んできてくれる色かあ……。
黄色は幸せを……。
……あっ!
その時、私の身体を閃光が貫きました。
「あやめちゃん! ちょっと待って!」
お茶を買いに行こうとしていたあやめちゃんを慌てて呼び止め、眠っている二人も叩き起こします!
「あずさ! のぞみちゃん! 起きて!」
「な、何やの? そないに慌てて……」
「どうしたの天王寺さん……?」
時間がありません。もう列車が発車してしまいます。
「理由は後で話すから! 急いで降りるよ!」
「えっ、降りるやて!?」
「とにかく急いで! ドアが閉まっちゃう!」
私たちは大慌てで転げ出るように列車を降りました。その直後にドアは閉まり、ソニック48号は博多駅に向かって走り去って行きました。
「はるか、何で降りたん!?」
「ゴールはどうなるのですか?」
私はその理由を説明しようとしましたが、息が切れてなかなか言葉が出ません。
「もしかして、新幹線?」
さすがはのぞみちゃんです。私の意図を即座に見抜いていました。
「そ、そう、新幹線……!」
「でも、折尾駅のメダルを捨ててまで、新幹線で博多に向かう理由が分からないわ」
確かにのぞみちゃんの言う通りです。むしろ新幹線を使うと、獲得できるポイントは少なくなるのです。普通に考えれば。
「ちょっと待って、水飲むから……」
「それセイロガンや」
「あ、間違えた」
焦ってカバンから薬のビンを出してドバドバ一気飲みする寸前でした。どんだけ慌ててるんだ私は……。
あの匂いにひとしきり噎せ返った後、改めてペットボトルの水で喉を潤し、時刻表を開いてみんなに説明を始めました。
「あのね、奇跡が起きるかもしれないんだ……!」
「奇跡? 何か策が見つかったんか!?」
「うん! 逆転優勝への道が、たったひとつだけ残されていたんだよ!」
「それは一体何でしょうかっ?」
ここで、のぞみちゃんが時刻表のとある列車を指差しながら訝しげに言いました。
「この小倉発18:40の『こだま875号』に乗れば、博多着は18:57だからゴールにはギリギリ間に合うかもしれないわね。でも、こだまの列車カードを入手することが奇跡なの?」
「確かに私たちが乗る予定なのは、そのこだま875号だよ。でも目的はこだまじゃない。その前に『幸せを運んできてくれる列車』が、この小倉駅に出現する可能性があるんだよ!」
「幸せを運んできてくれる列車……? 何やのそれは?」
「来るかどうかは分からない……。いや、来ない確率のほうが遥かに高い。だけど、もうそれに賭けるしかないんだ!」
「よう分からんけど、その列車を撮影できれば奇跡が起きるんやな?」
「天王寺さんの秘策に賭けましょう。最後まで諦めずにベストを尽くす。それが大事だわ」
「乾坤一擲の大勝負ですねっ」
私たちは帰宅ラッシュの雑踏がこだまするコンコースを通り抜け、新幹線ホームに向かいました。
奇跡が起きるかどうかは分かりません。しかし、最後の希望の光、逆転優勝への一縷の望みを、黄昏の小倉駅十二番線に託したのです。




