アクロス・ザ・キュウシュウ
大会三日目です。
今日も空は晴れ渡っています。レールアスロンはいよいよ最終日の朝を迎えました。逆転優勝に向かって、いざ本日最初の列車に突撃……! と、その前に。
どうやらあずさのお腹の虫がダダをこねているようです。まずは売店で旅のお供を買って行きましょう。
「寝坊してバタバタと出てきたから、ホテルの朝ごはん食べそびれたやん」
「みんな泥のように熟睡していたものね」
中でも一番最後までしぶとく寝ていたのはあずさです。身体を揺すっても、ノーブラの敏感な場所をくすぐっても全く起きなかったので、私は昨夜の仕返しとばかりに机の上からフライングボディアタックを仕掛けたのですが、飛んだ瞬間にあずさが寝返りを打ったせいで誤爆、勢い余った私は大理石の壁に顔面を強打したのです。ええ、お陰でバッチリ私の目が覚めました。
爽やかな朝のスイートルームでそんな惨劇が繰り広げられていたとも知らないあずさは、液晶ビジョンの広告に目を留めて呑気に言いました。
「そうか、もうすぐ土用の丑の日なんやな。鰻食べたいなあ~」
「鰻重、大好きですっ」
「鰻かあ、駅弁にあるかな……?」
売店には大分の海の幸山の幸を盛り込んだお弁当が何種類も並んでいましたが、残念ながら鰻が入っているお弁当はなさそうです。
「ところで、なぜ土用の丑に鰻を食べる風習ができたのかしらね?」
「それはね、鰻の旬と関係があるんだよ」
「鰻の旬って夏なん?」
「ううん、越冬に備えて餌をバカスカ食べる晩秋から初冬に掛けてだよ」
「ほな、何でわざわざ旬外れの時期に挙って食べるんや? 教えてよサカナチャン」
「その理由はね……」
一説によると、夏の土用の丑に鰻を食べる習慣が始まったのは江戸時代中期の頃。
鰻の味が落ちる夏場の売上不振に困っていたある鰻屋さんが、当時江戸の町でアイデアマンとして名を馳せていた平賀源内さんを訪ね、夏でも鰻がよく売れる方法はないものかと相談しました。すると源内さんは「土用の丑に『う』の付くものを食べると身体に良いという昔からの言い伝えがある。それを宣伝文句に利用してみてはどうか」と、アドバイスをしました。そこで鰻屋さんが『本日土用の丑』と書いた貼り紙を店の軒先に出したところ、これはどういう意味かと興味を持ったお客さんでお店は大繁盛。それを見た他の鰻屋さんも次々に真似を始め、現代まで続く夏の風物詩となっているのです。
「あら、元々はそんなことから始まったのね」
「なるほど、バレンタインのチョコみたいなもんやな」
「では、本来鰻は冬のほうが美味しいのですね」
「そうだね、特に天然物は脂も乗って最高だよ。ちなみに、姿形が鰻に似ている魚、穴子は今が旬だよ!」
「よっしゃ、じゃあ『焼き穴子めし』にしようっと!」
「わたくしは『穴子ちらし寿司』を購入しますっ」
朝から食欲旺盛な二人ですね。私はとりあえず飲み物だけでいいや。ちょっと夏バテ気味なのかなあ……。
□大分8:10 → 九州横断特急2号 → 熊本11:08
本日のファーストトレインは、大分県の別府駅から豊肥本線経由で熊本駅へ、九州を横断するように走る『九州横断特急』です。そのまんまなネーミングですね。
☆列車カード獲得!
キハ185系『九州横断特急』
レア度★★
30ポイント
列車は大野川の清流を遡るように進み、大分駅を出てから一時間ほどで豊後竹田駅に到着しました。
ここは私たちの竹田清峰高校の最寄り駅なのです。
「この歌を聞くと、竹田に帰ってきたなって気分になるわ~」
豊後竹田駅に列車が到着すると、ホームに『荒城の月』の歌が流れます。作曲者の滝廉太郎は少年時代をこの竹田市で過ごし、荒城の月も竹田市にある古城、『岡城址』をイメージして作曲したそうです。また、ホームからは『落門の滝』と呼ばれる、落差四十メートルの滝がよく見えます。歌は流れるし滝は見えるし、全国的にも他に類を見ない珍しい駅なのです。
「あれっ、橘先生だ!?」
「ホンマや、ビックリした~!」
不意に外からコンコンと窓をノックしてきた人物は、女子鉄道競技部の顧問をしてくれている橘先生でした。私たちは慌てて車両のドアに向かいました。
「よう、調子はどうだ?」
「今のところ二位ですよ!」
「ほう、凄いじゃないか。出発前から自信満々だっただけはあるな」
「先生、わざわざ会いに来てくれたん?」
「ああ、君たちが元気でやっているか心配になってな。しかしその様子だと問題なさそうだな」
「うん、みんな元気やで!」
「そうか、それは何よりだ。ほれ、これは陣中見舞いだ」
「やったあ! 大分県民のソウルフード、『からあげ&とり天』ですね!」
「わたくしの大好物ですっ」
「おっと、もう発車するようだな。じゃあ、体調に気を付けてな。いい報告を待ってるぞ」
「はーい! 頑張ります!」
キハ185系独特の折り畳み式ドアが閉まり、列車が動き出しました。
橘先生、ありがとうございます。明日、優勝を手土産に帰ってきますからね!
さて、豊後竹田駅を出発した九州横断特急2号は、ここから阿蘇の外輪山へと続く長い上り勾配を駆け上がって行きます。地元の方が植えたのでしょうか、線路沿いの所々で向日葵が大輪の花を咲かせています。
九州最高標高駅の波野駅(海抜754メートル)を通過すると、今度は阿蘇山のカルデラに向かって下り勾配に変わります。列車は豊肥本線最長の、その名も坂の上トンネル(2886メートル)を通り抜け、外輪山の崖に沿うように下りて行きます。やがて阿蘇谷と呼ばれるカルデラの底に辿り着くと、間もなくメダル駅の宮地です。
私たちは先頭側のドアの前に陣取り、すぐに降りられる態勢を整えました。宮地駅の停車時間は僅か三分。この間隙にモンスターを倒してクイズに挑戦しようという段取りです。
「行くで!」
ドアが開いた瞬間、私たちはホームに飛び出しました。中学時代、陸上の全国大会にも出場を果たした俊足あずさを先陣に、宮地駅の駅舎へと向かいます。
☆駅メダル獲得!
宮地
50ポイント
あずさはショートカットの髪を揺らしながら軽快に構内踏切を渡り、駅舎の中に駆け込んで行きました。私たちも後を追って駅舎に入ります。
「あずさ、モンスターはいた!?」
「いや、見つからん! 猶予は三分しかあらへんのにマズイな!」
「駅舎の外かしら……」
「あそこが怪しいですっ」
宮地駅の入り口には大きな注連縄が掛けられていました。確かにモンスターが隠れていそうな場所です。
「あやめちゃんナイス! そこにおったよ!」
「阿蘇山のモンスターですねっ」
よし、ちゃちゃっとクイズもクリアしちゃいましょう!
◎鉄道クイズ・宮地
問題 豊肥本線の最大勾配は?
A 25‰
B 30‰
C 33.3‰
D 66.7‰
「何やこの記号!?」
「これは『パーミル』といって、千分率の記号だね。鉄道では勾配を表す記号としてよく使われてるよ」
で、豊肥本線の最大勾配は……、確か立野スイッチバックの3並びだった記憶があります!
答えはC!
○正解!
ボーナス獲得!
20ポイント
「よしよし、ポイントゲット!」
「本日も盤石の構えですっ」
「よっしゃ、急いで戻るで!」
私たちはすぐさま踵を返し、再び九州横断特急に乗り込みました。
「何とか間に合ったわね」
「乗り遅れたら今日の計画がパーになるからね。とりあえず宮地駅でのミッション完了だね!」
私たちが座席に戻る前に、九州横断特急2号は宮地駅を発車しました。
「諏訪さんは凄い韋駄天なのね。先程の走りには痺れたわ」
「疾風迅雷の速さでしたっ」
「へへ、昔から走るのは得意やったからね」
そう、あずさは子供の頃から運動神経抜群のスポーツ少女で、運動会や体育祭のリレーでは毎回アンカーの花形を務め、どんな逆境からでも必ず先頭でゴールテープを切ったという伝説のスーパーヒロインなのです。
それに引き換え私は……。
「はるかもな、走るのはまあまあやで。うん」
いつも私に超絶辛口のあずさが、こと運動に関してだけは微妙に優しい理由、私には思い当たる節があります。
あれは忘れもしない、中学二年生の時に開催された球技大会。男子はバレーボール、女子はサッカーの種目で行われました。「普通は逆だろうが……。一体何考えてんだ?」と悪態を吐きながらも、球技が壊滅的に苦手な私は「目立たなくやり過ごすには人数の多い方が好都合ではあるな……」と、コートの隅で気配を消すことに専念していました。
ところが当時のクラスには、あずさを筆頭に『できる子』が揃っており、我がクラスはポンポンと勝ち上がって決勝戦にまで進出。私のような『お察しな子』も、優勝目指して陰陽チーム一丸、強制的にプレーに参加せざるを得ない状況に陥ってしまったのです。
「あんたは肉壁となってゴールを死守するんや。ボールが来たら顔面で止めるんやで!」とのあずさの命を受け、キーパーの大役を任された私は、一世一代の大抜擢に意気込み、必死になって何とか無失点で耐えていました。
両軍スコアレスのまま試合は終盤戦、残り時間一分を切ろうかという土壇場で、私がゴールキックをしなければならない場面がやってきました。それまでは別の子が蹴ってくれていたのですが、決勝点を奪うためにみんな前線へと詰めていたのです。「はるか~、早く!」と、遠くからあずさの叫び声が聞こえました。
「勝ちたいっ……、勝ってクラスのみんなと喜び合いたいっ!」
自分がチームの戦力として機能していることが余程嬉しかったのか、全身の血液が沸騰するほど興奮していた私はアドレナリンも全開、「この熱き思いよ届け! できるだけ遠く、果てしなく遠くへ!」と、ボール目掛けて思いきり右足を振りました!
ところが、「スカッ」という音が聞こえそうなほど右足は豪快に虚空を切り、バランスを崩した私はその場で無様に転倒、そのはずみでボールはコロコロと自軍ゴールへと吸い込まれていったのです。
球技大会終了後の教室、全身に針が突き刺さってくるようなあの空気感、きっと生涯忘れられません。百人一首大会の時と同様、この世界の即時滅亡を懇願したくなるような酷いトラウマなのです。元々お腹の緩い私ですが、今や「球技大会」とか「サッカー」とか、それに類する言葉を耳にするだけで何だか下腹部がキリキリ痛くなってくるのです。
あずさもあまりに哀れ過ぎると思っているのでしょう、以降この事件に関しては一切触れてきません。そして翌年の球技大会を急性の腹痛で欠席した私を、彼女は何も咎めることなくそっとしておいてくれたのです。彼女の優しい気遣いのお陰で、心に負った深い傷も少しずつ癒えてきたような気がします。
うん、何だかんだ言っても、本当は友達思いの天使のような女の子なんですよね。
「あずさの運動性能は凄まじいからねえ。私なんてあの球技大会で……」
ここまで言った瞬間、私はハッとして手で口を押さえました。不文律の如く二人の間で禁句となっていた言葉を、ついうっかり自ら解き放ってしまったのです。
すると、あずさの目が「えっ、それ言うてもええの?」とばかりにキラーンと光りました。私は慌てて「だだだ、だめっ!」と、アイコンタクトを送ったのですが、あっさり無視。
何とあずさは喜々として球技大会自爆テロ事件の一部始終を、それを知らぬ二人に面白おかしくベラベラ話し始めたのです……!
うぐぐぐ……、ちょっと三人とも笑い過ぎだってば……。
「いやあ~、辛い思い出もいつしか笑い話になるってのはホンマやな!」
「あずさが勝手に笑い話にしたんじゃないかあああ! 私の心の傷はまだ癒えてないのにさっ!」
不本意な公開処刑に対する怒りの抗議も、セーラー服を着た悪魔はどこ吹く風です。
「心の中でずっと温めとったネタやし、いつ解禁したろかなと思ってウズウズしてたんや。あ~スッキリした!」
ようやく塞ぎかけていた傷口を錆びたノコギリでギコギコ削り裂いた挙げ句、念入りに粗塩を擦り込んできた外道が高笑いをしています。地獄の閻魔様ですらちょっと引くぐらいの狼藉です。
「まあまあ天王寺さん、振り返りたくない過去くらい誰にでもあるものよ。あまり気にしないで」
「そうですよはるかさん。ドンマイですっ」
恥ずかしいやら腹立つやらでフグのように膨れている私を、二人は優しく宥めてくれました。本当に良い子たちです。
しかし、マッドサディストは更に追い討ちを掛けてきました。
「そういえば、夏休み明け早々に球技大会やな。種目はソフトボールらしいで」
「あいたたた、それを聞いただけでお腹が……」
「クラスで二チーム作るらしいから人数的にギリギリやろ? あんた絶対休まれへんで」
「天王寺さん、同じクラスだし頑張りましょうね」
二学期の始業式に誰か転校生が現れないかなあ……。
「あんたに守らせるくらいなら、そこら辺の野良犬にポジション与えたほうがマシやけどな」
「あずささん、酷いですよっ。はるかさんがかわいそうですっ」
そう言いながらも肩を小刻みに震わせ、必死で笑いを堪えているあやめちゃん。何だこの羞恥プレイは……。
「ちくしょう、犬コロ以下なのを否定できないだけに悔しい……。まるで酢豚に入ってるパインみたいな邪魔者扱いじゃないか」
「うふふっ。でも、あのパイナップルを無碍にはできないわよ。下拵えの段階でお肉と合わせておくと、酵素の働きでお肉を柔らかくしてくれるし、自然な甘さと酸味が豚肉の美味しさをより一層引き立ててくれるのよ」
「あら、そうなの?」
「はるかさんはわたくしたちの心を柔らかくしてくれますし、あずささんの素晴らしさをより一層引き立ててくれるのですっ」
ちょっとあやめちゃん、一生懸命褒めているつもりがナチュラルに侮辱的なんですけど……。
「まあパインはパインなりに役に立ってるのか……、うーむ」
どうせなら引き立て役ではなく、主役のお肉になりたいものです。
「あんたのあだ名を『酢豚のパインちゃん』にしたろか」
「そんなの人前で呼ばれたら、私はその場で自決するよ!」
ふと気が付くと、列車は次の停車駅に近付いていました。
「おっと、準備しなくちゃね!」
私は逃げるようにタブレットを持って最後尾のドアに向かいました。次の阿蘇駅に停車しているはずの、『この旅最後の大物』を写真に収めるのです。それは滅多に見ることのないレアな列車で、私も一度しか遭遇したことがありません。何だか久々に恋人と会えるような感じでドキドキしてきました。まあ恋人なんて生まれてこのかた一度たりともできたことはなく、あくまで想像上の生物ですがね……。
間もなく九州横断特急2号は阿蘇駅に到着。私は一躍ホームに飛び降り、対面のホームに停車中の列車を素早く撮影しました。そして意気揚々とみんなのところに帰還します。
「はるか、上手く撮れた?」
「バッチリ! できればみんなで一緒に撮りたかったけどね」
「停車時間が短いから仕方ないわね」
「あっ、金色のウインドウが現れましたよっ」
☆列車カード獲得!
DF200形機関車+77系客車『ななつ星in九州』
レア度★★★★★
300ポイント
「出た~、五つ星カードや!」
「感慨無量ですっ」
この阿蘇駅で私たちを待っていたのは、JR九州が誇る超豪華クルーズトレイン『ななつ星in九州』だったのです。七つ星とまでは行かずとも、堂々の五つ星スーパーレアカードを獲得しました!
いやはや、それにしてもこの金色枠のウインドウが出現する瞬間には不思議な感動がありますね。喉の奥がきゅっとなって、何だか涙まで出ちゃいそうです。
「とても綺麗な客車ね」
「車内も豪華なんやろな~」
「お食事も凄いらしいです」
「この客車の車両形式は『マイネ77』といって、イの記号が付く正真正銘の一等車なんだよ」
「そうか、ロのグリーン車よりも上なんやね~」
「いつかは乗ってみたいものだねえ」
ななつ星に乗って九州一周クルージングの旅……、憧れますね。お値段は相当のものですが、一生に一度くらいはそんな贅沢もいいですよね。
まだまだ先の話ですが、私が就職したらしっかり貯金して、まずは両親にクルーズチケットをプレゼントしてあげたいなあ……。
憧れのななつ星と刹那の逢瀬を果たし、九州横断特急2号は阿蘇駅を出発しました。
車窓左手にはお釈迦さまが仰向けに寝ているようにも見える阿蘇五岳が、右手には天にそびえ立つ巨大な壁のような北側外輪山が見えます。実に雄大な景色です。この外輪山に囲まれた盆地一帯が丸ごと噴火口だったなんて、その圧倒的なスケールの大きさに感嘆しちゃいますね。
赤水駅を過ぎると、線路はまた急な下り勾配になります。豊肥本線名物の立野スイッチバックを経て、世界最大級の阿蘇カルデラから脱出です。
そして列車は熊本平野の平坦な線路を軽快に駆けて行きます。
「おっ、だんだんスピードが上がってきよったな」
「そうだね、時速95キロだね」
「何で分かんのや?」
「はるかさんは速度測定装置内蔵型なのですか?」
「わたしゃサイボーグか……。そのヒントはね、『音』だよ」
「このタタン、タタンっていう音かしら?」
「その通り。この音は『ジョイント音』といって、車輪が線路の継ぎ目を通る時の音なんだ」
「ほうほう、そんで?」
「で、レールの長さは大体25メートルと決まっているから……」
「なるほど、『はじきの法則』でスピードを割り出しているのね」
「正解! 具体的にはタタン、タタンの間がちょうど1秒なら、時速90キロだと算出できるんだ。今はその間が1秒よりほんのちょっと短い気がするから、時速95キロくらいだろうなって思ったのさ」
「運転室の速度計見てきたらホンマに時速95キロやったわ! あんた凄いな!」
「応用力が素晴らしいわ」
「はるかさんは国士無双の天才ですっ」
「ありがとう! もっと言って!」
「何で数学の期末テストは赤点やったん?」
……それは言うんじゃねえ!
やがて九州横断特急2号は終点の熊本駅に到着しました。
☆乗りつぶしボーナス獲得!
豊肥本線
走破ポイント×2
まずは本日最初の乗りつぶし達成です! 今日はこれから乗りつぶしボーナスラッシュが来るのです。
熊本駅では多少の待ち時間があるので、ちょっと早めのお昼ごはんにしましょう。
暑い日には辛いもの! ということで、駅構内のカレー屋さんにやってきました。
「このカレー美味いな~。自分で作る時の参考にしたろ!」
「あずささん、お料理するんですねっ」
「うん、カレーぐらいしかできひんけどね~」
「あら、是非ご馳走になりたいわ」
「わたくしも食べたいですっ」
「ええよ~、腕によりを掛けて作ったげるから!」
そっか、この二人は知らないんですね。彼女の手料理の恐ろしさを……。
あれは中学一年生の頃だったか、私は一度だけあずさの手作りカレーを食べたことがあります。
……何というか、この世の悪意やら邪念やらを全部集めて、じっくりコトコト煮詰めたような味がしました。市販のカレールウを使って一体どうやったらあんな禍々しいものを作り出すことができるのか、宇宙の神秘レベルの謎です。しかもタチの悪いことに彼女は非常に向上心旺盛で、それ以降も頻繁に「今度は大丈夫やから!」と、カレーディナーのお誘いをしてくるのですが、その度に私は「おばあちゃんの遺言で満月の夜にカレーを食べてはいけない」などと何だかんだ理由を付け、魔の手から逃亡しているのです。
あれから少しは腕前が上達していれば良いのですが……。二人の安否が気に掛かりますね。




