旅立ちの朝
快晴の七月某日、午前七時三十分。JR博多駅──。
私たち、私立竹田清峰高校・女子鉄道競技部の四人は、駅ビル三階スタジオテラス広場の片隅で、最後の作戦会議を行っていました。もう間もなく、『九州女子高校生レールアスロン大会』の競技開始時刻です。
大分県代表の私たちが目指すは九州制覇、栄光の鉄道女王。九州一の看板を掲げることができたなら、あのケチンボな理事長の財布の紐も少しは緩むはず。慢性的な財政難に苦しむ我が部の予算獲得のため、負けられない戦いがここにあるのです。
この大会に挑むのは、九州各県から選出された八チーム。何とはるばる沖縄県からも参加しているチームがあるようです。確か沖縄にはモノレールしかないはずですが……。どこにでも鉄道ファンはいるものですね。
また、この大会は来月東京を拠点に開催される、『全国女子高校生レールアスロン選手権』の地方予選も兼ねており、優勝チームには全国選手権への出場資格が与えられます。
たった一枚の東京行きの切符を懸け、九州の女子高校生による、熱い真夏の鉄道バトルがいよいよ始まるのです。
ではここで、レールアスロンをご存じでない方のために、この競技について説明しましょう。
レールアスロンとは、rail(線路)とathlon(競技)を組み合わせた造語で、プレイヤーは規定の範囲を列車に乗って移動し、予め出題されたミッションをクリアしていく競技です。ミッションの内容は多岐に渡り、例えばチェックポイントの駅巡り、路線の走破、ヒントを集めての謎解きなど、大会によって様々です。プレイヤーには知力・体力・時の運の全てが要求される、みなさんの想像以上に過酷な競技であります。
古くは国鉄時代、鉄道ファンの間で修業と呼ばれていた、国鉄全路線を乗りつぶす『チャレンジ二万キロキャンペーン』や、駅に置いてあるスタンプを集めていく『鉄道スタンプラリー』など、個人レベルで細々と行われていた鉄道周遊旅行がレールアスロンの起源と思われます。それが近年のモバイル情報機器の進歩に伴い、大人数が同時に参加できる大規模行楽イベントとして、全国各地で多くの大会が開催されるようになりました。
真性の鉄道ファンはもちろん、大会の規模や難易度によって老若男女誰もが楽しめる、最近巷で話題のエクストリームスポーツなのです。
『みなさん、おはようございます。それでは只今よりタブレットを配布しますので、チームの代表者は受け取りに来てください』
タブレットとは、単線区間の閉塞に使う通票ではなく、タブレットPCです。このタブレットを所持して移動することで、大会本部はGPSを利用してチームの位置を常に把握できます。また、私たちプレイヤーは、本部から発信される情報や詳細なルールなどもタブレットで随時確認できます。
さて、大会本部からタブレットを受け取って来ました。
早速ルールを確認してみると、三日間の日程で開催される今大会は、各ミッションクリア時に獲得できるポイントの合計で順位を算出するようです。ミッションの内容は、路線の走破、駅メダルの収集、鉄道クイズなどがありますね。更に、事前には公開されていないシークレットミッションも……。うーん、気になりますね。
使用する切符、『九州レールアスロンパス』は、九州島内のJR全線にて有効で、大会期間中は何度でも乗り放題です。また、新幹線と特急の普通車自由席にも特急券不要で乗車できます。そして、この切符の有効区間が大会の競技区間となります。
競技時間は午前八時から午後十時まで。夜は指定のホテルで宿泊します。最終日は午後七時までにゴールの博多駅スタジオテラス広場に到着しなければならないと規定されています。
うら若き乙女の大会なので、一日の競技時間は短めに設定されていますね。良い子はあまり遅い時間まで外をウロついてはいけません。
大まかにはこんなところですね。詳細なルールはその都度確認していきましょう。
ちなみに、年齢や性別に制限のない一般の大会では、開催期間一か月、競技区間日本全域、競技時間無制限、更に宿泊規定もなし、つまり始発から終電まで列車に乗り倒した挙げ句、秘境の駅で野宿上等! などという過酷極まりない、鉄道なのに常軌を逸した大会もあるようです。
私もレールアスリートの端くれとして、いつかはそんなクレイジーな大会にも参加してみたいなあ……、なんて思っているのですが。
続きまして、私たち竹田清峰チームのメンバーを紹介します。
私が主将の天王寺遥香、そして諏訪梓、鹿島菖蒲、福山望の四人です。全員が一年生です。
実は竹田清峰高校・女子鉄道競技部はこの春に発足したばかり。初代部員は私と、幼馴染のあずさ、この二人だけでした。四人チーム制のこの大会に出場するため、急遽あやめちゃんとのぞみちゃんに入部してもらったという経緯があります。
え、そんな急造チームで勝てるのかって?
まあ問題はそこなんですがね……。小さい頃から私が洗脳してきたとはいえ、あずさの鉄道知識はまだまだ初級レベルですし、新入部員の二人に至っては完全にズブの素人……。
でも大丈夫!
私がみんなを引っ張っていきます!
私の鉄道魂でチームを優勝に導くのです!
『間もなく競技開始の午前八時です。各チームは整列してください』
さあ、旅立ちの時です。みんな準備はいい?
では、行ってきまーす!