悟とサドル
「悟、もう少しだ頑張れっておい、バカ、やめろ〜」
「ごめん。いいところまで行ったんだけどな。」
「まあ確かに初めの頃に比べたらな。でもまだふらふらだし集中していけよ。それになにより痛い。」
「そうだね。じゃあ後一回だけ。」
「おし、頑張りますか。」
僕は悟。いっしょに自転車の練習をしてくれているのは自転車のサドル。ボロいけどいい奴なんだ。今は自転車に乗れるように特訓中。
僕の父さんと母さんは共働きで忙しい。小5にもなって補助輪無しでは自転車に乗れないなんて恥ずかしいけど、言い出せるわけないよな。
それでもいいと思ってたんだ。自転車に乗れなくても死にはしない。けど、この夏、そんなことも言っていられなくなった。好きな子に自転車乗れないって知られるのは恥ずかしい。
「痛っ、悟、同じところでこけるんじゃねーよ。学べ学べ。」
「ごめん。」
「ごめんで済んだら警察いらないっての。このままじゃ花火大会間に合わないぞ。」
「......ごめん。」
「あーもう、俺は困らないんだぞ。この調子で頑張れば間に合わないこともなくはなくなくないから、とりあえず泣くな。」
「ふふっ。サドル、なにそれ。どっちだよ。」
「ちょっとは元気になったな、もう遅いし帰るぞ。」
やっぱりサドルはちょっと口が悪い。でもいい奴でにくめない。学校じゃあまり友だちのいない、こんな内気な僕に付き合ってくれてるし。本当にいつも...
ありがとう
「悟?なんか言ったか?。」
「え、ううん、なんでもない。」
「本当か〜?」
「本当だよ!そういやサドル、僕らが出会った日のこと覚えてる?」
「なんだ急に。もちろん覚えてるぞ。あの時のおまえの顔は傑作だったしな。」
「それは言わないで〜。」
「なんだ話振っておいて。新しい自転車のサドルが入れ替えられてて泣きそうだったよなぁ。そんでもって俺が話しかけたら、その顔のまま口ぽかんと開けてキョロキョロするだもん、笑うしかないわ。」
「なんだよ。サドルだってサドルって名前つけた時、相当わめいてカッコ悪かったくせに。」
「そりゃ犬にイヌとか猫にネコって名付けるようなモンだろ。なかなかひどい話だぜ。」
「あれはサドルが『おーい、喋ってるの俺だよ、自転車のサドルだよ。』って言うから、サドルって名前だと思ったんじゃないか。」
「おまえ自転車乗る前にパーツの名前くらい覚えておけって話だよ!」
「まだ乗れないから関係ありませーん、ってこんなやりとり、初めの時もしたな。」
「成長のないやつ。」
「お互いさまさ。」
帰り道の、二人で見る夕焼けはいつも綺麗だな。明日も、明後日も、その次も、雨が降らなければこの夕日を二人で見られると思うと、なんだか嬉しい。
「そうだ、成長してないついでに、改めて。サドル、これからもよろしく。」
「こちらこそよろしく。悟は、も、の分だけ成長したな。一文字だけど。」
僕、悟とサドルのサドル。僕らの関係は多分普通じゃなくて、人に話せば笑われるだろうけど、どうしようもなく幸せで、このままこの日々が続けばいいなぁ、なんて思う僕であった。
絶対サドルには言わないけどね。
○トラドじゃないよ!時雨沢さんの作品は好きだけれども。勢いで書き終えてからふと思った。
短編ってエタりようがなくていいね!(反省)