1年目・第4話 市場とエビフライ
1ヶ月ぶりの更新で、本編第4話を投稿します。
お楽しみいただければ幸いです。
2015/9/9 貨幣価値に関しての記述を一部修正
「女王陛下、お待たせいたしました。特製手作りプリンでございます」
「これが、プリン…」
そう呟きながら、執事姿の智樹に差し出された異世界の菓子をまじまじと見つめる女王。
智樹曰く、卵と牛乳を主な材料にしたという天辺が茶色いソースに覆われた黄色い菓子。そこから漂う甘い香りに女王は、口の中一杯に溜まった唾を飲み込み、匙を手に取ると躊躇いなくプリンに押し当てた。
その瞬間、プリンはプルプルと震え、匙を中に潜り込ませる。
「なんという柔らかさ…」
その柔らかさに驚愕しながらも女王は匙を掬い上げ、プリンを口に運び…恍惚の表情を浮かべた。
「なんて、なんて滑らかで甘いのでしょう…まさにこれは、神の食べ物」
それだけ呟くと、女王は無言で匙を動かし、プリンを食べ進めていく。瞬く間に皿の上のプリンは減っていき、無くなってしまう。
「あぁ、もう無くなってしまいました…」
「お気に召されたようで、何よりです」
空になった皿を穴が開くほど見つめ、心底残念そうに呟く女王に微笑みを浮かべながら一礼する智樹。
「それで女王陛下、1つお願いしたい事があるのですが…」
「お願い…なんでしょう?」
「外出の許可を頂きたいのです。その…この国の市場に興味がありまして」
翌日の早朝。営業を開始したばかりの市場には、厨房のスタッフであるハンスに案内されながら店を見て回る智樹の姿があった。
「たくさんの露店が並んで…まるでドイツの朝市みたいですね」
「城下町にある事もあって、この市場は王国でも最大規模を誇ります。食材だけでなく、雑貨の類も豊富に扱っているんですよ」
「なるほど…」
ハンスの説明に頷きながら、一軒の露店に足を向ける智樹。
「すみません、サンドイッチを2人前ください」
「はいよ。銅貨6枚ね」
「小銀貨1枚から」
「はいよ。おつりの銅貨4枚にサンドイッチ。まいどあり」
そこで売られていたサンドイッチを2人前購入し、半分をハンスに差し出す。
「ハンスさんも朝食まだでしたよね。よかったら」
「ゆ、勇者様! そ、そんな! お、恐れ多いです!」
「いや、私だけ食べるというのも悪いですし…市場を案内してくれるお礼と思って、食べてもらえませんか?」
恐縮するハンスを諭すようにそう言って、再度サンドイッチを差し出す智樹。
「で、では…いただきます」
未だ恐縮しながらもサンドイッチを受け取ってくれたハンスに笑顔を見せ、近くの長椅子に座ってサンドイッチを食べ始める智樹。ハンスもそれに倣う。
「うん、美味い。この味と大きさで銅貨3枚はお買い得だ」
ベトナムのバインミーを想像させるバゲットのサンドイッチ。焼いた豚の塩漬け肉とレタス、トマトが具として挟まれており、食べ応え十分な一品だ。
余談ではあるが、この世界の貨幣は銅貨、小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨、白金貨の6種類があり、その価値は銅貨10枚で小銀貨1枚、小銀貨5枚で大銀貨1枚、大銀貨2枚で小金貨1枚、小金貨5枚で大金貨1枚、大金貨2枚で白金貨1枚と各国間で統一されている。
「ごちそうさまでした」
サンドイッチを食べ終え、市場見学を再開する2人。智樹はハンスの説明を受けながら、市場で扱われている品物を頭に叩き込んでいく。
(野菜は玉葱、蕪、人参、キャベツ、レタス、胡瓜、ホウレンソウ、トマト、セロリ、ジャガイモ…あとは数種類の茸と豆に大蒜、生姜ってところか…)
(肉類は豚と子羊がメインで、野鳥や兎もある。牛と鶏は…人気が低いなぁ…まぁ、仕方ないと言えば仕方ないけど)
牛肉や鶏肉の地位向上も取り組んでいかなければ…。そんな事を考えながら、魚介類を扱う区画にやって来た智樹は、そこである物を発見する。
「これは…テナガエビだ」
冷水がたっぷりと溜められた大きな桶の中でゴソゴソと動いているテナガエビを見て、笑みを浮かべる智樹。
「そいつは近くの川で取れるテナガエビです。美味いですよ」
「えぇ、私の故郷でも時々捕まえて食べていましたから、味の良さは知っています。しかし…こっちのテナガエビは大きいですね」
ハンスの声に笑顔で答えながら、内心テナガエビの大きさに驚嘆する智樹。地球のテナガエビの大きさは10cm程だが、こちらのテナガエビは25cm近い大物だ。
「すみません、このエビはどうやって食べているんですか?」
「そいつかい? 塩茹でにするか焼いて食うと美味いよ」
「焼きに塩茹でですか。ありがとうございます。ちなみにご主人、このテナガエビはおいくらですか?」
「2匹で銅貨3枚だね。泥抜きは済ませているから、すぐに食べられるよ」
「では、20匹ほど頂けますか?」
「兄ちゃん、まさか1人で全部食べる気じゃ…」
「いえいえ、お城に持って帰るんです」
「お城!? 兄ちゃん…もしかして、王宮の料理人かい?」
「いえ、正式な料理人ではないのですが…」
「こちらはオキタトモキ様。先日異世界より召喚された勇者様です」
亭主へ自慢げに発したハンスの言葉に、近くにいた全員が智樹へ注目し…
「「「「「ははぁっ!!」」」」」
一斉に平伏した。
「…ハンスさん」
「す、すみません! まさか、こんな事になるなんて…」
智樹からどこか責めるような視線を送られ、慌てて頭を下げるハンス。
「まぁ、こうなる事を薄々予感していたのに、黙っていた自分も悪いですから…今度からは気を付けてくださいね」
「は、はい!」
「皆さんも頭を上げてください。今日の私は勇者としてではなく、一個人として買い物に来ているので」
智樹の言葉におずおずと頭を上げていく店主達。
「ご主人、テナガエビの代金。20匹で銅貨30枚…小銀貨3枚でよろしいですか?」
「め、めめ、滅相もない! 勇者様から金を頂くなんて!」
「いえいえ、こういう事に勇者も何もありませんよ。それに言いましたよね? 今日は勇者としてではなく、一個人として買い物に来ていると」
「は、はぁ…そ、そう言う事でしたら」
遠慮がちに銀貨を受け取る店主。こうして智樹は大量のテナガエビを入手したのだった。
「勇者様、今日は何をお作りになられるのですか?」
大量のテナガエビと共に厨房にやってきた智樹に、笑顔で問いかける料理長。智樹もエプロンの紐を結びながら、笑顔でこう返す。
「そうですね。これだけ立派なエビが手に入りましたから…エビフライを作ってみようかと」
「エビフライ…ですか。どのような料理か想像も出来ませんが、きっと素晴らしく美味な料理なのでしょうね」
「ご期待に沿えるよう、頑張って作ります。では、最初にエビの下処理から。エビの頭を外し、殻を剥いて、尻尾の先を切り落とします」
料理人達に見せながらも手早くテナガエビの頭を外し、殻を剥いて、尻尾を切る智樹。その手際に料理人達から感嘆の声が漏れる。
「殻を剥き終わったら、串を使ってエビの背腸を取っていきます。取らなくても平気だという人もいますが、口当たりや見た目が良くなりますから、極力取るようにしてください」
「背腸を取り終えたら、包丁でエビの腹と側面に数ヵ所ずつ切り込みを入れていきます。そして…」
次の瞬間、切り込みを入れたエビの両端を持ち、軽く引っ張る智樹。ブチブチと筋の切れる音がかすかに聞こえる。
「こうやって、筋を切ってください。こうする事で熱を加えてもエビは曲がらなくなります」
熱を加えてもエビが曲がらなくなる。智樹のその言葉に料理人達の間で衝撃が走る。
エビは火を通せば内側に丸まってしまう。それを防ぐには串に刺すしかない。それが今までの常識だったのだ。だが、こんな方法があったとは…料理人達は異世界の料理技術に改めて感心し、同時に少しでもその技術を得ようと智樹の調理を食い入るように見つめる。
「筋を切ったエビは水で軽く洗い、清潔な布で水気を取ります。この時に水気を残していると、後で油はねの原因になりますから、水気はしっかり取ってくださいね。これでエビの下処理は終わりです」
「続いてバッター液…卵と小麦粉、水を混ぜた物を作りましょう。材料の割合は、卵1個に対して小麦粉大匙4杯、水大匙2杯が基本です。あと、塩と胡椒も少し加えておくと下味を均等につける事が出来ます」
そうして出来上がったバッター液に下処理を終えたエビを潜らせ、バゲットを砕いて作ったパン粉を付けていく。
「あとはこれを揚げる…大量の熱した油で加熱調理するのですが、その前にエビフライと相性抜群のソースを作ります。そう難しくはないのですが、並行して作業を行う必要があるので、皆さん手伝ってください」
智樹の言葉に料理人達は一斉に動き出す。ある者は湯を沸かし、ある者は玉葱を刻み始める。
「まず卵黄と酢、塩をよく混ぜ合わせてください。割合は卵黄2個に対して塩が小さじ1杯、酢が大匙2杯が基本です」
「卵黄と酢がよく混ざったら、カップ1杯の油を少しずつ加えて、その都度よく混ぜ合わせてください。白っぽいクリーム状になったら、ソースの素になるマヨネーズの完成です」
料理人達の中でも力自慢の男性がかき混ぜた事で、10分ほどで完成するマヨネーズ。智樹はセロリや胡瓜、人参で野菜スティックを作り、料理人達にマヨネーズを付けて食べるよう勧めてみる。
「う、うめぇ!」
「これを付けるだけで、セロリがこんなに美味くなるなんて!」
「人参も美味いぞ! 野菜がこんなに美味くなるなんて、信じられねぇ!」
反応は上々。異世界でもマヨネーズの力は偉大なようだ。
「では、このマヨネーズに微塵切りにして水に晒しておいた玉葱と、同じく微塵切りにした固茹で卵。胡椒少々とレモンの果汁、パセリの微塵切りをを加えて…エビフライと相性抜群のタルタルソースの完成です」
「タルタルソース…」
ゴクリと誰かが唾を飲み込む音が聞こえる。マヨネーズ単品であれだけの美味だったのだ。さらに手を加えたタルタルソースとはどれほど美味なのか…もはや、料理人達は予測不可能だ。
「では、最後の工程。エビフライを揚げていきますね」
たっぷりの油を鍋に注ぎ、コンロに置くと前面に描かれた魔法陣に手をやる智樹。
(イメージ…点火!)
頭の中で点火をイメージすると同時に魔法陣から魔力が走り、コンロに火がつく。
(ちょっと弱いな…火力調整…中火)
再度魔法陣から魔力を送ると弱かった火の勢いが増し、適度な勢いとなる。
(これで良し…それにしても、魔道具っていうのは便利だね)
城の厨房に設置されているのは、一般家庭で使われているような薪を使うコンロではなく、ウェスタルス王国で開発された最新式の魔道具型コンロだ。
魔鉱石という魔力を内包した特殊な鉱石と魔法陣を組み合わせた代物で、魔法陣に触れて魔力を送る事で自在に火力を調整できるようになっており、その使い勝手は地球のガスコンロと殆ど変わらない。
異世界の魔法技術に感心しながら、熱されていく油を見つめる智樹。時々パン粉を落とし、その広がり具合で油の温度を測っていく。
(落ちたパン粉が全体にやや勢い良く広がる…ぼちぼち180℃)
適温と判断し、油の海へエビを投下していく智樹。揚げ物特有の何とも心地良い音が厨房に響く。
数分後、良い色に揚がったエビフライを鍋から取出し、油をきって皿に盛り付ける。その脇には千切りにしたキャベツとくし切りにしたトマトを添える。最後に手作りのタルタルソースをたっぷりとかけ。
「テナガエビのフライ、完成しました」
完成したエビフライに注がれる料理人達の視線。智樹の言葉通り、熱を加えても真っ直ぐに伸びたままのエビは茶色い衣に覆われ、香ばしい匂いを漂わせている。
「では、私が代表して味見を…」
フレンチトーストの時同様、ナイフとフォークを手に取る料理長。部下達の羨ましそうな視線を背後に感じながら、エビフライを一口大に切り、口に運ぶ。
「なんと…」
ただそれだけを呟き、手から零れ落ちそうなフォークを慌てて握りしめる。初めてのエビフライはそれほどの衝撃を料理長に与えていた。
香ばしくサクサクとした衣とプリプリとしたエビの身、そしてまろやかなタルタルソース。3つが合わさり、それぞれを高めあう事で至上の美味を作り出している。
瞬く間に皿に盛られていた2本のエビフライを完食する料理長。その姿に料理人達からゴクリと唾を飲む音が聞こえる。
「気に入っていただけたみたいで良かったです。では、残りも揚げていきますね」
料理長の様子からエビフライが高評価であると悟り、安堵の笑みを浮かべながら、残りのエビフライを次々と揚げ始める智樹。
揚がったエビフライは片っ端から料理人達の胃袋に収まり、厨房は暫し歓喜の声に包まれる。
「いやぁ、エビが美味い事は前々から知っていましたが、このエビフライはまさに別格の味ですな!」
「エビは様々な調理法がありますからね。今作ったエビフライの応用でエビカツという料理も作れますし、エビマヨや酒蒸しも美味しいですよ」
「エビカツにエビマヨ…どのような料理か想像しただけでワクワクしてきますな!」
興奮気味の料理長に若干苦笑しながら、調理再開に動き出す智樹。今から作るのは女王の昼食として用意する物なのだが…。
(エビの残りが心もとないなぁ…エビフライのお代わりを求められたら、対応できないぞ)
20匹買ってきたテナガエビの残りが2匹しかない。これは智樹にとって大きな誤算だった。
(皆さんがあんまり美味しそうに食べるから揚げすぎちゃったよ…こうなったら)
記憶の中のレシピを検索しつつ、厨房にある材料をチェックする智樹。目当ての物はすぐに見つかり、調理が開始される。
「女王陛下、お待たせいたしました。テナガエビのエビフライと、トマトソースパスタでございます」
女王の前に置かれる2枚の皿。1つには揚げたてのエビフライ。もう1つには出来立てのパスタが盛られている。
「なんと芳しい香り。早速いただきますわね」
早速フォークを手にする女王。まずはパスタをフォークで巻き取り、期待の表情で頬張る。
「あぁ、エビが…エビの風味が口の中に溢れて…たまりません!」
パスタの中には、エビなど一欠片も入っていない。それなのに口の中にはエビの風味が溢れんばかりに広がっている。
まるで魔法のような料理。その美味に女王は一時、女王の肩書を忘れて食事に没頭する。
エビフライとタルタルソースの相性の良さに恍惚の表情を浮かべ、絶妙な加減に茹で上げられ、ソースがたっぷりと絡められたパスタに心奪われる。
食事に夢中となっているこんな時でも、テーブルマナーをしっかりと守っているのは、彼女の努力の賜物といえるだろう。
そうこうしている内に、智樹が女性向けと気を使って少なめに盛っていたパスタは空となり。
「勇者様、パスタのおかわりをいただけますか? 大盛りで」
「かしこまりました」
まだまだ育ちざかりな女王は、何の躊躇いもなくおかわりを求めた。
「ごちそうさまでした。本当に美味しかったですわ」
「喜んでいただけて何よりです」
食事を終え、満面の笑顔で智樹に賛辞を送る女王。パスタをおかわりし、エビフライも付け合せの野菜に至るまで完食する見事な健啖ぶりである。
「エビフライも美味でしたが、このパスタが特に素晴らしかったです。エビの姿は全く見えないのに、エビの風味が口の中に溢れる。いったいどのような魔法を使われたのですか?」
「トナトソースの出汁にテナガエビの頭と殻を使いました。エビの頭と殻をニンニクと共に炒めながら、原形を留めなくなるまで潰し、そこに白ワインと潰したトマトを加え、丁寧に濾す。これを味付けすれば、エビの風味溢れるトマトソースが完成。と言うわけです」
「素晴らしいですわ! 勇者様のおかげでこの国の料理技術は20年、いえ、30年は進んでいます!」
「お褒め頂き光栄です」
日々の鍛練で自分が勇者として少しずつ力をつけているように、この国も異世界の知識を取り入れ、少しずつ発展している。女王の賞賛に笑顔で答えながら、そんな事を考える智樹だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今月中にもう1話投稿を目標に頑張ります。
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