1年目・第3話 初級魔法とデミグラスハンバーグ
3週間近く間を空けてしまい申し訳ありません。
本編第3話を投稿します。
お楽しみいただければ幸いです。
2015/9/26 ステータスの数値に誤りがあったため訂正
「本日の訓練は、これで終了する!」
訓練場に響くニルスの声に、騎士達の緊張が一気に解れていく。厳しい訓練を終えて空腹の男達は、道具を手早く片付けると一目散に訓練場を後にしていく。
城内の食堂で食事する者もいるが、大部分は城下町の食堂や酒場に繰り出すのだ。
「ニルス殿。ご教授感謝します」
彼らを見送りながら、ニルスに一礼する智樹。4時間の間みっちりとニルスに剣術の指導を受け、疲労はかなりのものだが、その分得たものも大きい。
「あの位の指導で良ければ、いつでも言ってくれ。俺としても、飲み込みの良い生徒は大歓迎だ」
「では、またお願いしますね」
「あぁ、任せておけ。ところでトモキ。酒はいけるほうか?」
「あまり強くはないですが、飲めなくはないですよ」
「そうか、だったら酒場まで付き合わないか? 小さいが美味い酒と料理を出す店があるんだ」
「良いですね。お供します」
そんな事を話しながら、訓練場を後にする智樹とニルス。そのまま城門から外へ出ようとするが。
「勇者様ー!」
それを呼び止める声が背後から聞こえてきた。何事かと振り向けば、こちらへ走り寄って来る1人の青年の姿。朝、パン生地を駄目にして、料理長に叱られていた青年だ。
「あ、厨房の…えーと、たしか、ハンスさん」
「は、はい。ハンスです。よかった、間に合った…勇者様、厨房までお越し願えませんか?」
「厨房へですか?」
「はい、料理長が相談したい事があると」
「トモキ。俺の事は気にするな。料理長が呼ぶという事は、おそらく女王陛下に関係した事だろう。そっちを優先しろ」
「…申し訳ありません。この埋め合わせは必ず」
ニルスの気遣いに一礼し、ハンスと共に厨房へ向かう智樹。それを見送ったニルスは、1人酒場へと向かうのだった。
「勇者様。急にお呼び立てして、申し訳ありません」
厨房へやって来た智樹へ頭を下げる料理長。他の料理人達もそれに倣う。
「いえ、お気になさらず。でも、私にどういった御用ですか?」
「はい、勇者様にお願いしたい事があるのですが…それは後で。まずは夕食をどうぞ。勇者様の分も用意しております」
「助かります」
激しい訓練で空腹だっただけに、内心安堵する智樹。その間にもローストポークやサラダ、パンがテーブルに並べられていく。
「では、いただきます」
料理人達と共に席に着き、食事にとりかかる。
「うん、美味い」
メインのローストポークは肉の味をしっかりと楽しめるなかなかの逸品だし、付け合せに用意された塩茹での人参とサヤインゲンも塩加減が良い塩梅だ。
サラダは新鮮な葉野菜や胡瓜の歯応えが心地良く、オイルと酢、塩で作られたドレッシングもよく合っている。
「ふぅ、ご馳走様でした。美味しかったです」
「喜んでいただいて何よりです。それで勇者様…相談、というよりはお願いしたい事があるのですが」
「お願い…私に出来る事なら、何なりと仰って下さい」
「…実はですね。勇者殿、我々に異世界の料理について、ご教授願いたいのです!」
「まさか、プロの料理人に料理を教えるとはな…」
翌日の早朝。厨房で朝食を済ませ、エプロンを身に着けた智樹は、昨日のやり取りを思い出し、思わず苦笑した。
昨日作ったフレンチトーストは、智樹の想像以上に城の料理人達へ衝撃を与えていたらしく、異世界の料理や調理法を学びたいというのが料理人達の統一された意見だった。
最初は、プロの料理人でない事を理由に断っていた智樹だったが、料理人達の熱意は収まらず、結局押し切られる形で講師役を引き受けてしまった。
「勇者様、よろしくお願いします!」
料理長の言葉に、料理人達が一斉に智樹へ頭を下げる。
「よろしくお願いします。最初に言っておきますが、私はプロの料理人ではありません。あくまでも料理が出来る一般人です。ですから、皆さんに教える内容も不完全な部分があると思います。その点は予めご容赦ください」
そう言って智樹も料理人達に頭を下げ、今回教える物の名を告げる。
「今回のテーマは、洋食には欠かせない万能ソース、デミグラスソースです」
デミグラスソース。それは西洋料理の基本的なソースにして、日本の洋食では欠かせない万能ソース。
本格的な物を作ろうとすれば、かるく1週間はかかる代物だが、そこまで時間をかけられないし、智樹自身もレシピを知らない。
智樹が知るのは、地球で教師をしていた頃、村一番の料理名人だった老婆、おトミさんから教わった簡易版のレシピだ。
(おトミ婆ちゃん。婆ちゃんのレシピ、異世界に広めるよ)
心の中でそう呟き、智樹は料理人達に説明を開始する。
「最初にフォン…出汁を作りましょう。最初に牛のスジ肉を適当な大きさに切り、フライパンで焼いていきます。これは余分な油を落とす為ですからじっくりと焼いてください。ただし、焦がすのは厳禁です。ソースが焦げ臭くなってしまいますからね」
智樹の説明を聞き、料理人達が一斉に調理を開始する。10kgはあったスジ肉の山が全て角切りサイズまでカットされ、フライパンで焼かれていく。
「スジ肉が焼けたら、油をしっかり切って、煮込み用の寸胴に移してください。それと、フライパンにはスジ肉の旨味が残っていますから、油を捨てた後に水を注いで、へらでこそぎ落としてから寸胴に移してください」
「勇者様、スジ肉の作業が終わりました!」
「では、次は野菜です。適当な大きさに切り揃えた野菜…玉葱、人参、セロリ、それからニンニクをフライパンでしっかりと焼いてください。スジ肉同様、焦がすのは厳禁です」
智樹の説明に従い、黙々と作業を進めていく料理人達。その動きには一切の無駄がなく、プロの貫禄が感じられる。
「野菜が焼けたら寸胴に移し、水と潰したトマト、セロリの葉っぱを入れて火にかけてください。沸騰したら浮いた灰汁と油をこまめに取り除いて…そうですね。7時間は煮込みます」
「7時間!? ずいぶんと手間がかかるのですね」
「えぇ、簡易版のレシピとは言っても半日はかかります。もっとも、本格的にやろうと思ったら1週間はかかりますが」
「1週間…」
「大丈夫。半日かけて作るだけの価値は十分あるソースですから」
唖然とした表情の料理長に苦笑しながら、そうフォローする智樹。
「3時間ほど煮込むと量が7分目くらいになると思います。そうなったら、熱湯を追加してください。そうですね…7時間後に6分目くらいの量になるように加える熱湯の量を調整してください」
「わかりました。勇者様、7時間後…今からですと午後のティータイムが終わったあたりですね。勇者様は他にもなされる事がおありの筈。時間まで我々にお任せください」
「料理長…すみません、お言葉に甘えさせてもらいます。何かあったら呼んでください」
料理長の厚意に甘えることにした智樹は一礼し、厨房を後にした。
厨房を後にした智樹は、その足で城内にあるもう1つの修行場所、修練場へと向かった。
訓練場が騎士達の修行場所なら、修練場は魔術師達の修行場所だ。
「失礼します」
既に修行を始めている魔術師達の邪魔をしないよう、静かに修練場へ足を踏み入れる智樹。
「これは勇者殿。修練場へようこそ」
そんな智樹を迎えたのは、腰まで伸びた銀髪が印象的なエルフの美女だった。
「修行中に申し訳ありません。ルィーナ殿」
彼女の名は、ルィーナ・スィルバーン。2年前、123歳の若さでロートファルケン王国宮廷魔術師団団長に選ばれた当代きっての天才魔術師である。
人間の感覚で考えると、123歳という年齢はとんでもない長寿に思えるが、テライアのエルフは最低でも500年の寿命を持ち、120歳で成人扱いとなる為、ルィーナは文字通り成人したてという事になる。
「構いませんよ。ここへ来られたという事は、魔法の修練をお望みですね?」
「はい。魔法とは全く縁の無い世界で暮らしていましたから、文字通りずぶの素人です。1から指導していただけるとありがたいのですが」
「わかりました。では、座学の方から始めるとしましょう。こちらへ」
テーブルを挟み、向かい合って座る智樹とルィーナ。早速ルィーナによる魔法の説明がスタートする。
「まず、魔法を使う為に必要な力、魔力について説明しましょう。魔力には生物の体内に蓄積された“内部魔力”とこの世界全体に漂う“外部魔力”の2種類があります」
「内部魔力と外部魔力は、異なる力なのですか?」
「いえ、本質的には同じ力です。体内に蓄積されているか否かで分類しているだけ…そう考えてください。初歩的な魔法は内部魔力のみで発動できますが、ある程度高度な魔法になると外部魔力を利用しなければ発動させる事は出来ません」
「なるほど…消費した内部魔力の回復は、どのように行われるのですか?」
「体力と同じように食事や睡眠で回復しますし、魔力を回復させる秘薬も存在します。また、外部魔力の濃度が高い場所ならば、呼吸を介して外部魔力を体内に吸収するという方法もあります」
このようにルィーナの説明に対し、智樹が質問。その質問にルィーナが答え、更に説明を進めるという形で、会話は進んでいく。
事前に魔法はずぶの素人であると言っていた為か、ルィーナの説明は非常にわかり易く噛み砕かれており、智樹もスムーズに理解する事が出来た。
そして瞬く間に1時間が経過する。
「以上が、魔法に関しての基本的な説明になります。何か質問はございますか?」
「いえ、特には。ルィーナ殿、ありがとうございました」
ルィーナに一礼しながら、頭の中で入手した情報を整理していく智樹。ルィーナから得た情報はどれも貴重なものだったが、智樹が一番関心を抱いたのは、魔法の属性と相性についてだった。
魔法には大きく分けて無属性魔法と属性魔法の2種類が存在し、属性魔法は“火”“水”“風”“土”の4大属性に分類される。そして4大属性には、以下のような相関関係が存在する。
火は風に強く、水に弱い。
水は火に強く、土に弱い。
土は水に強く、風に弱い。
風は土に強く、火に弱い。
(この相関関係を上手く利用すれば、多少の力量差は覆せる…か。こういう知恵比べ、嫌いじゃない)
心の中でそう呟きながら、実技指導を受ける為に修練場の中央へ移動する智樹。
「では、ここからは実技指導と参りましょう。私がお手本を見せますから、それを真似してください」
「はい、お願いします!」
「では、火属性の最初級魔法から…ファイヤーウェーブ!」
次の瞬間、ルィーナの掌から真紅の炎が放射され、的として用意されていた案山子を炎で包む。
「今のが火属性の最初級魔法“ファイヤーウェーブ”です。掌から火炎を放射するというシンプルな魔法ですが、極めれば絶大な威力を発揮します。では、やってみてください」
「はい」
ルィーナと入れ替わる形で案山子の前に立ち、右の掌を案山子に向ける智樹。ルィーナの見せた魔法を思い出し、再現を試みる。
「ファイヤーウェーブ!」
智樹の声と共に掌から放たれた火炎は、見事案山子へ命中。全体を炎で包む。
「お見事。1度で成功するとは実に優秀です。勇者殿の魔法の素養はかなり高いようですね」
「ありがとうございます」
「この調子でいけば、午前中に4大属性の最初級魔法全てを習得できそうですが…続けますか?」
「御指導、よろしくお願いします」
「心得ました」
熱心にルィーナの指導を受ける智樹。1時間程で、疾風を放つ“ウインドブラスト”、拳大の石を飛ばす“ロックショット”、水流を放つ“ウォーターストリーム”の3つを習得する。
「これで4大属性の最初級魔法全てを習得となります。少し休憩してから、無属性魔法の訓練に移りましょう」
「はい!」
その後、30分ほどの休憩を挟んで訓練を再開する智樹。熱心な訓練は実を結び、午前中の訓練が終わる頃には、自分や相手のステータスを閲覧できる“ブラウズ”と簡単な傷を癒す“ヒール”を習得できた。
「では、これで午前の訓練を終わります。お疲れ様でした」
ルィーナの声が修練場に響き、午前の訓練が終わりを告げる。部屋全体に満ちていた緊張感が一気に解け、魔術師達は体をほぐしたり、雑談に興じながら、昼食と休憩の為に修練場を後にしていく。
(この辺りは騎士も魔術師も変わらないな…さて、俺って少しはレベルアップしているのかな?)
そんな光景に笑みを浮かべながら、自分に“ブラウズ”をかけてみる智樹。すぐさま脳裏に自身のステータスが表になって浮かび上がる。
【名 前】沖田智樹
【性 別】男
【年 齢】20歳
【種 族】人間
【レベル】2
【H P】83(33+50)
【M P】165(60+105)
【筋 力】41(14+27)
【耐久力】28(13+15)
【器用さ】51(14+37)
【敏捷性】40(13+27)
【反 応】50(13+37)
【知 力】20(13+7)
【魔 力】50(13+37)
【加 護】18(13+5)
【称 号】
勇者(HP&MP+50、筋力、耐久力、器用さ、敏捷性、反応、魔力+15、加護+5)
教師(知力+7)
凄腕料理人(器用さ、反応+10)
【各種補正】
格闘攻撃ダメージ+13
近接攻撃ダメージ+13
射撃攻撃ダメージ+17
魔法攻撃ダメージ+16
格闘攻撃命中率+8%
近接攻撃命中率+8%
射撃攻撃命中率+10%
魔法攻撃命中率+10%
防御成功確率+9%
回避成功確率+10%
物理防御力+6
魔法防御力+6
【スキル一覧】
長剣術 ランク3(筋力+6 器用さ+6)
弓術 ランク3(器用さ+6 反応+6)
打撃術 ランク3(筋力+6 敏捷性+6)
投擲術 ランク3(敏捷性+6 反応+6)
魔力操作 ランク3(魔力+6 MP+15)
MP回復速度上昇 ランク3(MP回復速度30%上昇)
複数詠唱破棄 ランク3(1度の詠唱で低級魔法を3回まで同時発動可能。魔力+6 MP+15)
火属性魔法 ランク1(魔力+2 MP+5)
水属性魔法 ランク1(魔力+2 MP+5)
風属性魔法 ランク1(魔力+2 MP+5)
土属性魔法 ランク1(魔力+2 MP+5)
無属性魔法 ランク1(魔力+2 MP+5)
「お! レベルが1上がってる。でも、なんか称号も増えてる…教師はまだしも、凄腕料理人っていうのは…どうなんだ?」
いつの間にか追加されている新たな称号に驚きながらも、レベルが上がった事に嬉しさを隠せない智樹。喜びを噛みしめながらルィーナに頭を下げ、修練場を後にした。
昼食を済ませた智樹は、今度は訓練場へ足を運び、ニルスの指導を受けながら剣術の訓練に励んでいた。
「勇者様ー!」
そこへ聞こえてくるハンスの声。どうやら、時間になったようだ。
「ニルス殿。迎えが来たので私はこれで」
「あぁ、異世界の料理。楽しみにしているぞ」
事前に話を通していたニルスに改めて断りを入れ、訓練場を後にする智樹。そのまままっすぐ厨房へ向かう。
「勇者様、寸胴はこのようになっておりますが…如何でしょうか?」
「拝見します」
料理長の言葉にそう答え、寸胴の中を覗き込む智樹。そこには7時間の間しっかりと煮込まれたフォンが茶色く輝いていた。
「完璧ですね。では、これを清潔な布を使って漉していきます。雑味が入るのを防ぐ為に、静かに漉してください」
智樹の指示で、寸胴の中身が静かに漉され、新たな寸胴に注がれていく。
「漉したフォンを再び火にかけて、灰汁と油をもう一度取り除いてください。軽く煮立ったら1番フォンの完成です。それと並行して2番フォンを作っていきましょう。布に残っている出汁ガラを再び寸胴に戻して、水を注いでください」
「これをまた煮るのですか?」
「はい、その出汁ガラには旨味が少し残っていますから、完全に旨味を出し切ります。ですから長時間は煮込みません。1時間くらいですね」
1番フォンの入った寸胴の隣で、再び煮込まれる出汁ガラ。煮込まれていくうちにまだ残っていた旨味が溶け出していく。そして1時間後。
「では、これを先程と同じ要領で静かに漉してください。2番フォンの完成になります。1番フォンと2番フォンを混ぜ合わせ、1時間ほど煮詰めます。これが終わればフォンの完成になり、デミグラスソースも8割がた完成になります」
完成した2番フォンに満足げな笑みを見せ、新たな指示を下す智樹。料理人達の手で1番フォンと2番フォンが寸胴の中で混ぜ合わされ、煮詰められていく。
「では、最後の工程にいきましょう。鍋にバターを入れて、弱火でよく加熱してください。間違っても焦がさないように」
「勇者様、加熱の目安は?」
「溶けたバターの泡に注意してください。大きなものから小さなものになればOKです。今のうちによくふるった小麦粉も用意しておいてください」
バターが十分に加熱された頃合いを見て、智樹が鍋にふるった小麦粉を入れていく。
「小麦粉が色付くまでジックリと炒めていきます。わかっているとは思いますが、これも焦がすのは厳禁です」
料理人達に説明しながらも、細心の注意を込めて小麦粉を炒める智樹。暫くすると小麦粉が茶色く色付き、ブラウンルーが完成する。
「では、これにフォンを注いで、ダマにならないよう混ぜ合わせていきます。注ぐ量は最初は少しずつ、半分ほど注いだら残りは一気に注いで構いません」
料理人に手伝ってもらいながら、ブラウンルーとフォンを混ぜていく智樹。やがて、全てのフォンとブラウンルーが寸胴の中で1つになる。
「あとは味付けを行いながら、軽く煮詰めればデミグラスソースの完成になります」
「7時に作り始めて早11時間、まさに半日がかりですな」
智樹の言葉に時計を確認し、静かに呟く料理長。他の料理人達も言葉こそ発しないが、同じような事を考えているのだろう。
「まぁ、手間暇はかかりますが、味は保証します。そうだ。完成したデミグラスソースを使って、私が夕食が作りましょう。女王陛下に召し上がって頂く前に、皆さんにチェックしていただかないといけませんし」
「勇者様自ら…という事は異世界の料理を食べられるのですな!」
「そういう事です」
智樹の言葉に歓声を上げる料理人達。料理長も共に歓声を上げたい気持ちを必死に抑え、智樹に問いかける。
「そ、それで、何をお作りに?」
「洋食の定番、デミグラスハンバーグです」
厨房にリズミカルな包丁の音が響き、大量の玉葱が次々とみじん切りにされていく。
鼻歌交じりに披露される智樹の包丁さばきに、料理人達から感心の声の声が漏れる。
「こうやってみじん切りにした玉葱をバターで炒めていきます。炒め具合は玉葱が透明になるくらいですね。炒め終わったら皿に移して、冷ましておきます」
料理人達に説明しながら、智樹はハンバーグ作りを続けていく。炒めた玉葱を冷ましている間に、前日のフレンチトーストでも使った、時間が経ち硬くなったバゲットを砕いてパン粉を作ると、それに牛乳を含ませる。
「ふぅ…そろそろかな」
パン粉の準備が終わったところで、牛肉と豚肉を用意する智樹。
「既にお気づきとは思いますが、牛肉はひと口大に切ってからすりおろした玉葱と葡萄酒に漬け込んでおきました。こうする事で、肉は柔らかくなり、臭みも消えるのです」
智樹の言葉に料理人達の一部から疑問の声が漏れるが、それも無理はない。この世界の常識で考えれば、牛とは乳を搾ったり、労働力として使う為の家畜であり、決して食べる為の家畜ではないのだ。
老いたり、怪我をして働けなくなった牛を潰して食べる事が無いわけでもない。だが、そんな牛の肉は当然硬くて独特の臭みもある。
先程まで作っていたデミグラスソースのように長時間煮込むというならまだ話はわかるが、玉葱と葡萄酒に漬けたぐらいで何とかなるとは到底思えない。それが料理人達の思いだった。
「まぁ、皆さんの疑問も当然ですね。完成品をお楽しみに…とだけ、言わせてもらいます」
そんな料理人達に笑顔を見せながら、智樹は牛肉と豚肉を包丁で叩き、挽き肉を作っていく。
「この牛と豚の挽き肉を7対3の割合で混ぜ合わせ、塩を振ってから肉に粘りが出るまで捏ねていきます」
「粘りが出てきたら、炒めた玉葱と卵を加えて手早く混ぜ、胡椒と牛乳を含ませたパン粉も加えて、更に混ぜます」
「しっかりと混ざったら、手頃な大きさにタネを分けて、楕円形に形を整えたら…」
ここで、形を整えたハンバーグのタネを両手の間でキャッチボールをするように素早く行き来させる智樹。その光景に料理人達は唖然となるが。
「こうする事で、タネから空気が抜け、焼く時に割れにくくなります。決して遊んでいたわけじゃありませんよ」
智樹の言葉にすぐさま真剣な表情に戻る。
「では、焼きに入りましょう。熱したフライパンに油をひき、ハンバーグを焼いていきます。この時にハンバーグの真ん中を軽く凹ませてください。真ん中部分は焼いている内に膨らむ事があるので、見た目を良くする為に必要な作業です」
智樹が説明する間にも、肉が焼ける良い匂いが周囲に漂い、料理人達の頬が緩んでいく。
「片面がある程度焼けたら、タネをひっくり返してもう片面も焼いていきます。両面に焼き色がついたら火を弱め…そうですね、7分から8分焼いてください。串で真ん中を刺し、澄んだ肉汁が出てくれば焼き上がりです」
焼きあがったハンバーグを、前以てお湯で温めておいた皿へ付け合せの人参やサヤインゲンの塩茹でと共に盛り付け、デミグラスソースをたっぷりとかける。
「最後に半熟に仕上げた目玉焼きをハンバーグの上に乗せて…デミグラスハンバーグ、半熟目玉焼き乗せの完成です」
翌日の昼。城の食堂の入り口には料理長直筆で1枚の紙が貼りだされた。紙には、まだ智樹が読む事の出来ないテライアの文字でこう書かれてある。
本日の特別メニュー。勇者様直伝異世界料理“デミグラスハンバーグ”
「美味い…」
一口大には少し大きい位にカットしたハンバーグを口の中に入れた途端、それだけを呟いてニルスは言葉を失った。
噛む度に溢れ出す肉汁と複雑な旨味を持った褐色のソースが混ざり合い、口の中が幸福で満たされる。
(た、たまらねぇ!)
ハンバーグを噛みしめながら、脇の皿に山盛りにされたバゲットを取り、齧る。
(なんじゃこりゃぁ!)
小麦粉と塩と水とイーストだけで作られたバゲットのシンプルな味が、ハンバーグの味をこれでもかと強調する。至福の美味を感じながら、ニルスは更なる空腹感に襲われる。
夢中でハンバーグを食べ、スープを飲み、バゲットを齧る。途中、半熟の黄身を絡めたハンバーグの味に雄叫びをあげそうになるのを堪えたのは、騎士団団長としてのプライドがなせる技だろう。
「美味かった…」
胃袋を限界までハンバーグとスープ、そしてバゲットで膨らませ、満足げな表情を浮かべるニルス。周りを見れば部下である騎士団の団員達や魔術師団の面々、更には宰相までが腹を擦りながら似たような表情を浮かべている。
「午後の訓練は少し遅らせるか…」
そんな事を呟き、ニルスはハンバーグの余韻に浸るのであった。
「いやぁ、デミグラスハンバーグの力は凄まじいですな!」
これまでに無いほど盛況な食堂に満足げな料理長。隣の智樹も嬉しそうだ。
「勇者様! これからも異世界のレシピ、ご指導をお願いいたします!」
「心得ました」
料理長の依頼にそう答えながら、智樹は 新たに教えるレシピを考え始めていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
続きも今月中を目標に投稿したいと思います。
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