1年目・第2話 パーティーとフレンチトースト
2週間以上間を空けてしまい申し訳ありません。
本編第2話を投稿します。
お楽しみいただければ幸いです。
宮廷騎士団団長ニルス=フレイマーとの一戦から息つく間もなく、智樹は自身の勇者親任を祝う為開かれた立食パーティーに参加する為、城の大広間へと移動していた。
「おぉ…」
大広間に入った直後、智樹の口から驚きの声が漏れる。
下手なホテルとは比べ物にならない程広い大広間を照らすのは、高い天井から幾つも吊り下げられた巨大なシャンデリア。そこから電気による物とはすこし違うが、蝋燭の炎のように揺らぐ事もない光が煌々と放たれている。
足下に目をやれば、真っ赤な絨毯が床一面に敷き詰められ、料理が載せられたテーブルは、どれも複雑な装飾が施されている。
正直、地球で教師をやっていたなら確実に縁がないであろう豪華絢爛な空間に、気圧されまいと静かに気合を入れ直した智樹は、ゆっくりと大広間の中央へ歩き出した。
「ふぅっ…」
パーティーが始まって数十分。貴族達の挨拶が途切れたところで、智樹は静かに息を吐く。流石に息つく間もないほどひっきりなしという訳ではないが、それでも10人以上の貴族と堅苦しい挨拶を交わしたのだ。気疲れしない訳がない。
(えーと、今の人はサセボー子爵。背は170cmくらいでやや痩せ型。年は40後半ってところかな)
挨拶を交わした相手の名前と容姿を頭に叩き込みながら、テーブルへ移動した智樹は給仕に声をかけ、適当に選んだ料理を皿に盛ってもらう。
「シェファーズパイに近いな…いただきます」
皿に盛られたのは、細切りにした肉と玉葱を炒め、マッシュポテトを乗せて焼いた物だった。キチンと食前の祈りを済ませ、食べ始める。思えば、テライアにやって来てから初めての食事だ。
「うん、美味い」
塩とハーブで味付けされたこの料理は、空腹である事を差し引いてもなかなかに美味だった。こうなると他の料理にも興味が湧いてくる。
(また挨拶攻勢に追われる前に…)
心の中でそう言い訳しながら、鱒に似た魚のポワレや鶉に似た野鳥の煮込み、メインディッシュである仔豚の丸焼きなどを食べ進めていく智樹。そこへ宰相がガラス杯を手に近づいてきた。
「勇者殿。よろしければ」
「恐縮です、宰相閣下」
宰相から差し出されたガラス杯を受け取り、口をつける智樹。杯に注がれていた淡い黄色の発泡酒は口当たりが良く、それほど度数も強くない為、実に飲みやすい。
「お下げいたします」
「あぁ、ありがとう」
智樹がガラス杯の中身を飲み干したところで、近くの給仕が静かに近づき、空のガラス杯を受け取り下がっていく。
「お味はいかがでしたかな? 今の酒は我が国の輸出品の1つで、なかなか評判が良いのですよ」
「そうでしたか。正直、酒はあまり飲めないのですが、実に飲みやすかったです。梨の風味がしましたが、果実酒ですか?」
「ええ、梨の果汁を発酵させて作っているのですよ」
そんな事を話していると、智樹達の前に3人の男女が進み出てきた。親任式の場にも立ち会っていた陸海空3軍の大臣達だ。
「勇者殿、ご紹介しましょう。ロートファルケン王国の3軍を指揮する大臣の方々です」
「陸軍大臣、ティガ・ルーベンスであります」
宰相の紹介に続き、真っ先に獣人の男性が名乗り、頭を下げる。
「海軍大臣、アイシャ・グラナートにございます」
「空軍大臣、ジン・ハルベルトと申す」
続いてドワーフの女性、最後に龍人の男性が名乗る。3人の言葉からは敵意は感じられず、どうやら先の模擬戦で智樹の事を認めてくれたようだ。
「沖田智樹です。まだまだ未熟な勇者ですが、これからよろしくお願いします」
互いに自己紹介を終え、握手を交わしていく智樹と大臣達。宴の時間は穏やかに過ぎていった。
翌朝。キングサイズのベッドの上で目を覚ます智樹。
「……知らない天井だ」
昔、社会現象を巻き起こしたアニメの台詞を口ずさみ、苦笑する智樹。
ベッドから降り、窓を開けると夜明け直後のまだ薄暗い外の景色を見ながら、新鮮な空気を思いっきり吸い込んでいく。
「…よし」
深呼吸を繰り替えること数回。完全に覚醒した智樹は、借り物の寝巻きから自前の服に着替え始める。
「魔法で洗うって言ってたけど…大したもんだ」
寝る前、脱いだ服を籠に入れて侍女に渡した際、“洗濯は魔法で行う”という話を聞いていた事を思い出し、感心しながら服に袖を通していく。
着替え終えると智樹は、当面の私室として用意された王宮の客室を出て、王宮の中を歩き出した。
晩の内に“許可なく立ち入ってはならない場所以外なら自由に使って良い”という許可は取ってある。
「まぁ、朝食前のちょっとした探検かな」
誰に言うでもなくそんな事を呟きながら、当てもなく歩き続ける智樹。やがて、何やら良い匂いが鼻をくすぐりだした。
「厨房の近く…かな?」
好奇心に駆られ、匂いのする方向へ進んでいく智樹。その直後。
「バカヤロォッ!」
匂いのする方向から物凄い怒声が聞こえてきた。何事かと怒声の元へと走る智樹。こっそりと怒声の出所と思われる部屋を覗いて見ると、そこには怒りの形相を浮かべた料理長らしき中年男性と、平身低頭で謝り続ける若い男性の姿があった。
「す、すみません!」
「すみませんで済むか! パン生地全部駄目にしちまって!」
「す、すぐに作り直します!」
「今から作り直して、朝食に間に合う訳がないだろうが!」
2人のやり取りを聞き、状況を何となくだが理解する智樹。どうやら、若い料理人が何らかのミスを犯して朝食用に焼く筈だったパン生地を駄目にしてしまったようだ。
「料理長、パンが間に合わないなら別の物を用意するしかないですよ…麦粥を作りましょう」
「いや、女王陛下は昨日麦粥を召し上がっている。2日続けて同じ物を出すわけには…」
パンが無いならば他の物を…と他の料理人が意見するが、料理長の反応は鈍い。
「あのぉ…」
そこに聞こえてくる聞き覚えの無い声。その場にいた料理人全員が声の方を向く。
「ゆ、勇者様!」
「おはようございます。何やらトラブルみたいですが…もしかしたら、お役に立てるかもしれませんよ」
数分後、厨房には予備のエプロンを身につけた智樹の姿があった。
「勇者様、このパンですが…昨日焼いた物で、すっかり硬くなっていますが…」
「えぇ、大丈夫ですよ」
不安げな若い料理人の声に笑顔で答えながら、智樹が目の前のバゲットを軽く叩いてみるとコン!と硬質な音が響いた。
「……鈍器に使えるな」
予想以上の固さに一瞬戸惑う智樹だが、すぐに冷静さを取り戻し、他の材料を確認する。
「この卵はいつ産まれた物ですか?」
「夜明け頃、敷地内の鶏小屋から取ってきた物です」
「この牛乳は?」
「近くの牧場でつい先程搾られた物です」
「パーフェクト。じゃあ、始めましょうか」
食材の品質に笑みを浮かべ、智樹は調理にとりかかる。
「まずはこのバゲットを切っていきます。厚さは…このくらいですね」
料理人達に説明しながら、ナイフでバケットを2cmほどの厚さに切っていく。
「次に卵を解きほぐし、牛乳、砂糖と混ぜ合わせます。分量は卵3個に対して、牛乳がカップ1杯くらい、砂糖はスプーンで3杯くらいですね。甘いのが好みなら砂糖を増やしてください」
そうして出来上がった卵液にバケットを浸していく。
「パンが卵液を吸い取るまで暫く待ちます。あ、途中でひっくり返す事を忘れないでください」
待つこと暫し。卵液が全てバケットに吸い取られたのを確認し、智樹は調理を再開する。
「あとはこれをバターで焼いていきます。火加減は弱火で。片面5分くらいですね」
焼きあがったバケットを皿に盛り、テーブルに載せる。
「出来ました。バケットのフレンチトーストです。お好みで蜂蜜をかけて食べてみてください」
「では、代表して私が味見を…」
そう言うと料理長はナイフとフォークを手に取り、フレンチトーストを食べ始めた。一口大に切られたフレンチトーストが口に運ばれる。
「………勇者殿、これは神の食べ物ですか!? 甘く、フワリと蕩ける食感…このように美味い物、私は食べた事がありません!」
感激の声を上げ、フレンチトーストを夢中になって食べ進める料理長。その姿に周りの料理人達からゴクリと唾を飲む音が聞こえる。
「料理長のお墨付きも頂きましたので、女王陛下の分を作りましょう。その後で、皆さんにも作りますからもう暫くお待ちを」
その言葉に歓声を上げる料理人達。智樹は笑いながらフレンチトーストを焼き続けるのだった。
料理人達にフレンチトーストを振る舞い、朝食を済ませた智樹は宮廷騎士団の訓練に顔を出していた。
「これは勇者殿! 全員整列! 勇者殿のお越しである!」
智樹の来訪に気づいたニルスが、訓練の手を止め騎士団全員を智樹の前に整列させる。
「すみません。訓練の邪魔をしてしまったみたいで…」
「とんでもありません! 勇者殿は有事の際に我々の指揮官となられる方、これくらいは当然です!」
「は、はぁ…」
「それで勇者殿、ここへはどのようなご用件で?」
「あぁ、実はですね。私も皆さんと一緒に訓練をさせてもらえないかと。勇者といっても元の世界では平民でしたからね。魔法は勿論、剣術も本格的に学んだ事はありません。勇者として、それではあまりにお粗末ですからね」
「なるほど…しかしながら勇者殿。昨日の模擬戦で見せられた投擲の技術や蹴りはかなりのものでした。あれは一体?」
「あれはですね…」
ニルスの疑問に答える為、地球の事を話し始める智樹。詳しく話していると時間がかかりすぎる為、簡潔にしてはいるが、それでも地球の話はニルス達に大きな衝撃を与えていた。
「で、では…あの投擲の技術は戦の為ではなく、その野球なる競技の為に磨かれた物なのですか!?」
「ええ、あの蹴り…ドロップキックもプロレスラー、こちら風に言うなら闘技場の選手達が使う技の1つです」
「戦でも十分に通用するような技術を競技の為に用いるとは…勇者殿、よろしければあの投擲の技術を我々に御教授願えないでしょうか?」
「良いですよ。私の技術がお役に立てるならば喜んで」
急遽、騎士達に投擲のレクチャーをする事になった智樹。用意された礫を使って実際に投げる姿を見せながら、変化球の投げ方を教えていく。
興味深い事に智樹自身が“投げ方の知識はあっても投げた事の無い球種”であっても何の問題もなく投げる事が出来た。恐らく投擲術ランク3を習得している為なのだろう。
智樹の投げる数々の変化球に驚愕しながらも、騎士達の中でも投擲に多少自信のある者達は礫を手に取り、的に向かって教え通りに投げ始める。
「では、勇者殿。こちらも始めると致しましょう」
「ええ、よろしくお願いします」
智樹もニルスから教えを受けながら、剣術の訓練を開始する。
長剣術ランク3を習得しているといっても、学生時代に授業で剣道を少々学んだ程度の智樹にとって、ニルスの教えは新鮮かつ的確なものだった。あっという間に3時間が経過したところで、ニルスの声が響く。
「では、午前の訓練はこれで終了する!」
その声に騎士達の間に満ちていた緊張感は一気に解れ、騎士達は昼食と休憩の為に訓練場を後にしていく。
「ニルス殿、御教授感謝します」
「いえ、勇者殿のお役に立てて、光栄であります!」
「あぁ…ニルス殿、貴方の方が年上なのですから、もっと気軽に話していただいて構いませんよ。まぁ、公式の場なんかだと別ですけど、こういう場でならもっと気軽に話していきましょう」
「………わかりま、わかった。こんな感じで良いか? 勇し、トモキ」
「バッチリです」
笑顔で握手を交わす智樹とニルス。
「さて、食堂に行くとするか!」
「お供します」
食堂へ向けて歩き出す智樹とニルス。その様子はまるで古くからの親友同士のようだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
続きも極力早く投稿したいと思います。
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