プロローグその1 僕が死んだのは死神のせい
拙作に興味を持っていただきありがとうございます。
小説を書いた経験が殆どない素人で、色々とお見苦しい点もあるとは思いますが、楽しんでいただければ幸いです。
2015/5/10
「どうやら僕は、死んだみたい…ですね」
周囲を見回し、男…沖田智樹はポツリと呟いた。
照明はおろか太陽さえ見えないのに、周囲は純白の光で煌々と照らされ、足元は床や地面のかわりにフワフワとした感触の白い雲。更には…。
「あれはどう見ても、天使…」
純白の衣装を身に纏い、背中から一対の翼が伸びている美女達が次々と現れては、智樹の周りにいた年齢も性別もバラバラな人達の下へ降り立ち、なにやら声をかけている。
こんな光景、現実ではまずありえない。仮想現実、もしくは幻覚の類とも考えたが、智樹は幻覚を見るような病気を患った覚えはないし、法に触れるような薬物を服用した事も無い。ついでに言えば今の智樹は素面だ。
「いつもだったら、もう少しうろたえるんだろうけど…あんな事の後だからなぁ」
ここにやってくる直前に体験したある出来事が、自分の死をこうも容易く受け入れさせている。その事に智樹が苦笑していると、1人の天使が舞い降りてきた。
肩まで伸びたしなやかな金髪に、切れ長の目。クールビューティーという表現がよく似合う美人だ。
「突然の事で驚かれたと………って、随分と冷静ですね」
「えぇ、ここに来る心当たりみたいな物はありますから…」
「それでしたら、単刀直入に…貴方は亡くなられました。死因は通り魔の持っていた牛刀で、腹部を複数回刺された事による臓器損傷と大量出血。特に2回目に刺された時の傷が致命的だったようです」
智樹が比較的冷静である事を良い事に、ズバズバと直球を投げ込んでくる天使。もう少しマイルドな言い方はないのかよ。と思う智樹だが、向こうもこれが仕事なのだ、仕方ない。と不満を抑えこみ、一番気になっていた事を質問する。
「…あの、僕の教え子達は? ここで顔を見ていないから…無事なんですよね?」
「はい、軽症を負った子が1人いますが、皆さんご無事です。貴方が文字通り『死んでも通り魔にしがみつき、動きを封じたから』助かったのです」
「そう…ですか。良かった…あ、いや、自分が死んだのは良くないですけど、それでも…あいつらが無事で良かった…」
一番気になっていた事。教え子達の無事を確認し、安堵の吐息を漏らす智樹。天使はそれを見て薄く微笑みつつも、説明を続ける。
「そしてここは天界の入り口。死を迎えた者の魂が最初にやってくる場所です」
「それじゃあ、今から天国行きか地獄行きか、貴女に判定されるわけですか?」
「そういう事になります。申し遅れました。私、貴方の担当となります、アリエルと申します」
「あ、これはご丁寧に。僕…私は沖田智樹と申します」
お手本のような優雅な動きで一礼するアリエルに、若干緊張した様子で頭を下げる智樹。
「沖田智樹さんですね………」
手にしていたタブレットで情報を検索し始めた次の瞬間、アリエルの眉間にしわが出来た。
「……失礼ですが、『沖野』智樹さんでは?」
「いえ、『沖田』です。沖野智樹だと、僕の教え子になります。小学6年生。あ、僕は小学校の教師でした」
死んじゃったから、元がついちゃいますね。等と言っている智樹を無視して、検索を何度もやり直すアリエル。数分の時間が流れ…。
「沖田さん、申し訳ありませんが…少しお待ち願えますか?」
能面のような顔になったアリエルは智樹にそう告げると、ぎこちなく一礼し、背中の翼を広げ飛び去った。
「嫌な予感がするなぁ…」
耳を澄ますとかすかに聞こえてくる『緊急事態なのよ!』『担当の死神を呼び出して! 大至急!』というアリエルの怒声に、不安を隠せない智樹。
しかし、今の自分に何か出来るわけでもない。待てと言われたら待つしかない。そう自分に言い聞かせ、雲の上に腰を下ろしてアリエルの帰りを待つのだった。
30分ほどして、アリエルは戻ってきた。ボコボコに殴られ簀巻きにされた黒衣の青年を肩に担いで。
「お待たせしました。この馬鹿が抵抗したので遅くなりました」
先程と同じ能面のような顔のまま、簀巻きを投げ捨てると智樹に深々と頭を下げるアリエル。
「はぁ、あの…この簀巻きの人は…」
「死神です。正式な死神になって3ヶ月足らず。また頭に殻を被った雛ですが…」
投げ捨てられたままピクリとも動かない簀巻きを、まるでゴミでも見るかのように見下ろし、冷たく言い放つアリエル。
「そ、それで、その死神さんを連れてきた理由は…」
「その事に関しましては、この雛自身の口から…いつまで気絶したふりを続ける気ですか?」
優しい口調で簀巻きの死神に声をかけるアリエル。その直後、簀巻きが跳ねた。
「も、申し訳ありません! 説明いたします! いたしますので、ご勘弁を!!」
芋虫のように頭を動かしながら、アリエルに平伏する簀巻き。何があったかはわからないが、相当痛い目にあわされた事は間違いない。
やがて、簀巻きは智樹の方を向き、頭を雲に押し付けながら、叫んだ。
「申し訳ございません! 貴方が死んだのは…私の手違いでございます!!」
「………はい?」
簀巻きからの突然の謝罪。その予想外の内容に絶句する智樹。だが、弁明を繰り返す簀巻きがそれに気がつく事はなかった。
「なるほど…」
簀巻きの弁明が一通り終わった所で、智樹はもたらされた情報から不要な情報を省き、必要な情報だけを集約し、分析していく。
「要するにこういう事ですか。本来、あの通り魔に襲われて死ぬのは私、『沖田』智樹ではなく、私の教え子の『沖野』智樹だった」
「…はい」
「死ぬのが私になった理由は…貴方、えっと…」
「私はエ……す、簀巻きで結構です!」
智樹の問いに名乗ろうとする死神だったが、アリエルの氷のように冷たい視線に気づき、自らを簀巻きと呼ぶように頭を下げる。
「じゃあ、簀巻きさん。貴方がケアレスミスで名前を間違えてしまったから…これで間違いないですね?」
「は、はい! 誠に! 誠にもうしわけありませんでした!!」
「アリエルさん。こいつ殴っても良いですか?」
「どうぞ、気が済むまで殴ってください。道具が必要なら用意いたしますが」
言うが早いか金属バットやバールのような物からチェーンソーまで、多種多様な凶器を一瞬で用意するアリエル。それを見た簀巻きは顔面蒼白になっているが…そんな事は智樹の知った事ではない。
「私個人としては、このチェーンソーをお勧めしたいですね。沖田さんの生まれた国では、神殺しの武器と言われているとか」
「それゲームの話ですから…」
そんな事を話しながら、一振りの木刀を手にする智樹。同時にニヤリと邪悪な笑みを浮かべ…。
「往生せいやぁぁぁっ!」
気合と共に木刀を振り下ろした。
「アリエルさん、ありがとうございました」
数分後、晴れやかな顔でアリエルに木刀を返す智樹。その背後には土饅頭が出来ていたりするが、誰も気にしない。
「もうよろしいのですか? あの雛も一応死神ですから、たとえ木っ端微塵にしたとしても復活できますよ」
「いえ、もういいです。死んでしまった事は悔しいですけど、そのおかげで教え子が死なずに済んだ…それもまた事実ですから」
どこかさっぱりした顔でそう言いきる智樹に、それ以上何も言えなくなるアリエル。
「さぁ! 早く判定を済ませてくれますか? 一応、地獄行きになるような罪は犯していないと思いますけど、やっぱり気になりますし!」
「あ、その事ですが…沖田さん、今回の件で私達の上司がお詫びをしたいと申しております」
「上司? それって…まさか…」
「はい、神です」
智樹の言葉にそう断言した直後、優雅な動作で片膝を突き、頭を下げるアリエル。直後、神々しい気配と共に1人の男が姿を現した。
「沖田智樹さんですね。この度は部下が大変なご迷惑をおかけしました。そこで土饅頭になっている簀巻きに代わり、お詫びします」
そう言って深々と頭を下げる男を呆然と見ながら、智樹はこう呟いていた。
「神様に頭下げさせちゃったよ…」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
続きも極力早く投稿したいと思います。