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私にも


 踵を返し、病室に戻る。

 エレベーターを待つことさえできなく、私は獣のような彼女の声が遠ざかろうと、階段を駆け下りた。病室に戻る前に、トイレに駆け込む。

「ぅえげぇ……ぐっげぇ」

 気持ち悪い。手が震える。

 朝食べた病院食をすべて出し、それでも湧き上がってくる吐き気は収まらない。ぽたぽたと垂れているのを見て、涎かと思ったら涙だった。

 何故、私は泣いているのだろうか。

 誰に対しての涙で、何に対しての涙なのか。

 とりあえず謝りたくなった。

 謝れば、解決する気がした。

 誰かが、許してくれると思った。

 しばらく、トイレには私の謝罪が聞こえた。私はトイレを流すと、個室から出る。手も洗いたいし、顔も洗いたかった。

 できなかった。

 個室から出ると、そこにはあの女性が立っていた。こちらを凝視する形で、死んだように立っていた。

 気まずい時間。

 視線を合わせられない。

 なんで、ここにいるんだろう。身動きせず、ただ私を見る。

 もしかして、先ほどの謝罪が聞こえていたのか。私はただ、ごめんなさいと繰り返していただけ。何にも、言ってない。

 いつまでもこうしているわけにもいかず、手を洗おうと、一歩、踏み出す。

「……貴女なの?」

「……っ!!」

 止まる。

 静止。

 何が、などと愚問。

 そもそも、彼女が答えを求めているかさえ、不明瞭。

「……な……に、が……?」

 粘りつく唇をこじ開け、なんとか言葉を漏らす。

 怖い。怖い。怖い。

 また、涙が溜まる。

 心臓が痛い。

 震えが止まらない。

「……ねぇ」

 どうしよう、どうしようどうしようどうしようどうしようどうした?

 一体、私は何が何を何で何に?

 怯えてる? 怖がってる?

 だって、死ぬのが怖くないのに、こんな、違う、死ぬのが怖くないからって、怖くなくなるわけじゃない。

 やだ、やだやだやだ。頭の中で言葉が回る。ぐるぐるぐるぐる。酩酊する。意思に関係なく、言葉が漏れる。

「……ご」

「ねぇ……貴女」

「……ご、ごめ……ごめんなさ……ごめ」

「ああああぁああぁぁぁああああぁああぁぁあああ!!!!」

 衝撃。衝突。転倒。圧迫。刺激。激痛。恐怖。

「おまあああああああああああああああああ!!」

「ぎぃ……げぇ……っ!?」

 女性は狂ったように私に襲い掛かってきた。

 言葉にならない言葉を紡ぎ、ぶつけてくる。

「ふぅーっ! ふぅーっ!」

 荒い息遣いが聞こえる。殺される。死ぬ。私死ぬ。やられる。終わる。

「ふぅーっ……死ねっ、死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ!!」

 想像が言語と現実に変化し強襲する。

 呪詛を繰り返し、叩きつけ、言葉で殺そうと、女性は呟く力を緩めない。

「……ぃ……ぃひ……ぁ」

 私は、私は自分が何を言おうとしているのか、私は自分が何を言っているのか、解らない。

 薄れゆく苦しい中、ぼんやりと、彼を思い出す。

 ああ……死とは、誰かが泣いてくれるかくれないか、それで決まるのかもしれない。

 私は……死にた



(END:死罪)

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