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愛再(あいさい)

 死にたくて。死にたくて死にたくて死にたくて、ひどい事があったわけでも取り返しつかない失敗をしたわけでもなく、ただ友達と話していたり遊んでいたりしていて、死にたいなと、思う。

 でも、それほど死にたいと思っているわけでもなくて、矛盾と齟齬が私の心を壊していく。

 自殺をしたいわけじゃない。一度、友達にそう言ったことがある。

 その子は私の話を聞き流しながら、笑いながら、自分の話をし出した。結局、他人の生き死になんて、誰も気にしない。

 友達なんて、どこにいるの?

 私の視線の先?

 私の心の中?

 私の頭の中?

 そしたら、妄想と一緒だ。

 嘘ばっかりだ。でも、私も嘘吐きだ。

 死にたいと思っていながらも、生きている。

 なんで生きているの、と聞かれたら、生きているから生きている、としか答えられない。

 哲学にもならない事実。ただの事実確認。

 だって、それ以外にないじゃない。

 それとも、殺してくれるのだろうか。

 貴女が、誰かが。

 生きている理由が、解らない。

 意味や価値とか、そんな大層な理由じゃなくて。

 情熱。気力。どんな言葉で、取り繕えばいいの。

 解らない。

 私は解らない。

 なんで、生きていたいと、思えるのか。死ぬ瞬間、私は拒むのだろうか。

 なら、拒んでみたい。

 ああ、だから私は、『自殺志願者』なんて呼ばれるのは嫌なんだ。

 私は、自分が生きたいと、みんなが思っている、特別なことを一緒に感じたい。

 ただ、それだけ……。


 夏の気配が思ったよりも早く過ぎ去った九月の終わり頃。

 長い夏休みも終わり、気怠く弛緩した空気が薄まってくる頃。

 教室では中間テストの話がチラホラと出始め、長い間見ていなかったクラスメイト達の変貌にも慣れてくる頃。

 私はその様子を、病院のベッドの上で聞いていた。

 仲のいいクラスメイトが、今日あった事を身振り手振りで説明してくれる。その言葉に笑い、突っ込み、同意し、また笑う。

 協調と同調。

 病室は空調が整備されているため、学友はみな羨ましがる。最近は涼しくなってきた気候だが、先週までは残暑が残っていた。クーラーの効いている部屋にいたいなどと、ふざけ半分で非難してくる。

 なら代わってあげようか?

 この、退屈と窮屈に包まれ投獄されている空間に。

 定時を愛し規則を鉄則にする空間に。

 などと、友情に亀裂が走る本心は口にせず、こちらもおふざけの返事をする。

 彼女たちだって本当に代わりたいなどとは思ってはいない。こんな、牢屋に。

 私は夏休みが明け、たった五日しか学校に通えなかった。病気がちで、季節の変わり目にやられた。その設定に無理があるなら持病があってなどと、適当にそれらしい理由があれば良かったのだが、そんな事はなく、ただ単純に、交通事故にあって入院中という事だった。当たりどころが良かったのか悪かったのか、命に別状はないが、それでも一か月の強制入院を余儀なくされた。事故後、最初に目が覚めた時、飛び込んできたのは母親の泣き崩れた顔と、妹が鼻水を垂らしている間抜け顔だった。見っともなく泣き叫び、何故か罵られたが、申し訳ないと思ってしまう声だった。

 今回、交通事故という事で相手方に非があり、入院費や慰謝料を請求する事ができるという話だが、それでも私は、申し訳なく、勿体ないと思ってしまう。利害が一致し、誰にも迷惑、事故を起こした相手は自業自得として、迷惑をかけない方法だったのに。

 私が死ぬには、絶好の舞台だったのに。

 私はミスを犯した。

 いや、ミスを犯したのは医者か。

 それとも119にかけた野次馬か。

 ああいや、救急車を呼んだのは今学校の話をしている学友か。

 二人とも、毎日のように来てくれる。正直、こう毎日来られては面倒だと思うところもあるけれど、暇な時間を持て余しているよりは、現在学校がどんな状況なのか、情報を仕入れられるだけでも有難かった。

 一か月とは話題に遅れるには十分な期間だ。あの時死んでいれば、こんな悩みとは無縁だったのに。意識もシャットダウンさせられ、痛みを感じる暇もなかったのに。

 ただ重い、粘り気のある感触が体中に広がっていったあの瞬間。

 最高の、死ぬタイミングだったのに。

 何故、私の前には死神が現れないのだろう。夢想し妄想してしまう。

 目が覚めてから最初の一週間、私は自分の体の調子がどんな感じか確かめ、医者の言う通り問題なさそうであることに落胆し、次の一週間から生きるための準備を始めていた。

 死ねないのなら、生きるしかない。

「んじゃ私達帰るね」

「早く治しなよー」

 喋るだけ喋って、無理難題を捨て台詞に二人は帰って行った。私は二人を見送ると、カーデガンを着て病室を出る。向かう先は、最上階にある個別病室。一応ノックをして、中に入る。

 そこには一人の少年がいた。

 私が入っても何も言わない。それはそうだ、彼は『植物人間』なのだから。

 彼の場合、自発的呼吸ができているので脳死扱いではないらしい。生命維持に必要な脳機関が働いている患者は、死者に区分されないようだ。本当はもっと明確な違いがあるのだろうが、女子高生にそこまで求められても説明など出来やしない。

 私はそっと、彼の髪を撫でる。

 彼を見て、羨ましいとは思わない。生きているのか死んでいるのか。あやふやな存在。羨ましいどころか哀れに思えてくる。

 これで生きていると言えるのだろうか?

 こんなの、死んでいるのと変わらない。

 呼びかけても返事をしない。

 食事を出しても口にしない。

 叩いてみても痛がらず、くすぐっても身じろぎひとつしない。

 私は彼の胸に、耳を当てる。物音ひとつしない完璧な防音の部屋で、彼の鼓動が聞こえる。鼓動が聞こえるから、生きているのか。私は彼の手を取り、自分の胸に当てる。聞こえるだろうか、彼に。私の鼓動。意識のある鼓動。一定のリズムで奏でる、耳障りな音楽。私は毎日、同じ質問を彼にする。

「ねぇ……貴方は、死にたい?」

 彼は答えない。

 例えば、人生が充実している人達は、死にたいとは思わないだろうし、大抵の人も死にたいと思わない。でも、死にたいと思っている人間がいることを、否定できる根拠にならない事を、何故誰も理解しないのだろうか。

 間違った考えだと、声高々に言う。生物とは、子孫を残すために、営みを繰り返し、記憶を受け継ぎ、経験を連ねていくものだと。

 表があるなら裏がある。

 物事だけじゃなく出来事にさえある。

 それを理解せず否定するのは、思考の放棄だ。

 我儘は言わない。理解しろなんて、生きたいと思っている彼らに、そんな事は言わない。ただ、認めて欲しい。

 常に死にたいと思うことが、普通でもあるのだと。

 勝手に、生きる事が正しいなんて、思わないで欲しい。



 寝苦しさから目を覚ます。

 隣の患者のいびきが五月蠅い。

 物音、寝返り、呼吸音。

 耳障りだった。嫌だなとは思っても、殺したいと思うほどじゃない。

 よく勘違いされるのが、死にたいと思っているからって、誰かを殺したいなんて危険思想を持っていない事だ。

 誰かを殺したい感情と、自分を殺したい感情は別。根本から違う。

 死にたい。死にたい……な。

 屋上にでも行こうと思った。飛び降り自殺をするためじゃなく、この鬱々とした気分を晴らすため。

 今日も明日のために、よく眠れるために。


 最上階でエレベーターを降りるが、私の足は彼の病室に向かっていた。見回りの時間帯ではないのか、看護師と出くわさずに済んでいる。儀式のように、私は返事のないノックをして、彼の病室に入る。真っ暗な部屋。彼が生きていると訴える機器が、点滅していた。次第に目も慣れていき、彼の姿が見えてきた。機械を見ると、心拍が表示されている。彼は生きているらしい。


選択肢→①(嘘)

    ➁(本当)


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