48. 第3章その12 いつかまた
「あの、そこのミューがガルーダだと?」
『間違いない。』
「ミューは1年ほど前、嵐の日の翌日に湖の岸で卵だったのを私が見つけました。」
『そうか…。
情けない話だが、嵐の晩に風で卵が飛ばされてしまったのだ。
我らは、夜でも物を見る事はできるが、やはり昼間に比べれば視野が狭くなってしまう。
その時も、必死で探したのだが見つからなかった。
そなたが拾い、育ててくれていたのか、感謝するぞ。』
「いえ、感謝だなんて。
でもどうやってここがわかったのですか?」
『我は、諦めきれず、あの日より毎日空から探していたのじゃ。
そして今日、我ら種族しか出せぬ、<闘蛇の声>が微かに聞こえ駆け付けたのじゃ。』
「闘蛇の声?」
「先ほどの龍蛇を動けなくした声の事じゃ。」
「あっ、確かに一度ミューの声でも動きを止めていた。
偶然じゃなかったんだ。」
『我が一族と龍蛇の一族は宿敵の関係、あの声は龍蛇の動きを止める効果がある術じゃ。
我が子は、本能的に発したのじゃろう。
ところで。』
「はい。」
『我に我が子を返して欲しい。』
唐突にお願いをされた。
もちろん、本当の親なのだろうから返すのにやぶさかではない。
実際、我々なんか蹴散らして取り戻す事だって可能だろうに、丁寧にお願いをしてきている。
将は、ミューの方を見た。
『ミューは、ショウと一緒にいたい。大きい鳥さんのところに行きたくない。』
と、可愛い事を言ってくれる。
『ほう、すでに人語を解するか。聡い子のようじゃ。
最初にあったが人であれば、離れたくないのも無理はない。
意志に反して無理やりは我の本意ではない。
だがな、このままでは我が種族としての言葉や習慣、身の守り方などを学ぶことができない。
名を与えたのはショウであるならば、我が子に言い聞かせてもらえぬか。』
正直なところ、将だってミューと離れたいわけではない。
だが、ガルーダの言う事が、もっともだ、という事は頭では良くわかっている。
そんな気持ちが、ないまぜになって上手く言葉がでてこない。
「ミュー。」
『なに? 一緒にいていいよね。』
「ダメだ。」
『なんで、なんで、なんで。』
ミューが、ピューピュー泣き始めた。
「ミュー、俺はおまえが大好きだ。
だから、今は別れないといけないんだ。
確かに、このまま一緒にいる事もできるかもしれない。
でも、それでは本当のミューになる事ができなくなってしまうんだ。
まだ分らないと思う、だけど今は俺の考えに従ってくれ。
俺はいつでもお前を待っているから、またいつか会おう。」
『わからない、わからない。ミューの事嫌いになったの?
お肉少なくなってもいい。
一緒に居させて。』
「ダメだ。」
将は、視界がにじむのを感じながらガルーダの方に振り向くと。
「ミューを連れて行ってください。」
それだけを言う。
『礼を言う。
そなたに拾われたは、我が子にとって幸いだった。
自分の意志で、我と一緒に来る事を望んで欲しかったが今はまだ無理の様だ。
次善じゃが、連れて帰る。
しかし、独り立ちできる頃、まだミューがそなたといる事を望むなら、どうかよろしく頼む。』
「もちろん、今だって一緒にいたいんだ。
さっきも言ったが、いつでも待っている。」
ガルーダは器用に首の付け根あたりにクチバシを刺すと、何かを取り出した。
『これは、遠方からでも我に音を伝える事ができる角笛じゃ。
礼として、渡しておく。
そなたが、我の力を必要とする時がきたならば使うが良い。』
手のひらサイズの角笛を将に渡す。
そして、ミューを柔らかくクチバシでつまむと、そのまま羽ばたき始めた。
『ショウ、ショウ、いやだよー。』
ミューはずっと泣き続けている。
「ミュー、お前がこの大きな鳥さんの様に、自由に空を飛べるようになったら、いつでも会いに来ておくれ。
今は、…さよならだ、いつかまた…。」
将は、涙を抑える事ができず、言葉が続かなかった。
ガルーダの力強い羽ばたきで、あっという間に上空へ去っていく。
将は、濡れた瞳でそれが見えなくなるまで見つめ続けるのだった。




