1. 第1章その1 見たことの無い風景
「まあ、良いからついてきなさい。」
カゼールは背を向けて歩き出す。周りは最初にあった巨木と同じような大きな樹が茂り、日差しが入りにくい根元には明るいグリーンの苔らしき物が覆っていた。
空気は清涼であり遠くから鳥の声なども聞こえ、以前テレビで見た屋久島を髣髴とさせる雰囲気だった。
マントを羽織ったものの、裸足なのでいやに地面がひんやり感じるのと、かなり痛いのだが、ここで一人になるのはとても不安なので懸命に後をついていくと、5分ほどで拓けた場所にでた。
「あそこが、わが住処じゃ。とにかく中に入りなさい。」
大きなログハウスという佇まいの家に案内されるがまま将は中に入った。
「ちょっとそこの椅子に腰掛けてしばらく待っておれ。」
広めのダイニングとおぼしき部屋の大きなテーブルに椅子が4席あったので、その一つに腰掛けて周りを見渡す。
窓からは光が差し込み、先ほどの森の様子が見える。テーブルの上には燭台がひとつあるほかは特に何も無い。窓からは風が吹き込んでいる、という事はガラスをはめていないのだなぁ、などと考えているとカゼールが服と革のサンダルを持って現れた。
「とりあえずこの服と履物を着てから話をしよう。お茶でも入れてくるのでその間に着替えてなさい。」
そのまま服を置いてまた出て行ってしまった。
服は少し生地が硬くてゴワゴワ感があったが、そんな事を考えたらバチがあたる。ありがたく着させてもらった。サンダルを履き、紐でズボンを締めて着終わる頃にティーセットを持ってカゼールが帰ってきた。
「まあ、落ち着いて。まずは状況を確認するとしよう。ショウだったの。なぜあんなところに現れたんじゃ?」
「それが全くわからないんですよ。神社にいたのに急にあそこに出て。しかも裸で。」
「ふむ、神社とは神殿の一種かな。そこから来たという事は司祭の見習いか何かをしているのかな?」
カゼールは、あせらずショウが落ち着いて話をできる様に話を聞いている。
「いえ、私は電機メーカーの研究員で。いや、だったか。39歳にもなって無職になったので、気分転換に神社を散歩していたんですよ。」
「ふむ、大きな工房の職人だったと。しかし、おぬしどう見ても14、5歳にしか見えんのじゃがな。」
「えっ ・」
確かに、言われてみると体が一回り小さくなっているし、お腹の周りの脂肪が、、、無くなっていた。
「鏡はありますか?」
とにかく確認したかったので、そう尋ねると。
「あー、そういえば工房に1つ研究用に置いてあったな。ちょっと取ってくる。」
しばらくして、カゼールが手鏡を持ってきた。
「ほれ。」
渡された鏡を覗いてみると。
「なんじゃ、こりゃ。」
確かに高校生ぐらいに若返っている自分の顔がそこにあった。
「どうしたんでしょう、これ?」
必死の形相でカゼールに聞くと。
「わしに聞かれてものぅ。わからんよ。」
困惑した返事が返ってくるのみ。
将は驚きのあまり言葉を失ってしまった。自分の行動を反芻するが、どう考えても若返ったり森に行く様な行動はしていない。
しばらく思考で固まっていると、カゼールが声をかけた。
「正直、お前さんの身に起こった事はわしにも理解ができん。ただ、良くわからないままここを出て行っても行き倒れになるのがオチだと思うぞ。しばらくここで様子を見てそれからどうするか決めたらどうだ?」
将はそう言われてうなずく事しかできなかった。心では感謝の気持ちが湧いているのだがそれ以上に混乱して、どうして良いかわからないのだった。
「よし。そうと決まれば少しは働いてもらうぞ。ちょっとこちらへ来い。」
カゼールは、将を外に連れて行き鉈を手渡した。
「ほれここにある薪を割ってくれ。ゆっくりでかまわないから怪我をせんようにな。」
そういうと家の中に引っ込んでしまった。彼は体を動かした方が混乱から早く立ち直れると考え気をつかったのだった。
将は手渡された鉈をみる。良く斬れそうな綺麗な刃先だった。
「確かに考えていてもしかたがない。頼まれたことだし薪を割るか。」
独り言を言って始めることにした。しかし考えてみたら薪割なんてテレビでしか見たことがなかった事に気づく。まあ、思い出しながら割り台と思われる表面が平らになっている樹の根の上に一つ薪を置き思い切り鉈を振り下ろした。
「スカッ」 と音が出そうなぐらい狙いがはずれ薪の端に当たって薪が吹き飛んだ。
「あちゃー、力入れ過ぎた。」
次は少しだけ力を抜いて真直ぐをイメージして振りぬく。
- カシューン -
という心地良い音と伴に2つに割れた。そのままその作業を無心に続けると少しずつ気持ちが落ち着いてきていた。
「おうい、そろそろ終りにしていいぞぉ。」
夢中で作業をしていて、そう声がかかる頃にはすっかり日が落ち薄暗くなっていた。
「向こうの井戸で体を拭くといい。」
カゼールはそう言いながらタオルらしき布を将に渡した。
「わかりました。」
将は割れた薪を片付け、鉈を置くと体を拭きに井戸に向かった。井戸に繋がっていた桶を中に下して水を汲みその水に触る。その冷たさが火照った手に気持ちが良く、タオルに水を付け、体を拭った。
「ふぅ、気持ちいい。」
体を拭いた後家の中に入ると食欲をそそる良い匂いがした。
「ほれ、贅沢なものはないが夕飯を用意したぞ。好きなだけ食べるといい。」
「ありがとうございます。頂きます。」
将は、テーブルに着くと同時にガツガツ食べ始めた。
野菜が入ったスープ、干し肉、パンという簡単なものだったが、全部素材の味が濃く美味しい。
「うまい。」
おもわず、将がうなると。
「それは良かった。」
カゼールも嬉しそうに食べていた。
「ごちそうさまでした。」
将は遠慮なく腹いっぱい食べるとそう言った。
「口にあったようで何よりじゃ。そこの部屋に客用のベッドがあるからそこで寝るがいい。」
カゼールは今日話をするのは難しいと判断し、ショウに就寝を促した。
薪割の程よい疲れとお腹いっぱいになった事から将はうなずくとそのまま部屋に行きベッドに入った。
「これが夢なら次に起きたら夢が覚めるのかな。」
などとつぶやきながら寝てしまった。
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目を覚ますとそこにはいつものアパートの天井があった。
ああ、やっぱり夢だったかぁ。
「それにしても不思議な夢を見たもんだ。今日はネットで転職情報でも集めるか。」
そうつぶやき、顔を洗いに洗面台で蛇口を捻ろうとすると蛇口がなぜか縄紐に見えて。
「えっ、なんで。」
そう叫んで後ろにのけぞると、ゴチンという音が聞こえそうな勢いで床に頭から落ちていた。
「いたたたー。」
周りを見回すとログハウスの壁。。。
「あぁ夢じゃなかったんだ。」
頭の痛みですっかり目が覚めて扉をあけるとカゼールの姿が見えた。
「おはよう。すごい音がしたようじゃったが大丈夫か?」
「おはようございます。なんでもないです。」
「そうか、だったら外の井戸で顔を洗ってくると良い。ああ、ついでにそこの壺に水を汲んできてくれ。顔を拭くのはそこに置いてあるタオルを使うと良い。」
壺を持って外にでると、キラキラと輝く太陽とそよ風が心地よい。顔を拭き水を壺に入れ台所に運び終えるとすでにテーブルには朝食が並んでいた。
「朝飯を食べよう。」
カゼールが笑顔でそう言うと将もにっこり。
「ありがとうございます。いただきます。」
と答え、席について食事を始めた。
食べ終えるとカゼールが話しかける。
「さて、昨日は混乱していたようだが落ち着いたかね。」
「はい、色々ありがとうございます。だいぶ気持ちが落ち着きました。」
そう言うと確かに自分が落ち着いているのが自覚できた。
「ふむ、それは何よりじゃ。では、少し本格的に状況整理とこれからどうするかを話し合うか。」
「まず、教えてほしいのだが、ショウはいったいどこからきたんじゃ?」
「私がいたところは、日本という国の神奈川という地域です。」
「そこで工房というか電機メーカーかの、で働いていたと。」
「そうです、研究者をしていました。まあ、過去形になりますが。」
「無職、と言っていたな。」
「はい、今は無職です。。。」
「ふむふむ、それで歳はいくつなんじゃ?」
「年齢は39歳です。今の状況だと「でした」の方が良さそうですが。」
「だのう。どうみても人間なら39歳には見えんな。」
「人間なら?」
「まあ、長命な他種族なら成長が遅い場合もあるしな。」
「他種族?」
「?」
「他種族ってなんですか?」
「人間以外の種族じゃが?」
「???人間以外に種族ってなんですか?」
「獣人族や森林族や山岳族などかの。他にもあるが。」
「…すいません。ちょっと横向きます。」
将は大声を出して叫んだ。
「えー、なんだそれー。」
「うるさいのぅ、お主のいたところには人間しかいなかったんか?」
「いや、だって進化論的にそれしかないというかなんていうか。」
「進化論?それは良くわからんが、お主と話をしていてわかった事がある。」
「なんでしょうか?」
「ショウがこことは違う世界、表現が難しいが異なる宇宙から来たのであろうという事だ。」
「そんなバカな?」
「そうは言っても、他種族のいない場所などこの世界にはどこにも無い。それにお前さんが使っている言葉は少なくともわしが知っているどの国の言葉とも異なっている。」
「あ、そういえばなんで言葉がわかるんでしょうか?」
「それは精神感応の魔法で意志を直接伝えられる様にしているからじゃ。」
「???魔法???」
「魔法じゃ。魔術とも言うがな。精神系の魔法はなかなか難しいのだがお主は感応性が高い様じゃから、かなり楽に意思疎通ができている。」
ニコニコしながらカゼールが話かける。
将は深呼吸をして心を鎮める。
「魔法があるんですか?」
「あるのう。」
カゼールは将の様子を見て少し間を取った方が良さそうだと判断した。
「一度に色々話すと疲れるの。今、茶を入れるから少し待ってくれ。」
そういうと一度席をはずし、茶を用意した。
「まあ、飲んで気を静めなさい。」
将に差し出すと、将は少しずつ飲んだ。
「さて、続きをするか。ショウはここに来る直前は何をしていたんじゃ?」
「神社で散歩をして、ご神木の前で愚痴を言ってました。」
「ご神木?」
「日本では、八百万の神という事で万物には霊力が宿り特に年数を経た物は神になるという考えから年数を経た樹木を神として祭る習慣があるんです。」
「ほう、その考えは似ているの。万物に宿る力はマナといって神聖術の元になるものじゃ。特にお主が出て来た様な巨木になると意志さえ持つと言われておる。また世界樹とも言うべき樹木は樹木どうしで繋がりを持っているとも言われている。今回はそのご神木とこちらの精霊樹がリンクする事でお主をこちらに連れてきたのかもしれんなぁ。まぁ、あくまで仮定じゃがの。」
「そうですか。」
別の世界に来た。という現実をつきつけられショックを受けている将の様子を見てカゼールは話を続ける。
「どうしてこうなったかを、今話をしてもどうなるものでもない。来てしまったからにはこれからどうするかを話合わないか?」
「まあ、それはそうなんですが、正直現状が突飛すぎて混乱してどうするかなんて考えられません。」
将が頭を抱えながらそう言う。
「そういえば、お主は魔法があるかと聞いていたが、ショウがいたところには魔法はないのか?」
「無いですね。」
頭を抱えながら答える。
「では、わしから魔法を習わんか?」
将は顔をあげてカゼールを見てつぶやく。
「えっ、僕も魔法を使えるようになるんですか?」
カゼールは皺だらけの顔でただ優しく微笑んでいた。




