表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東方逢月譚―the last magic under the moon―  作者: ゆんゆん
第一章 「集う!永き夜の自機(せんし)たち」
5/15

第四話 永夜抄自機組再び

 群れる青と書いて〝群青〟と読むが、これは差し詰め〝群黄(、、)〟だな、と博麗霊夢は思った。

 下を見下ろせば、視界一杯に広がる向日葵の一群。その集合体が、まるで一輪の大輪の花のようだ。

 そして先程から、彼女の鼻孔を優しく満たす、濃密な甘い香り。

「まったく、大したものよね」

 霊夢はこの『太陽の畑』の主、風見幽香の顔を思い浮かべながら感嘆の溜め息を吐いた。

 ここ『幻想郷』の織り成す、美しき情緒の漂う原風景。

 その壮美も素晴らしいものだが、この光景は一体の妖怪が創り上げたもの。そのことの方が、霊夢にとってはより感慨に値するものだった。

 単騎で他を圧倒するだけの力を持ち、弱小妖怪や妖精を虐めるのを日課としながらも、同時にこういった繊細な一面をも持ち合わせる。風見幽香の多面的な性格は、どこか人間味があって好感が持てた

 幽香(あれ)が起こす『花の異変』なら、解決する必要も無いのかもしれない。

 とはいえ、映姫との約束もある。

 霊夢は『太陽の畑』の傍らに静かに降り立つと、口元に手を添えて声を張った。

「ゆーうかーっ! いるんでしょーっ!」

 霊夢のよく通る声が、向日葵畑に響き渡る。

 しかし、いつまで経っても幽香からの返事は無かった。

 霊夢は眉を顰めた。

 季節の花を追いながら一年中『幻想郷』を転々とする彼女が、初夏のこの時期に向日葵畑にいないはずがない。

 もう一度、霊夢はさっきと同じように呼び掛けてみるが、結果は変わらなかった。

「留守なのかしら……?」

 霊夢の知る限り、幽香は居留守を使うような性質ではない。それに、喧噪を嫌う傾向のある彼女が、自分のテリトリーで大声を出す人間を放置するとも思えない。

 尤も、何か後ろめたいこと(、、、、、、、)が無ければの話だが。

 ――と、

「あら、珍しいわね」

 霊夢が思案を巡らせていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

 振り返って見ると、そこには『紅魔館』メイド長である十六夜咲夜が、『太陽の畑』の全体を見渡すように眺めている姿があった。

 彼女の突然の登場を意外に感じながらも、霊夢は咲夜を横目で睨んで言った。

「アンタも大概よ、咲夜」

 咲夜は小さく微笑み、

「それもそうね」

「で、アンタが何でここに? レミリアの言い付けで向日葵でも譲ってもらいに来たの?」

「まさか」

 咲夜は砕けた表情で手をヒラヒラさせた。

「お申し付け頂いたのはパチュリー様よ。少し調べたいことがあってね」

「へぇ」

 無関心そうに霊夢が返すと、急に咲夜は真顔になって、

「――で、貴女の方はどうしてここに?」

「……私も少し調べたいことがあってね」

「そう」

 霊夢のそれと同じように、短い返事をする咲夜。

 しかし一瞬だが、彼女が何か探るような視線をこちらに向けてきたのを、霊夢は見逃さなかった。

(何かあるわね……)

 霊夢は咲夜を警戒しながら、暫し熟考した。

 咲夜はパチュリーの指示でここまで来たのだと言う。

 そしてパチュリーと言えば、『幻想郷』屈指の知識人の一人。

 その彼女が、わざわざ向日葵が目的で咲夜を寄越すとは思えない。その程度の雑務なら小悪魔で十分に事足りるし、行先も人里の花屋を選ぶはずだ。

 つまり彼女の目的は、自分と同じく風見幽香。

 今朝の出来事とも照らし合わせて考えてみると、恐らくパチュリーも何らかの情報を掴んで動いていると考えた方がよさそうだ。

 これはいよいよ……、

(〝異変〟らしくなってきたわね)

 霊夢は咲夜の方を盗み見る。すると、思いがけず咲夜と目が合ってしまった。

 気まずい沈黙。

「あー……」

 誤魔化すように霊夢が口を開こうとすると、

「何だ何だ。咲夜もいるじゃないか!」

 上空から、歯切れの良い快活な声。

 霊夢と咲夜は同時に空を見上げた。

 するとそこには、箒に跨って空に浮遊する霧雨魔理沙と、魂魄妖夢が並んでこちらを見下ろしていた。

 魔理沙は霊夢と咲夜の様子を交互に見定めると、にんまりと笑みを浮かべた。

「おいおい! ここは二人の秘密の花園だったのか?」

「そんな! こんな昼間から逢引きなんて!」

 魔理沙の言葉を受け、隣の妖夢が頬を赤らめる。

「いや~、まさか二人がなぁ」

「わ、私は何も見てませんからっ! 大丈夫ですからっ!」

「やっかましいっ! そんな馬鹿言ってると、【夢想封印】叩き込むわよっ!」

 上の二人に、怒号を返した霊夢。

「ほら咲夜。アンタも何か言ってやりなさいよ!」

「……合挽きミンチにされたくなかったら、降りてらっしゃい?」

 静かな口調。にこやかな笑顔。しかし、目だけが笑っていない。

「我が『紅魔館』には、お前らの合挽き肉(それ)にもしっかりと需要があるのよ?」

 たちまち凍り付く空気。

 局地的な氷河期到来。

「咲夜、それはちょっと洒落になってないわ」

「あら、〝逢引き〟と〝合挽き〟を掛けた立派な洒落じゃない。この空気は、その洒落が寒かったからなんでしょう?」

 霊夢は諦めたように首を振った。

「上の二人。いいからさっさと降りて来て」



 その後、四人はそれぞれの、ここに至るまでの経緯を説明し合った。

「つまり……」

 全員の話を頭の中でまとめ終わると、霊夢は顔を上げた。

 彼女の前にはスッキリとした表情の咲夜と、咲夜からもれなく拳骨を貰った魔理沙と妖夢が立っている。

「私は閻魔様に頼まれて、『花の異変』の調査。咲夜は『大図書館』から盗まれた魔道書の捜索。そして魔理沙と妖夢は、『冥界』から脱走した霊魂の後を追ってここに来た訳ね?」

 霊夢の問い掛けにそれぞれが頷く。

 次に口を開いたのは妖夢だった。

「『永夜異変』以来の面子ですね」

 言われてみればその通りだ。

 霊夢はその懐かしい面々の顔触れを順番に見て、

「で、その四人がまたこうして一所に集まったということは……」

「〝異変〟だな!」

 何故か嬉しそうに声を弾ませる魔理沙。咲夜もそれに頷いて、

「そのようね。そして、この〝異変〟に深く関わっていると思われる風見幽香は不在。彼女を一刻も早く見付けることが、この〝異変〟解決の近道といったところかしら?」

「そうと決まれば、妖夢?」

 霊夢は妖夢を呼ぶと、向日葵畑の一角を指差した。

幽香(アイツ)を誘き出すから、何本か斬りなさい」

 すると、途端に妖夢は青ざめて後ずさった。

「い、嫌ですよ!」

「いいじゃない。どうせアンタ半分死んでるんでしょ?」

「残り半分はまだ生きてます!」

 慌てて反論する妖夢。

 そこに、更に魔理沙が口を挟んだ。

「止めてやれよ霊夢。ほら、あれだ。一寸の虫にも五分の魂って言うだろ?」

「私は虫じゃない上に、言葉の用法も間違ってます!」

「細かいことは気にするなよ」

「それなら、別に魔理沙が【マスタースパーク】でこの向日葵を焼き払ってくれてもいいのよ?」

「ちょっ!? バッ!? そんなことしたら、後で何て言い訳すればいいんだよ!」

「…………焼畑?」

「ふざけんな!」

 そのまま押し問答を繰り広げる三人を見兼ねたように、咲夜が一人溜め息を吐いた。

「彼女を誘き出すのは止めにして、四人で手分けして彼女を探すことにしましょう?」

 鶴の一声とはこのことか。

 霊夢はほとんど取っ組み合いになっていた二人から手を離すと、自分の頭から熱を逃がすように長々と息を吐いた。

「……そうね」

 ここで言い合いをしていても埒が明かない。

 魔理沙と妖夢も、ようやく落ち着きを取り戻したように、それぞれ自分の行く先を考え始めた。

 少しの間、互いに考える時間があって、

「じゃあ、私は『天界』に行ってみるわ」

 四人の中で一番最初に、霊夢が言った。

「あそこには年中暇してる天子がいるから、地上で目立った動きがあれば、様子を見てるかもしれないわ」

「それなら、私は一旦『紅魔館』に戻って、ここで得た情報をパチュリー様にお伝えしてくるわ。そして、その後人里で聞き込みを。何でも風見幽香は、人里(あそこ)にもよく顔を出すらしいから」

 霊夢に答えるように言った咲夜。

 残るは魔理沙と妖夢だが、普段『冥界』で生活をしている妖夢は、どこに向かうかまだ決め兼ねているようだった。

 そんな妖夢の様子に気が付いたのか、魔理沙は妖夢の肩に手を回して、

「それじゃ、私と妖夢はここに残るぜ!」

「……は?」

「ちょっと魔理沙さん?」

 思わず霊夢は魔理沙の顔を睨んだ。

 それが本人にとっても予想外の発言だったのだろう。妖夢も戸惑いの表情を見せる。

 魔理沙は弁解するような口振りで、

「だって、もしかしたら幽香が戻って来るかもしれないだろ?」

「なら、アンタ一人でもいいじゃない」

「馬鹿。私一人にあの化け物の相手をさせるつもりなのか? こっちもある程度の戦力がないと、返り討ちにされちまうぜ」

 言うことは確かなのだが、普段の所業が所業なので、どこか怪しい。

(単にサボろうってだけなんじゃないの?)

 しかし、それまで口を閉ざしていた咲夜が言った。

「あながち、悪い選択ではなさそうね」

「だろ?」

 同意を求めるような魔理沙に、咲夜は悪戯っぽい笑みで、

「ええ。確かこの時期、この『太陽の畑』の特設ステージで『プリズムリバー楽団』のコンサートが開かれるそうじゃない。もしかしたら、何か知っているかもしれないわ」

「じゃあ、魔理沙と妖夢はそこで決まりね」

 間髪入れずに、霊夢はそう話を締め括った。

 魔理沙は何か言おうとしたものの、自分が言い出しただけにそのまま口籠る。

 妖夢も、特に異論は無いようだ。

 霊夢は頷くと、一度空を仰いだ。

 太陽の高さから、今が丁度お昼前であることが分かる。

 パチュリーの推測が正しければ、本格的に〝異変〟が起こるのは今夜。あまり悠長にしている時間は無さそうだ。

「じゃあ、みんなにこれを渡しておくわ」

 言いながら、霊夢は懐から四枚の符を取り出した。そしてそれを、魔理沙と妖夢のペアに二枚、咲夜に二枚ずつ手渡す。

「これは?」

 妖夢が首を傾げる。

「簡単な式符よ。何か有力な情報を掴んだら、その符を投げなさい。それが他のメンバーの所に届くから。そしてその符が届いたら、全員ここにまた集合しましょ」

「分かったわ」

「分かりました」

「了解だぜ」

 三者三様の返事が返ってくる。

「それじゃ、行きましょうか」

 霊夢の掛け声で、霊夢と咲夜は地面を蹴った。

 たちまち、ふわりと羽のように空中に飛び上がる身体。

 下では、魔理沙と妖夢がこちらに手を振っている。

「サボるんじゃないわよ、魔理沙」

「分かってるよ」

「魔理沙さんのお目付け役は任せて下さい」

 適当なやり取りの後、霊夢は改めて遥か上空を見やった。

 目指すは『天界』。

 〝天人くずれ〟比那名居天子のいる『緋想天』だ。

お待たせ致しました。

第四話投稿です。

『太陽の畑』に集まった四人。

そして改めて再出発。

これでようやく、物語の一区切りが出来たかな、という感じですね。

さて、これからも続く『東方逢月譚』。

どうぞ今後とも、気長にお付き合い頂きたいと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ