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東方逢月譚―the last magic under the moon―  作者: ゆんゆん
第一章 「集う!永き夜の自機(せんし)たち」
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第二話 パチュリー・ノーレッジの懸念 盗まれた魔道書

 巨大な建造物を目の当たりにした時、多くの人間はその建物の堂々たる佇まいばかりに気を取られてしまいがちだ。

 しかしそういった建築物においてより重要なのは、寧ろ建物の容積に囚われることのない地下空間の方である。

 その意味で、この『大図書館』はまさにその好例だな、と十六夜咲夜は思った。

 『紅魔館』の地下に存在するこの巨大な図書館は、さながら地下に築かれた大聖堂のような様相を呈していた。

 地面の下にあるとは思えないほどの高い天井には美しいフレスコの天井画が描かれ、窓は無いが、煙や煤を出さない魔法由来の炎が灯る蝋燭が、ゆらゆらと宙に浮かんでいる。

 咲夜はこの場所を訪れる度、この空間の持つ圧倒的な広壮さに畏敬の念を感じずにはいられなかった。

 更にその空間を仕切るように並んだ幾つもの本棚のサイズも圧巻の一言で、正面から見ると、一つの大きさが八雲紫の『スペルカード』である【廃線「ぶらり廃駅下車の旅」】によって出現する、外の世界を走る鉄塊の一両分を数段ほど重ねたくらいになる。

 そしてそこに隙間なく収められた書籍の数は、メイド長の咲夜でも正確には把握できていなかった。

 咲夜はこの、館の中で唯一彼女の手には負えない奇天烈空間の中を歩きながら、ある一人の人物を探していた。

 尤も、その二つ名に〝動かない〟と付くだけあって、その人物の居場所の特定はさほど難しいことではないのだが。

「やはりこちらにいらっしゃいましたか」

 咲夜は『大図書館』の最奥部に位置する、彼女(、、)専用の執務机にその人物の姿を発見した。

「あら、早かったわね咲夜」

 咲夜の視線の先、それまで黒い革張りの椅子に腰掛けて、分厚い本に視線を落としていたパチュリー・ノーレッジは顔を上げて答えた。

 彼女こそ、〝動かない大図書館〟の異名で知られ、この『紅魔館』の主であるレミリア・スカーレットの友人にして魔法使いのパチュリー・ノーレッジだった。

 今朝、咲夜はパチュリーの侍従である小悪魔を介して、彼女にこの『大図書館』に来るよう呼び出されていた。

「おはようございますパチュリー様」

 咲夜はパチュリーの前に進み出ると、恭しく礼をした。

 立場上、自らの主人のその友人であるパチュリーに対しても、咲夜はレミリアと同じように彼女に接する。

 きっちりとお辞儀をする一方で、パチュリーの机の隅に置かれているティーカップの中の紅茶の残量と、その温度を目測で確認するのも、延いては主人のレミリアの権威に直結することを彼女は理解していた。

 ちなみに、紅茶ではレミリアはミルクティーを好むが、パチュリーはレモンティーを好む。この執務机も、レミリアのものはウォールナットだが、パチュリーは独特の艶をもつマホガニー材のものを愛用していた。

「本日はどのようなご用件でしょうか?」

 頭を上げると、早速咲夜は尋ねた。

「少し面倒なことがあってね」

 咲夜の質問に、やれやれといった様子で答えたパチュリー。

 これは何か、不測の事態が起きたのかな、と咲夜は直感した。

 これまでパチュリーが咲夜を直接呼び出すことは、咲夜本人の記憶と照らし合わせてみてもあまり例の無いことだった。と言うのも、大概の面倒事は小悪魔がいれば解決するからだ。

 つまり自分がこうして呼び出されるということは、小悪魔では解決不可能な、何か複雑な事態が発生したのだろうかと咲夜は推察した。

 それも恐らく、小悪魔では疎い館の外に関すること。

 咲夜の思案をよそに、パチュリーは読みかけの本を閉じると、その思慮深い瞳を咲夜に向けた。

「その前に咲夜。今日の天気は晴れかしら?」

「天気ですか? ええ。気持ちの良い晴天ですわ」

 特に隠すようなことでもなかったので、ありのままに咲夜が答えると、パチュリーはいつも通りの無頓着なトーンで「そう」とだけ短く返事をした。

 その反応を見て、咲夜は静かに考え直した。

 日頃から『大図書館』の外に出ることの少ない彼女が、今日の天気を知りたがる理由はそう多くはない。

 咲夜は心中で、本の虫干しでもされるのかしら、と改めて予想した。

 どうやらさっきのは自分の考え過ぎで、パチュリーは単に、本の虫干しの為にメイド妖精を数人貸してくれと頼もうとしている、と。

「実は昨日の夜、この『大図書館』から一冊の魔道書が盗まれたの」

「はい……?」

 しかし咲夜の予想は、ものの見事に大ハズレ。

 何気ない天気の話から一転、思いがけないパチュリーの言葉に咲夜は露骨に顔を歪めた。

 彼女がそんなリアクションになってしまうのも無理はない。

 それはその言葉の内容が、彼女の予想だにしなかったものだったというのもあるが、咲夜はその事実を、今の今まで全く関知していなかったのだ。

 反射的に、咲夜は『紅魔館』の門番である紅美鈴の顔を思い浮かべた。

(あの居眠りの妖怪(、、、、、、)は……!)

 咲夜は胸の奥底で、かのザル門番を針鼠にしてやろうと固く誓った。

 しかし、彼女が賊の侵入を許すことは――それはそれで問題だが――日常茶飯事のこと。それに一切対処できなかった点については、自分も責任が無いとは言い難い。

 すぐさま咲夜が謝罪の言葉を口にしようとすると、パチュリーが何故かそれを手で制した。

「責任を感じる必要は無いわ。かく言う私自身だって、今朝レミィに指摘されるまで気付かなかったんだから」

 意外な言葉にきょとんとする咲夜。

 その間にも、パチュリーはゆっくりとした動作で椅子から立ち上がった。

「少し場所を変えて話しましょう。ここでは少し不安(、、)だから」



 それからパチュリーが改めて指定した場所は、『紅魔館』の西側最上階に位置する、中庭に面した東向きのテラスだった。

 出不精の彼女にしてはあまりにも意外な選択だったが、ここは咲夜にとってもお気に入りの場所の一つだった。

 初夏の高い青空から降り注ぐ温かい太陽の光と、館の周囲を取り囲むように広がる、『霧の湖』から吹くそよ風が何とも心地よい。

 眼下の中庭に目をやれば、(後に針鼠にされることが決定している)紅美鈴の管理する庭園が、季節の花によって見事に彩られていた。

 こんな事でもなかったら、下に降りて今が見頃のサツキの花でも観覧されれば良かったのに、と咲夜は胸中で呟いた。

 しかし一方のパチュリーはここに来て早々、咲夜が用意したテーブルの一つを陣取って、疎ましげに空を眺めるばかりだった。

 そして難しい顔のまま、淹れ直されたばかりのレモンティーを啜る。

 つい先程、パチュリーは魔道書が盗まれたと言っていた。そして彼女自身すら、そのことに気付けなかったと。

 そんなことは前代未聞だった。

 一冊の魔道書が、誰にも悟られることなく忽然と消えた。

 これは最早、『紅魔館』の警備や安全保障の問題などではなく、一つの〝異変〟と同等の考え方をしても差し支えないレベルの話ですらある。

 そのことを、パチュリーも十分に理解しているはず。

 彼女がこれからどのような話をするのか、咲夜が一人そわそわとしていると、

「咲夜」

 ようやく考えがまとまったのか、パチュリーがテラスの隅にいた咲夜を呼んだ。

 すぐに咲夜が向かうと、パチュリーは自分の向かいの席を彼女に勧めた。

「少し長い話になるから、掛けて頂戴」

 促されるまま、咲夜はパチュリーの対面の席に遠慮がちに腰掛けた。

 それは本来なら、この席に座るのは主人のレミリアなのではないかとの思いからだったが、パチュリーはお構いなしだ。

 おずおずと咲夜が席に着くと、パチュリーは一度小さく咳払いをしてから、普段通りの声色で話し始めた。

「わざわざこんな所に場所を移したのは他でもないわ。『大図書館(あそこ)』は何者かに監視されてる恐れがあったから」

「まさか! いくらなんでも、そんなご冗談を」

 信じられないといった様子で咲夜が返すと、パチュリーは残念そうに首を横に振って、

「あくまで可能性の域を出ないのだけど、ね。さっきも少し触れたように、今回の犯行は完璧に近いものだった。小悪魔はおろか私にも一切気付かれることなく、犯人は目当ての本だけを確実に盗み出して行った。その正確性から見ても、犯人はこの館のどこかに一種の〝パイプ〟を確立している可能性があるわ。壁に耳あり障子に目ありと言うし、警戒を怠る訳にはいかないでしょう?」

「確かにその通りかもしれませんが――」

 言いかけて、咲夜はそこで口を噤んだ。

 本当なら、そのまま「これは少々警戒のし過ぎでは?」と続けたかったのだが、それは出過ぎた発言だ。

 パチュリーの分析は正しい。どこか歯痒さを感じながらも押し黙った咲夜に、パチュリーがそっと声を掛けた。

「『紅魔館』の面子を考えたくなる気持ちは分かるわ。レミィも良い従者を持ったものね」

 その言葉が、どれほど咲夜の心を楽にしたことか。

 顔を上げた咲夜に、パチュリーは少し間を取ってから話し始めた。

「盗まれた魔道書について話すわ。その本のタイトルは、【月下美人】。十数年前に記された、かなり新しい魔道書よ」

「それは、あの(、、)〝月下美人〟ですか?」

 咲夜が指す〝月下美人〟とは、月夜の晩に一夜限りの花を咲かせることで有名な、サボテン科の園芸植物『ゲッカビジン』のことだ。

 パチュリーは頷いて、

「そう。そこに記されている魔法【月下美人】は、まさにその『ゲッカビジン』がその名の由来よ」

「どのような魔法なのですか?」

 咲夜が尋ねると、パチュリーは少し遠い目をして、記憶を読み返すような口ぶりで言った。

「簡単に言えば、【月下美人】は〝再会の魔法〟。満月の昇る晩に数時間だけ、一度でも出会ったことのある人物となら、誰とでも再会することが出来るわ。例えその相手が死んでいたとしてもね」

 パチュリーは続けた。

「その意味では、【月下美人】は〝復活の魔法〟と言ってもいい。現にこれを生み出した魔法使いは、幼くして病死した自分の娘との再会を果たすためにこれを編み出した」

 落とすように言ったパチュリーとは対照的に、咲夜は少し声を明るくして答えた。

「何だか、とても感動的な魔法ですわね」

「聞こえはね。でも使い方を誤れば、これはとても危険な魔法なの」

 言うと、パチュリーは一旦何かを思案するように空を見上げた。

 そして再び咲夜に向き直って、

「貴女、この『幻想郷』が、外の世界で忘れ去られたもの、幻想となったものが身を寄せる最後の理想郷だという話は知っているわよね?」

 そんなことは言うまでもない。咲夜は頷いた。

 知ってるも何も、それについてはこの『幻想郷』を実質的に管理している八雲紫もはっきりと明言している。

 そしてその、外の世界から『幻想郷』に何かが流れ着くことを指して、『幻想郷』の住人はそれを〝幻想入り〟と呼ぶ。

 それは周知の事実のように思えたが、

「だけどおかしいと思わない?」

 パチュリーはそう話を切り返した。

 それはおかしい、と。

「聞く所によると、外の世界ではもうほとんどの妖怪が姿を消している。でも、その割には『幻想郷(ここ)』にいる妖怪達の数は、あまりにも少な過ぎないかしら?」

 そう言われてみると、確かにそのような気もする。

 咲夜は小首を捻った。

 一般的に妖怪は、人間の恐怖心から生まれるとされている。

 つまり人間が恐怖を覚える対象は全て妖怪に成り得る訳だが、確かにそう考えてみいると、この『幻想郷』に棲む妖怪の数はあまりにも少ない。

 しかしそれが一体何を意味するのか、咲夜はパチュリーの言葉を待った。

「つまり、いるはずなのよ」

 パチュリーは厳しい声で言った。

「過去、『スペルカード・ルール』が布かれる前に、歴代の〝博麗の巫女〟によって危険と判断され、討伐された妖怪達がね」

 そこで初めて、咲夜はパチュリーの言わんとしていたことを理解した。

「なるほど。【月下美人】は、それらの危険な妖怪をも復活させることが出来てしまうという訳ですね」

「そう。あの魔道書は下手をすれば、未だかつてない未曽有の〝大異変〟にすら発展し得る、本来持ち出されてはならない禁書なの。だけど、それをまんまと賊に盗まれたとあっては、私がレミィに申し訳が立たないわ」

 この時、咲夜はパチュリーの表情に、静かな後悔と怒りの感情が見え隠れするのを見た。

 普段はほとんどの感情を表には出さない彼女が、レミリアの名を挙げて悔しさを滲ませるその姿が――不謹慎かもしれないが――咲夜はとても嬉しかった。

 咲夜は自分の胸に手を当てて言った。

「では、我々の手でその魔道書を取り返しましょう!」

 咲夜の言葉に、パチュリーは力強く頷いた。その目は、しっかりとした意志の光を湛えている。

「当然よ。そしてそれに先立って、私も幾つかの犯人像を割り出してみたわ」

 言うと、パチュリーは徐に右手を翳して、空中に人差し指を滑らせ始めた。

 すると、彼女の細い指の先から淡い紫色の光子が糸のように伸びていき、そこに文字を描いていく。

 そしてそこには、〝Motive〟の単語が浮かび上がった。

「まず一つ目。それは言うまでもなく〝動機〟よ。【月下美人】の効果からして、今回の犯人は再会を望む人物が過去にいたことになる。それが誰なのかを考えるのは野暮だけど、それによって候補は絞ることが出来るわ。この点においての最有力候補は、主に年長組の妖怪や月人、山の神様ね。長く生きれば生きるほど、経験する別れの数も多くなるものだから。そういう意味では、あの藤原妹紅も候補の一人よ。だけど、別に長く生きた人物でなくとも、動機だけなら持ち得る。そこで次に考えなければならないのが……」

 話しながら、パチュリーは尚も指を走らせ続けた。

 次の単語は〝Power〟。

「二つ目は〝力〟。盗まれた【月下美人】はかなりの魔力を必要とする魔法なの。相当な力の持ち主でないと発動させることは出来ないわ。私やアリスのような魔法使い族でも、一人では到底不可能なくらいにね。つまり種族が人間の魔法使いである魔理沙や、他の人間達は捜査線上から外してもいい。差し当たって、残すは妖怪だけになるのだけれど、妖怪は生き長らえることでより強い力を持つようになるもの。つまり最初に上げた候補に、結局は行き着いてしまうということになるわ」

「ですがパチュリー様。その足りない分の力を補う方法があれば、誰でも発動が可能なのではありませんか?」

 実のところ、初めから犯人を霧雨魔理沙一人に絞っていた咲夜はそう反論した。

 もし違っていたら魔理沙には申し訳ないが、これも彼女の日頃の行いによるものなので文句を言われる筋合いはない。

 しかし、パチュリーは首を振って、

「確かに、もしそんな事が可能なら(、、、、、、、、、)、誰でも【月下美人】を発動できるわ。だけど、可能かしら? 今夜までに魔法使い族二人分に匹敵する魔力を集めるなんて」

 パチュリーの発言に驚いて、咲夜は目を見張った。

「パチュリー様は、この魔法が今夜行われるとお思いなのですか?」

 驚愕する咲夜に、パチュリーは溜め息混じりで、

「しっかりしなさい咲夜。今夜はレミィの大好きな満月の夜じゃない。おまけに、二ヶ月振りの晴天の満月よ? 魔道書が盗まれたタイミングといい、間違いないわ」

 彼女にそう諭されて、咲夜は面食らったように「あ」と小さく声を漏らした。

 そういえば、確かに今夜は満月だった。

 吸血鬼レミリア・スカーレットに仕えるメイドでありながら、そのことをすっかり忘れてしまうとは。

 咲夜は自分の至らなさを噛み締めながら、同時に『大図書館』でパチュリーが今日の天気を尋ねたことを思い出した。

 どうやらあの質問は、単純にこのテラスが使えるかどうかを訊いたものではなかったようだ。

 納得する咲夜を尻目に、パチュリーは手を休めることなく、再び単語を書き上げた。

「そして三つ目。最も重要なのが――」

 〝Demand〟。

「〝需要〟よ。犯人はわざわざこの魔道書を盗んだ。つまり、そこに記された魔法に頼らなければ、目的の人物との再会を成し得なかったということになる。即ちこれは、犯人の能力ではその誰かとの再会が果たせなかったということ。これを踏まえて考えると、まず八雲紫は候補から消えるわ。死別でも何でも、別れるということは、そこに境界が生じるということだから」

 咲夜も、後に続いてその例に該当する思われる人物を挙げた。

「では、月人と山の神様も同じかと。前者には時間の流れる速さを変えられる蓬莱山輝夜がいますし、医者の八意永琳もいる。もし彼女達に、その死後も再会を望むほどの人物がいたとしたら、そもそもその人物を死なせない工夫が出来たはずですわ。後者の二人も、神ともなれば同じことが可能でしょう。それと、何とも感覚的な表現になってしまって申し訳ないのですが、その両者は〝死〟というものを決して悲観せず、寧ろ受け入れることの出来る心構えの持ち主であるように感じます」

 言っている咲夜自身も、完全には要領を得ていない部分ではあったが、パチュリーも咲夜の意見に異論は無い様子だった。

 咲夜は、更に続けて二人分の名前も挙げた。

「〝死〟を悲観しないという意味では、西行寺幽々子と藤原妹紅も候補から除外して良いかと」

 言いながら、咲夜はその二人の人となりを思い返した。

 人の一生を桜の花に喩え、その儚きを良しとする西行寺幽々子。

 その幽々子に、『死ねない人間は色鮮やかな冥界を知らない』と語った藤原妹紅。

 この二人にとって〝死〟とは、ある種の美徳のようなものなのではないかと咲夜は感じていた。

 人はやがて死に、そして生まれ変わる。これを〝輪廻転生〟と言うが、二人はその〝輪廻の輪〟から外れてしまっている存在。だからこそ、彼女たちにとって〝死〟とは、強い羨望の対象であるようにも思えた。

 その二人が、その輪を崩すような真似をするだろうか?

 特に西行寺幽々子は美意識が高く、同時に相当な切れ者でもある。

 その彼女が、こんな犯行から数時間(、、、、、、、)で事が露見するような計画を練るとは思えない。

(でもそれでは、候補が全て消えてしまいますわ)

 咲夜は途方に暮れた様子で考え込んだ。

 長い時を生き、強い力も持ち、しかし自身の能力ではその目的を達成できず、【月下美人】に頼らざるを得なかった人物。

 そんな人物が、この『幻想郷』にいるだろうか?

「一人だけ、いるのよ」

 しかし、そこでパチュリーが咲夜の心を読んだかのように言った。

 それも、いる(、、)、と。

「それは誰ですかパチュリー様!」

 咲夜はパチュリーに飛付くように尋ねた。

 パチュリーは咲夜が落ち着くのを待ってから、

「花の妖怪、風見幽香よ」

 咲夜はハッとしてパチュリーの顔を覗き込んだ。

 確かに、風見幽香は八雲紫や西行寺幽々子と同等の、長い時を生き抜いた古い妖怪。

 強い力を持ち、尚且つ、彼女の〝植物を操る程度の能力〟では故人との再会は果たせない。

(それだけじゃないわ)

 咲夜は風見幽香との、数少ない記憶を見つめ直した。

 誰よりも花を愛し、人を花に当てはめ、そしてその花の咲く場所を求めて各地を転々とする妖怪。

 そして、花の名が付いた魔道書。

 これはただの偶然なのだろうか?

「時に貴女、風見幽香に花に喩えられたそうね?」

 思慮を巡らせる咲夜に、パチュリーが問い掛けた。

 それは以前、『花の異変』の際に幽香が咲夜に、『貴方に合いそうな花を想像していたの』と言って宛てたものだった。

「はい。確か、月見草だったかと」

 記憶を頼りに咲夜が答えると、パチュリーは急に小さくほくそ笑んだ。

 どうして彼女が笑みを溢したのか分からずに咲夜が戸惑っていると、パチュリーは意味深な声色で、

「どうやら話の分かりそうな人物のようね。咲夜、これから彼女に会って、事の真相を確かめてもらえるかしら? 私も、出来る限り情報を集めてみるから」

「かしこまりました」

 咲夜は答えると、椅子から立ち上がってパチュリーに一礼した。そしてその場で体の向きを変え、テラスの手すり部分まで歩いて行くと、彼女はテラスから下の中庭へと躊躇なく飛び降りた。

 勿論、投身自殺などする気は更々無い。

 咲夜が意識を集中すると、自然と身体は風に乗り、そのまま彼女は空気を切り裂いて澄み切った青空へと飛び立った。

 と、ここで背後からパチュリーの声が聞こえた。

「咲夜。月見草の花言葉はね、〝美人〟と〝無言の恋〟なのよ」

 その言葉を聞いた咲夜は危うく、『紅魔館』の壁に頭から激突しそうになった。

二話目です。

これでようやく、本編の内容があらすじと繋がりました。

つまりこれから先は読者の皆様には未知の領域。

どうぞご期待ください!

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