⑧「月夜の狼、ストレスを発散する」
「ひっ…!」
クラトスの執務室に入った途端に悲鳴を上げたのは意外にもモモ・ハルヴァートだった。
執務室には、アレン、シナモン、シュナイトと親衛隊の騎士が集合し、クラトスの机の隣には大きな黒い犬みたいな生き物が何故かどっかりと座っていた。
モモは後ずさり部屋から退室しようとしたがシュナイトに扉を閉められモモは背中を軽く打ってしまう。
「きゃ!!!」
「……意外ですね、あなたに苦手なものがあるなんて」
「も、モモだって苦手なものはあります!何なのその大きなわんこは…」
「そうであるな。我はてっきり〈わ~可愛いわんこ☆もふもふもふ~〉な展開を期待していたであるが」
「う…シナモンちゃんいじわる、モモそんな喋り方しないのに」
『そんなもんだろう』
「王さままで酷い!………あれ?」
居ない筈のクラトスの声がして部屋を見渡すも、姿は見えずモモは混乱した。
『まだ気づかないのか?』
キョロキョロとクラトスの姿を探すが見つからない。黒い犬は怖いので極力見ない。
『おい』
「ひい!」
黒い犬がモモに近付くがシナモンの後ろに隠れ対峙を許さない。
『………俺だ』
「どこの俺さんですか?そういう詐欺が最近流行ってるんですよ」
『まだ分からんのか馬鹿娘!』
「うううう…」
「王さまは人間になれる犬なんだ…」
『そうだ』
「陛下、逆です。ハルヴァート、陛下は〈ルー・ガルー〉という種族で夜、月の出ている間だけ狼の姿に変化します」
「るーがるー?」
「ライカンスロープとかウォーウルフの方が有名ですよね?」
「狼男…?」
『…そうだ』
ピンと来ないモモにアレンが説明をする。
『ライカンスロープやウォーウルフとの違いは、俺ら〈ルー・ガルー〉には〈月の加護〉があるんだ』
〈月の加護〉とは夜、月が出ている間〈ルー・ガルー〉の一族を守る力で、月の護りにより、一族を傷つける事は出来ないという。
『〈月の加護〉があるから夜は護衛は必要ない』
「ふーん」
『…信じてないな?一度お前の自慢のナイフで斬りつけてみるといい』
「…遠慮します!」
『………フン』
クラトスは何を思ったのかシナモンの居る方へ飛び込んだ。が、ひらりと避けられてしまう。彼の後ろに居たのは、
「ヒィィイイイ!!!!」
―モモだった。避けきれずにそのまま押し倒されてしまう。
「ふぎゃ!あわわわわわシュ、シュナイト助けて!シュナイトさん!シュナイト様ぁーいやー!」
クラトスは嫌がるモモの上から退こうとせず愉しげに様子を眺めていた。
「陛下、お戯れもほどほどに」
『いいじゃないか、普段からこいつに振り回わされてるんだ、少し位』
「シュナイト!このわんこ、散歩に連れて行って、きっと運動不足なんだよ!早く、早く!」
『お前…』
「ぐあ!」
今度は軽く体重をかけてのしかかった。
「いやー!良い毛並みい~!!」
『お前嫌がってるのか喜んでるのか…』
「喜んでないよ~~~~~!」
「それじゃあエリザベスちゃんやこの前会ったラズフェルド様も夜狼になっちゃうの?」
エリザベスは前王弟の娘でラズフェルドは前王兄で宰相をしていて、二人はクラトスの唯一血の繋がった王族だった。
『いや、狼の姿になれるのは俺だけだ。昔はどの王族もなれたらしいが』
「先祖帰りであるな」
『…そうだな』
「だったら王さまを殺そうとしているのは〈月の加護〉がある狼の身体目当てなのかなあ?」
『どうだろうな』
〈ルー・ガルー〉の体だけが目的なら護衛の手薄なエリザベスやラズフェルドを狙うだろうが彼らは狙われた事は一度も無いという。なので体目当てという理由は除外していた。
「あの…王さま?」
『何だ』
「モモ、お家に帰りたいんだけど」
『…シュナイト、愛人様が帰りたいらしい。連れてけ』
「え、いいよ。いつもみたいに走って帰るよ」
『…お前いつも走って通勤してたのか?』
「だってシュナイトと一緒に馬車に乗るといつも説教タイムが待ってるんだよ!大人になってから他人に叱られるのって結構辛いんだから!」
そうまくし立てるとモモは風の様に走り去ってしまった。
『…………』
「私も帰ります」
『ああ…ご苦労だったな、色々と』
眉間に皺を寄せため息をつくシュナイトにクラトスは労いの言葉をかけた。