⑥「ご褒美でした」
「あなたどういうつもりですの?」
モモ・ハルヴァートは今、王宮の廊下で着飾った女性達に囲まれていた。
「わたくし、知っていてよ、外では澄ましているつもりでしょうがあなたが夜の商売女でシュナイト様を騙している事位」
モモに詰め寄る少女はびしりと扇子を目の前に突きつけた。
彼女の名前はエリザベス・マリア・マリアージュ。ツーティア国の公爵家の令嬢でクラトスの衣装係として王宮に出仕する立派な勤労少女だった。
一時期シュナイトとの婚約の話が上がるも、ストラルドブラグ家のほとんどの人間が死亡してしまったある事件のごたごたで消えてしまった経緯がある。
しかし彼女はシュナイトとの結婚を諦めて無かった。大人になったら結婚してくれるのだと信じていた。シュナイトに女性の影は全く無かったし、他に結婚の話も聞かなかった。シュナイトがクーベルカを養子として引き取った時も、自分より年上だけど良い母親として付き合うつもりだった。なのに突然シュナイトはどこぞの馬の骨を愛人として連れて来て王の侍女にし、常にそばに置いているのだ。
長年大切にしていた物を奪われ、黙っていれる筈がなかった。
「…聞いてますの?」
「ちょっと、ドキドキしてるの」
「はあ?」
「こんなに沢山の可愛い女の子に囲まれるなんて、モモはじめてで」
何故かエリザベスとその取り巻きに囲まれたモモは頬を染め、もじもじとしていた。
「…………」
効いて無い。エリザベス・マリア・マリアージュ渾身の嫌みだったが全く持ってモモ・ハルヴァートは無傷状態だった。
エリザベスはきちんと彼女の立ち位置を理解していた。
彼女は国王陛下の護衛の為にギルドから派遣された傭兵でシュナイトの愛人というのは仮の姿だという事を。そして彼女が来てからの半年の間、幾度となく陛下の命を救い、暗殺に巻き込まれて亡くなる騎士が居なくなった事も知っていた。
しかし公爵令嬢としてのエリザベスすべき事や振る舞いを分かっていても、エリザベスという一人の少女としての感情は別だった。だからこうしてモモの前に立ちもやもやとした黒い感情をぶつけ、恋する少女との決別をしようとした矢先にこの状態である。
「それで、他に物申したい人はいるのかな?」
「……」
様々な謂われもない酷い言葉をぶつけようとエリザベスは思っていたのに言葉が出てくる事はなかった。
「モモさん、いかがなさいましたか?」
「アレン君!」
運悪く謎の集団の前にたどりついてしまったのは薄幸の騎士アレン・ワーヒュだった。
アレン君、とモモは呼んでいたが彼はシュナイトと同じ29歳でモモよりも年上だったが騎士には珍しい柔らかな雰囲気が彼の年を若く見せていた。
「モモ、子猫ちゃん達に囲まれて近年稀にみる興奮状態なんです。」
「……………。」
アレンはモモが何か謂われもない言葉でもかけられたのではと思い声をかけたが杞憂で終わりそうだった。
「……モモさんは陛下にお茶をお持ちする途中ですか?」
「そうだよ。見てアレン君!この銀のスプーンの曇りっぷり!まだ何にも触れても居ないのに黒くなってるって事は今までに無い位どぎつい毒だよね」
「…………」
クラトスが使用する食器は全て銀器で毒が含まれている状態になると黒く曇る。加えてクラトスには毒が効かない事は王宮の誰もが知っている事実だったがそれでも毒を図ろうとするのを止めない。本人曰わく「嫌がらせだろう」こと。
用事を思い出したモモはエリザベス達に丁寧なお辞儀をした後毒入りの茶器の乗ったワゴンを軽やかにクラトスのもとへと運んで行った。
「……ワーヒュ様、あのお方は何者ですの?変ですわ…」
「その言葉を否定する事はできませんが、シュナイトも、陛下も彼女に救われている所があるんですよ」
「ええ、あの御方が何度も陛下や他の騎士様の命をお救いしたお話は存じていますわ」
「そうじゃなくてね」
そうじゃなくて、そう呟いた後アレンもモモの後を追って行ってしまった。
エリザベスは幼い自分と別れるつもりでモモ・ハルヴァートに近付き思いの丈をぶつけたつもりだったが、まだわからない事があるのは自分がまだ子供だからだろうか。
悩んでいても仕方が無い。エリザベスは毒入りのお茶会に参加でもしてみようといとこの執務室へと足を運んだ。
そうしてモモ・ハルヴァートとエリザベス・マリア・マリアージュとの付き合いは始まり最終的には生涯の親友となる訳だったがそれはまた別の話である。