⑤「香辛料は辛く、そして甘みがある」
「本日親衛隊隊長、シュナイト・ストラルドブラグの代わりに陛下の護衛を勤めさせて頂く事になったアレン・ワーヒュと申します。」
今日はシュナイトが不在の為代わりの騎士がモモに挨拶をする。モモもいつもの調子で騎士に挨拶をし、相手の顔を引きつらせていた。
シュナイトの不在はルーティ・バーレーが居なくなって以来で彼は約3ヶ月の間休み無しでクラトスの護衛を勤め上げた。
一番信頼している教師の様な年上の幼なじみが居ない事に不安を感じるクラトスだったが、新しく連れて来たモモ・ハルヴァートもかなりの腕前を持つ護衛だった。 しかしかなり変わった人物でもあり、シュナイトでさえ扱いに苦労している人物を自分一人で相手をしなくてはいけない事に一抹の不安を感じ、護衛をアレンの他にもう一人増やす様指示を出した。
「遅れまして申し訳無い」
クラトスの執務室に入って来たのは身長が190はあろう長身の騎士で、顔は鬼神の様な厳つさを持ち、髪は邪魔にならない様綺麗に剃ってあり光輝いていた。
「モモさん、彼は親衛隊副隊長の…」
アレンが入って来た騎士の紹介をモモにしようと二人に近く。因みにモモを名前で呼んでいるのは自己紹介の時にモモが名前で呼ぶ様強く希望したからだった。アレン・ワーヒュ、律儀な男である。
「シナモン・ロールである」
厳つい騎士の男が名乗った。
「モモ・ハルヴァートだよ!」
誰に対しても期待を裏切らない対応をモモはしてくれた。
そして親衛隊副隊長の前で触れてはいけないタブーにあっさりと触れてしまう。
「シナモンちゃんって呼んでいい?」
クラトスは手にしていた万年筆を落としそうになったが何とか耐えた。
親衛隊副隊長シナモン・ロール。誰もが顔に似合わな過ぎる可愛いらしい名前に触れぬまま過ごして来たというのにモモはほんの数十秒でそれをぶち壊してしまった。 クラトスは他人事ながらシナモンの顔を見る事は出来ない。アレンに至っては顔面蒼白で今にも倒れてしまいそうだった。
「構わない。」
今度こそクラトスは万年筆を落としてしまった。
クラトスは積み上がった書類を一人黙々と捌き、周りを気にしない様努めていたがやはり可愛い名前の強面親衛隊副隊長とアクの強すぎる過ぎる侍女兼護衛の存在感を消す事は出来ない。
その結果が今の疲労感だ。
クラトスは休憩時に運ばれた軽食のサンドイッチを疲労も癒えぬ状態で無理やりのみこんだ。具は香味の効いたチキンとトマトだった。出来れば固形物よりもスープみたいな物が食べたかったが空腹には勝てずそのまま口に運んだ。卓上に飲み物が無い事に気がつき、配膳をしていたモモを見れば何が楽しいのかぐるぐるとミルクの入った紅茶をかき混ぜていた。
「おい、早く寄越せ」
モモに紅茶の催促をするものの、モモは首を傾げながら紅茶を混ぜ続ける。
「何かさっきから目がぱしぱしするんだよね…」
「!!!…ッそれは毒が」
そう言い終える前に天井から一人の男が降って出て来る。
男はクラトスの座っていた机に着地し、息つく間もなくクラトスの首筋に向かって斬りつけてきた。
しかしその刃もクラトスに届く事なく、シナモン・ロールの剣により弾かれてしまう。
突如として現れた暗殺者は計算外の護衛が居ることに焦り、シナモンから距離を取る。逃走経路を確保しようと、侍女のもとへ向かった。侍女を人質に取りながら逃走する算段だったが、
「おい、そいつは辞めとけ」
クラトスは思わず自分を殺しに来た人物に声を掛けてしまった。暗殺者が向かう先にいたのは麗しい侍女。…国王の愛人だったか、運がいい。
暗殺者は先程のクラトスの言葉を勘違いし、好都合とばかりに侍女の腕を取ろうとしたが、モモの手にしていた紅茶を顔面にかけられ、怯んだ隙にシナモンの手によりあっさり拘束されてしまった。
暗殺の騒ぎを聞きつけたシュナイトが執務室にやってきた。酷く憔悴していたクラトスを心配するも、事件は数十秒で片付いたと語ったが表情は暗い。
「シナモンちゃんがね、凄かったんだよ」
「は?」
シュナイト・ストラルドブラグは自身の耳を疑った。
「だから今回はシナモンちゃんの活躍で」
瞬時にクラトスの疲労の理由を悟ったシュナイトは同情の眼差しをクラトスに向け、帰ったら説教をしなければという考えに至った。