表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/48

④「ストラルドブラグ家執事の呟き」

 私の名前はアイザック・シャープ、ストラルドブラグ家当主シュナイト様に仕える者です。先代の侯爵、シュナイト様の父君トーマス様の代から仕えていたので使用人歴は40年以上にもなる老執事になります。



 屋敷の主であるシュナイト様が突然女性を連れて帰って来た事は初めての事で情けない事に使用人一同動揺を隠す事が出来ませんでした。



「お帰りなさいませ、シュナイト様…そちらのお方は?」

「モモ・ハルヴァートです」



 シュナイト様の隣にいる美しい女性はにこりと微笑みました。全身を覆うマントを着ている為服装等は分かりませんでしたがストラルドブラグ家の屋敷を見ても動じないご様子なのでどこかの貴族のご令嬢では?と思いました。それよりもハルヴァート様をおもてなしする準備をしなければと思い私はシュナイト様に目配せをした所



「彼女はしばらく屋敷に滞在します」

「畏まりました、客室はどちらをご用意致しましょう?」

「いえ、母の部屋で構いません、あの部屋ならすぐに生活出来るでしょう」



 シュナイト様は外套を脱ぎながら自らの執務室に向かってしまい、私はハルヴァート様のお世話をメイドに指示した後シュナイト様の執務室へと向かいました。



 シュナイト様は執務室でハルヴァート様への待遇の細かい指示を出されました。滞在期間は最短で1ヶ月、最大で1年いらっしゃると、そしてハルヴァート様が望む品があればストラルドブラグ家が破綻しない程度に買い与えよと、聞かずとも彼女はシュナイト様の〈愛人〉だろう事は想像出来ました。何かしら理由があり添い遂げる事が出来ないのだろうと、私はシュナイト様の指示を他の使用人に話す為執務室から退室しました。



「私は嫌よ!!シュナイト様のあっ愛人のお世話なんてッ」



 激昂しているのは若き使用人ミルク・マーチ。伯爵家の娘でプライドが高いのが玉に瑕でしたがよく働く娘でした。



「…仕方ありませんね、ハルヴァート様のお世話は私が」

「!!ッ…ストラルドブラグ家の奥方で無い女性を筆頭執事がお世話するなんて有り得ないわ!…私が、私がお世話をするから大丈夫よ…!!」



 こうもあっさり引き受けてくれるとは思いませんでしたが、私はミルクにシュナイト様から受けた指示をお話しました。



 ハルヴァート様がストラルドブラグ家にいらっしゃってから半月がたちました。突然シュナイト様が連れてきた女性に皆戸惑いを感じていましたが、ハルヴァート様は不思議なお方で短い期間ですんなりとストラルドブラグ家に馴染まれ、意外な事にミルクとも上手く付き合っている様でした。



 もう一つ不思議な事と言えばハルヴァート様はシュナイト様の〈愛人〉であるはずなのにシュナイト様と共に過ごそうとしない所がありました。夜を共にしない事は当たり前で食事や出勤までも別々でたまに一緒に帰ってくる事もありましたが、玄関で別れてしまわれるのです。

さらにミルクにはハルヴァート様が何か必要な物が無いか毎日聞くようにと指示をしていましたが今まで一度も要求は無いとおっしゃっているという…。



「ミルク、ハルヴァート様はお休みの日は何をなさっているのでしょうか?」



 ハルヴァート様は陛下の専属の侍女をしており一週間に一度お休みがありました。ハルヴァート様はお休みの日のお世話を一切不要だと言い、お部屋から一歩も出てきません。



「ハルヴァート様がお休みの日には部屋には入ってはいけない事になってるから分からないわ」

「…そうですか」



 ますますハルヴァート様が謎に包まれた存在になってしまいました。



 ハルヴァート様がお休みのとある日、私は思い切ってお部屋にお茶と軽食を持って行く事にしました。やはり一日中飲まず食わずというのは身体に悪いと思ったからです。

 ハルヴァート様のお部屋の扉を数回叩きましたが返事はありません。もしかして不在なのではと思い、勝手ながら部屋のドアを開けてみれば窓辺に背を向けて座るハルヴァート様がいらっしゃいました。



「申し訳ありません、不在なのではと思い勝手に開けてしまいました」



 ハルヴァート様からの返事はありません。意を決して近づいた所、ハルヴァート様は、…ナイフを研いでいました。



「…………ハルヴァート様?」



 覗き込んだ横顔はとても真剣で私の声は届いていないみたいです。



「あの、食事を持ってまいりました。こちらに置いて」

「うわ!びっくりした」



 ハルヴァート様が私の存在に気がついた様でとても驚いた顔をしています。



「お茶と軽食をお持ちしました」

「わあ、ありがとう!でも危ないから部屋には入らない様ミルクちゃんに言ってたんだけど」

「はい。伺っております。1日何も口にされてないと聞いて心配になりまして」

「そっか…モモナイフのお手入れしだしたら周りが見えなくなって危ないんだよね、お爺ちゃん怪我とかしてない?」

「………いいえ、大丈夫です」



 お爺ちゃんとは私の事でしょうか?吹き出しそうになるのを必死に押さえ込みお茶と軽食を机に並べました。



「夕食も後でお持ちしますね、あちらの離れた机に置いておきますので危険は無いかと」

「何だか休みの日までお世話になって悪いなあ…」

「いいえ、ハルヴァート様はシュナイト様の大切な御方ですから、お世話出来る事が我々の喜びなんですよ」

「うっ………」



 何故かハルヴァート様は苦い表情を浮かべてました。



「ところでハルヴァート様、何か必要な品はありませんか?」



 毎日ミルクがハルヴァート様に聞いていた事でしたが、もしかするとミルクに対して遠慮して何もないと言っていた可能性があった為、私の方からも聞いてみる事にしました。



「無いよ」

「………ドレスや宝石など必要ではありませんか?」

「いらない」

「…………」



 なんという事でしょうか!彼女はドレスも宝石も「いらない」と言う。ミルクの言っていた事は事実で、ますますハルヴァート様への謎が深まります。



「…失礼な事をお聞きしても?」

「いいよ~」

「ハルヴァート様はシュナイト様の…」

「愛人だよ~!」

「そうですか…」



 やはりハルヴァート様はシュナイト様の〈愛人〉だと言う。



「何故お屋敷でシュナイト様と一緒に過ごされないのでしょうか?」

「シュナイトとはお城でずっと一緒だし、お家の中でまで一緒だったら嫌でしょう?」

「…………はあ、」



 シュナイト様とハルヴァート様の間には他人には理解出来ない不思議な愛があるのでしょうか?残念ながらこの老いぼれには理解が難しく感じてしまいました。



 私はこれ以上邪魔してはいけないと思い、ハルヴァート様のお部屋を後にしました。



 またハルヴァート様のお休みの日に私はお部屋を訪れる事にしました。前と同じ様に扉を叩きましたが返事は無く、またしても勝手に入らせて頂きました。



 ハルヴァート様から離れた机に軽食とお茶を用意し、返事が無いのは分かっていましたが声をかけてしまいました。ハルヴァート様は以前と同じく驚いた顔を見せ、私の用意した軽食に気がつくと申し訳なさそうな表情を浮かべていました。ハルヴァート様の座っていた机を見れば沢山の金貨と銀貨が積まれていました。…今日はお金を数えながらお休みを過ごされていたとか。



「ここの家の人はみんな良い人だね」

「ありがたきお言葉です」

「あはは…モモなんかに畏まらなくてもいいのに~」

「ハルヴァート様はシュナイト様の、」

「ただの愛人の一人ね!」



 大切な御方、と続けようとしたのに遮られてしまいました。



「…シュナイト様は大切な御方を作ったり、結婚などなさらないんだなとずっと思っていました。6年前クーベルカ様を養子として引き取ってからはもうシュナイト様の大切な御方のお世話をする事は無いだろうと屋敷の誰もが思っていました」



 シュナイト様の両親はとある案件を調査している途中に謎の事故で亡くなっており、数ヶ月後に調査を引き継いでいたアリテレス様、シュナイト様のお兄様も同じ様に事故で亡くなっていたのです。

 ストラルドブラグ家が調査していたのは、ナリミヤ家が統括していたギルドの件で、ナリミヤ家の横領や怪しい斡旋に気がついたシュナイト様のご両親、アリテレス様を危険視し、事故に見せかけて暗殺したと言う事件でした。

 アリテレス様が亡くなった後はシュナイト様が案件を引き継ぎ、クラトス国王陛下と共にナリミヤ家を追い詰める事に成功しました。

 その一年後シュナイト様はアリテレス様のご長男クーベルカ様を養子に迎え、ストラルドブラグ家の後継者になる様厳しい教育を施してきました。 そんなシュナイト様を使用人一同見守っていましたが、皆シュナイト様はご結婚をして家族をつくるつもりは無いだろうと確信していたのです。



「まあ、そんな訳でしてわたくし共一同ハルヴァート様のお世話が出来る事を喜ばしく思っているのです」

「……………」



 突然私がしてしまったシュナイト様のお話に戸惑っているのかハルヴァート様の表情は暗くなってしまいました。



 その日から驚いた事にハルヴァート様はシュナイト様とお食事をとると言ってきたとミルクがいうのです。私は慌てて料理長に指示を出し、ハルヴァート様が好むお食事の準備をしてもらいました。 夜、食事の席に座るハルヴァート様を見たシュナイト様は少しだけ驚いた顔をしていた事を覚えています。皆、2人が食事をするという事実に浮かれ、シュナイト様にハルヴァート様が一緒に食事をするという報告を忘れていたのです。



 ハルヴァート様がストラルドブラグ家に来てから半年がたちました。私の知らない所で色々と事件は起こっていた様で2人してボロボロになって帰ってくる日もあれば、何故かハルヴァート様だけ満身創痍な日もあったり、それでもストラルドブラグ家は平和でした。

 朝食を食べるハルヴァート様と、朝は珈琲のみのシュナイト様。私は毎朝恒例となったハルヴァート様に必要な物は無いかと伺いました。相変わらずこれだけは以前と変わらず毎日「無いよ。」と返されますが、これも大切なお仕事です。



「ハルヴァート様、何か必要な物などございませんか?」

「シュナイトの子供っ!」

「アイザック、準備を。」

「…………」 



 シュナイト様は新聞から目を離さずに私に準備する様指示しましたが。



「……えっと、何を準備すれば」



 うろたえる私にシュナイト様の冷えた蒼い瞳が向けられた。



「…では寝室のご用意を」

「何を言ってるんですか?」

「…?ハルヴァート様がシュナイト様のお子様が欲しいとおっしゃったので…その」



 ストラルドブラグ家に仕えて40年、こんなに主人の前でうろたえた事があったでしょうか、額から吹き出した汗を拭いシュナイト様を伺った所、



「あなたは紛らわしい言い方しか出来ないのですか!」



 ハルヴァート様が叱られている所でした。



「ハルヴァートが言いたかったのはクーベルカの事でしょう」



 ルティーナ大国とダルエスサラームの戦争が激しくなる為クーベルカ様を一度ツーティア国に連れ戻す話があったのを思い出しました。先程の指示はクーベルカ様を早く帰国させる様にとの事でした。自分の勘違いにまたしても冷や汗が流れてきましたが、ハルヴァート様は朝食を召し上がるのに夢中でシュナイトも新聞から目を離す事は無かったので幸いながら私を気にする者は居ませんでした。



 険しい表情をしたシュナイト様とニコニコと微笑むハルヴァート様を見ているととても仲の良い夫婦に見えました。この様な日々が続く事を祈りつつ、私はハルヴァート様のカップに紅茶を注ぎました。

「ねえ、お爺ちゃんには本当の事言った方がいいのかなあ」

「お爺ちゃん?」

「執事のお爺ちゃん。」

「…アイザックと呼んで下さい。」

「何か凄いシュナイトの事大切にしてるのが伝わって来て、愛人って嘘ついてるのが心苦しくなっちゃって…」

「大丈夫ですよ。気にする事はありません。アイザックは多分気がついています。……………愛人だと陛下の前で紹介する前にその様な繊細さを見せて頂きたかったのですが」

「だよね~…」

「……………」

「……………」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ