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堅物騎士様の愛人。  作者: 江本マシメサ
<番外編>
38/48

番外編『新婚旅行?珍道中』

本編から数年後の話になります

「え?馬車を用意した?いらないよ~歩いて行くって…」


 ストラルドブラグ家の外門まで続く赤いレンガの道をハルヴァートは早足で歩いていた。後ろからは使用人が数名追いかけてきていて彼女を引き止めようと必死で、しきりに「いけません!」だの「奥さま、一生のお願いです」だの焦り方が半端無い。ハルヴァートの馬車嫌いは使用人の間でも周知の事実だったが今日はどうしても乗って貰いたい理由があった。




「そんな生易しいやり方では駄目よ」


 ハルヴァートの目の前に立ちはだかっているのはミルクという5年近く彼女に仕えてきたメイドだった。


「え?ミルクちゃん何?私ちょっと下町にお買い物に行くだけなんだけど」


「奥さま、下町へ行くのは旦那様に禁止されてるでしょう、いけません」

「シュナイト居ないから大丈夫だって」


 本日ハルヴァートは休暇、主人であるシュナイトは仕事で30分前に愛馬に乗って出勤していったのを見送ったばかりだった。


「屋敷の使用人は口が軽う御座います」

「ええ!!だからいつもバレてたの」

「ええ、だから本日は諦めて新しいドレスを新調しに参りましょう」

「ええーいいよ、綺麗な服着ても誰も喜ばないって」

「そんな事はありません。ついでにアクセサリーも揃えましょう」

「アクセサリーも呪いのネックレスがあるからいいって〜…」

 

 呪いのネックレスとはシュナイトの父トーマスが妻ナタリアに渡せないまま10年程所持し、第2子が誕生した折にやっと渡す事の出来た物の事で、シュナイトが騎士になった時に母親から身を守ってくれるから大切な日に身に着けておく様譲り受けたネックレスだった。事実、一度シュナイトの命を救っている。その逸話からハルヴァートは勝手にシュナイトの父親の念が籠もりまくった「呪いのネックレス」と呼んでいた。




 ミルクは脱力するハルヴァートを強引に馬車へ詰め込んだ。


「ミルクちゃん!シュナイトが居ない休みの日位何しても」

「朝っぱらから何をするつもりで?」

「え?下町にお酒を飲みに…」

「…………」

「…………!」


 何故か出勤した筈のハルヴァートの主人が腕を組み、馬車の中に居た。ハルヴァートは悲鳴を上げかけたが、馬車が突然動き始めシュナイトの胸の中へ突っ込む形となり、別の意味で悲鳴をあげる事となった。


「あなたは、本当に失礼ですね」

「…すんません」


 まだ状況を飲み込めないハルヴァートは上の空な返事を返してしまい馬車の中の温度は一気に下がった。


「旦那様、一体どこに行かれるのでしょうか?お城とは別方向に進んでいる気が…」


 機嫌の悪そうなシュナイトに恐る恐る尋ねると彼は一通の手紙を差し出した。手紙はクラトスからだった。


「…新婚旅行?」

「ええ」

「シュナイトも騙されて馬車に乗ったの?」

「…………」


 行き先も、何故いきなり新婚旅行に行かなければならないかも分からぬまま馬車は森の中を駆けていた。手紙には「親愛なる騎士とその妻へ 新婚旅行、楽しんでこい」とだけ記されていた




 ハルヴァートの足元には大きな籠があった。中身は、昼食のサンドイッチとワインが入っていた。早速ワインを開けカップに注ぐ。濃いオレンジがかったピンク色の液体が瓶から出てくる。使用人が用意してくれていたのは安価なロゼワインだった。ハルヴァートが下町で扱っている様な酒を好んでいる事を知っていた誰かが準備してくれたのだろう。予定は狂ったが、美しい主人を眺めながら飲むのも悪くない。ハルヴァートはぼんやりと思っていた。もちろん安いお酒はシュナイトにすすめないし、あまり安い酒を飲む事を良しとしない貴族様を前に銘柄がバレない様ラベルは自分側に向けて慎重に注ぐ事も忘れない。木で出来たカップを用意してくれた使用人に心から感謝をした。




 ガタゴトと馬車が揺れる。ハルヴァートは二本目のワインを開けた。琥珀色の液体を堪能せずに一気に飲んだ。酸味と苦味が口の中に広がりハルヴァートはワインの瓶を確認した。


「げ…」


 最高級の白ワインだった。使用人がシュナイトの為に用意した物だろう事は想像出来た。顔を上げれば眉をひそめたシュナイトと目があう。


「…飲む?」

「結構です」

「で、ですよね~…」


 ハルヴァートはため息をつきながら白ワインの栓を戻し、籠に入れた。




 沈黙が馬車の中を包んでいたが不思議と以前の様な気まずさを感じる事は無く、道中は穏やかに過ぎていった。




 かの様に思えたが、急に馬車が激しく揺れた。反応する間もなく乱暴に馬車の扉が開かれた。


「おっとお貴族様じゃねえか!俺たちツイてるぜえ」


 見間違える筈も無く盗賊だった。


「…………」

「…………」

「はっ、恐怖で声も出ねえとみた、大丈夫だ、用が済んだらお前さん達も売り飛ばしてやるからよお」


 盗賊は饒舌に語る。ナイフをちらつかせるのも忘れない。


「そっちの姉ちゃんは美人だがちっとばっかし薹がたってるからあまり高値はつかないだろうなあ、すまんなあ、ああいう市場は若さが命なんだ」

「…………」

「…………」


「それに比べてそっちの兄ちゃんはえらい別嬪さんだな!かなり高値がつきそうだ」

「…………」

「…良かったねシュナイト、高値付くって」


 ハルヴァートの声は若干震えていた。


「まあまあ、怯えなさんなって。何か高価な品は持っているか?何でもいい、命は取らないから出してくれないか?」


 シュナイトは椅子に立てかけてあった剣を盗賊に向けた。鞘には宝石が散りばめられており、素人目にも高価な品と分かる物だった。


「これは素晴ら、ぎゃあー」


 盗賊の目の色が変わった隙にハルヴァートは先ほど開封したワインで頭を叩き割り、割れたワインの瓶を外に投げついでにふらふらと倒れ込みそうな盗賊を扉の外へ蹴り飛ばした。 蛙の鳴き声の様な叫び声を挙げながら盗賊はゴロゴロと転がる。タフなのか「痛てえ何すんだ糞が」と言いながら立ち上がった。今度はハルヴァートが蛙の鳴き声の様な声をあげる番だった。


「あちゃー御者のお兄さん、捕まっちゃってるよー詰んだねシュナイト」


 馬車の周りには30名程の武装した男達が取り囲んでいた。




「どうしょうか…あれ?」


 捕らえられた御者を良く見れば知った顔だった。アレン・ワーヒュ、国王陛下の親衛隊の隊員でシュナイトの同期の騎士だ。


「御者、アレン君だったんだ」


 シュナイトはハルヴァートに先ほどの剣を手渡した。


「え?私が行くの…シュナイトが行った方が」

「おい、なにごちゃごちゃ言ってやがる、こいつがどうなってもいいのか!」


 ナイフを突き付けられた御者の格好をしたアレンはにこにこしていた。


「あーはいはいっと」


 ハルヴァートは剣を受け取り盗賊のもとへ近づいた。


「あのーすみませんその人離してくれませんかー?私の愛人なんですー」

「金目の物と交換だ」


 シュナイトから受け取った剣を掲げて見せるとやはりリーダー格の盗賊は目の色を変えた。


「それだけじゃないだろう!他にもあるはずだ」

「じゃ馬車ごとどうぞ。もともと主人と馬車は捨てるつもりだったので」

「はあ?野郎はいらねぇよ」

「お頭、中の男はびっくりする程美しいです!金になります」

「…そうか、だったらそいつごと戴こう、その剣をこっちに投げるんだ、そうすれば離してやる」

「は~い」


 ハルヴァートは言われた通り剣を盗賊のリーダーの男に向かって投げた。計算外だったのは、投げ方を詳しく指定しなかった為に盗賊の顔面に剣が当たり失神してしまった事と、御者と馬車に居た夫婦が騎士だった事だった。もちろん盗賊団は全滅。一行も引き返す事となり、新婚旅行は無かった物とされた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「アレン君、何で御者なんかしてたの?」

「新婚旅行先が私の家の領土で里帰りするつもりだったんです」

「そうだったんだ…ごめんね」

「いえいえ、こちらこそご案内出来ずに申し訳無かったです」




 王都まで帰って来た一行は騎士団を盗賊の居た現場に派遣した後家路についた。

 ちなみに盗賊に傷つけられたハルヴァートの心の傷はしばらく癒える事は無く、主人の顔を見てはため息をつく日々を送ったという。



END

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